―第139話 愛しき人形達の哀歌 ②―
だいぶ間が空いてしまいました、お待たせしてごめんなさい!
民間人は、確かに全員が怪我なく無事で救出された。
だが、実際に《パラダイム》の猛威を食い止めていた戦士たちは、誰もが満身創痍の状態だった。
「ふっ――ざけんなあああああああああっ!!」
「ひぃっ!? い、いったい何事なのですー!?」
負傷した人たちの様子を見に保健室の扉を開いた真散を襲ったのは、ヒステリー気味に叫び立てる妙齢の女の怒号。最初は自分が怒られたのかと思い状況を把握できなかったが、保健室の外からおそるおそる顔を出してみると、
「あ、相変わらず、キレのいい拳を叩き込んでくるね、霧乃」
「お気に召したならいくらでもくれてやるわよ。元より、パンチ一発で私の怒りが収まるわけないでしょうが」
リーシェと同じ、若草色の髪をした白衣の男性が床に尻もちをついて、霧乃先生と何やら話しているようだった。
霧乃の思い切り拳を振り向いた体勢からして、彼女が白衣の男性に殴り掛かったのは明白。ケンカの理由は分からないが、とにかく止めるべきだというのは間違いなかった。
「先生、夜浪先生! 暴力はいけないのです、ダメなのですよー!!」
「ああん? ……って水無月か。別に喧嘩してるわけじゃないのよ。この腐れ外道に正義の鉄拳をお見舞いしてただけだから」
「一方的という意味ではなおのことよくないのですーっ!!」
事情は知らないが、殴って解決する物事とも思えない。
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、暴力反対を声高に訴えかけるちっちゃな生徒の姿に、霧乃も毒気を抜かれたのか肩から力を抜いてがっくりと項垂れていた。
苛立ち混じりに乱暴に頭をかきながら、霧乃は白衣の男――アルヴィンに汚物でも見るような目で話しかけた。
「よくも、私の生徒を勝手に巻き込んでくれたわね。それも、まともに戦いの心得なんてないただの人間を。……納得のいく説明をしてもらおうかしら」
「まあ、こうなるよね。やれやれ、覚悟はしてたけど……」
純然たる敵意を向けられたアルヴィンは、怖れというよりは悲しみに近い感情を顔に出しながら、よろよろと立ちあがった。
とりあえず暴力沙汰は回避できたのを確認した真散は、ちらりと保健室の端にある2つのベッドに視線を向けた。
「く……クーちゃんっ!?」
窓際のベッドで横になっているのは、いつも見慣れたかわいい後輩の姿。
だが、その身体のあちこちが内出血で紫色に変色しており、上半身は包帯やギプスで乱暴にぐるぐる巻きにされていた。とてもではないが適切な処置とは言えない。
真散に気付いたクラウが首だけを持ち上げて申し訳なさそうな目線を送ってきた。
「あ、部長……」
「あ、部長、じゃないのですよ! なんなのですかその大怪我は! さっきの戦いで怪我したのは分かりますけど、だったらこんなところで寝てないで、《八葉》の人に頼んで――!!」
「それが嫌だって言って聞かないのよ、こいつ」
能天気な反応を見せるクラウを怒鳴りつけようとする真散の横から、呆れた様子のレイシアが顔を出してきた。どうやら彼女が看病していたらしい。
「とりあえず、私の魔術で命に別状はないレベルにまではリカバリーできたわ。……けど、クラウ。あんた今でも骨やら内臓やらボロボロだからね? てかよくまともに喋ってるわねとツッコみたくなるくらいの大怪我だからね?」
「あはは、大丈夫だよ。いつまたここが戦場になるかも分からないし、寝てなんていられないよ。その気になれば僕の魔術で何とかできるし「本気でそれやろうとしたら、顔面ぶん殴ってでも止めてやるわよ」……止めるなら、もうちょっと普通に止めてほしいな」
自分を顧みようとしないクラウの言動に、レイシアがドスの効いた声で脅迫ぎみに釘を刺していた。“
言いたいことはレイシアがほとんど言ってくれたので、真散はかける言葉を失ってしまいその場に立ち尽くしてしまった。
自分が体育館にこもっている間に、彼らはこれほどの負傷を負ってまで真散たちを護ってくれたのだ。
けれど、嬉しいなんて気持ちはまったくない。
(情けないのです……)
年下の子にここまでさせて、自分には何もできないという事実が悔しくて、悲しかった。
分かってはいる。さっきリーシェが言っていたように、戦うだけが戦いではない。誰かの看病をしたり、見張りをしたり、無力なりにできることは山ほどある。
でも……それは、自分が弱者であるという事実から目を背けた、言い訳のようにも思えてしまうのだ。
「部長? どうしたんですか?」
俯いたまま立ち尽くす部長の様子に、クラウが心配そうに声をかけてきた。
怪我人にまで気を遣われる始末。ますますもって情けない。
真散は膝を折ってしゃがみこみ、ずぅんという擬音が聞こえてきそうなほど更に落ち込み始めた。
「え、え!? ちょっと部長、どうしたんですかってあいてててててえっ!?」
「あんたなにいきなりダウナー入ってんのよ!? それとクラウも無理矢理動こうとしてんじゃねぇわよ! 傷は治ってないってさっきから言ってんでしょうが!!」
後輩2人があーだこーだと騒ぎ立てる中、その隣のベッドの上には、
「……俺の存在は眼中になしか」
一応自分も戦ったんだが、という言葉を飲み込んで嘆息する刃九朗が複雑な顔をしながら横たわっていた。
真散がひとまず気を持ち直したのをきっかけに、それぞれが今回の襲撃の顛末について話を巡らせていた。刃九朗は負傷がたたったのか無視されたことに機嫌を悪くしたのかは不明だが、我関せずと完全に寝てしまっていた。
「学園の地下にはそんなものがあったのですか」
「うむ。サイクロプスはもう稼動していないし、僕の立場上、《八葉》ではあまり自由に動けないからね。仕方がないから、誰の目も気にせず自由に研究できる場所を探していたのさ」
「ただの自業自得よ、それは。別にあんたがどこでどんなガラクタ作ろうが知ったこっちゃないケド……問題は、その“ホワイトフラッグ”とやらに、無関係なウチの生徒を乗せたってところよ」
一蹴が“ホワイトフラッグ”を駆ってシグルズを撃退としたという衝撃的な事実は、保健室にいた全員を大きく驚かせるものだった。
一蹴は人工英霊でも魔術師でも、何か別の特殊な能力を持っているわけでもない、正真正銘ただの人間だ。そんな彼が、霧乃やクラウ、刃九朗が束になっても敵わなかった相手に一矢報いることができたというのは、
「ようやく、機械が超人や魔女に追い付いてきたという証左にならないかい? ……と言っても、力技で学園の外に押し出しただけらしかったけどね」
アルヴィンの言葉通り、何の力も持たないはずの人間が最大級の活躍を見せたということだ。
《八葉》の救護班経由で聞いた話としては、一蹴はシグルズを湾岸方面まで吹き飛ばしたが反撃され、機体は大破。彼も重傷を負ったらしいが、つい先ほど《八葉》のスタッフに救出されたらしい。
その後のシグルズの足取りは掴めていないものの、結果だけ見れば、誰の犠牲もなく敵を撃退できたと言っていい。
だが、それで誰もが納得できるかどうかは別だ。
「まさか……そんなことを証明するために、矢来を利用したって言うの!!」
手前勝手なアルヴィンの証明に、レイシアの怒号が飛んだ。
人工英霊や《九耀の魔術師》よりも、自分が作った機械兵器の方が凄いことを見せつけるために無力な一蹴を使った――彼女はそう解釈したのだ。
霧乃も概ね同じ捉え方をしていたようだ。言い訳があるなら聞くわよと、目線でアルヴィンに話の続きを要求していた。
「否定はしないよ。だが、他に選択肢がなかったという事情もある。僕みたいな虚弱体質じゃブーステッドアーマーの操縦なんて無理だし、あの機体は特別製でね、フランシスカのような人工英霊では、そもそも動かせないのさ」
「? なによそれ。ロボットなんざ、スイッチとレバーぐいぐい押してたら誰にも動かせるようなもんでしょうが。人を選ぶロボットなんて聞いたことないわよ」
「君の中のロボット像はいったいどんなものなんだい……?」
事情を知らない真散の目から見ても、霧乃とアルヴィンは、そんな軽い口のきき合いができるほどに気安い関係に見えた。今は2人の関係を詮索する場面ではないので、特に聞くことはしなかったが……仲の良いケンカ友達のようにも見えて、ほんの少しだけ微笑ましいとも感じられた。
「そこの『鍛冶師』を除けば、君らは機械関連は素人みたいだし、詳しい説明は避けるけど……“ホワイトフラッグ”には、これまでのブーステッドアーマーにはない機能を搭載してるんだ。たぶん、《パラダイム》の狙いもそいつだったんだろうね」
「随分ともったいぶるわね。いったい何なのよ、その新しい機能ってのは」
「あの、ちょっといいです? もしかして、学園内でその“ホワイトフラッグ”が作られてなかったら、ここが襲われることもなかったんじゃないのですか?」
「えっ!? えーとまあ、そうなの、かな?」
真散の脳裏に突発的にそんな疑問がよぎったので、先を急かす霧乃をよそについ声を挟んでしまった。
思いっきり気まずそうな顔をするアルヴィン博士をよそに、
「たぶん、それはきっかけに過ぎないと思います。学園ではなくすずめ荘が先に襲われたのも、おそらくは敵対勢力である僕達の戦力を削ぐためでしょうし、どの道戦うことにはなったでしょうね」
その疑問に答えたのは、包帯まみれで半分ミイラ化しているクラウだった。
今更だが、彼の傷は打撲がメインなので、出血を防ぐ包帯を巻いても意味がないような気がしたがどうなんだろうか。でも、その包帯を巻いたのはレイシアなので、変に追及したら(言葉と物理の両方で)噛み付かれそうだったので気にしないことにする真散さんだった。
「部長、言いたいことがあるなら聞いて差し上げるわよ?」
「な、なんでもないのですよー」
そして、こういう時に限っていつもエスパー並に察しがよくなるレイシアさんだった。
「えーと、話を戻していいかい?」
「あう、ごめんなさいなのです」
こっちが油断するとすぐに周りを巻き込んでどつき漫才を始めようとする、まったく扱いに困る部員たちだ。そんなことを真散が考えた瞬間、隣のレイシアから殺し屋みたいな目で睨まれたが無視した。
気にせずどうぞー、と苦笑いをしながらアルヴィンに話を促した。
「妙な空気になっちゃったけど……まあいいや。一言で言うなら、あの機体には『成長』するシステムを搭載しているんだ。人工知能が学習するとかそういう次元なんかじゃない。まるで人間みたいに、戦いを通して機体そのものが成長する機能をね」
「はぁ? なによそれ。だったらあの機体は、戦えば戦うほど打たれ強くなったり背が伸びたりするとでも言うっての?」
馬鹿らしいと吐き捨てる霧乃だったが、彼女はふたつ失念をしていた。
今は高次元の科学技術により、どんなものが創造されてもおかしくはない時代だということ。
「うん、まさしくその通りだ。あの機体の核となっている機能――『システム・アイテール』は、搭乗者の精神力を糧として機体を『成長』……いや、『進化』へと促す、科学技術の新たな可能性だ」
「『進化』って……それって、まさか」
そして、姿形を変貌させるほどの『成長』を実現させる存在を、霧乃は既に知っているはずなのだ。
「ああ。“ホワイトフラッグ”は、つまるところ機械の人工英霊だ。『鍛冶師』のように人間をベースにしているわけではない。正真正銘、すべてが電子と鋼鉄によって構成された、『進化』する機械なんだよ」