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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE4 氷夏
132/170

―第125話 氷炎邂逅 ②―

主人公は炎、ライバルは氷という安直極まる設定をした理由が冒頭の文章です。

せっかくのライバル対決、相性だの有利不利だので戦ってほしくないですもの。

 さて、日野森飛鳥と霧谷雪彦の戦いを語るにおいて、決して避けては通れない議題がある。


 ――高温と低温はどちらが強いのか?


 現実世界のみならず、魔法や魔術、超能力が席巻するありとあらゆる物語において、この議題は必ずといってほど取り上げられてきたことだろう。

 炎がすべてを飲み込み、焼き尽くすのか。

 氷がすべてを凍て付かせ、完全なる停止の世界を創り出すのか。

 その実、絶対的な優劣の回答は提示されていない――と言うより、提示しようがない、という方が正しい。

考えてもみてほしい。場の環境や到達可能な温度、魔術の類であれば術者の力量などなど……そもそも対等な条件(、、、、、)という定義すら曖昧であるというのに、どうやって明確な優劣を付ければよいものなのか、誰も知り得ないのだ。

 ……本題に戻ろう。

 挑むは、太陽から吹き上がるプロミネンス現象にも匹敵する、最大10,000℃の熱火を宿す巨大剣。

 対するは絶対零度。−273.15 ℃という、あらゆる物質が原子の振動を停止させる死の大太刀。

 数値だけで見れば、圧倒的に高温――飛鳥の方が上回っていることが分かる。

 理由としては、理論上では上限の存在しないプラスの温度に対し、マイナスの温度はその限界値が定まっているからだ。

 それでは、勝敗は決まったも同然ではないか?

 もしそうであれば――そんな数値だけで決まる(、、、、、、、、)単純な世界であれば、2人の戦いは、見守るまでもなく一瞬で終結していることだろう。

 だが――だからこそ、それはあり得ない(、、、、、)と回答しよう。

この2人の戦いは、いわばこの物語の『象徴』と言ってもいい。

 強く、強く、奴よりも強く。進化の道を走り続ける者達にとっては、何の意味も成さない問答なのだろう。

 とどのつまり……








「なるほど……『今は』俺の方が一枚上手ということかな?」


 衝突した赤剣と蒼刃。

 極高温と極低温の嵐がせめぎ合う中――雪彦の“霧桔梗(きりききょう)”には寸分の変化はなく。

 

「……くっ」


 飛鳥の“破陣”の刀身からは、ぶつかり合った部分から氷結の洗礼がじわじわと侵食していっていた。

 手加減などした覚えはない。正真正銘、今の自分が行使できる最大熱量を込めて振り下ろした一撃だった。

 もう一度剣撃を叩き込もうにも、凍結した“破陣”の刀身が“霧桔梗(きりききょう)”に引っ付いてしまっており、力技で引き剥がすこともできそうにない。やむなく大剣を破棄し、無手のまま後方へ3歩だけ飛び下がった。

 粒子状になって消えていく愛剣を歯噛みしながら見つめる飛鳥に対し、雪彦は血糊(ちのり)を祓うかのような動作で愛刀を軽く一振りし、鋭い眼光を向けてきた。


「お前にこんなことを言うのは釈迦に説法だろうが……おそらく10,000℃近かっただろうお前の烈火刃が凍り付いた理由を教えてやる。単純に、俺の方が『器』が大きかっただけのことだ」


「俺の剣が放出していた熱量(エネルギー)の総量よりも、お前の刀が奪い取れる熱量の総量の方が大きかったってわけか」


「然りだ。……相も変わらず教え甲斐の無い男だな、お前は」


 ごくごく当たり前の摂理として、熱を持った物質を氷にあてると、そこから熱が奪われていく。

 例えば、素手で氷の塊を掴んでいると仮定してみてほしい。

 持っている間、手の熱で氷はどんどん融けていくわけだが、それは氷が自分の手の熱を奪い取っているからそうなるわけで、当然ながら氷を持った手もどんどん冷たくなっていく。

 この場合、氷が完全に融けきったら、自分の手が持つ熱量の方が大きかったことになる。

 逆に、氷が融けきる前に手が凍傷になってしまいでもしたら、それは氷が奪い取れる熱量が、手の持つ熱総量を上回ったことになる。


「今くらいの炎であれば、もう2、3回ほど喰らっても(、、、、、)問題なさそうだ。要するに、これが俺とお前の能力差――というより、出力の差というわけだ」


「たった一回の実験で結論付けるなよ。今度は……もっとお熱いのをくれてやる」


「くくっ……ああ、そうだな。まったくもってお前の言うとおりだ」


 互いに凶暴な笑みを浮かべ、後ろに大きく跳躍。着地と同時に次の武装を展開させた。

 飛鳥が構えたのは大弓(バリスタ)型の砲撃形態、陸式“火群鋒矢(かぐらほうし)”。

 対する雪彦は、


「二節――“氷柱菖蒲(つららしょうぶ)”」


 大きく弧を描く三日月形の氷のアーチを左手に携える。昔ながらの和弓をイメージして作られた氷弓であった。

 奇しくも、互いに弓、互いに飛び道具という鏡合わせの対決となった。

 右手に一本の矢を形成、弓に(つが)え、全身の筋肉を駆動させ極限まで引き絞る。

 さて、狙い撃つべきはどこか。

 脳天や心臓を貫けば、いかな人工英霊とて絶命は免れない。だが、それは自分もあちら側もまったく同じ条件である。

 雪彦を倒すのと同時に、自分の頭が吹き飛ばされては笑い話にもならない。飛鳥は相討ちを覚悟してまでそんな大博打をするつもりはなかった。


(ならば……!!)


 雪交じりの風が2人の間を吹き荒れ、一瞬互いの姿が白い闇に覆い隠された。

 来る! と予測した時点で、既に番えた矢は放たれていた。

 ひゅん、と命を奪う一射としては随分と軽い音で、炎の矢は真っ直ぐに進んでいく――同時に放たれた、雪彦の矢に向かって(、、、、、、、、、)

 雪彦も同じ思惑だったようだ。紅と蒼の一矢は、寸分狂うことなく、真正面から互いの矢じりの先端を撃ち抜いた。

 鈴鳴りと勘違いしそうな甲高い金属音とともに、2本の矢が中空で静止するという非現実極まる光景が展開されていた。互いの矢じりを喰らいつくし、真っ二つに引き裂こうとする変則的な鍔迫り合いのようでもあった。

 先の雪彦の言葉に従うのなら、今回も飛鳥の矢がみるみる内に凍結していくのだろうが――それで終わらせるつもりはない。

 衝突と同時、飛鳥は右手を強く握りこみ、赤矢にひとつの命令を送った。

 炸裂せよ、と。





「こいつは――!!」


 今度は雪彦が後手にまわる番だった。

 まさか、矢が爆発する(、、、、、、)などとは思いもしなかっただろう。零距離爆破の破壊力により、氷の矢はいとも簡単に四散していった。

 更に、爆発時の粉塵に紛れ、次々と放たれる赤熱の豪弓、その第二射、第三射。

 完全に守勢に回らざるを得ない事実に、雪彦は初めて焦りの感情を見せた。


「ちぃっ……三節“朧水蓮(おぼろすいれん)”!!」


 煙の奥から殺到する火矢の軍勢を、雪彦は大弓から再構築した刃渡り90㎝ほどの氷の日本刀で、近付くそばから打ち落としていく。

 射手が見えない状況で、かつ真正面からの視点では『点』にしか見えない矢の数々を斬り落とし、あるいは紙一重で躱していく様はまさしく神業の領域だろう。

 それでもなお、雪彦にはすべてを捌ききる余裕があった。

 どれだけ射速が速かろうと、視界が利かなかろうと、彼の反射神経と動体視力、そして数多の剣豪に勝るるとも劣らぬ剣の捌きがあれば、苦も無く対応できる。それこそ、4本や5本同時に(、、、)射かけられでもしない限りは――


(……と、思っていたが本当にやってきたぞあの男!!)


 それは奇跡的な未来予知だったのかもしれない。

雪彦が思案すると同時に姿を見せたのは、頭、心臓、両手両足――計6点をまったく同時に(、、、、、、、)狙い撃った、悪夢の如き一斉射撃だった。

 雪煙が晴れ、向こう側に姿を見せたのは、


(分身か! 実体を持つ上に別々の動きをする分身など聞いたことがないぞ!?)


 紅炎投影(プロミネンスリンカー)の熱分身投射能力によって生み出された、大弓を構えた6人の飛鳥による一斉砲火の姿であった。

 決断は雷光よりも速く求められた。

 どう動こうと迎撃、および回避できるのは4本までが限界だ。雪彦は小さく跳躍し、両足を狙った2射を躱す。致命傷となる頭部、心臓への狙いは“朧水蓮(おぼろすいれん)”の一薙ぎで撃墜。残り2射、筋繊維が悲鳴をあげるが構わず、全身を捻じらせながらやり過ごそうとしたが、最後の一射が僅かばかり右腕をかすめた。

 着地。

 腕の傷は浅いが、焼きごてを当てられているような激痛に雪彦は顔を歪ませる。

 眼前の6人の飛鳥は追撃してくる様子もなく――陽炎のようにすべて(、、、)消失していった。


「――まさか!?」


 本体はどこに、と考える間もなく雪彦は半ば条件反射で氷刃を頭上に向け構えた。二段階で押し寄せる重い衝撃、足元の積雪が爆風に煽られまるごと吹き飛んだ。その正体など分かり切っている。


「これで一勝一敗、ってことで異存はないか?」


 凍結二振りの烈火の刃を交差させ、猛禽(もうきん)にも似た勢いで上空から奇襲をかけてきた飛鳥が意地の悪い笑みを浮かべていた。

 熱分身はすべて(おとり)。本命はこうして上方から隙を窺っていたというわけだ。

 卑怯だとは思わない。分身6体の同時遠隔操作がどれほど高難度の大技であるかを考えれば、むしろ大したものだと喝采されて然るべき戦術である。

 雪彦はしてやられたという驚愕と、好敵手の奮闘に対する感嘆を込めて、


「ああ……俄然(がぜん)面白くなってきた。お前もそう思うだろう、飛鳥!!」


 一層沸き立つ戦いの熱に浮かされながら、歯を剥き出しにして猛るように笑った。再び弾かれるように距離を取り、互いの間合いの一歩外で睨みあう形となる。

 単純な能力の大小のみで結論付けられるほど、2人の勝敗は軽いものではない。

 技を尽くし、戦術を組み立て、地の利をも利用し、時の運でさえも味方につけ、お互いを何度も乗り越えながら、更なる高みへと飛躍していく。

 人工英霊とは、そうやって『進化』の道へと至るために創り出された生命体なのだと――雪彦は、『あの男』から聞かされた言葉を思い出していた。


(この戦いも、所詮はすべてあの男の掌の上の出来事に過ぎないということか。……だが、それならそれでやりようはある)


 お釈迦様に挑みかかる孫悟空にでもなった気分だった。

 だが、今はそれでいい。

いつの日かあの男の――リヒャルト=ワーグナーが制御しきれなくなるほどの力を得て、遍くすべてを凌駕する。

 そして、その暁には……


「さあ、続けようか。俺達は、こんなところで足踏みしている場合ではないのだからな」


 絶え間なき争いと進化の果てにこそ、霧谷雪彦が求めてやまないものがある。

 そこに辿り着くまでは、相手が例え超越者であろうと、神であろうと、


「雪彦……」


「存分に戦おう、親友。そのために、俺は今ここに立っているのだから」

 

 親友であろうと、容赦なく斬り捨てる。

 この『誓い』は誰にも――雪彦自身ですら――決して覆すことはできない。


飛鳥の烈火刃と雪彦の雪月花は、それぞれ全8形態までの設定があります。飛鳥の烈火刃第七形態はこの章のラスト近くで出ます。

ちなみに、各烈火刃の名前は戦の陣形の名前を由来としています。

緋翼→鶴翼の陣、火車掛→車掛りの陣、などなど。

雪月花は見たまんまで、植物の名前をモチーフにしています。

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