―第11話 三者三様、苦難は等しく―
長所と短所は紙一重、というお話。
舞い踊る深紅、飛翔する赤刃。
それを撃ち落とさんと殺到する銃撃と閃光、黒金の嵐。
衝撃の余波が周辺の岩盤を崩壊させ、地面には無数の陥没痕と斬撃で生まれた地断層。地球上のありとあらゆる天災を一同に集結させたような、混沌極まる戦場がそこにはあった。
『――第七砲塔、第八砲塔、面制圧開始』
フランシスカの左右に展開された蜘蛛の8脚――その内の2門、荷電粒子砲の顎が大きく展開される。
まるで蕾が花開くように放射状に分離変形した砲門からは、先程までの極太のレーザーではなく広範囲に拡散する光のシャワーが降り注いだ。
火力が分散されたとはいえ、本来は対軍用の戦術兵器。生身で触れるようなことがあれば、融解どころか瞬時に原子核ごと破壊されかねない。
当初は2対2という構図であったが、フランシスカの武装の脅威性をいち早く読み取った飛鳥は、劉をリーシェに任せ自分がこの人型兵器を引き付けるように距離をとった。
空中機動を戦術の主軸とするリーシェでは、豊富な対空武装を持つフランシスカと極めて相性が悪い。まともに接近できず撃墜される可能性が濃厚であったため、必然的に飛鳥がこちら側を引き受けることになった。
(こちらを引き受けて正解だったか。しかし、この武装は思ったより厄介だ……!!)
かすりでもしたら即座に消滅を迎える超火力、その上広範囲で連射もきく。仮に電子光の暴雨を潜り抜けたとしても、待ちうけるのは機関砲と鋼鉄の刃による弾丸剣舞。ウルクダイト以上の剛性を保有しているであろうその漆黒の装甲は、緋翼の灼熱刃でも切断出来ず甲高い響音とともに弾かれてしまう。
無限兵装とも呼べる飛鳥の烈火刃は、あらゆる戦局に対応できるオールラウンド仕様。それは彼自身の戦闘技能、柔軟な発想力により千変万化の戦術を可能とする。
しかし、それは言いかえれば決定打がない。
緋翼二刀では、機動性で光の弾幕を潜り抜けても、一撃が軽すぎるため当のフランシスカ自身に手傷を与えられない。
赤鱗手甲では、確かに彼女の暗黒色の装甲を砕く事も可能だろうが、その前に荷電粒子砲の雹雨を切り抜けるための速度が足りない。
破陣大剣でも同じ結果だろう。
そもそも『万能』の欠点など、飛鳥はとうに承知している――単純な話、選択肢が多すぎるのだ。
眼前のフランシスカのように火力や防御性能に特化したタイプであれば、正面からの力押し一択が正解であり、小細工を弄するという発想自体が間違っている。
戦術を狭めるのではなく、たった一本に限定することにより、余計な判断に意識を裂く必要がなくなり戦闘行動により注力できる特化型の形態の方が、遥かに実戦向きであることは否めない。
『――優勢指数80。戦闘プランに変更無し、このまま制圧します』
「ぐ、うぅ……!!」
各砲門からの火線を更に強める移動戦車の猛爆に、飛鳥は無意識に苦悶の声をあげた。
正攻法のみで事足りるフランシスカと違い、飛鳥の場合は絶対的な正解が存在しない。なまじ打てる手が多いせいで、選択と判断が常に求められる。
決して、烈火刃で構築可能な武装とはこれだけではない。
だが、現状を打破するに足るものを構築しようにも、この破壊の豪雨を前に集中を維持出来ない。ただでさえ精神物質形成は綿密な想像力が要求される。
更に、それと並行して眼前の銃火を潜り抜けるための最適解を幾度となく判断しなければならないのだ。
一手でも誤れば即消し炭というタイトロープ、悲鳴を上げてしまいそうな程に精神が磨耗される中で、戦況に最適な武装構築を行い続ける。常軌を逸した情報並列処理に、飛鳥の脳神経には焼き切れてしまいそうなほどの負荷が襲いかかる。
現状は、比較的構成が単純な参式までの武装でなんとか凌いでいるが……3秒――いや、1秒でもいい。逆転に至る為に必要なその刹那の時間が、今の飛鳥には黄金にも等しかった。
「だが……しかしっ!!」
気炎を吐き、破陣の柄を砕かんばかりに両手で握りしめる。
この逆境、この苦戦。
これを打破してこそ、『反逆者』たる日野森飛鳥の本領と言えるだろう。
蜘蛛の糸のようにか細い、勝利への軌跡を手繰り寄せるために。応用力が高いだけの器用貧乏だからこそ、彼にしか出来ない戦い方がある。
(実戦じゃまだまともに成功したことはないが……やるしかないか)
躊躇っている暇はないと飛鳥は決断し、全身からありったけの熱量を解放する。
『……?』
「何やってるんだって顔だな?……心配しなくてもすぐにわかるさ」
飛鳥の軽口にフランシスカは刹那の逡巡も見せず、再び結束した砲口から破壊の閃光を放射する。
飛鳥は躱さない。
その姿は、彼自身が纏う業火と電子の砲火が織り成す高熱空間により、ぐにゃりと揺らいで見えていた。
そして粛々と飛鳥は宣言した。次なる一手、炎が見出す可能性を。
「紅炎投影、射出」
そして、もうひとつの鉄火場では騎士と拳闘士による一騎討ちが繰り広げられていた。
「抗うな! 我が拳にて砕けて朽ちろぉ!!」
劉功真の拳が大気を引き裂きリーシェに迫る。
衝撃波を伴った殺意の拳を、リーシェはまるで全身を羽毛に変えたかのようにふわりと浮遊して躱す。文字通り空を切った一撃に、劉は思わず歯噛みした。
「我等は空を歩む者。我等に挑むは、天空に挑むと同義である。……さあリュウとやら、貴様に空を砕けるか?」
挑発の意味も込めて、リーシェは小さく嗤った。
直撃どころか、隣を通過するだけで並の人間なら衝撃で骨身を砕かれるであろう鉄槌を前に、彼女はあくまで自然体だ。
飛鳥との戦いでは終始彼に主導権を握られていたが、それは彼女が冷静さを欠いていたのと飛鳥が正攻法でなく搦め手で応じたため。
本来、ブラウリーシェ=サヴァンの戦闘技能は充分に人工英霊と渡り合えるほどのものである。
剣による戦い――というよりあらゆる白兵戦において、相手の攻撃とは常に正面と側面、あるいは後方という同じ地上からの襲撃を想定しているものだ。
だが、リーシェには相手にとっては不可侵の空間である空中に立てるというアドバンテージを保持している。
更にこの事実は、本来1対1の接近戦においての『間合い』の概念を大きく狂わせる。
剣道における一足一刀の間合い。
一歩踏み出せば自分の一撃を相手に届かせることが出来る距離だが、それを空にいる相手に適用させることは酷く困難であろう。
逆に、空のリーシェから地上を狙う場合であれば、その間合いの距離はほぼ無視出来る。重力落下の加速により、むしろ距離をあけるほどに必殺の間合いが完成するという、これはもはや邪剣の域だ。
飛び道具――今回の場合フランシスカの射撃武装とは相性が最悪であった反面、対空手段を持たない劉にとって、リーシェは天敵ともいえる存在だった。
「遅いぞ!!」
上空からの強襲、しかし直線的すぎる剣閃は容易に躱される。一歩後ろに跳んで距離をとる劉ではあったが、空振りに終わったリーシェの姿はすでに正面にはなかった。
達人であればいかに空を飛ぶ相手であろうと、大気の流れや慣性でその動きを先読みすることも可能だろう。
しかし、リーシェの双翼からもたらされる制空力は、鳥のような同じ羽を持つ生物とは大きく異なる。彼女は飛翔する際に羽ばたく必要はない。
有翼人の翼とは肉体の一部ではなく、彼女らの『魔力』によって形成された精神力由来のものである。
翼全体から発生する磁場が重力の指向性を操作しており、航空力学を完全に無視した上昇下降、急激な転進を可能としている。
空中で静止できるのもそのためだ。……当のリーシェ達はそのような理屈など知りはしないのだが。
「ぬぅっ、面妖な……!!」
既存の物理法則を適用できない地上と空中を自在に駆け回る立体戦闘こそリーシェの真骨頂である。
正面からの斬撃はフェイント、右側面に急速転換、では後方――と思いきや真上からの脳天狙い。あらゆる体勢、あらゆる角度からも展開可能な飛剣の舞い。
攻めあぐねて舌打ちする劉を尻目に、リーシェの舞踏は更にステップを速めていく。
「逃がさんぞ、貴様には答えてもらわねばならん事がある。アスカも気掛かりなのでな……早々に決着をつける!!」
「舐めるなよ、石器人風情がぁ!!」
しかし、劉功真も人工英霊だ。
再生した右腕を折りたたみ、リーシェの刃を肘鉄で迎撃する。
肘部分に埋め込まれた結晶、電磁衝撃機構から稲妻が迸った。反射的に後退するリーシェだが、絡みつく蛇のように蒼剣をつたう雷電が全身の筋肉を痙攣させ、顔をしかめた。
それを見た劉は、間隙をついて猛攻するのではなく、ただしてやったりといった表情で暗い笑みを浮かべた。
「――“鉄機掌握”」
「何ッ!?」
その呟きと共に、リーシェの愛刀がまるで磁石に吸い寄せられるように劉の掌に納まった。
突然の剣の反抗にリーシェは目を見開く。
劉功真の人工英霊としての能力は、触れた機械を自身の制御下におくという無機物の思念制御。
その用途は多岐にわたり、例えば飛鳥達が交戦したクーガーやストラーダの制御は、AIによる完全自律行動でだけではなく、劉の能力による干渉により指向性を与えられてのものだ。
そして彼自身の右腕も、本来は義手ではなくAITで開発途中であった機動兵器の一部をそのまま接着、それを劉の能力で再構築と神経接続を行ったものである。
そして、それは先程触れたリーシェの剣にも適用される。
無機物である限り(例外もあるが)すべての武具兵器は劉功真の忠実なる僕と化すという、『武人殺し』だ。
「……卑怯者めが」
「クハハハッ! 無様だな翼の騎士よ。……さあ、先の貴様の言葉通り空を砕かせてもらう!!」
それは正々堂々を旨とするリーシェにとっては最大級の侮辱であった。
己が自身で積みあげた力と技ではなく、搦め手とすら呼べない邪道の技での逆転劇など。
無論、生死を懸けた戦いに正道も何もないものだとは分かっている。
しかし彼女にとってはそれが『戦い』というものを汚す行為そのものであったのだ。
剣を崖下に投げ捨て、劉は丸腰となったリーシェに悪辣な哄笑をあげながら突進してきた。
リーシェは一旦空中に退避すべく白翼を展開させようとするが、先の電磁衝撃により一瞬だけその動作に齟齬が生じた。
「さあ、今度こそ――砕けて消え去るがいい!!」
「おのれ!!」
そこはすでに致命的な間合い。
瞬きの後、断頭台に等しきその一撃により、リーシェの頭はトマトのように潰れ砕かれることだろう。
だが、互いの存在しか意識になかった2人は気付かなかった。
パキン。
上空にて生じた硝子が割れる音に。そして、響き渡るは天より来たる死の福音。
「ふふ……見つけた」
白き死神が舞い降りる。
戦いを汚した悪しき者に裁きの鉄槌を下さんがため、暴虐な笑みを浮かべた『魔女』が、異世界の大地へ舞い降りた。
「お、明らかに怪しい部屋発見!……鍵かかってる。まあいいや抉じ開けちゃえ」
「警戒ってものを知らないんですかああぁぁっ!?」
他の部屋よりも頑強な施錠と厚い扉。
そして左右にいくつか見られる4つの円を重ね合わせたような怪しげな記号――それが意味するのは『生体研究区画』。
そのような意味など露も知らず「こいつは何かある!」と鈴風は意気揚々と手に持った槍で扉をぶち抜いた。
その警戒心ゼロの鈴風の猛進に、フェブリルは諦めてしまったのかげんなりした表情で項垂れていた。
扉をくぐると、そこは洞窟内とは思えないほどに広大だった。学園のグラウンドが丸々入りそうなほどの空間に、均一に設置された無数の巨大な試験管。
「なに、これ……」
鈴風の声は恐怖で別人のように凍り付いていた。培養槽の中は得体のしれない液体で満たされており、そこで蠢いている存在は鈴風にとってあまりに見慣れたものだった。
鈴風を追って来たフェブリルも一瞬言葉を失うが、すぐに冷静さを取り戻し、生理的嫌悪感を噛み殺しながら中身を観察した。
「これは、人間……? いやでも、こんなのって……」
それは辛うじてヒトの形をしていた。
子宮の中にいる生まれる前の人間に見えるが……しかし、それはどうあっても人間と呼ぶべきものではない。
赤子ですらない容貌でありながら、猛獣のような異常に発達した爪や牙。あるいは歪に肥大化した昆虫の複眼。人間と他の生物をつぎはぎにした様な悪趣味極まりないものばかりだった。
人形をバラバラにして別の玩具にひっつけるといった、無邪気な残酷さを持った子供のおもちゃ箱のような直視に耐えない地獄絵図だった。
「う……く……」
胃の中身がせり出してくる感覚に、鈴風は血が出るほどに強く唇を噛みながら無理矢理押し戻す。
(逃げ出してたまるか、ここがあたしの戦場なんだから)
決意と克己心で急ごしらえされた虚勢を以て、鈴風は弱々しくも一歩を踏み出す。
奥へと進んでいくと、培養槽内の生物は化物じみた容貌ではなく、段々と人間そのものの姿になっていた。
「この辺りまで来ると、普通の人間にしか見えないけど……」
立ち並ぶ水槽のひとつを見やる。
揺り籠の中にいるかのように膝を抱えた体勢で眠りにつく女性は、鈴風と同年代くらいに見えるが……果たして彼女は生きているのだろうか。仮に生きていたとしても、彼女は本当に人として生きる事が出来るのだろうか。
「……ああ、駄目だ」
鈴風は大きく首を振ってその思考を振り払う。
これ以上考えても自分が参ってしまうだけだ。陰鬱な思考に潰されてしまう前に、早々に目的を果たして戻るとしよう。
鈴風がこの場で為すべき事は3つ。
最優先としたいのは“祝福因子”の捜索、及び自身の人工英霊化。そうそう都合よく転がっているとも思えないが、これを成し遂げない限りはいつまでたっても足手纏いだ。鈴風にとってはそれは何よりも耐え難い。
そして元の世界に戻る為の手掛かり。その手段が個人の能力によるものだと今の鈴風にはどうにもならないが、異世界間を移動する機器が見つかれば恩の字といえる。
「ジェラールさん、もしかするとここに捕まってるのかも」
最後に、メトセラからの依頼。
リーシェの兄であるジェラール=サヴァンの捜索だ。飛鳥も指摘していたが、彼が失踪したのが1年前であることから生存の可能性は低いと言える。しかし、敵人工英霊の危害が原因と考えると、この場所に何かしらの情報があってもおかしくはない。
ましてやここは『研究施設』だ。異世界の存在である有翼人を検体として捕縛した、という線も充分有り得た。
「……」
「あれ、フェブリルちゃん?」
気が付くと、後ろのフェブリルが付いて来ていない。振りかえると、彼女はひとつの培養槽の前で停止していた。驚愕の感情を顔に貼り付けたまま硬直していたフェブリル、どうしたのかと鈴風もその視線を追うと――
「…………え」
揺り籠で眠る女性の姿を視界に収め、鈴風もまた絶句する。
――なんで、どうして。
「なんなの……いったい何なんだよ、これは!?」
まさに今現在、地上で激戦を繰り広げている筈のブラウリーシェ=サヴァン。
彼女と瓜二つの容姿をした女性たちの眠る水槽が、ひとつ、ふたつ、みっつ……数えようとも思えなくなるほどに、鈴風とフェブリルの視界を埋め尽くしていた。
RPGでもよくありますよね。なまじ能力のバランスがいいキャラほど、何をやらせればいいか分からなくなる。飛鳥はその典型です。