―第128話 whites、whites、whites ①―
お風呂回以来のレイシアさん、いきなり大暴れ(ツッコミ方面で)。
「うー、さむさむなのです……このままじゃみんな揃って冷凍食品みたいにカッチコチになっちゃうですよ……」
ところ変わって、ここは白鳳学園。
緊急時の避難場所として市から指定されている場所とあって、現在ここの校門を潜っているのは学生に限らず、親子連れや年配の老人なども目立ってきている。
この大雪だ、学園までの道のりも危ないだろうが、だからといって家に閉じこもったまま夜を迎える方がよほど危険である。
日が落ちてからの急激な気温の低下、大量の積雪により家屋が押し潰される可能性。そんな状況下で真っ暗闇の外に放り出されでもしたら、命の保証はまずない。
電気や水道、ガスの供給もいつまで維持できるのか分からない以上、ある程度の備えを有した学園に避難するという選択は正しいだろう。
郷土史研究部部長である水無月真散は、そうやって学園に足を運んできた避難民たちを校門の前で誘導する役割を担っていた。去年の修学旅行で使ったスキー用のコートが部室に残っていたため、何とか寒波をしのげる格好にはなっている。
「この吹雪、いつ止むんでしょうかー」
切れ間もありそうにないぶ厚い灰色の雲を睨み付けながら、真散は間延びした声で心配そうに呟いた。
視線を地上に戻すと、ふと道路の端の方に大きな雪だるまが作られていることに気付く。
「いつの間にこんなものが……しかも4体もあるのです」
寒さなんてへっちゃらな小さな子供が、避難生活の退屈しのぎで作ったのだろう。
何だか微笑ましい光景だなぁと思いながら、真散は雪だるまの一体にぽんと手を置いた。……雪だるまは触れた傍からぼろぼろと崩れ去っていった。
「ええ!? いくら何でも脆すぎじゃないのですかー!? ど、どうしましょう、これは作った子に謝った方がってひいいいいいいいいっっ!!??」
雪だるまを作った子に何と言えばいいのか、そんな悩みは自身の悲鳴によって瞬時に頭の中から消え去った。
もう一度、雪像の崩れた部分を覗きこむ――ちらり、と見える肌色のナニカ。
どう見ても、中に人間が入っていた。
「ま、まさか……これはもしかして、犯人はこの中にいるっていう殺人事件な展か「言ってる暇があるならさっさと助けやがれこの脳みそお花畑がああああっ!!」…………あれ、レイシアちゃん?」
ドカーン! という擬音が背後が見えてきそうなほどド派手なアクションで雪だるまを粉砕しながら現れたのは、部の後輩であり同じ学生寮の同居人であるレイシア=ウィンスレットだった。
いつでもどこでも痛快なツッコミをしてくれる、ボケ役の方にぜひオススメしたい相方候補No.1な少女がどうしてここにいるのだろうか。
「あんた今私の方見てロクでもないこと考えてたでしょ」
「一人語りへのツッコミはマナー違反だと思うのですよ」
いつもと変わらぬツッコミぶりに安心した真散部長は、もしかして、と他の雪だるまを慌てて崩していく。
「ぶ……ぶちょお……」
「全システムの機能停止まで残り10秒。9…8…」
「わ、わたしは……死ぬなら弟くんの料理を食べながら死ぬって心に決めて、がくっ」
人呼んでチームすずめ荘、全員天に召される寸前の状態で全員集合だった。言葉も出ない真散に代わって、レイシアが片っ端から頬を引っぱたいていく。
「オラァッ! クラウあんたこんなどうでもいいシーンでおっ死んでんじゃねぇわよ! ジンも今にも自爆しそうな台詞吐いてる余裕があんならさっさと出てきて手伝いやがれ! 霧乃様、しっかりなさって下さい! てかその死に方だと日野森が料理に毒仕込んだ感じになっちゃうから割と迷惑だと思います!!」
こんな時にもひとりひとり丁寧にツッコミを入れていくあたり、レイシアさんはとても律儀できめ細かい気配りのできる人だということがよく分かる。嫁の貰い手に困ることにはならなさそうで真散はほっと息をついた。
「そこのチビ部長、現実逃避してんじゃねぇわよ! さっさとこっち来てこいつら運ぶの手伝いやがれっての!!」
「ご、ごめんなさいなのですよー!!」
レイシアのツッコミという名の叱咤を受け、真散部長はようやく現実世界に復帰した。
顔面蒼白のクラウの頬にそっと触れると、体温が著しく低下していて極めてまずい状況なのがすぐに分かった。
騒ぎを聞いてかけつけてきた人も手伝い、2人は学生寮の仲間たちを救うべく奔走し始めた。
レイシア=ウィンスレットは水を司る魔女である。
雪や氷とて、姿を変えただけで大元はすべて水であるため、彼女の魔術である程度制御することが可能だった。
「私は水の防護壁を張れるから、それなりに氷や寒さへの対策がとれたわけだけど、他の面子はそうもいかなかったわけ」
なぜレイシアだけが、雪だるまになっていた後でも元気に動き回れたのか――その理由を説明しながら、彼女は体育館の中央に設置された大型ストーブの前に手をかざしていた。
避難民が集まる場所として、急ごしらえで暖をとる設備が運び込まれた体育館。簡単な仕切りを作り、世帯単位で住民たちを集めて吹雪が過ぎ去るまでの仮設住宅として提供されていた。
「様子を見てきた。……やはり駄目だな。霧乃とマーベリックはしばらく起き上がれそうにない」
「サンキュー、ジン。いくら九耀の魔術師や聖剣砕きだって言っても、体は普通の人間だもんね……」
「あんな薄着で外に出たら、風邪ひいちゃうなんて騒ぎじゃないのですよー」
先程まで自爆しそうな呻き声をあげていた鋼刃九朗が保健室から戻ってきて、他二名の容体を知らせてきた。
雪の寒さに対する防御手段を持っていたレイシアや、変則型であるが人工英霊である刃九朗はすぐに快復できたが、特に強靭な肉体を持っているわけでも、明確な寒さ対策ができていたわけでもないクラウと霧乃がダウンするのは仕方が無いことだったのだろう。
「せめてもうちょい着込むなり、2人にも私の結界を展開できればよかったんだけど……」
「できなかったのです?」
「できなかった……というより、させてくれなかったって言うべきかしら」
レイシアの勿体つけた言い回しに真散部長がこてんと首をかしげた。
すずめ荘から学園まではそう遠くないとはいえ、何も好き好んで薄着で雪中強行軍をはたらいたわけではない。まともに準備もできず、着の身着のまま外に飛び出した理由がちゃんとあるのだ。
「俺たちは襲われた。おそらくは《パラダイム》―-人工英霊の刺客どもにな」
「お、襲われた!?」
ストーブから少し離れた場所で腕を組んで立っていた刃九朗から答えが出た。
事の流れを説明するとこうだ。
今朝すずめ荘に飛鳥から連絡が入り、真散たちの無事の知らせと、こちらも学園に移動して欲しいという依頼を受け、レイシア達は出立の準備を始めていた。
だが、準備を始めたのもつかの間、窓ガラスを突き破って何人もの白髪の女の集団が襲いかかってきたのだ。
「それも、どいつもこいつも同じ顔した、人形みたいに顔色ひとつ変えやしない気持ち悪いヤツらだったわ。ジンはあいつらのこと知ってそうな口振りだったわね?」
「ああ、よく知っている。あの女どもは――」
刃九朗曰く――あのいかにも量産型な匂いをぷんぷんさせる白髪の鬼どもは、フランシスカという人工英霊を元に創り出された複製品であると。刃九朗もその内のひとりと会ったことはあるそうだが、その時の彼女はもっと理性的で……有り体に言うなら、まだ人間らしさが感じられたらしい。
「会話も通じず、問答無用のトリガーハッピー。しかも外に出たらウン十人単位でわらわらと完全包囲。付き合ってられっかってことで全速力で逃げ出したわけよ」
チームすずめ荘の面子は、真散を除けば誰もが卓越した戦闘者だ。
だが、数の暴力と、凄まじい寒波の影響で十全に力を発揮できなかった影響もあり、やむなく逃走を選択せざるを得なかったのだ。
執拗な追跡を躱しきり、全身雪まみれというか雪だるまになりながら、学園の手前で揃って力尽きていたところを真散に発見された、というのが事の次第である。
「いったいその人たちは何が目的なのでしょうか……」
「対話もなしにいきなり機関銃ばらまくような奴らに、そんなもん問うても無駄な気がするわ。この異常気象といい、今日は色々厄日だわ」
ぶちぶちとストーブの前で文句を垂れるレイシアを、まあまあと真散部長がなだめる光景もそう珍しいものではなくなってきた。
間接的にではあるが、レイシアにとっての真散とは、殺された母親の仇と繋がりがある。
それでも2人がこうやって本音を語り合える間柄になったのは、お互いに罪や罰といった意識に対してそれなりに折り合いが付けられたことと、なんやかんやでレイシアが真散部長のことを嫌いになれなかったから、という点が大きい。
話がそれたが、今考えるべきは件の人形兵器への対応だ。
「なんとか撒けたと思いたいんだけどね。他に選択肢がなかったとはいえ、学園に逃げ込んだのはちとまずかったかもしれないわ。……身構えといた方がいいか」
「ウィンスレット、学園前に熱源反応だ。ざっと30といったところだ」
「ああもう嫌な予感ばっかりよく当たるってね!!」
当然と言えば当然の流れに、レイシアは苛立ちを隠しきれずに怒鳴りながら立ち上がった。
彼女が苛立つのも無理はない。休む間もなく冷気と銃弾が襲い掛かってくる、絶え間なき地獄のような展開だ。まともな方策も立てられないままじわじわと疲弊していくこの流れは、真綿で首を絞められる感覚に似ていた。
「部長。戦えないヤツは全員この体育館に集めて、それで鍵閉めて隠れてなさい。ここは私らが何とかするから」
「だ、大丈夫なのですかー!?」
「ま、私らが呼び寄せちゃったものだろうし、その責任くらいはとらなきゃね。この『水霊姫』様を怒らせたツケ、しっかり払わせてやる」
「俺も行こう。防衛戦にもそろそろ慣れてきた」
両の拳をぶつけて気合いを見せる水の魔女と、普段通りの無表情のまま淡々と応じる鋼の人間兵器は、2人並んで外への扉を開け放った。
防寒着をしっかりと着込み、服の内側には大量の使い捨てカイロを忍ばせているので、寒さと雪の対策はバッチリだ。これで先程までの逃避行とは違い、全魔力を攻撃に集中させることができる。
「そういえば、あんたと組んで戦うのは初めてかしらね?」
「ああ。ただ俺は周りとの連携を考慮して戦えるほど利口ではないぞ。目の前の敵を発見次第撃ち落とす、それしかできん」
「ははっ、オッケーオーライ上等じゃない! それくらいの方が分かり易くて助かるわ。私も作戦だの戦術だの考えるのは性に合わなくてね。要するに、片っ端からぶっ飛ばして終いにすればいいだけでしょ?」
普段は、人の作った料理に薄いだのなんだのと文句ばかり付けてくる鉄面皮であるが、実はなかなか話の分かる熱い男だったようだ。急場しのぎの相棒としては随分と頼もしかった。
「全面的に同意する。……では、行くか」
「ええ」
苦境、逆境、なんのその。
戦意を滾らせ互いに笑いかけた両名は、吹雪の向こうから次々と姿を現す白髪の戦闘人形たちに向かい力強く飛び出した。
とりあえずコメディパートに入れとけば八面六臂の活躍を見せてくれるレイシアさん。
元々は暗い過去を持った復讐鬼として登場したダークなキャラだったはずなのに……65話で簀巻きにされた辺りから何が狂い始めたとしか思えない!