―第129話 whites、whites、whites ②―
後半にちょっぴりグロ注意。
足は遅いが広範囲大火力の武装を有する――典型的な『砲台型』の戦闘スタイルを有する刃九朗を体育館近くに配置し、水を操り自在に武器を形成する――飛鳥に近い柔軟な戦術を有するレイシアは遊撃役として学園全体を駆け回る。
2人の立ち位置はどちらが何を言うでもなく、自然とこのような形に収まった。
「しっかし、見れば見るほど生気が無くて気持ち悪いヤツらね……」
雪に埋もれた坂道を物ともせず、幽鬼のような足取りでゆっくりと近付いてくる少女たちの様子を、レイシアは校門の前に陣取りながら観察していた。
外見上は14、5歳程度の華奢な女の子だ。病的なまでに白い肌と、腰まで無造作に伸ばされた白い髪の組合せは、一件するとベッドで寝たきりになっている深層の令嬢のような印象を与える。
(少なくとも、全身銃火器で武装するようなキャラじゃあないと思うけどねぇ……)
肉付きの薄い身体の線が浮き彫りになった黒のボディスーツに装着された、武器、武器、武器。枯れ枝のような細腕に無骨な銃器が握られている様は、とてつもなくアンバランスだ。
そして、そんな重装備で雪山に登るのと同じレベルの行軍をしていて、表情ひとつ変えやしない。刃九朗のような無表情とは違う――命の温かみがまるで感じられない、まさしく人形のそれであった。
「人体改造とクローン技術で、死を怖れない超人兵士を大量生産! いかにも戦争大好きなクソ野郎が考えそうな代物だわね。ほんっと胸糞悪くなってくるわ」
10年前に、AIT――アストライア・インダストリアル・テクノロジー社を中心に展開された科学技術の水準を爆発的に高めた革新。通称『セカンド・プロメテウス』の影響は、兎にも角にもこのような戦争に関わる部分にばかり波及していった気がしてならない。
「人間は新しい技術をすぐに争いの道具にしたがる」とは、いったい誰が言っていたのだったか。悲しいかな、目の前の兵器たちを見ているとその言葉を否定できそうになかった。
「さて……そろそろ射程圏内かしらね」
ならば、そのご大層な科学。
我が魔術にて蹂躙し尽くしてくれよう。
まったく方向性の異なる力と力をぶつけ合う異種格闘技戦というのも、それはそれで面白そうだ。
何考えてるんだか、と自嘲気味に笑ったレイシアが取り出したのは、刀身の無い柄だけの剣。
「さぁて出番よ“ウィリタ・グラディウス”」
水を制し、水を操り、水を支配する。
魔女の鉄槌“ウィリタ・グラディウス”は、レイシア=ウィンスレットのためだけに作られた、彼女専用の魔法の杖だ。
普段よく使われるのは、周囲の水分を集めて刃を作る術法であったり、鉄砲水を撃ち出して相手を貫くといった方法だ。
だが、彼女の魔術体型“水霊招来”の本領たは、そんな程度に留まるものではない。
レイシアは片膝を着いて屈みこみ、杖の先端をアスファルトに地面に軽く押し当てた。
「雪の日は交通事故がとっても増えやすくなるらしいけど……その一番の理由をご存知かしら?」
接地面を中心に、魔術の影響範囲を正面100mまで拡大・延長。
今回レイシアが行使する魔術式はとても単純――道路全体に万遍なく水をぶっかけるという、とても攻撃とは思えない戦法だった。具体的には、道路に薄く積もった雪の表面部分を一時的に水に還元したのだ。
だがこの氷点下の冷気では、水が液体として在り続けることはまず不可能。あっという間に再び氷結してしまった。
さて、このような状況を一般的に何と言うのか。
「!!??」
「きゃっ!?」
「あうっ!?」
正解は、路面凍結である。
地味な戦法だと侮るなかれ。どれほど卓越した兵士であろうと、スケートリンクばりの氷の床の上では、戦うどころかまともに立っていることすらままならない。
無表情を崩さないまま、幾人もの少女が目の前ですってんころりんを繰り返す様はかなりシュールな光景であった(そして、悲鳴だけやたら可愛らしいのがちょっとイラッとした)。見ていて脱力しそうになるが、これも立派な戦いである。
「後はここから狙い撃つだけってね~。なんとまあここまで簡単に引っ掛かってくれるとは思わなんだ…………って、おいおいおいおい」
滑って転んで隙だらけの量産型フランシスカを、水の弾丸“船喰らい”の魔術で撃ち抜いていこうとしたところで、異変が起きる。彼女たちが揃って背負っていた黒いバックパックが、けたたましい機械音を鳴らしながら変形を始めたのだ。
完成したのは、計8本の細長い鋼鉄のアーム。
それぞれの先端に接続された銃器や刃物が、光を反射して禍々しく輝いていた。地面にアームを突き刺しながらじわじわと登ってくる姿は、さながら機械仕掛けの毒蜘蛛か、はたまた地上に打ち上げられたお化け蛸か。どちらにせよ、製作者はよほど趣味の悪い人物であることは間違いない。
「……あれ、もしかしなくてもコレ、やばくない?」
気色の悪いロボット変形に呆気にとられていたレイシアだったが、このまま茫然と突っ立っている場合ではないことに気付き、慌てて校舎内へと飛びずさった。
それと同時、白鳳学園の重厚な門構えはあっという間に無残な蜂の巣になった。
問答無用で雲の八脚から放たれる銃弾の雨あられ。門の影に慌てて隠れたはいいが、ネズミに齧られたチーズみたいにどんどん周囲が穴だらけになっていくのを見て、思わず背筋を凍らせた。
威勢よく啖呵を切って飛び出したはいいものの、レイシアの水の魔術は往々にして銃火器や鋼鉄で武装した相手と相性が悪い。
「最近の金属は水に付けても錆びないものばっかだし、水で剣とか盾とか作っても敵いっこないし…………あれ、私ってもしかして雑魚なんじゃね?」
こんな状況でふて腐れるレイシアの名誉のために重ねて言うが、あくまでも相性の問題である。
仮に、炎の能力者である飛鳥が相手なら間違いなく無敵であるし、大雨だったり海の近くであれば、大量の水を呼び寄せて敵を窒息させたりと、彼女の能力の汎用性は群を抜いて高い。
ただ、まあ……
「あんな数と物理の力押しされたら誰だって逃げ出すってのよドチクショーッ!!」
悲しいかな、「数の暴力」と「物理で押し切る」といった戦法は、原始的かつ単純であるがゆえに真正面から対抗するのはなかなかに難しいのだ。
唸る無数の機関銃に背を向け、この世の真理に絶望したレイシアは脱兎のごとく駆けだすしかなかった。
その頃、体育館前。
「消去する」
「消去する」
入口の前に守護神のごとく立ち塞がった刃九朗は、剣呑な台詞のオーケストラを四方八方で聞かされていた。
「消去する」「消去する」「消去する」「消去する」「消去する」「消去する」「消去する」「消去する」
鈴の鳴るような少女の美声でも、無感情のまま同じ台詞を何度も何度も繰り返されては耳障りでしかない。しかも漆黒の機械武装を全身に纏い、それでいて完全包囲してきているのだから心地よさなどあるわけもなく。
「お前達に自意識というものがあることを願って、一度だけ警告する。――退け。退かねば、ここでスクラップになるだけだ」
これは、最初にして最後の温情であった。
この発言で本当に退いてくれるなどとは思っていないが、僅かなりとも反応を見せるのであれば、相手をひとつの命として捉えなければならなかった。
「消去する」「消去する」「消去する」
反応は、なし。
それが無用の懸念であったことに安堵すべきなのか、悲観すべきなのか。
ともあれ――これで刃九朗は、目の前のフランシスカ達を単なる破壊対象として認識することに決定した。
――脳内ストレージより拠点防衛、および広範囲迎撃に対応した武装群を形成開始。
――形成完了。擲弾砲塔“ガルムブレイズ”計6門、全面展開。
「敵とみなしたからには、一体たりとも逃がしはせん。ここで揃って焦土に消えろ」
発射。
白い雪の校庭が絨毯爆撃によって真っ赤に染まった。爆発炎上が周囲の気温を一時的に上昇させ、体育館の屋根に積もった雪が次々と地面に落下していく。
直撃すれば、人間の身体など灰も残らず消し飛ぶ爆撃乱舞だ。勝敗など語るまでもない、
「――消去する」
とそう簡単にはいかないことなど、確認するまでもなく分かり切っている。
フランシスカ達のバックパックが変形した8本の機会腕――それらを渦を巻くように正面で重ね合わせて即席の盾としたようだ。至近距離からの擲弾でも傷ひとつないところから、自己再生能力を持った超合金であるウルクダイトか、その発展型であるリュミエール鋼である可能性が高い。
判断は速やかに。背後の体育館に攻撃が及ばないよう、刃九朗は大きく飛び上がり、機械少女たちの頭上を越えてグラウンドの中心まで躍り出た。
それと同時、返礼とばかりに追いすがる機関銃の乱射。全身の擲弾砲塔を切り離して銃弾を逸らす防護壁とした。
着地。武装検索。形成。構え。
この間、わずか3秒の早業である。
反応速度にはそれなりの自信があった。距離をとられたフランシスカクローンが再度引き金を引くより早く、
「殲滅する」
電光を纏って飛翔するのは、超科学が生み出した戦術兵器――電磁加速砲剣“ヴァイオレイター”の一閃。
高電圧で内部カタパルトより射出された弾丸が、軌道上の積雪を蹴散らしながら1体のフランシスカの胸元あたりに直撃。
「消去する、デり――――」
壊れたレコーダーのように延々と続く同じ台詞が、爆音とともに消し飛んだ。雷神の一投が通り過ぎた後に残ったのは、直線状に深くえぐれた地面と、そこに立つ足だけのナニカ。
それを見た刃九朗の胸の奥がすこしだけ、ちくり、とした。
まさか、あんな機械人形を殺した程度で罪悪感を覚えているわけでもあるまい。変に手心を加えれば、死ぬのは自分と戦えない生徒や市民達だ。
自らに言い聞かせるように理論武装を展開し、その胸の疼きを押し殺した。
戦闘状況の把握に意識を戻す。
電磁火砲が通用することは証明された。だが威力が高すぎるため、建物や避難民を巻き込まぬよう射撃には充分な注意を払う必要がある。
加えて敵の数も厄介だ。
今目の前に見えているのは10人程度だが、先の襲撃を考えればまだまだ増援が控えているのは間違いない。レイシアがどれほどまで引き受けてくれているかにもよるが、長期戦になる方向は免れそうもない。
更に、今回はあくまで防衛が主任務となる。体育館に集まった人々に銃の先を向けられようものなら、刃九朗はすべての戦術を放棄して防衛行動に移らなければならない。
いかに数百の武装を有する刃九朗とて、身体はひとつきりだ。
全方位から襲来する武装した兵士達を相手に、100人以上の避難民をすべて護り抜きながら制圧するのは不可能に近い。
「もう2人……いや、あとひとりでも戦える人員がいればどうとでもなるのだがな」
思わず、こんな弱音を吐いてしまうのも無理からぬことだった。
予想通り、フェンスの奥から、校庭の裏手から。蜜に群がる蟻のように次々と現れる白髪の超人軍団。
静寂の中、じわり、じわりとグラウンドが刃九朗を囲んで真っ黒に染まろうとしていた。
ここを死地と定めるべきか、と無表情を崩さぬまま、自爆覚悟の特攻をかけるかと決断しようとした、その時だ。
「あらぁ? あんたにしちゃあ随分と弱気なんじゃないの?」
この男にしては極めて珍しい弱音などが聞こえたものだから、神様が気をきかせてくれたのかもしれない。
聞き覚えのある艶の入った女の声。それがどうしてか、刃九朗の足下から聞こえてきた。いつの間に、と内心驚いてはいたが、それを表に出すと彼女を調子付かせるだけなので、冗談半分にその声に応じた。
「なるほど。以前の飛鳥の時といい、お前は男の下半身に潜り込むのが趣味なのだな」
「おいコラその表現には悪意しか感じないわよ。しかも事もあろうに下ネタじゃない」
刃九朗の足下にできた『影』――それを底無し沼から這い出てくるかのように、ずるり、と姿を現した黒髪の美女。
彼女は迷える生徒達を教え導く白鳳学園の新人教師にして、
「出来の悪い教え子のためにも、ここはこの霧乃先生が一肌脱いであげるとしましょっか!!」
《九耀の魔術師“》が一柱、“黒の魔女”。
夜浪霧乃は、黒を、影を、闇を統べる魔王である。
登場以来まともに戦ってなかった霧乃先生、ついにご出陣。