―第122話 白を駆け行くは疾風、白を染め行くは迅雷 ③―
鈴風のキャラクターイメージは『戦う少女マンガ(アニメ)の主人公』だったりします。○ーラームーンとか、○リキュアみたいな感じ。なろう小説的に言えば、『イケメン勇者(笑)』の女版みたいなもの。
頑なに正義を信じて、疑うことを知らずに悪を倒す。果たしてそれは本当に……? というお話。
でも作者の頭の中では鈴風のキャラは完全に○ンフォギアの主人公だったりします。外見、言動、すべてにおいてかなりの影響を受けてしまっているので、パクリと言われても否定できない! 響は俺の嫁!!
――あなたは、とってもいい子なのね。
この声は、誰のものだっただろうか。……ああ、そういえば子供のころ、飛鳥と一緒に遊んでいた時に、彼のお母さんから言われた言葉だ。
からから、からからと。古ぼけた映写機が、ぎこちない音を立てて忙しなく回っていた。
目の前で再生されているのは昔の記憶だろうか。
――なんだよテメェ! 正義の味方でも気取ってんのか!!
これはよく覚えている。
確か、中学生の頃だったか。
学校の近くにたむろしていた不良ども(暴走族?)が、クラスメイトや周りの人達に迷惑ばかりかけていたものだから、竹刀片手に成敗しに行った時だ。
ひとり残らずやっつけて、それで逃げ帰ろうとしていたリーダーっぽい男から投げかけられた言葉だった。
――はじめて人を殺した感想はいかがでしたか?
これは、ほんの数か月前……優しい部長だった村雨蛍から突き付けられた言葉。
人工英霊になって、何の躊躇いもなく敵を倒し――いや、言い繕うのはよそう――殺した。その身も凍るような事実に、はじめてあたしは、あたしを疑ったんだ。
――お前はどこまでもまっすぐなんだな。羨ましいよ。
……これは、ええと。
ああ、そうだ。これは確か飛鳥に――いつの日だったか覚えていないけれど。
どうしてか、とても悲しそうな眼差しで言ってきたのだった。
今なら、なんとなくその理由が分かる気がする。
いい子だね、正義感が強い、心がまっすぐだ――誰かから見た楯無鈴風は、そんな風に見えていたみたいだけれど。
それって、本当にいいことだったのかな? 胸を張って誇れるものだったのかな?
そもそも……正義の味方って何なのかな?
あたしは、迷惑をかけているからって不良たちをやっつけたけど、それは本当に『正義』だったの?
相手を『悪』と決めつけて何の疑いもなく叩き伏せる行為は、本当に正しかったのかな?他に方法はなかったの?
飛鳥だったらどうしたのだろう。
少なくとも、問答無用で殴り掛かることはしないだろう。話をして、一生懸命に説得して、それでも駄目なら結局殴り合いになっちゃうのかもだけど。
それでも、たくさんの努力をして。
考えて、考えて、考えて。
誰もが笑顔になれる結末を目指して、がむしゃらに行動したのだろうな、と思う。
……どうして、あたしにはそれができなかったんだろう。
いや、どうして自分は絶対に正しいと信じて疑わなかったのだろうか。
ぷつん、とフィルムが途切れて映像が真っ暗になる。
「行かなきゃ……」
呟いてから、気付く。
……行ってどうするの?
また戦うの? また殺すの? また自分の身勝手な正義を押し付けて、誰かを傷付けるの?
心の中の真っ黒な部分が責め立ててくる。
ああ、まったく、本当にその通りだ。
むしろ、自分は何もしない方がみんな幸せになれるのかもしれない。
けど……それでも。
「何もしなきゃ、何も始まらないから。だから――」
「――なに?」
鈴風が完全に意識を取り戻したのは、頭のすぐ上から聞こえる女性の声音が聞こえてからだった。
さっきまで意識が飛んでいたのは理解できていた。だが、今のこの状況は――
「あ、あっぶな……」
いつの間にか、自分は機械槍を正面に突き出し、劉麗風の身体を貫かんと突撃敢行を繰り出していたようだ。
だがその切っ先は、鈴風のほぼ無意識下の抑制により僅かに横にずれ、彼女のチャイナドレスの腰部分を少しばかり切り裂くだけで止まっていた。
よって、2人の距離は完全にゼロ。チャイナドレスの女の懐に、槍を持った手を伸ばし切ったの鎧騎士が潜り込んでいる構図である。
やばい! と鈴風が全身の筋肉のフル稼動させたのと、麗風の怒りが臨界を超えたのはまったくの同時だった。
「き……キサマああああああああぁぁっっ!!!!」
竜が舞い降りたかのような極太の紫電の柱が降り注ぐ。
直撃=即死の運命が分かり切っていた鈴風は、なりふり構わず後方へ急速離脱を図った。
「ってにょおわああああああああっっ!?」
が、思っていたよりもやたら勢いが付いてしまい、新手のジェットコースターみたいに後ろ向きに超加速。そのまま近くのブティックの展示ガラスを突き破り、いかにも高級そうなドレスを巻き込みながら大転倒してしまった。
頭を振って立ち上がり、ようやく自分の身体に起きた異変に気付く。
「な、なんでしょうか、これは……」
驚きのあまり、何故か敬語でセルフツッコミをする鈴風さん。
普段は手足だけにしか装着できなかった精神感応性物質形成能力の装甲が、くまなく全身にまで行き渡っている。
ただの鎧ではなく、見えない糸で繋がっているような感覚に妙な違和感を覚えた。
そして何より、全身から立ち上る有り得ないほどの力。腕力、体力、反射能力、すべてにおいて際限なく上昇し続けているのが理解できた。
「それに、この後ろに引っ付いてるのって、もしかして……」
誰に言われるでもなく、鈴風はこの新武装の仕組みを読み取った。
物は試しと、腰後ろにある4枚の刃に意識を集中。
パシュン、と空気が抜けるような音と共にすべてのブレードが角度を変え、水平方向に扇を描く形で展開された。
切っ先部分が淡く発光し、エネルギーが急速に集まり出していくのが分かる。
即ち、この機構とは――
「――飛べぇ!!」
空飛ぶ騎士であるリーシェのお株を奪いかねない、空中制動翼の発現に他ならなかった。大型ミサイルが発射されたかのような際の爆音と衝撃で、ブティック全体が飾られていた衣類もろとも吹き飛ばされ、倒壊していった。
下手をすれば音速を超えているのではないかと思えるほどの速度と空気抵抗に顔を顰めつつ、再び雷神が待つ戦地に舞い戻る。
こちらに振り向いた麗風の形相は、まさしく羅刹。これ以上言葉を交わせる余裕もないかと、鈴風は拳を大きく振りかぶった。
知らずとも理解できる、この新しい能力に不信感を拭いきれないまま、雪景色に嵐と雷鳴が吹き荒れた。
「遅いぞ、そんなもので!!」
初撃は拳と拳、真正面からの打ち合いとなった。
第二位階に到達した鈴風の拳撃は、その速度も威力も以前とは段違いに跳ね上がっている。
だが、対する麗風は焦る様子もなく正面から受け止め、時には受け流し、僅かな隙を見逃さず反撃の雷を振り下ろす。
避けきれないと判断した鈴風は頭上で両手を交差させ、手甲で電刃を受け止めた。
両刃刀から伝わる衝撃で手首から先の感覚が消え失せた。同時に迸る紫電の網が鈴風の全身を舐めるように蹂躙していく。
「ぐ、ぎぃ……きか、ないねぇ!!」
無論、やせ我慢である。
実際は今の電撃で全身の血管がズタズタに引き裂かれているし、未だに両手は剣を受けた衝撃で痺れて力が入らない。
たった一合で満身創痍。嫌になりそうだ。
だが涙を流している暇もない。
「なら次だ。耐えて見せよ」
瞬間、繰り広げられるは剣の舞。
麗風は双刃剣を両手で回転させ、縦横無尽に躍らせていく。鈴風も応じるように撃槍を構え、深く腰を沈めて身構えた。
同じ長物どうし、条件は互角。いや、突破力のあるこちらの方が破壊力は上と断じた鈴風の考えは間違いではなかった。
が、
「一点突破を狙おうとする魂胆、見え透いているぞ」
それは互いが同じ力量であればこそ成立する条件だ。武器を交える前から思惑を看破されているようでは、彼我の差は歴然であった。
「がうっ!? ち、く、このぉっ!!」
横殴りに迫る光刃を槍の柄で撃ち落としたと思ったら、反対側の刃が袈裟懸けに襲い掛かる。慌てて後ずさり、前髪がはらりと雪に落ちた。
安堵する間もなく今度は刺突、首を大きく横に捻じり回避。頬を浅く切り裂かれたが意にも介さず、今度は反撃に転じんと一気に懐まで飛び込んだが、
「愚か者」
その前に鈴風の鳩尾に麗風の拳が沈み込んでいた。
例え素手でも、人工英霊の膂力であれば軽く内臓を破裂させるほどの重撃だ。息を無理矢理に吐き出され、呼吸困難になりつつたたらを踏む鈴風を、麗風はあえて追撃しようとはしなかった。
「やはりか。第二位階に達したとはいえ、まだ護法刻印を掌握するには至っていない。……所詮、成り損ないか」
「あるたー、こーど……?」
よく分からないが、自分は新しい力を得て一気にパワーアップしているというのに、まったく歯が立たない。
苦悶に歯を食い縛る鈴風を見て少しでも溜飲が下がったのか、麗風は追撃の手を止め嘲笑する。
セカンドフォーム、アルターコード――初耳だらけの情報が気にかかった鈴風は、ついオウム返しに尋ねてしまった。
「教える義理はないと言いたいが、知って更なる絶望を刻ませるも一興か。……第二位階とは呼び名通り、我々人工英霊が到達し得る『進化』――その第二形態だ」
それは何となく理解できていた。
よく特撮ヒーローやアニメの主人公が、物語の中盤くらいで一度パワーアップするアレのことだろう。
実際、鈴風も今の自分の肉体に流れる力が、今までとは比較にならない領域にまで上昇しているのは自覚していた。
「そんな力が、どうしてあたしに……」
「そこまで丁寧に教えてやるつもりはない。どの道お前は護法刻印を掌握できていない半端者だ。本来であれば、それを第二位階と呼ぶことも烏滸がましい」
いや、あんたが勝手にそう呼んだんでしょうが――とは言わなかった。変にツッコんで逆上されては堪らない。
だが、これで大体の状況は理解できた。
要するに、自分はこの新しい力をまだ使いこなせておらず、だからまだ麗風に追い付けていないのだと。
上等、上等である。
「なるほどね……だったらあたしがその護法刻印とやらをどうにかすれば、あんたと同じ土俵に立てるってわけだ」
「何か、勘違いしているようだが。……まさかとは思うが、さっきまでの私が第二位階で戦っていたとでも思っているのか?」
呆れたと言いたげな溜め息をこぼす麗風に、不敵な笑みを浮かべようとした鈴風の顔が凍り付く。
いや待て、どういうことだ。
今までの力量差は、第二位階が完成されているか、いないかの差ではなかったのか?
「もう一度言おうか、愚か者。まさか私が、お前ごときに全力を出して戦っているなどと……まさか、本気でそう思っていたのではあるまいな?」
ああ、なんだ畜生。
楯無鈴風は最初から遊ばれていたということか。
「それ、でも……諦めてたまるかってね」
「力の差は絶対的。それでもまだ抗うか?」
「応ともよ。あたしにはとっておきの切り札――愛と勇気と友情パワーが残ってるんだから。ちょっとくらいの戦力差なんてちょちょいのちょいよ」
なけなしの勇気を総動員して、ちっぽけな虚勢を奮う。
思いが力になるというのなら、決して目の前の女に負けはしないと、鈴風は心の強さを信じて再び槍を取った。
そんな強がりもすべて見透かしているかのように、麗風は邪気を消して――初めて出会った時のように、気品に満ちた可憐な微笑みで――彼女の勇気に応えた。
「それでは……これまでの奮戦に敬意を表して。圧倒的な絶望と、後悔も懺悔も届かない正真正銘の地獄を御覧に入れましょう」
微笑みを浮かべた天女が、稲妻を従える狂神へと変貌した。
外見に変化はなく、何かド派手なアクションを伴いながら変身でもするのかと思ったが、それといって何かが変わった様子はなかった――見える限りでは。
電波状況の悪いラジオエコーのような、途切れ途切れの音声が鈴風の鼓膜を小さく揺さぶった。
「ん? アルターコード……ナンバー、157? しんこうびょう?」
そんな聞き取り辛い音声が、何故か鈴風の内側から響いてくるようだった。だが、そんな空耳に意識を裂いている余裕などない。
4枚の機動ウイングを展開し、麗風から視点は外さず後方へ飛翔。いったん距離を取り、一瞬の隙を付いて突撃する一撃離脱戦法に切り替えた。
10階立てのビルの屋上に着地。弓矢を引き絞る要領で、全身を捻じり、槍を構える。
まだ麗風は地上から動かない。微動だにしていない。ならばこのまま、
「どこを見ているのです」
―――――――心臓が止まった。
比喩抜きで、鈴風はそう感じた。
たった今、地上に立っていた筈の女に背後から触れられ、耳元で声を囁かれている。理解不能な光景に脳内がパニックを起こしていた。
「ああ、なんて愚かな子。雷とは即ち光。光の速度があなたに見えるわけないでしょう」
口調が変わって――いや、戻っているのか。
鈴風が知る由もないが、第二位階への到達は身体性能だけではなく、思考形態そのものをも引き上げる。
冷静に、より緻密に。されども豪胆に、大胆に。
より戦闘に特化した個体として、心身ともにもう一段階上のステージへと昇華させた結果である。
動けない。
優しい手付きで頬を撫でられるたび、全身を虫が這いまわるような心地に襲われる。
「さぁ、よろしいですか? 歯を食い縛って、一秒でも長く断末魔の悲鳴をお聞かせいただけますよう……簡単に死なないでくださいね?」
「ち、くしょ――」
全身を抱きしめられたと同時、ビルの屋上に天の裁きが降臨した。
少女の絶叫を掻き消すほどに、まばゆく、激しく、猛々しく。
鈴風さんはヴァルキリーというよりは○ンダム化してきたような気がする。
ちなみに、機動ウイング、という言葉の響きが何か好き。
別に二丁のバスターライフルを持っているわけでも、翼の隙間にビーム砲隠し持ってたり8つに分離して自動で敵を迎撃するわけでもないけど。