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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE4 氷夏
145/170

―第138話 愛しき人形達の哀歌 ①―

第1章の伏線回収がちらほらあるパートです。

16話を読み返した後に見てもらうといいかもしれません。

『ふむ……それで君は、みすみすその機体を放り出してきたと』


「一部分なら持ってきてるぜ? 人に何かを指示するなら内容は正確にな」


 名も知らぬ少年に別れを告げてしばし。

 無人の道路をひとり歩くシグルズは、定期連絡で案の定な反応をしてきた『上司』に対し、予め用意していた回答でお茶を濁していた。

 定時連絡――といっても、今の会話は通信機越しにされているものではない。


「それにしても、この念話(テレパス)ってのは好きになれねぇな。腹の底を覗き見されているみてぇで、どうにも気持ちが悪い」


『そう言ってくれるな。君に通信機を渡したところですぐに壊してしまうのだから、これ以外に連絡の手段がないのだよ。嫌なら、もう少し暴れるのを控えたらどうかね?』


「やなこった。戦いを自重するようじゃ、それはもう俺じゃねえよ(、、、、、、)。アンタとて、このシグルズ=ガルファードにそんな甲斐性求めても無駄なことくらい分かってんだろ?」


『やれやれ。無茶を言っている自覚がある分、なおのこと厄介だな、君は』


 念話(テレパス)――人工英霊の中には、そういった能力を発現させている者も珍しくはない。今シグルズが会話している人物もそのひとりであり、精密機械など持たせられない戦闘狂のために、緊急の通信手段としてこの能力が用いられていた。

 海際からの強風にコートをなびかせつつ、シグルズは野太い声でくしゃみを吐き出した(、、、、、、、、、、)


『おや、流石の君もこの寒さには参っているのかな? 《パラダイム》最強の男が、随分と可愛らしいものだ』


「喧嘩売ってんのか、テメエ……」


 先程までとは態度を一変させ、シグルズは不快さを露わにして地面に(つば)を吐き捨てた。

 さて、この何気ないやり取り――実は、絶対不可侵の牙城である“覇龍顕現(バハムートスケイル)”を攻略するための、最大のヒントが隠れていた。もちろん、寒さに弱いなんて拍子抜けな答えではない。

 もし、この場に洞察力に長ける飛鳥や霧乃がいたならば、今後の展開は劇的に変化していたのかもしれない。

 だが、シグルズの行動を知覚している人間は、彼と会話している男以外には一切見当たらなかった。それが意味するところは――


危ねぇ危ねぇ(、、、、、、)……ちっとばかし気が緩んでたか)


 最強の獅子は命拾いをした(、、、、、、)、という事実に他ならなかった。

 その真実を知る者は、誰もいない。シグルズ自身ですら知り得ない運命の分岐点を、無意識に通り抜けた瞬間だった。

 道の先が『白』以外の何も認識できない豪雪の中、シグルズは、


「……おっと、どうやらお客さんみたいだ。悪いがおしゃべりはここまでだ」


 白の向こう側より来たる濃密な気配に、背筋をぶるりと震わせた。

 強い。今まで出会ってきた中でも、間違いなく五指に入るほどの強者だ。

 《九耀の魔術師》、新型の機動兵器と、並みいる戦士を平らげながらも、獅子の胃袋はまだ満たされていなかったようだ。


『そのようだ。では、君に『進化』の祝福あれ』


「はっ、いらねぇよそんなもん」


 軽口を返して念話が切れたのを感じ取った。

 肉を貫くような鋭い殺意の投射が、シグルズにとっては何よりのごちそうだった。思わず舌なめずりをし、新たな勇者の到来を待ち構えた。


「な、なんだありゃ……」


 シグルズとて世界中を渡り歩き、ありとあらゆる戦士たちと拳を交えてきたつもりだ。

 だが、だからと言って……


「なんだ、あの格好は(、、、、、)……」


 シグルズ=ガルファード、何年ぶりになるかも分からないほどに、本気で驚いていた。

 まさか、まさか……


「貴殿が《パラダイム》の戦士、シグルズで相違ないな?」


 この極寒、この猛吹雪の中、タンクトップ1枚で(、、、、、、、、、)歩いてくる奴がいたとは!!

 短く刈られた黒髪、鋼のごとく鍛え込まれた全身の筋肉、日本刀のように鋭い双眸。

 ああそれは、どれもこれもが歴戦の勇者を思わせる佇まいだった。

 だが、


「……おい、アンタ。寒くねぇのか?」


「愚問。我が筋肉を貫く冷気などこの世に存在せぬ」


 大胸筋をぴくぴくと隆起させながら答えてくるこの男の存在感の前では、そのどれもが無意味だった。

 聞かずとも分かる――こいつは変態だ。

 しかし、そんな馬鹿げた外見とは裏腹に、今もひしひしと感じているこの闘気、この戦意。油断が許される相手ではない。

 かつて、とある男との決闘でしか感じ得なかった命のやり取り(、、、、、、)の感触、それを、目の前にいる筋肉野郎からも感じ取れたのだ。

 それを思えば、外見や人格の奇特さなど些細なこと。


「再度問おう。貴殿がシグルズ=ガルファードか?」


「おうよ、その通り。俺のことを知ってるってことは……アンタは《八葉》ゆかりの人間ってところかい?」


「肯定する。――《八葉》が第八枝団『日輪』隊長、断花竜胆(たちばなりんどう)。貴殿ら《パラダイム》の野望を阻止すべく参上した」


 ――大当たりだ(、、、、、)

シグルズは内心で狂喜乱舞していた。

 《八葉》の戦闘部隊、それも隊長格となると、あの男――宿敵でもある高嶺和真と同等の位置に値するということだ。


「それも断花ときたか! 音に聞こえし『人外狩り』の一族、相手にとって不足はねえ!!」


 知らないはずがない。

 日野森飛鳥も体得している“断花流弧影術”の雷名は伊達ではないのだ。

 人の身で、いかに人ならざる者を断滅せしめるかを追究したその術理――《パラダイム》の人工英霊がどれだけその使い手の餌食になってきたか、数えるのも馬鹿らしくなるほどであった。

 口角が吊り上がるのを止められない。(よだれ)が出そうなほどに求めてやまなかったものが、突然目の前に転がってきたのだから。


「貴殿のことはよく知っている。我が盟友(とも)、高嶺和真が唯一仕留めきれなかった狂い獅子。そして……いつぞやは、愛弟子の飛鳥が世話になったそうだな」


「ほー、烈火の坊主の師匠だったのかい、アンタ。道理で、あの坊主も変わった体術を使うと思ったぜ。ま、あれくらいの技の冴えだったら、せいぜい中伝あたりじゃねぇのかい?」


「いかにも。あやつはまだ孤影術の半分も使いこなせておらぬ半端者だ。断花流の深奥(しんおう)は、そう簡単に至れぬものではない……貴殿にも、その一端を見せてやろう」


 鋭い目つきを更に細くし、竜胆は両手を無造作に前へと持ち上げた。

軽く握った拳を肩の高さで止めただけの、構えとも呼べない構え。


「く、くくくく……くははははははっ! いいぜいいぜ、ゾクゾクしてきやがった! これだよ、これ、こういう戦いを待ち望んでたのよ、俺はぁっ!!」


 滾る熱気に耐え切れず、シグルズは鈍重なコートを脱ぎ捨てた。今の竜胆の服装を笑えないが、ここまで気分が昂っては、寒さなどまるで感じられなかった。

 百獣の王に技などいらぬ。

 シグルズはただ全力で拳を形作り、大きく後ろへ引き絞った。

 互いの名乗りは既に済んでいる。

 あとはただ、戦うのみ。


「さあ楽しもうぜ、俺達の戦争をなあああああああああああっ!!」


「いざ――!!」


 これぞ、現在の白鳳市で成立する、最強対最強の至高の対戦表(カード)だった。

 進化の到達点に立った荒ぶる『獣』と、超人を超越した『人間』との激突は、大気を揺らし、大地を破滅させ、大海を揺るがした。

 破壊、破壊、破壊。

 2人の戦場を言い表すのに、それ以外の言葉は不要だった。









 白鳳学園に《八葉》の救援部隊が到着したのは、一蹴がシグルズもろとも敷地外へ飛び出していった数分後のことだった。

 

「すまない、私たちがもう少し早く着いていたら……」


「リーちゃん、そんなに落ち込まないで欲しいのですよ。みんな無事だったのですし、リーちゃん達が来てくれて本当に嬉しかったのです」


 申し訳なさそうに頭を下げるリーシェに対し、真散部長は困った顔であわあわと両手を振っていた。

 武装装甲車5台、救護用車両3台。救護スタッフ20名。

 荒れ狂う猛吹雪の中で《八葉》が学園に派遣できたのは、たったこれだけの設備と人員に過ぎなかった。

 更に、この派遣人員の中で戦闘班として組み込まれていたのは、わずか2名。


「それにしても、敵として襲ってきたのがあのフランシスカ――そのクローンどもだったとはな」


 因縁深い相手との思わぬ再会に苦い顔をするブラウリーシェ=サヴァンと、


「あやちゃーん、どこー? みらいのいもうとがあいにきたよー」


 この部隊を束ねる指揮官としてやってきた第一枝団隊長、ヴァレリア=アルターグレイスだった。

 飛鳥が中心となって行われていた《八葉》での会議中、真散から入ってきた救援依頼。

 負傷が激しい飛鳥や鈴風を動かすわけにはいかず、かつ《八葉》をガラ空きにするのもリスクがあったためクロエも残留となり、残るリーシェに白羽の矢が立ったのは自然な流れだった。

 そして、リーシェ単独では危険だろうと、救援部隊を率いたヴァレリアが追従する形でここまでやってきたのだった。


 度重なる戦闘の余波で、学園の敷地内は見るも無残な荒れ模様だった。

だが、避難場所であった体育館については奇跡的に損傷もなく、民間人は無傷のまま救出することができた。

 グラウンドの地面に首から下が埋まり込んでいたフランシスカクローンの残党は、まるでスイッチが切れた機械のように、その生命活動を停止させていた。よって、リーシェやヴァレリアが動くまでもなく、学園を狙う敵の手はなくなったことになる。


「と言っても、戦うばかりが仕事ではないものな。部長、私にも手伝えることはあるか?」


「ありがとうなのですよー。だったら、色々お願いしちゃうのです」


 剣を振るうだけが騎士の責務ではない。

 《八葉》から運んできた食料や毛布などの物資を避難民たちに配ったり、周囲に危険が残っていないか見てまわる必要もある。

 リーシェと真散は互いに頷き、学園中を慌ただしく駆け回り始めた。





 哨戒(しょうかい)がてら校舎の中をぐるりと歩いていると、そこかしこに虚ろな瞳のまま倒れ伏した何人ものフランシスカが転がっており、リーシェは言いようのない不快感に眉をしかめた。

 リーシェにとってのフランシスカ=アーリアライズという存在は、偽りだったとはいえ自分の兄だった人を(もてあそ)ばれた仇であり、憎むべき対象だ。

 既に飛鳥と鈴風の手によって仇討ちは為されていたが、こうやって彼女と同じ顔の人間が何人も死んでいる姿を見ていると、


(こいつらも私と同じ、作られた存在――被害者と言えなくもない、か)


 憎しみや怒りよりも、悲しみや哀れみといった感情が強く出るのは、形は違えどリーシェも彼女の『同類』だったからなのだろうか。

 自分自身の意思を持たず、誰かの操り人形としての生き方――いや、こうなってしまっては死に方(、、、)と言うべきか――しか許されなかったクローン達に、内心同情する部分の方が大きかった。


(この人形どもはかつての(、、、、)私の成れの果て、なんだろうな)


 飛鳥や鈴風達と出会い、リーシェは自分の生き方というものを強く考えるようになった。

 だが、もしその出会いがないまま、あの世界で流されるまま生き続けていたら――彼女もまた、こうやって無造作に打ち捨てられる廃棄物と成り果てていたのかもしれなかった。


(同類だった者のせめてものよしみだ、せめて(とむら)いくらいは人並みの方法でやってやるべきか)


 仇だった者に対して情けをかけられるくらいには、リーシェの心の整理もついたようだ。

 どこか一ヵ所に集めようと、近くの倒れたクローンに手を伸ばそうとすると、


「やめておきなさい」


 聞き覚えのある声に、ぴたりと手を止めて振り返った。

 昇降口の階段の上から、こちらを冷ややかな眼差しで見下ろしている白貌の少女に、リーシェは反射的に武器が入ったポケットに手を差し込んだ。


「まだ生き残りがいたとはな……!!」


 フランシスカクローンの残党、どうやら全員が機能停止したわけではないようだった。

 伸縮自在の刃を持つリーシェの剣“シュヴェルトライテ”を抜き放とうと腕に力をこめようとしたが、


「ご安心を、私に敵対の意思はありません」


「なに……?」


 理性的な態度をとってくるフランシスカに思わず面食らったリーシェは、警戒を解くことはせずに、じりじりと後ろへ下がり始めた。


「だから戦うつもりはありませんし、敵ではないと言っているでしょう。そこらの出来損ないと一緒にされては困ります」


「その言葉を信じるに足る根拠がないのでな。なまじ貴様の悪行を知っている身としては、問答無用で斬り伏せたいところなのだが」


 リーシェとて、民間人が多くいるこの場で無用の争いをすることを良しとはしない。戦闘を回避できるのであればそれに越したことはなかった。


「どこかであなたの顔を見た記録(、、)があると思いましたが……そういうことですか。ヴァルキュリア計画プロジェクト、被検体No.27――お久しぶりですね」

 

「き、貴様……!!」


 だが、その考えもいつまで保つか分かったものではない。

 怒りに任せて斬りかかりたい衝動を必死に押し殺しながら、リーシェは表情ひとつ変える素振りを見せないフランシスカを睨み付けた。

 被検体No.27――それは、ブラウリーシェ=サヴァンに付けられた本来の名前(、、、、、)

 今となってはリーシェの記憶の奥底にしか残っていない、忌まわしき製造番号(コードネーム)

 その名を出されて冷静でいられるほど、リーシェは達観した思惟を持ち合わせてはいなかった。


「ちょうどよかった。常々、あなたには言ってやりたいことが山ほどありましたので。……ついてきなさい。あなたの知りたいことを教えて差し上げます」


 リーシェからの返答を待たず、フランシスカは屋上へ続く階段を上っていった。

 少し冷静になって考えてみたが、罠である可能性は限りなく低いだろう。敵意がない、戦うつもりがないという言葉に嘘は感じられなかった。

 言ってやりたいことがあるのはこちらも同じ。

 今まで散々好き勝手に操ってくれた恨みを、最愛の兄を失った慟哭を、忘れることなどできはしないのだから。

 受けて立つ。

 その意思を歩みに変えて、リーシェはフランシスカを追って屋上へと足を踏み入れていった。


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