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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE4 氷夏
134/170

―第127話 氷炎邂逅 ④―

人工英霊には死亡フラグなんざそうそう立ちません。だって、身体が丈夫だから!

 機械工学系メーカーとしては日本でも三本の指に入るとされる大企業、断花重工。

この最先端の科学技術の雄が社内の一部署として独自に設立した民間警備組織――それが《八葉》である。

 さて、そんな《八葉》の医務室の中の様子であるが……


「いやぁそれでさ! 全身雷に撃たれてビリビリーッてなった時には、あ、ヤバいわこれって思ったねーホント!!」


 隣合わせになった2つのベッドでは、少女が身振り手振りも交えて大声で延々と自らの冒険譚を自慢げに語り出し、


「お前はどうしてそんなに元気なの……?」


 負傷とは別の原因による疲労感で、普段よりも3割減の力のツッコミを入れる少年の声による合いの手が入っていた。

 さて、この人工英霊コンビ。さっきまでは、全身感電で焼死体一歩手前だった半死人と、出血多量と極度の体温低下で瀕死の重症患者であった。

 だがしかし、大量の輸血と1時間ほどの休息で、こうもあっさりと回復してしまうあたり色々と反則じみていた。ほとんど『医者いらず』であったというオチである。


「なんだろう……とりあえず、アタシ達の心配を返せ」


「ごめんごめん、悪かったって」


 枕元に座り込んで、こちらの頬を無意味にペシペシしてくるフェブリルをなだめながら、飛鳥は半身を起こして窓の外の様子を見やる。

 時間はもうすぐ正午をまわろうとしている。吹雪の勢いは止む気配がなく、むしろじわじわと強まっている気配すらあった。

 いつまでも寝ている場合ではないが、先の戦闘のダメージが回復しきっていない状態で外に出ても、まともに動けないことも分かっていた。

 遠慮がちなノックの音とともに、白金色の髪を揺らしながらひとりの少女が静かに入室してきた。


「飛鳥さん……お加減はいかがでしょうか」


「本調子とまではいきませんが、大丈夫ですよ。もうしばらく休めば全快できると思います」


「……よかった」


 クロエは鈴風の存在など眼中にも入れず、飛鳥の手を握りながら透き通った碧眼で見つめてくる。この場がふたりきりであれば、さぞいい雰囲気にもなったのだろうが、


「人工英霊なんだからそれくらいツバ付けときゃ治るでしょー、ペッ!!」

「ラブコメなんてやってる場合じゃないでしょー、ぺッ!!」


 何故か鈴風とフェブリルが凄まじい同調(シンクロ)っぷりで急激にやさぐれた。ちなみに唾を吐くポーズを見せてはいるが、あくまでただの『フリ』である。唾を吐きかけるなんてそんなお下品なことは、日野森家の教育方針上絶対に許しません。


「貴女……わたしに助けられておいて、よくもまあそんな舐めた口が叩けたものですねぇ?」


「いだだだだだだだだ! ちょっと先輩、怪我人相手に顔面締め(フェイスロック)とか! あんた鬼かー!?」


「残念、鬼ではなくて魔女でした」


 音も無く背後に回り込んだクロエの腕で頭を挟み込まれながら、鈴風が断末魔の悲鳴をあげていた。

 とはいえ、クロエだって気絶している間鈴風に助けられていたわけだからおあいこ(イーブン)の筈なのである。よって、クロエが鈴風へお仕置きした理由は、単にムカついたからという結構理不尽なものだった。

 ……ものすごくどうでもいい話だが、顔面締め(フェイスロック)は腕全体で頭を締め上げるアクションであるため、必然的に腕と胸の間に頭を挟み込む格好となる。そのため、鈴風の後頭部がクロエのとても柔らかそうな部分にふにょりと埋まりこんでいて、ちょっと代わってほしいかもと飛鳥が思ったかどうかは定かではない。定かではないったらない。


「戻ったぞー。うう、寒い……」


 そこに、頭や肩に雪を乗っけたままのリーシェが帰還した。空を自由に飛び回れる機動力を買って、飛鳥が周囲の警戒と探索をお願いしていたのだ。

 成果はどうだったのだろうか。女同士の争い(キャットファイト)から目を背けつつ聞いてみる。


「街中にはまばらではあるが、機械仕掛けの獣どもが歩き回っていた。無秩序に破壊活動を行っているわけではなさそうで、何かを探しているような様子だったな」


 リーシェは報告をしながら、翠色の髪を犬みたいにぷるぷる振って雪を払いのけた。その飛び散った雪の塊がクロエの顔面にクリーンヒットして滅茶苦茶怒られた。

 しこたまお説教を受けて涙目になったリーシェを救出し、話を続ける。


「探している、ねぇ……海の方はどうだった?」


「う……海のほうには、ぐすっ、アスカのいうとおり大きな塔がたってて、それで……ぐじゅっ」


「とりあえず泣き止んで鼻水拭いてからにしようか」


 相変わらずメンタルが弱々な騎士様であった。

 さて、半泣きでぐだぐだな報告だったが、概ね現状は理解できた。


(海の向こうにある塔を調査するのは当然として、あとは街にいるクーガーどもの動きも気になるな。どちらか一方だけに集中していると、足元をすくわれそうな予感がする)


 幸い、先月の事件の時とは違い、ヴァレリアをはじめとする《八葉》の戦闘部隊も動いてくれる。

 学園に残してきた姉や友人たちも心配だし、ここは二手に分かれてみるべきだろうか。

 そうと決まれば、いざ行動だ。


「リーシェ。帰ってきて早々申し訳ないが、ヴァレリア隊長と夜行さん、あと鳴海隊長に声をかけてきてほしい。作戦会議だってな」


「作戦会議……うむ、そこはかとなく胸が熱くなる台詞だな! よし、私に任せるがいいぞ!!」


 リーシェは嫌がる素振りひとつ見せず、喜び勇んで肩を揺らしながら走り去っていった。

 どうしてあれほどまでに張り切っているのだろうか。


「たぶん、さっきの戦闘ですぐに気絶しちゃって出番なかったからだと思う……」


「あぁ……」


 飛鳥達の力になるために、はるばる異世界ライン・ファルシアから体ひとつでやってきたというのに、今日に至るまでそれほど見せ場がなかったような気がするリーシェさん。

 きっと焦っているのだろう――どんどん影が薄くなっていく自分の立ち位置に。

 これからはもうちょっとあの翼の騎士様を頼ってあげた方がいいのだろうか。そんなことを思いつつ、飛鳥は身体の節々にはしる痛みを押さえ付けながら立ち上がった。


「それじゃあ、いきますか。……って、あれ? エントは?」


「そういえばここに入ってから見てないね。迷子にでもなったのかな?」


 気を取り直してといきたかったが、そういえば日野森家の住人がもうひとり足りないことに気付く。

 どこに行ったんだろう、と辺りをきょろきょろし始めると同時、


「そこのドラゴン君待ちたまえ! まさか本物の龍に出会えるとは思わなかったんだ! だからちょっとだけ、ちょっとだけ解ぼ――いや、鱗とか爪の欠片とかちょっとだけでいいから、本当にちょっとだけだから!!」


「さっき解剖って言いかけたじゃろ、わらわが聞き逃さなかったとでも思うたか! 目が完全に実験動物(モルモット)見てる感じになってる奴なんぞに捕まってたまるかえ! って、おおあるじ様! ご無事じゃったかー!!」


 部屋の外でどたばたと追いかけっこしていた当の本人ならぬ本龍が、飛鳥の姿を認めて飛びついて来た。その後ろからギラついた瞳で忍び寄ってきた白衣の男には、どこからともなく取り出したハリセンで一発。


「何やってるんですか、夜行さん」


「いやあまさかこんなところで新種の生命体――幻想種の頂点たるドラゴンに出会えるとは思いもよらなかったものでね! つい知的好奇心がふつふつと」


「今度うちの子に変なことしたら全身炭化させてやりますので」


 いかにも研究者らしい風貌、ひょろりとした線の細い体躯の白衣の男――来栖夜行(くるすやこう)は興奮気味に声を荒げながら、再びエントを捕まえようと両手を伸ばす。


「しつこい男は嫌われるのじゃ! ふごーっ!!」


「だあっぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ!!??」


 が、今度は飛鳥が手を下すまでもなく火龍の咆哮(ミニミニバージョン)が夜行の顔面をこんがりと焼いた。

 眼鏡を取り落としながらごろごろと転げまわるこのマッドサイエンティストもまた、飛鳥やヴァレリアと同じく、《八葉》第六枝団“月読(つくよみ)”の隊長であるのだから始末に負えない。


「なんだかにぎやか。あーくん、げんきそうでよかった」


「日野森さん、あなた怪我人なんですから起きてすぐに動き回らないで……ってどうして来栖隊長がこんなところに転がっているんですか?」


 そんな光景をヴァレリアと、第三枝団“水鵬(すいほう)”隊長の鳴海双葉が、いつの間にやら扉の外からそっと顔を覗かせていた。

 これは同時に、リーシェが完全に無駄足を踏んだことが決定した瞬間でもあった。


「あんたら、仮にも怪我人が寝てる部屋で騒ぎ過ぎだと思わないのかい……?」


 狭い医務室の中で6人と2匹がどたばたと騒がしくしているこの状況を、不謹慎と諌めるべきか、仕方がないなあと笑って済ませた方がいいのか、割と真剣に悩む飛鳥であった。







 ――その頃。

 断花重工から約10㎞ほど離れた海上。

 そこは飛鳥達が『塔のようなもの』と呼んだ建造物。


「まだ……足りない」


 すべてが氷で造られた(、、、、、、、、、、)巨塔の外郭(がいかく)で、霧谷雪彦は水平線の彼方を見つめながらひとり呟いた。

 先の戦闘で負ったダメージは跡形もなく完治していた。文字通り、飛鳥の命を燃やした捨て身の攻撃だったのだとしても、所詮は第一位階(ファーストフォーム)の延長線上の力に過ぎない。

 既に第二位階(セカンドフォーム)に辿り着いている雪彦にとっては、決して致命傷になどなりはしなかったのだ。


「その様子だと、君も彼と戦ったようだね」


 音も無く背後から男の気配が現出した。雪彦は振り返らないまま呆れたように言葉を返す。


「アルゴル、あの男とは俺がやると前もって言ったはずだ。それを貴様、単独で飛び出して随分と引っ掻き回してくれたようだな」


「そう怒りなさるな『来訪者(エトランゼ)』。私とて人の子だ、目の前にごちそう(、、、、)が並べられて、我先に手を伸ばそうとするのは当然の心理だろう?」


「……その取って付けたような呼び方もやめろと言った筈だが」


 終始(とげ)のある回答に、奇術師アルゴルは純白のタキシードを潮風になびかせながら雪彦の隣に立つ。

 このふざけた格好をした手品師、なんとも得体の知れない男である。

今回の独断専行に限らず、彼の行動や言動には一貫性が見えない。いったい何を目的として、何のためにこの戦いに身を投じているのか――興味などありはしないが、それが自分にとって障害になる可能性もある以上、あまり好き勝手に動かれるのは都合が悪かった。


「貴様が何をしようと貴様の勝手だが、今度俺の邪魔をしようものなら――」


「分かっているとも。少なくとも今回は(、、、、、、、、)、私はもう『反逆者(トリーズナー)』の彼に手を出すつもりはない。……それより、もっと面白そうなものが見つかったしね」


 嘘をついている様子はない。

 もっと面白いもの、というのが少々気がかりでもあったが、特に聞き出そうとも思わなかったためここで会話を打ち切った。


「さて、私は麗風(レイフォン)嬢を迎えに行ってくるとしよう。どうやら、あの魔女殿にこっぴどくやられてしまったようだしね」


「……」


 そう言って再び気配を消したアルゴルから完全に意識を離し、雪彦は再び海の向こう――飛鳥達がいるであろう白鳳市の方へと視線を戻した。

 ――早く来い。

 ――そして、早く俺に追い付いてみせろ。

 ただあの男を打倒するだけでは意味がないのだ。

 追い付き、追い越され、そしてまた乗り越え、乗り越えられて。


「それは、お前じゃないと無理なんだよ……失望させてくれるな、飛鳥」


 雪彦と飛鳥の進む道は、その実とても近しいものである。延々と続くマラソンコースを隣り合わせで走っているようなものだ。ある意味、鈴風やクロエよりも雪彦の方が飛鳥と近い考え方や意識を持っているといっていい。

 だが、ご存知だろうか――2本の平行線は、絶対に交わらない(、、、、、、、、)

 同じ方向を向いて走り続けるがゆえ、2人の道が重なることなど決してありえないのだ。


この話でやりたかったのは、雪彦が仲間になるフラグを完全にへし折ること。一時的な共闘とかは今後やるかもですが、完全に味方になることは絶対にないです。

あとリーシェの影が薄い件ですが、次の5章では彼女がメインです。だからリーシェさん頑張って! 主役のパートはもうすぐだから!

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