―第132話 白き御旗を掲げよ ②―
先日ニュースで報道されていた『自動操縦の車』。
某携帯会社の看板キャラになりつつある『○epperくん』(伏せ字にする意味があるのかは不明)。
ロボット工学は進んでるなー、と思いつつ今回のお話を差し込みました。
「フランシスカ、一掃したまえ」
「了解」
同じ肉体、同じ武器、同じ技術。しかも戦力は1対多数。
フランシスカとフランシスカクローン達との戦いは、即ちそういう前提で開幕された。
いや、少し語弊があるだろうか。今一蹴の味方をしているフランシスカもまた、数多に創り出された複製のうちの1体に過ぎないのだから。
だが、戦局の天秤は面白いように傾いていく。
フランシスカは腰の武器収納から引き抜いたコンバットナイフ逆手に構えた。廊下の先に群がるクローンの集団に単騎で飛び込み、すれ違いざまに彼女らの首を裂き、内臓を突き、変形武装の動力炉を正確に貫いて爆発四散させていった。
「どうして、ここまであの毒舌ロリっ子の方が圧倒してるんだ? あんたが言うにはまったく同じ能力なんだろ?」
「さて、どうしてだろうね。数値上の性能は寸分に至るまで格差などありはしないさ。だが、あえて違いを挙げるのであれば……判断力だろうね」
便宜上、以降は味方サイドのフランシスカをそのまま名前で呼び、敵サイドをすべてクローンと呼称する。
アルヴィンの考察はこうだ。
クローン達は基本的に自意識というものを所持していない。リモコンで操作されるラジコンカーのようなもので、あくまで外部からの命令に依存して行動している。
対するフランシスカも、そのリモコンの操作者がアルヴィンであるだけで、その形式に変わりはない。だが、
「優勢指数75――マスター!!」
「好きにしたまえ」
「了解!!」
命令・判断・行動までの全プロセスを外部コンピュータに依存しているクローンと、命令から先のアクションを自分自身で決定するフランシスカとの格の違いは、この一点でのみ明確に表れた。
白き舞姫が、剣林弾雨の中を優雅に舞う。ナイフ一本で無数の銃火器を翻弄していくその様は、見る者に一騎当千の高揚感を与えると同時に、舞踏会の主役を思わせる、息を呑むほどの華麗さを併せ持っていた。
「自律活動機能の究極とは自我なのさ。人工知能の発展を突き詰めていったその先に、あの子は立っている」
そう言ってフランシスカの雄姿を見守るアルヴィン博士の横顔は誇らしげなようであり、どこか物悲しげにも捉えられた。よく分からんが複雑な事情があるんだろう、と一蹴は特に話を掘り下げるつもりはなかった。
それに、一蹴とてこのまま後ろで見物と洒落込むつもりなど毛頭ない。
「そんじゃま、俺も手伝うかね。いくら強かろうが、女の子ひとりに戦わせて何もしねぇなんざ男が廃る」
「フランシスカのあの戦いを見て『女の子』扱いとは――いや、それもまた面白いか。っておいおい! 君そんな武器で戦うつもりかい!?」
指の骨を豪快に鳴らしながら前へ出る一蹴を呼び止めたアルヴィンは、どう考えても武器と呼ぶには不適当なそれを指差した。
「なんでぇ、問題あるのかい?」
「大有りだよ! 最新鋭の武器弾薬を詰め込んだあの子ら相手に――鉄パイプって! 不良の乱闘騒ぎじゃあるまいし!!」
一蹴が束の間の相棒に選んだのは、1mほどの長さの錆まじりの鉄パイプだった。長さも太さもほどよく、持ってみれば案外軽かったこともあり、屋上からの去り際に拝借していたのだ。
手に馴染ませるように鉄棒をくるりと一回転。腰を落として両手で構える様は、なかなかどうして形になっていた。
「我流ってわけではないようだね。殺傷よりも制圧に意識を傾けた構えからして、軍隊式……いや、警察の捕縛術の流れを汲んでいるのかな?」
「構えひとつでそこまで読みきるのかよ、すっげぇな。確かに、こいつは警察官の親父から叩き込まれたもんでな、身体に染み付いちまってんだ」
喜ぶべきか、疎むべきか。
父親に対してあまり良い思い出の無い一蹴には判断が難しいものであった。
だが、身に付けた技術は嘘をつかない。今はただ現状を打ち破ることのみに専心する一蹴だった。
フランシスカの背後から飛びかかった1体のクローンの脇腹に鋭い突きを叩き込み、曲がり角の壁まで一気に吹っ飛ばした。
(くあ……! くっそ、胸糞悪いにも程があんだろ)
中身は意思のない機械人形だとしても、外見はれっきとした人間の少女なのだ。棒を持った手に伝わった肉を叩き伏せる感触に、途方もない嫌悪感を覚えてしまう。
だが、今はその感情も不要だ。
「……礼は言いませんので。私ひとりでも対応できました」
「かわいくねぇなあまったく! あぁはいはい別にいいってことよー、俺がやりたくて勝手にやったんだからよ」
この素直じゃない相棒に舐められないためにも、一蹴はその嫌悪感を呑みこみ獰猛な笑みを浮かべた。
今はただ目前に迫るクローンどもを撃退しているだけだが、このままでは埒が明かないのも事実。逆転の目になるものが欲しいところだ。
「それで? 俺にはテキトーに走ってるようにしか見えねぇんだけどよ! なんか秘策でもあんのかい博士さん!!」
「もちろん、あるとも。でなければ、僕がわざわざこんなへんぴな学び舎に足を運ぶわけがないだろう?」
「マスターの為されることに間違いなどあるはずがありません。あなたは黙って走って、そしていざという時に肉の壁になっていればいいのです。骨は放置しますが」
「そこは拾ってほしいんだけどよ、ってかそもそも俺を盾にする前提のそのプランには承服しかねる!!」
廊下を走りながらこんな軽口が叩けるあたり、3人とも割と余裕があった。
アルヴィンの指示に従い、目的地を定める。
「体育館? そんなところにいったい何が」
「いいから黙って走れと言いました。30秒前に言ったことをもう忘れるとは、あなた鳥頭ですか? バカなんですか? いいえごめんなさい問うまでもなくバカですよね。バーカバーカ」
「表情ひとつ変えずに真顔のまま言う台詞じゃねぇよそんなの!? てかお前なんなの!? 俺のこと嫌いなの!?」
「え……まさかあなた、私に好かれているとでも思っていたのですか? うけるー、まじうけるー」
「仲いいね君たち……」
何だかんだと打ち解けながら、一向は校舎の1階まで下り、体育館へ続く連絡通路へと差し掛かった。
クローンの姿は見受けられない。ここは見つかる前に一気に通り抜けようとしたその時だった。
「まだ生き残りがいたのね溺死させちゃるわあっ!!」
そんな叫びと共に、一蹴の斜め上から放たれたのはレーザービームの如き鉄砲水の砲撃だった。どうやってこんなものに溺れろというのか。
一蹴はほとんど条件反射でその場でしゃがみ込み、事なきを得た。頭上を通り過ぎた鉄砲水が、背後の校舎の壁に綺麗な真ん丸の穴を開けているのを見て背筋がぞっとした。
当たらなかったことに腹を立てたのか、水弾の射手は逃げも隠れもせずに堂々と一蹴の真正面に降り立った。
「ちぃっ、躱されたか! 次こそ外さねぇわよ覚悟なさい……ってあら、矢来じゃない。奇遇だわねー」
「あぁそうだなホントに奇遇だよななんでお前がここにいるとか聞きたいことは山ほどあるが取り敢えず何事もなかったかのように立ち去ろうとしてんじゃねぇよ俺さっき普通に殺されかけたんだけどその辺の説明もなしに逃げられるとでも思ってんのかレイシアあああああっ!!」
「悪かった、悪かったわよ! だからそんな息継ぎもなしに早口で捲し立てないでもいいじゃないのよ! すれ違いが起こした悲しい事故じゃない! だ、だからっ!? そのっ!? あんまり揺らすのはっ!? や、やめっ!? 胃の中から酸っぱいカクテルがこみ上げてきちゃうからああああああっ!?」
一歩間違えれば穴あき死体になっていた一蹴は、目の前の勘違い女の胸ぐらを掴んで上下に激しくシェイクした。自分のクラスメイトが特異能力を持っていたことには今更驚くでもないが、出会い頭に脳天狙い撃ちかまされたのにはびっくりである。
バーテンダー顔負けの荒々しいシェイクハンドを止めた一蹴は、目をぐるぐる回しながらぺたんと腰を抜かしたレイシアを解放した。
で、この女がここにいるということは、
「し、師匠!? すいませんレッシィが……その、大丈夫でしたか?」
「やっぱお前さんもいたか。クラウ、男だったらテメーの女くらいしっかり捕まえとけよ」
「は、はい! ご指導ありがとうございます、師匠!!」
やはりいた。先日の銭湯覗き事件をきっかけに、なぜか一蹴のことを師匠と呼んでくるようになったクラウである。2人の間には妙な上下関係ができあがっており、一蹴の声に対し、クラウは背筋を伸ばして足を揃えビシッと敬礼のポーズをとっていた。
「だ、誰が……誰の女だってんのよぉ……うっぷ」
一蹴の「テメーの女」発言に不服なのか、レイシアがよろよろと立ち上がりながら抗議し出した。こんな状況でも夫婦漫才とは、徹底してぶれない2人組だった。
そして、この寸劇の一部始終を後方で眺めていた主従はと言うと。
「マスター、見ていてイラッとしたのでこのリア充ども消去していいでしょうか」
「好きにしたま「そこは止めろよあんた保護者だろうがあああっ!!」……保護者って、君ねぇ」
いくらツッコんでも手が足りない。
知った人間と合流できたはいいが、同時に収拾が付かない雰囲気になりつつあった。
だが、この混沌としそうな場をひとつの飛来物が収めることとなる。
「っ!? マスター、伏せてください!!」
フランシスカの悲鳴にも似た絶叫と同時、一蹴の目の前を大きな物体が猛スピードで通り抜けた。
その飛来物は体育用の倉庫へ着弾。重厚な鉄扉を遥か上空へ跳ね飛ばし、コンクリートで補強されたレンガ造りの建物を一瞬のうちに瓦礫の山へと変えたそれは、
「じ、刃の字!?」
鋼鉄の男、鋼刃九朗の満身創痍の姿だった。
全身に装着していたであろう銃火器群は揃ってひしゃげ、折れ曲がり、原型を留めないほどに大破していた。
本人の損傷も危険域だろう。脳天からはとめどなく血液が流れ落ち、右足はあり得ない方向へとねじ曲がっていた。
能天気に棒立ちしている場合ではない。一蹴は慌てて上半身を起こそうとする刃九朗に駆け寄った。
「おい、どうしたんだよこれは!? お前ほどのヤツがこんなボロボロになるなんてよ……!!」
「ぬぅ……矢来か。悪いが説明している場合ではない。今すぐここから離れろ、今すぐにだ」
スクラップ寸前の様子でありながら、刃九朗は普段通りの無表情のまま淡々と一蹴の言葉に応じた。
鋼刃九朗がどれほどの力を持った人間なのか、一蹴もよく知っているつもりだ。5月にあった《八葉》でのブーステッドアーマー暴走事件の折、彼もその場にいたのだから。
そんな全身火器の超人をここまで追い詰めるような相手など、一蹴には検討もつかなかった。
それほど遠くない距離、おそらくグラウンドの方から断続的に轟音と獣じみた咆哮が聞こえてきた。刃九朗を倒した敵は、間違いなくそこにいる。
「師匠、僕は行きます。今、あそこで戦っているのは霧乃さま……いえ、夜浪先生です。その相手も、おそらく僕がよく知る相手――死力を尽くさねば勝てない、化け物です」
迎撃するか、逃げるか。どちらを選んでも決死の覚悟が要求される瞬間だった。
思えば、本作にも『フルールルール』の方にも意外といなかった毒舌キャラ。クロエもそっち方向なんでしょうけど、彼女は基本デレが多いし……唐突に理不尽な毒を吐けるキャラは今までいなかったんで、フランシスカの台詞を考えるのが結構楽しかったり。