―第130話 whites、whites、whites ③―
チームすずめ荘、実はなにげに強キャラばかり。原子分解とかもう完全に最終奥義だろ!
2つに別たれた戦場。異変はほぼ同時に発生した。
お約束、などと揶揄されてはいるのだろう。
人によってはこの展開は、まるで誰かが描いた脚本のようだと不信感を覚えさえするのかもしれない。
だが、今回ばかりはそれを否定しよう。
この展開に至ったのには確固たる理由があるのだから。
「ちっくしょうが! こんな弾幕防ぎ切れるかっての!!」
横殴りに降り注ぐ鉛弾の豪雨に、レイシアは為す術なく背を向けて足を走らせていた。
相性は最悪、しかも相手は物理と物量のダブルコンボで学園の敷地内を食い荒らしている。ほとんど地震や台風と同じ『災害』の類であった。
雪や氷を液体の水に還元して操るにも限界がある。雨や海水といった、まとまった水源があれば手の打ちようもあったのだが、逃避行を図りながら使えそうな水源を探してはいたものの、今の場所、この異常気象ではそう見つかる筈もない。
しかし、条件が揃わなければ力を発揮できないなど言い訳にすらならないだろう。威勢のいいことを言っておきながらの体たらくに、レイシアは下唇を強く噛みしめた。
その、一瞬の気の迷いが致命的だったのかもしれない。
「しまっ――!?」
踏み出した足が凍結した地面を踏んでしまい、前のめりに倒れ込んでしまった。
この機を意思なき機械少女たちが見逃す筈もなく、蜘蛛の八脚から次々と死の弾丸を撒き散らした。
ここは校門と校舎を繋ぐ中庭の大通り。身を隠すスペースなどありはしない。
諦めてたまるかと、レイシアは倒れた体勢のまま前方に水の膜を形成して銃弾を防ごうとする。
「あ、ぐっ!? こんな、豆鉄砲でぇ……!!」
風や炎といった自然現象相手には強力な水霊の守りも、鋼鉄による物理現象にはほとんど意味を為さない。僅かばかり弾の軌道を逸らす程度で、彼女の腕や足を次々と掠めていく。
されど、その『決意』は揺るぎなく。
「あいつらを護るって、決めたんだから……あんたらなんぞに、この私が負けてたまるかってのよぉっ!!」
悲劇のヒロインなど誰が演じてやるものか。
絶望も諦観もすべて吐き捨てて、レイシア=ウィンスレットはただひたすらに戦い続けると決めたのだから。
全身を血みどろにしながらも、その瞬間、彼女は誰よりも美しき姫騎士だった。
だからこそ、
「だったら、君を護るのは僕の役目だ」
そんな彼女に惹かれた王子様が、この窮地に颯爽と駆けつけるのは自明の理なのである。
守護騎士のごとくレイシアの前に降り立ち、首に巻いた虹色に輝くスカーフをなびかせ、拳の一振りであらゆる災禍を砕いて落とす――必滅の魔拳を携えた、紫紺の髪の王子様。
このタイミング、あまりにも御都合主義が過ぎるだろうと、馬鹿にするならばするがいい。
ただ、これは奇跡でも神の定めた予定調和でもない。
「…………クラウ。あんた今自分が格好良く登場したと思ってるんだろうけど。ただ単に風邪っぴきでダウンしてただけでしょうが」
「で、ですよねー……」
単なる体調不良による遅刻でした。
そりゃあどれだけドラマチックに登場しようが立つ瀬がないというものである。クラウは、受けて当然なレイシアのツッコミを前に苦笑いするほかなかった。
ともあれ、これで戦いの流れは一変した。
「にしても、随分回復早かったわね? ジンは結構な熱があるとか言ってたわよ?」
「僕の魔術で身体の熱を『破壊』したから。霧乃様も一緒に。ちょっと荒療治ではあったけど」
「相変わらず無茶苦茶やりやがるわね……命知らずもここまでくれば病気ね、ビョーキ」
“聖剣砕き”たるクラウ=マーベリックの魔術は、あらゆる存在――それが物質であろうと物質でなかろうと――を破壊対象と定義できる、魔術会最強の『矛』であった。
しかし、万象を破壊できるということは、それ相応のリスクも伴う。
今回クラウは、自身の体内に巣食った病原菌、および過剰に上昇した体温の熱を『破壊』することで、強制的に身体を快復させたのだが、その実極めて綱渡りな所業だったのである。
(自分の肉体ごと破壊してしまう可能性もあったはずでしょうに……よくやるわ、ほんと)
それは、荒れ狂う大海原の上で医者が手術をするようなものだ。
たった少しの執刀ミスが命の危機を及ぼす中、それを熱で混濁した意識のままでやってのけたということになる。
「遅れた分はきっちり取り戻すよ。女の子ひとりに戦わせて寝たきりなんて、男としては死んだ方がマシだろうし」
それはレイシアを傷付けられたことに対しての物か、自身の不甲斐なさに対しての怒りか。クラウは迸る魔力の奔流を抑えることなく、突風のように無軌道に周囲へと展開していた。
「消去す「黙ってろ」―――――」
レイシアも、包囲を固めていたフランシスカクローン達も一切認識できなかった。
一直線に振り抜かれた“聖剣砕き”の拳、その先にはもう何もなかった。
確かにそこには、1体の機械人形が立っていたはずなのだが――文字通り何もない。声も、肉片も、塵すらも残さず、この世から存在そのものが消え失せていた。
意思なき人形であるはずのフランシスカ達は、完全なる無意識で一歩後ずさっていた。
これは魔術に知識の深い者でないと、何が起きたのかすら理解できなかっただろう。破壊という概念における究極形態、『原子分解』という結末には。
「手加減も容赦もするつもりはない。レッシィを傷付けた罪は、完全なる消滅という形で贖ってもらう」
クラウは振り抜いた魔拳を再び腰だめに戻し、残るクローン達を睨み付ける。
既に血で染まったこの手でも、護れるものがあるのだと分かったから。命を奪うという罪の意識は、護り抜くという不退転の『覚悟』で覆された。
それに、やっぱり気になる女の子の前ではいい格好をしたい、という少年独特のちょっとした意地でもあったのだ。
「あんま熱くなるんじゃねぇわよ。敵さんも結構な数がいるみたいだし、余力残しとかないと息切れするわよ」
「痛い!? あ、はい……気をつけまーす」
戦意を滾らせるクラウをクールダウンさせるべく、レイシアは一切の躊躇なく彼の後頭部に割と強めのチョップを叩き込んだ。普段の性格とは真逆で、いざ戦いとなると血気盛んに飛び出すのはクラウで、冷静さを保ったレイシアが彼の手綱をとることが多いのだ。
思えば、この状況はなかなかに感慨深いものでもあった。
レイシアの母親の死をきっかけに、かつての2人の関係は修復不可能と言っていいレベルにまで断絶されていたのだ。
同じことを考えていたのだろう、クラウがこちらを振り向いて小さく笑っていた。
「こうやってあんたと肩を並べて戦うのもいつぶりかしらね」
「いろいろ、あったもんね。……今度はもう、間違わない。絶対に君を護ってみせるから」
「相も変わらずそんな歯の浮くような台詞をポンポンと……まあいいわ。背中は引き受けてあげるから、安心して当たって砕けてこい!!」
「それは嫌だなぁ!?」
死地の中心であろうとも、無数の銃口が取り囲む窮地であろうとも――私たちは、ありのままの私たちで戦い続ける。
“聖剣砕き”と“水霊姫”。
そう遠くない未来、魔術師界でも最強にして最高のコンビと謳われることになる2人の快進撃は、ここから始まったのだ。
さて、20にも満たない少年少女が気炎が上げているのだ。
そろそろ大人も本気を出さねばならない時だろう。
「そんじゃま、やりますかね。おいでなすって、カラスちゃん♪」
人生の先達として、たまにはいい所を見せてやるとしよう。
友達を遊びに誘うような口振りで、夜浪霧乃は自身の影に軽く呼びかけた。
その声に呼応してずぶずぶと影の沼地を掻き分けて伸びてきたのは、一本の黒く細い棒状の物体。全長は1mあるかどうかといったところか、端から端まで漆器のような艶のある黒色に覆われていた。
「そいつがお前の武器か、初めて見たな」
「あら、そうだったかしら? この子が私の魔女の鉄槌、その名を“小烏丸”よ」
歴史に名高い宝刀の名を冠する霧乃の魔女の鉄槌だが、その形状は刀というよりは、ただの細長い棒に近いものだった。刃の部分など無いに等しい、まだ土産物屋に撃っている木刀の方が刀としての体裁を保っているだろう。
殺傷力などありそうにない武器を見て、些か不安になった刃九朗が問いかける。
「……切れるのか?」
「ノンノン、そんな感想じゃ点数はあげらんないわねー。私は魔女よ、刃がなきゃ斬れないなんて道理にいちいち従ってあげるほど、扱いやすい女じゃあなくってよ」
天邪鬼、気分屋、天衣無縫。
彼女を言い表す言葉はどれもよく言えば個性的、悪く言えば変人と揶揄される類のものばかりだ。
そんな霧乃が、わずか24歳にして《九耀の魔術師》の末席に身を置けるほどの実力を獲得したのは、何も偶然や神の配剤によるものではない。
彼女の影法師が、不自然に正面に長く長く伸びていた。
手に持った小烏丸を気安い動作で頭上に掲げ――ひゅんっ。
「デ、り――」
2人を包囲していたフランシスカの1体が、何の前触れもなく雪の絨毯に倒れ伏した。四肢を斬られたわけでも、何かに刺し貫かれたわけでもないのに、感情のない断末魔を残して無傷のまま気絶していた。
さて問題よと言わんばかりに、霧乃は隣で目を見開いていた刃九朗に漆黒の瞳を向けた。
「物理的な損傷は見られなかった。だが、非科学的ではあるが魔術的に成り立つのであれば――影を斬ったのか?」
「あら一発で正解。それじゃあ正解のご褒美にスーパー霧乃ちゃん人形を――」
「いらん、呪われそうだ。……あと自分で「ちゃん」付けはよせ、いい大人が恥ずかしい」
「そんな真面目なトーンで説教じみたツッコミしないでよ……割と心にグサッと来たわよ」
手痛い返礼を貰ってしまった霧乃は、いったん仕切り直すために一歩前へと踏み出した。
さっきの一撃でそれなりに力の差は示せたはずだ。そもそも《九耀の魔術師》が相手であるという時点で、なりふり構わず逃げ出すのが、絶対にして唯一の生存手段である。少なからず彼女達を知る者ならば、それくらい理解してそうなものであるが……
「消去する」「消去する」「消去する」「消去する」
怖れを知らぬというより、命の尊さを知らぬと言うべきなのだろう。彼女らとて、血の通った人間だろうに。
さっきの攻撃も、殺そうと思えば容易くできたが、霧乃はどうしてもあの白髪の少女たちを手にかけることができなかった。これはかけ離れた実力を持つ圧倒的上位者である霧乃だからこそ許される傲慢だ。
最初に彼女たちがすずめ荘を襲撃してきた時は、その外見に驚愕したあまりに不覚をとってしまったが――本来であればまともに相対するのが馬鹿馬鹿しくなってしまうほどに《九耀の魔術師》の力というのは他者と隔絶している。
(その上、知った顔相手だっていうのが余計にね……)
霧乃は彼女たち――正確には彼女らの素体となった少女のことを、よく見知っていた。
刀を振るう腕が鈍る。だが、そんな霧乃の感情の機敏などハンデにすらなりはしない。
8本の機械腕を動かし反撃に移ろうとする複製少女たちを、黒の魔女はたった一言だけで制圧せしめた。
「沈んでなさい」
その瞬間、彼女らの影はすべて沼と化した。
自身の影に喰われるかのように、みるみる内に全身が足元の影の中へと吸い込まれていった。そして首から上だけを残し、身体がすべて地面の中に埋まり込んだ無数の少女という極めて異様な光景が展開された。
これぞ、黒の魔女にのみ許された影と闇を司る法理――黒曜式集積魔術陣がひとつ、“首刈塚”である。
(死者への冒涜、なんてもんじゃないわよこんなの。フラン……本当にこんなものが、あんたが望んだ結果だったって言うの?)
それでも、涙も流さず、何かを呼びかけることもなく、ただ無機質な瞳でこちらを貫いてくるクローンたちに、霧乃はもうかける言葉が見つからなかった。
10/20 ちょっとこちらの更新を小休止しています。
実は別の作品を連載はじめまして……息抜きがてらそっちでコメディを書き殴ることにしました。
フルールルール! ~異世界から魔王という名の嫁が押しかけてきました~
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本作の後日談として温めていた話を、登場人物は一新してお送りしています。
こっちはバトル要素なしですが(あっても小競り合い程度です)、それなりに熱血要素は入れてます。ネタバレはちょっとしかないので、ぜひ併せてどうぞ。