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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE4 氷夏
152/170

―第145話 フルテンペスト・ディスチャージ ③―

 波打ち際に残ったのは鈴風とアルゴルの2人だけ。

 遠方で打ち上げ花火のように舞っては散る稲妻と閃光を背景に、烈風の槍騎士と白亜の道化師は正面から向かい合っていた。


「麗風嬢から話は聞いている。どうやら君も第二位階への道に片足を踏み出したようだな。げにおそろしきはその成長速度か……《パラダイム》にも才気あふれる人工英霊は数多く存在するが、君の前ではかすんで見えてしまう」


「……そりゃどうも」


 ほんの一言アルゴルと会話を交わしただけで、鈴風はすぐに理解した。

 この男は嫌いだ。

 君のことなら何でも知っている、とでも言いたげな口調。

 先の飛鳥とのやり取りで見た、相手を馬鹿にすることしか考えてなさそうな行動パターン。

 自分が絶対的上位者であることを疑いもしない、余裕――というより、油断しきったその態度。

 どんな人とでもすぐに仲良くなれるのが鈴風の美点だが、そんな彼女でもこの男だけは好意的に見ることなどできそうになかった。


「私も数多くの戦士と出会ってきたが、君ほど美しく、気高い魂の持ち主を見たことなどない」


「あんたとこうやって話すのは初めてなのに、どうしてそんなにあたしの理解者面ができるのか分かんないよ。なんか……イラッとする」


 口説き文句としては最低の部類だっただろう。

 お前にあたしの何が分かる、と噛み付いてやりたかったが、そんなことを言ったとて無為に流されるだけだ。

 よって、返答は行動で示す。

 能力で創り出した翠槍を両手で掴み、思い切り背中に引き絞る形で構えた。


「ふふ、さっきまでのひょうきんな(、、、、、、)君とはまるで別人の様相だな。何も考えていないように見えて、その実『反逆者』の彼よりもよほど頭が冴えている」


「いいからさっさと構えなよ。あたしはともかく……飛鳥をバカにされた時点で、あんたを許してやるつもりなんてこれっぽっちもない」


 らしくないと思いながらも、鈴風はアルゴルに対して言いようのない苛立ちを隠せないでいた。

 今までの戦いではまったく抱いたことのない感情――今、鈴風を突き動かしているものは、紛れもない『殺意』だった。

 人工英霊になってからこっち、鈴風は自分で自分の感情がコントロールしきれなくなりつつある。

 自分を『正義』と信じて疑わず、躊躇(ためら)いなく『悪』を()み取った。

 戦いの経験などまるでなかったのに、さも当然のように命を懸けられている冷静さ。

 そして現在。

 自分でも理解できないほどに――目の前の男の薄気味悪い笑みを消してやりたい。

 見えざる何かに突き動かされるように、鈴風は脚部カタパルトの力を解放し、弾丸となって飛び出した。

 狙いは心臓。間違いなく鈴風は、アルゴルを殺しにかかっていた(、、、、、、、、、)


因子同期(コードセレクト)『グラジオフ=ストラゴス』。残念だが軽すぎる(、、、、)


「ぐっ……!?」


 棒立ちになったまま躱す素振りも見せないアルゴルの左胸を、確かに鉄槍の先端が穿っていた。だが、タキシードの繊維を切り裂きながらも、硬質化された男の皮膚から先へと進まない。


「君の能力は、こと瞬発力においては人工英霊の中でも指折りだろう。だが……いかに速かろうと、相手を殺傷しきれないようでは豆鉄砲と変わりはせんよ」


「知ったような口きいてんじゃあ、ないっ!!」


 刺突が駄目なら次は打撃だ。

 あっさりと槍を手放し、ガラ空きの顔面に手甲越しの正拳を叩き込む。

 だが結末は同じ。鋼を殴りつけた感触と同時、眉間に当たった拳に衝撃が跳ね返り装甲がひび割れた。

 鉄拳を打ち込まれたまま、アルゴルの口元がにやりと歪む。それを見た鈴風の背筋を気持ちの悪いものが這い登り、思わず後方へ飛びずさった。


「戦いにおいては、『必殺』を保証できる決定打を持ち得るかどうかで立ち回りは大きく変わる。今の(、、)君のようにこれという決定打を持っていない場合、正面からの短期決戦など愚中の愚だ。速度に任せてのかく乱や、一瞬の隙をついての奇襲など、常に正攻法以外での戦術が求められる」


 負傷した右手をかばいながら睨み付けてくる鈴風に対し、アルゴルは出来の悪い生徒を指導する教師のような佇まいで説教じみた講釈を始めてきた。

 確かに、アルゴルの言い分はもっともなのだ。

 決定打――俗な言い方をすれば『必殺』と呼べるようなもの――を持たないというのは、鈴風と飛鳥の2人に共通する致命的な欠点だ。

 どれほど策を練って相手を追い詰めようと、どれほど弱らせようと、最終的に倒しきれなければ意味がない。子供が猛獣を落とし穴で捕まえようとも、そこから先はどうにもできないのと同じことだ。

 殴られた眉の辺りを指で撫で付けながら、アルゴルは言葉を続ける。


「『反逆者』と違い、君には出力(パワー)もある、速度(スピード)もある、技術(テクニック)とて実戦で磨けば充分第一線で通用しよう。だが、それでも今の君では私は倒せまい」


「やってみなくちゃ、分かんないでしょうがっ!!」


 アルゴルの舌の根が乾かぬ間に、鈴風は勢いよく跳躍し刃物じみた曲線を描く脚甲による回し蹴りを放つ。しかし、何度やっても結果は同じといわんばかりに、無造作に上げられた道化の左腕によって受け止められた。


「出し惜しみはよしたまえ。温存、様子見、大いに結構だが、目に見えて力の差が大きい相手にやったところで無為に終わるだけだ。……心配めされるな、彼は見ていない(、、、、、、、)。思う存分、君の本気を見せつけてくれて構わないぞ?」


「っ!? この……!!」


 空いたもう片方の足で顔面を蹴りつけ、その反動で大きく弧を描き宙を舞う。着地と同時に再び攻勢に転じようにも、彼の放った一言が鈴風の全身を縫い止めていた。

 この男、今、何と言った?

 彼は見ていない(、、、、、、、)と言ったか?


(どうして……!!)


 その指摘は、完全な図星だった。

 言葉に直すこと自体が凄まじい苦痛であるが、鈴風は飛鳥の目の前で第二位階(セカンドフォーム)になろうとは思っていなかった。

 さっき会議室で「使いこなせていない」などと言ったが、大嘘だ。

 既に鈴風は、発現したばかりの第二位階(セカンドフォーム)の能力の大半を掌握していた。

 でも、そんなこと言えるわけがない。


「君の気持ちは痛いほど分かるさ。片や、人工英霊に覚醒してから7年近く経つというのに、未だ底辺に位置する少年」


「うるさい」


 目の前の男の言葉は、鈴風の中にある心の闇を暴きたてる行為だった。

 今すぐ奴を黙らせろ、これ以上何も言わせるな――そう全身に命令を下そうとするが、動けない。

 じわじわと心臓を握りつぶされるような猛烈な不快感。

 鈴風は戦うどころか、顔面を蒼白にして今すぐにでも耳を塞いで逃げ出してしまいたかった。


「片や、わずか3ヶ月も経たない間に素晴らしき飛躍を見せた少女」


「やめて……」


 弱々しい拒絶が、喉奥からかすれるように漏れた。

 知りたくない。

 聞きたくない。

 その先は、鈴風の心の奥底に縛り付いていた、考えてはならない(、、、、、、、、)事実。

 

「少年は、これから少女をどんな目で見るのだろうね?」


「黙れ……」


 この男はすべて知った上で。

 楯無鈴風の心のよりどころを、たった一言で打ち砕いた。





「そんな君に質問だ。――彼を追い抜いた(、、、、、、、)気分はいかがかな?」





 ああ、それは。

 楯無鈴風という人間のすべてを否定する行いだ。

 その瞬間、鈴風の中で、何かとても大切なものが音を立てて崩れ落ち。


「だまれええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!」


生まれて初めて(、、、、、、、)、理性という鎖を引き千切った。


 殺す。

 殺す!

 殺してやる!!


 狂獣じみた叫び声は、いままで誰も――飛鳥ですら聞いたことがないであろう、ありとあらゆる負の感情がごちゃ混ぜになった、雄々しくも悲しい慟哭(どうこく)だった。

 そして、鈴風にとっての悪夢は更なる加速を見せる。


「君はやはり素晴らしい。正しき怒りを正しき力に変え、正しき思いで解き放つ。まさしく……君こそが主人公だ(、、、、、、、、)


 人工英霊とは精神力を力に変える怪物。

 ならば、鈴風が解放した激情とは、彼女を更なる『進化』へと押し上げる劇薬であった。

 エメラルドグリーンに輝く竜巻が鈴風を守護するように巻き起こされる。

 手と足にしか装着されていなかった翠色の装甲が細胞分裂するかのように胴体を侵食。堅牢、なれど鈍重さは感じられない軽装鎧(ライトアーマー)として再構築された。

 背面、腰の部分から4枚のブレード状の翼が生えていき、目がくらむほどの輝きを放出し始めた。

 最後に、両耳を包むように形成された翼をあしらったヘッドギアが装着され、楯無鈴風の『進化』は、ここに果たされた。



 ――護法刻印(アルターコード)NO.201“ゲイルスキュール”、展開完了。

 ――各追加回路、動作に異常なし。

 ――適合者(キャリアー)の要請により、固有能力(システム)最適化(アップデート)を開始・・・・・・完了。

 ――全移行工程を完了しました。これより適合者(キャリアー)に全権限の行使を譲渡します。

 ――あなたの往く未来に『進化』の祝福があらんことを。



 脳内から響いてくる知らない女性の声。

 何を言っているのかはさっぱり理解できなかったが、別にどうだっていい。

 目を開ける。

 麗風と対峙した時とは違う、不安定さなど欠片も感じられない。


「やはり何度見ても、『進化』の輝きは私を昂らせてくれる。……全身に嵐を纏いしその姿、もし名を付けるならば“フルテンペスト”と言ったところか」


「……好きに呼べばいい」


 自分でも驚くほどに抑揚(よくよう)のない声が喉をついた。

 ひとまず、さっきまでの自分が悩んでいた名前を決めてくれたのでありがたく拝借しておく。少々長いが、以後この武装群を“ジェットセッター・フルテンペスト”と呼称することにした。

 苛立ちも、怒りも、悲しみも、何も感じない。

 ひたすらに()いだ、どこまでも平坦なままの精神(ココロ)


「戦わなきゃ、戦わなきゃ。だってあたしは『正義』なんだから――」


 第二位階(セカンドフォーム)への『進化』は、彼女の精神性までもを最適化(、、、)させた。

 つまり、自分の感情の有り方に思い悩むというのなら――いっそ心を無くしてしまえ(、、、、、、、、、)

 それはあまりに合理的で、あまりに残酷な結論だった。

 けれど、鈴風自身でも気が付かないほどの心の奥の奥で。

 彼女の魂は、ずっとずっと涙を流し続けていた。





 一緒に行こう。

 一緒に頑張ろう。

 楯無鈴風は、いつだって誰かのために(、、、、、、)戦ってきた。

 自分のことなんて別にいいのだ。

 誰かが笑ってくれることが、自分にとって一番の幸せだったから。

 自分の行いが誰かの笑顔を生むのだと。誰かの役に立てるのだと。

 信じて。

 信じて。

 信じ続けていた。

 でも……これ(、、)はなに?

 すべては彼に追い付いて、彼の隣で支えてあげたいという願いだったはずなのに。

 いったい、どこで間違えてしまったんだろう?

 これは、本当に誰かを笑顔にしてくれているの?

 あの人は、本当に喜んでくれるの?

 一緒に隣を歩いていたいと言っておきながら。

 お前は彼を、置き去りに(、、、、、)してしまったのだ(、、、、、、、、)

 それは、お前を信じてくれていた彼に対する裏切り以外のなにものでもない。


「やだ……」


 もう、お前は彼の隣にいる資格などない。


「やだよ……」


 (つぐな)わねば、罪は(あがな)わなければ。

 でも、どうやって?

 そんなこと決まっている。

 戦え。

 戦え。

 その身が朽ちて果てるまで、戦い続けろ。

 彼を傷付ける敵をすべて討ち果たすまで、戦い続けろ。


「ああ、そっか」


 見返りなど求めるな。


「そうだよね」


 これは罰なのだから。


「戦わなきゃ」


 そうだ、戦え。


「戦わなきゃ」


 戦い続けたその果てに、すべての笑顔を置き去りにしてしまうのだとしても。


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