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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE4 氷夏
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―第141話 愛しき人形達の哀歌 ④―

「貴女がここに来るだなんて、珍しいですね」


 理事長室のテーブルで向かい合う2人の女性。

 ひとりはこの部屋の主である日野森綾瀬と、


「こうでもしないと、あーくんがとびだしていっちゃいそうだったもん。それに、みらいのおねえちゃんにもあいたかったし」


 もうひとりは、灰色の髪が印象的なヴァレリア=アルターグレイスだった。

 2人とも、黙っていれば誰もが振り向くであろう絶世の美女だ。紅茶を片手に談笑などしていれば、さぞ絵にもなっただろう。片や艶やかな着物姿、片や全身灰色のミリタリーコートという、方向性がかけ離れ過ぎた出で立ちをしていてもだ。


「お前に義姉(あね)と呼ばれる筋合いなどない――なんて寸劇をしている場合ではないことくらい、貴女も分かっているでしょう。真面目にやりなさい」


「あそびじゃないもん、まじめだもん、ほんきだもん……」


 綾瀬とヴァレリアは、飛鳥が《八葉》に入ってからの繋がりで知り合った1年程度の付き合いだ。親友と呼べるほど深い付き合いでもないが、肩肘張らずに話し合えるくらいには打ち解けていた。

 いじけてテーブルの上に指先で「の」の字を書き始めたヴァレリアをぴしゃりと一喝しながら、綾瀬たちは《八葉》にいる飛鳥たちのこと、学園を襲撃してきた《パラダイム》の情報など、お互いの状況を確認し合っていた。

 その上で今後の具体的な方策を練るのが、この場における最高責任者たる2人の役目だった。


(クロエといい、霧乃といい、彼女といい……あの愚弟は、つくづく年上から言い寄られる宿命のようですね)


 ヴァレリアが自分の弟にどんな感情を抱いているのかなど、今はさしたる問題ではない。

 この事件が解決した後なら、色恋沙汰など好きなだけやってもらって結構なのだ。

 その果てに、ヴァレリアと恋敵(クロエ)との仁義なき戦いが始まろうが、綾瀬は一切干渉するつもりはない。男なら、その程度自分で何とかする甲斐性くらい持ちあわせていなければ話にならないだろう。

 今後の方針を煮詰めた後、話は先の戦闘で綾瀬が飛び出していったこと、一蹴が“ホワイトフラッグ”で乱入してきた時のことに流れていく。


「あやちゃん、あんまりむちゃしたら、だめだよ? すごくあぶなかったことくらい、わかってるよね?」


「生徒を矢面(やおもて)に出して、自分だけ安全な場所で隠れるなど、いち教師として――いえ、大人として恥ずべきことです。……何の関係のない矢来を戦場に駆り立ててしまった私に、そんなことを言う資格などないのでしょうけど」


 戦いなどまるで知らない普通の生徒である一蹴を、間接的にはいえ戦場に送り込む手助けをしてしまたことが、綾瀬にとっては最大の過ちとして胸を抉っていた。

 体育館でアルヴィンから、地下の兵器を使って敵を撃退するという発言を鵜呑みにしたのが、そもそもの誤りだった。確かに彼は、自分が戦う(、、、、、)とは一言も言っていなかった。

 それに、あの正義感の強い一蹴が、それを聞いて何もせずに黙っているわけがなかったのだ。

 監督不行き届きで済む話ではない。


「でも、そのこはきっと、じぶんでたたかうってきめたんだよね。だったら、あやちゃんがきにやむことじゃないとおもう」


 頭を押さえて(うつむ)く綾瀬を気遣って、ヴァレリアはそんな言葉をかけてくれた。

 確かに、彼女の言う通りだろう。

 綾瀬が一蹴に頭を下げたとしても「なんで理事長が謝ってんすか!? これは俺が自分で決めて勝手にやったことなんだから、悪いのは全部俺っすよ!!」なんて答えが間違いなく返ってくる。

 だが……その気持ちに胡坐(あぐら)をかいて、子供が勝手にやったから私には関係ないなど、どの口が言えるものか。


「教師とは、子供たちを教え導くものです。その責務をまっとうできなかった――それは言い訳しようのない事実です」


 大怪我して、死んでしまってもおかしくなかった道に生徒を送り込むことが、教師として、大人として正しいことであるわけがない。

 一蹴に限らず、一緒に戦っていたクラウやレイシア、刃九朗だってそう。飛鳥や鈴風、クロエだって、綾瀬から見たら未熟で手のかかる悪ガキどもだ。


『なまじ俺には力があって、それで目の前に助けられる人がいて、動かないなんてありえないから』


 いつぞやの飛鳥の言葉を思い出す。

 弟の言い分は正しい。清々しいほどまでに綾瀬も同じ考えだ。

 飛鳥だけではない、この場で戦ってくれたすべての人には、きっと根底に同じような思いがあったはずだ。

 でも……それでも、彼らは子供なのだ(、、、、、、、、)

 未来に無限の可能性を秘めた、空へ羽ばたく前の雛鳥なのだ。

 代われるものなら代わってやりたい。いや、本来ならそうでなくてはならないのだ。


「やっぱりあやちゃんは、あーくんのおねえちゃんだね。そっくり」


「ヴァレリア……?」


 苦悩の海に意識を持っていかれてしまっていた綾瀬だったが、少しだけ嬉しそうな様子で声をかけてくるヴァレリアの反応にはっと頭を上げた。


「ああしなきゃ、こうしなきゃって、いつもじぶんをがんじがらめにしているところとか。だれかのことばかりかんがえて、じぶんのことをまるでみていないところとか。……ぶきっちょだよね、ふたりとも」


「貴女は私を馬鹿にしているのですか」


 普段通りの眠たげな瞳のまま、肘をテーブルに置いて笑いかけてくるヴァレリアの態度に、綾瀬の胸の内からふつふつと苛立ちがこみ上げてきた。

 いつも能天気で何を考えているのか分からないこのふわふわ女相手に、何もかも見透かされているような心地になってしまうのがどうにも納得いかなかったのだ。


「ばかっていえば、ばかなのかも」


「よし今すぐ表に出なさい。その気だるげな顔、校庭の雪に突っ込んでしゃっきりさせてやりましょう」


 腕まくりをしながら立ち上がる綾瀬をどうどうと諌めながら、ヴァレリアは慌てて言葉を付け加えた。


「そういういみじゃなくてね? あやちゃん、いつもひとのことをきにしてくれるのはうれしいけど……それであやちゃんがつらいおもいをするようじゃ、いみがないんだよ?」


「……私自身の気持ちなど、別にどうでもいいでしょう」


「よくない。あやちゃんがみんなをだいじにおもってるのとおなじように、みんなだって、あやちゃんのことがだいじなんだから」


 要領のいい話しぶりではないが、彼女が言いたいことは何となく伝わってきた。

 理事長先生は、いつも生徒たちのことばかり気遣っていて、自分自身のことなんてほったらかし。辛い顔ひとつ見せずに、いつもいつも頑張っている。

 そんな綾瀬の姿は、彼女自身が思うよりもずっと、周りの人から認められてきていた。

 だから、生徒たちもまた、そんな彼女の優しさに応えたいと思うのは当然のこと。


「りじちょうせんせいは、いつもわたしたちのためにがんばってくれてる。だから(、、、)、わたしたちもがんばらないと――だれだって、きっとそうおもうよ」


「……」


 綾瀬にはとんと自覚はなかったが、彼女はクロエをはじめ、多くの学園生徒にとっての憧れとなっている。

 いつも気高く美しく、厳しくも優しい理想の大和撫子。あの人のようになりたい、あの人のようでありたいと(こいねが)う生徒も少なくはなかった。クロエはまさしくその筆頭格である。


「このがくえんにいるひとは、みんなすごいっておもうよ。みんなが、みんなをだいじにおもってる。いたくてつらいことからもにげださずに、まっすぐにたちむかってる」


 まるであやちゃんみたいだね、とヴァレリアは言葉を締めくくった。

 いつもぼうっとした彼女からは予想できないほどの饒舌(じょうせつ)ぶりに、綾瀬はしばらく返す言葉が思い浮かばなかった。

 しばらくだんまりとなった理事長室に、ふと控えめなノックが鳴った。


「邪魔をする……します。理事長、霧乃が呼んでいるので来て……いや、ご足労いただきたいのだが……です」


 ドアを開けて入ってきたのは、なんとも珍しい客人だった。

 鋼刃九朗。

 霧乃が連れてきた奇妙な転校生にして、今では弟のよき友人。

 礼儀を気にして、いかにも苦手そうに丁寧な言葉づかいを心がけていたようだが、どう聞いても違和感しかない話し方になってしまっていた。


「なんですか鋼、その取って付けたような敬語の使い方は。あなたの性分は理解しているので、無理に言葉づかいを直さなくても結構です」


「ぬぅ……面目ない、です」


 綾瀬は苦笑しながら、刃九朗に普段通りのしゃべり方を指示した。

 どうやら彼、保健室で寝ていたはいいが、急に深刻な話が始まった上に軽く周りから無視されてしまったので、居心地が悪くなって出てきたそうだ。そのついでに、霧乃から綾瀬を連れてくるよう頼まれたらしい。

 この男、普段はクールぶった鉄面皮であるのだが、こと戦闘以外の場面では残念な役回りになっていることが多い。悪い子ではないと分かってはいるが、どうして弟の周りにはこんな珍妙な友人ばかり集まるのだろうか。


「あ、じんくんだー。おひさー」


「誰かと思えば第一師団の隊長か。飛鳥を振り向かせるために、今度は姉から懐柔しにきたのか?」


「ぎ、ぎくり……きみがなにをいってるのか、わたしわかんない」


 どうやらヴァレリアとは顔見知りのようだ。《八葉》の中で会う機会があったのだろう、特に驚くことでもない。懐柔うんぬんについては後でじっくり問いただそう。

 さっきとは打って変わって、冷徹な態度で喋りはじめる刃九朗と、なぜか目に見えて狼狽し始めたヴァレリアのやり取りを尻目に、綾瀬はソファから腰を上げた。霧乃にはそっちから出向いてこいと言いたいところだったが、怪我人相手には仕方がない。


「ちょうどいい、今しがた今後の動きも定まったところです。ヴァレリア、貴女も来るように。霧乃とはまだ会ったことがないでしょう、顔合わせくらいしていきなさい」


「はーい」


 さっきまでの話はうやむやになってしまったが、今はあまり気にしないでおくことにした。結局のところ、ヴァレリアに何と言われようと、今の自分の考え方を曲げることなんてできないからだ。


(でも……心に留め置くくらいはしてきましょう)


 理事長なんて立場になってからは、正面から綾瀬に意見をぶつけてくれる人間はほとんどいなくなってしまっていた。あえて言うなら霧乃くらいだが……基本的に変人な彼女の意見を参考にしたくはなかった。

 ヴァレリアも常識人には程遠い気もするが、自分ひとりでは得られない回答を教えてくれる友人とは、得難いものだと知っていたから。


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