―第121話 白を駆け行くは疾風、白を染め行くは迅雷 ②―
『作者はチート嫌い』のタグが今回も存分に発揮されています。
数多のなろう小説のプロローグで、ニートの主人公にチート授けてる神様にあえて言ってやりたい。
神様なんてくそっくらえだ!!
唸れ疾風、轟け迅雷。
風神対雷神の衝突とは、鮮烈かつ苛烈な人為的自然現象の応酬であった。
「ぴっきゃあああああああっ!!??」
この場における『風神』たる楯無鈴風の懐――まさしく嵐の中心で、呑気に寝こけていることなどできるものか。
2人の衝突と同時、鈴風の上着からもぞもぞと這い出ている最中だったエントは、突風に煽られ、キュートな尻尾を電撃で焼かれながら、純白の凍える大地に転げ落ちた。
再びの極寒によるものではない、小さき龍は頭上で繰り広げられる激戦に全身を震わせた。
「あ、あんなの人間じゃないのじゃ……」
思わず呟いたその言葉こそ、人工英霊という存在を指し示す最も簡潔明快な真理であった。
エントとて、それなりに魔術や異能力というものを目にしてきているが――正確には彼女の中の『フォーレント王女の記憶』が、だが――はっきり言って、これまでに見てきた人間達とはその強さの段階が根本的に異なっていた。
(この光景、“ファイヤーボール”とか“サンダーボルト”とか叫んで悦に入っていた宮廷魔導師どもに見せてやりたいわ……!!)
鈴風然り、麗風然り。
そしておそらく、愛しの『あるじ様』も。
人間という種の範疇には最早収まらず、まったく別次元の存在――それこそ『龍』のような――に昇華しようとしている。
先程出会った異形の奇術師が好んで使っていた『進化』という言葉が、やけに脳裏にこびり付く。
(あるじ様……そなた達は、いったい何者なのじゃ……)
強さを求め、進み続けたその最果てで、あなたはいったい『何』になるのか。
進んでいるのではなく、進まされている――神の掌の上で転がされているかのような、言いようのない不安が押し寄せてくる。
……だとしても、悩むべきは今ではない。
雷で気絶したまま動かないクロエとリーシェも気がかりだ。
今は奮闘する鈴風の力に少しでもなるために、エントは小さな翼を羽ばたかせた。
皆様は雷が落ちた際の対処法をご存知だろうか?
落雷とは、基本的に発生源から最も近い場所――要するに高い場所に落ちるようになっている。
例えば、山の頂上に立つ大きな木。
例えば、ビルの屋上に設置されたアンテナ。
そして、
「しびびびびびびびびびびびびびいいっっ!!??」
大きく空中に飛び上がり、避雷針よろしく先端が見事に尖った鋼鉄の槍を振り回す楯無鈴風さん(化学の中間テストの成績27点)である。
先程まであんなに威勢のいい啖呵を切っていたのに、まさかのやられっぷり(というかほぼ自爆)に麗風も唖然としてしまっていた。
「ま、まさか……私の雷を前に、何の対策もなくあえて空中戦を挑もうとは。それもそんな長物を振り回してまで。何かの策なのか? それとも、本当の――」
アホなのだろうか。
真剣勝負が始まった途端に凄まじい脱力感に襲われた稲妻の撃ち手は「いや、この脱力を誘う行動こそがもしかして……?」などと妙な深読みをする始末。
大抵の事は勘とか直感で判断し、戦術ってなんですか? それって美味しいの? 路線を地で行く我らが鈴風さんにそんな深謀遠慮などあるわけがない。
「おおおう、おおおおう……全身が長時間正座した後みたいになってる……」
酷い例えだった。
目をぐるぐる回しながら為す術なく墜落した敵手を見下ろしながら、麗風は思わず油断を……一切できないことに気付いた。
(先の稲妻、全力ではないにせよ確実に仕留めるつもりで放ったものだ。……それを、ちょっと痺れた程度だと!?)
靴の裏に電磁力を纏わせ、近くの建物の壁面に貼り付いて様子を見ることにした。麗風は少しの間目を閉じ、己が内面の状態を確認する。
自身の能力に減衰や妨害を仕掛けられている気配はない。
彼女の能力、及び武装名である“曇鏡雷公鞭”はいつも通り獰猛な稲光を放ち続けている。
無意識に手心を加えてしまっていたか――いや、即座に否定する。
かの《九耀の魔術師》でさえも一撃で戦闘不能にまで追いやった雷霆投射だ。その威力は正に魔業の域に到達していると言っていい。
どういうことだ、と麗風が警戒を強める中、その視線の先でようやく立ち上がる気配が見えた。
「まだ手足がぴりぴりする感じ……でも大丈夫! 気合いでカバー! 痛くないったら痛くない!!」
自分に活を入れようとしたのか、鈴風は両手で頬をパンパンと二度叩いてから、落ちた槍を拾い構え直した。
いったい何なのだこの少女は。
これまで麗風が戦ってきたどんな相手とも違う、不可解な性質を持った若き戦士。
作戦も無しに向こう見ずに突っ走って、受けたダメージも『気合い』とやらでやせ我慢。
これが、こんな女が、大切な弟を奪っていったと。
ああ、許せない。許せるものか。
弟の死は受け入れよう。彼が戦う者としての人生を歩み始めたあの日から、いつ永遠の別れが来てもおかしくないことくらい覚悟はしていた。
だが……それでも、これだけは許容できない。
「ふざけるな…………ふざけるな、ふざけるなふざけるなああああぁぁぁぁっっ!!」
心の尊厳が踏みにじられた――麗風は胸に秘めた狂乱の怒気を叫びに変えて解き放つ。
弟が屈強かつ高潔な魂を持った、稀代の猛将に討たれて果てたのであれば、まだ心の整理もついたのかもしれない。最後まで勇猛果敢に戦い、抗い続け、そして散って行ったのだと。
だが、この仕打ちはなんだ!!
「お前のようなふざけた性根の女などに、功真の魂は汚されたというのかぁっ!!」
積雪を薙ぎ払いながら地面に降り立ち、怒りに任せて轟雷を撒き散らす。周辺の雪がまるごと蒸発、分解されていく。
稲妻の光網が蜘蛛の糸のように張り巡らされる。左右のビルの窓ガラスが片っ端から破砕され、信号機が超高電圧に耐えかね小規模の爆発を起こした。
「功真の……誇り高き戦士としての生き様を汚した罪、その身で贖え!!」
その異業、まさしく雷神のごとく。
人工的に生み出された稲妻の英霊を前に、鈴風は――
「うるっさい!!!!」
能力で創り出した翠色の装甲脚を振り上げ、大地に向かって勢いのまま叩き付けた。
衝突と同時、踵の部分に装着された拳銃の撃鉄にも似たパーツがスライドし、杭打機じみた衝撃でアスファルトを爆砕した。
黙って聞いていれば、随分と勝手な物言いをする麗風にさしもの鈴風も我慢の限界だった。
「誇りだ? 汚されただ? ふざけてるのはどっちだよ!!」
ああ、本当に納得いかない。
この戦いは彼女にとっての復讐であり、大事な家族を奪われた悲しみと怒りをぶつけて然るべき弔い合戦だ。少なくとも、鈴風はそう捉えていた。
だがしかし、弟を殺された筈のあの姉は何と言った?
「違うでしょうが……弟の仇だ、許さない、殺してやる。あんたがあたしにぶつけるべき言葉はそういうものでしょうが! 何が戦士としての生き様だ。だったらあんたの弟が満足できる死に方だったってんなら、あんたはあたしを笑って許せたのか!!」
麗風の言い分は、有一無二の血の繋がった姉弟の死に対してのものでは決してない。
要するに彼女が、弟の命よりも、そのご大層な『誇り』だの『魂』だのの方が大事なのだと言っているのだ!!
機械槍を横薙ぎに払い、感情の赴くまま絶叫する。
「……決めた。何があってもあたしは、絶対にあんたなんかに殺されてやらない。大切な人が死ぬってことを、訳の分からない勲章か何かと勘違いしているあんたなんかにくれてやるほど、あたしの命は軽くないぞ!!」
結局のところ、鈴風も麗風と同じなのかもしれない。
この戦いに、何かしらの意義を見出したかった。例えその結果自分が命を落としたとしても、その死に何か明確な意味を持たせたかったのかもしれない。
ただの自己満足。そう謗られても言い訳できないただの暴論だ。
「ならばその命、徹底的に踏みにじってくれよう。お前の死には何の意味もない。路傍の石が砕けて消えるに等しい、取るに足らない終焉だったなと死に際に笑ってやろう」
迫りくる麗風は、知ったことかと鈴風の怒りを自らの怒りで塗り潰す。
別に、鈴風は彼女と分かり合いたかったわけではない。ただ、どうあっても分かり合えないという事実が、酷く心を締め付けた。
「だったらあたしは、負けてぶっ倒れたあんたの耳元でこう言ってやる……おととい来やがれってな!!」
弱い犬がよく吠えると、罵って笑うならばそれでもいい。
そんな大言壮語を吐けるほど、楯無鈴風は強くも何ともないと剣を振り下ろすのならやってみろ。
例えこの瞬きの後、全身を稲妻に打たれ灰と化したとしても。
鋭き雷刃に心臓を貫かれ、絶命したとしても。
――絶対に諦めない。
死にたくない。
生きたい。
生きたい。
生きているということがどれだけ素晴らしいことで、死ぬということがどれだけ辛いことなのか――目の前の馬鹿に分からせてやりたい。
今一度、『勇気』を奮えよ楯無鈴風。
これが、いわゆる正念場だ。
怖くたって、逃げ出したくなったとしても、戦い続けなければならない理由があるのなら。
もっと強く、もっと鋭く、もっと速く、もっと、もっと、もっと――!!
これは神への祈りではない。
これは自身への宣誓である。
なれば、今一度思い出してほしい。
人工英霊とは、想いを力に変える生き物だ。
その想いが強ければ強いほど――『祝福』により力を授けられる、御伽話に登場するような、張りぼての英雄。
自らの内に潜む『可能性』という名の神によって踊らされる、哀れで雄々しい物語の主役たち。
さぁ、少女は『勇気』を見せたぞ。
なれば神よ、乞われるがまま、然るべき力を授けるは今であろう。
さあ、果てなき階にその一歩を踏み出した勇者に、『進化』の祝福を。
――『祝福因子』、適合率120%を突破。
――上位階級への昇華処理を、最高権限機構“AL:Clear”に委託・・・・・・・・・・・承諾を確認。
――『祝福因子』を変質。『護法刻印』No.201・ゲイルスキュールとして再構築、展開。
――起動準備完了。第二位階への移行を開始します。
「……何故だ」
ありえない、と麗風は思わず雷を沈め、眼前の少女の変貌に目を見開いた。
両手と両脚と覆うのみであった翠玉色の装甲が胸部や腰全体にまで増設されている。
中でも異様なのは、腰の後ろ側に装着された、鈴風の身長と同じくらいの全長を持つ4枚の大型ブレード。天を貫くかのように直立するその大刃は、鋼鉄の翼とでも呼ぶべき流麗なフォルムと鋭さを併せ持っていた。
また、両耳を覆い隠す形で、翼をあしらった意匠のヘッドギアを身に着けていた。
その異様、まさしく伝承における戦乙女ではないか!!
「なぜ、お前のような者が、そうも容易く第二位階に!!」
「…………」
人工英霊の中でもほんの一握りにしか到達できない『進化』のその先。
軟弱な少女がひと息に辿り着けるような、そんなお手軽なものではないのだ。
先程まで、吠えるだけで力が伴わなかったただの小娘が、いつの間にか自分と同じ地平にまで追い付いてきたことに、麗風は背筋を強張らせた。
それは恐怖によるもの? 否、否だ。
ほんの少し前まで戦いなど知りもしなかったような一般人が、こうも容易く力を得て立ち塞がるという――力を、強さという概念を、あまりに軽んじすぎる彼女の所業に対しての赫怒によってである。
高名な水泳選手であった弟も、人工英霊になったことにより同じ思いを抱いていたが、眼前の彼女の存在はその域を遥かに超えている。
「死にそうになったら強くなる? 感情を解き放つだけで新たな力に目覚めただと? やはり、ふざけているのはお前の方ではないか!!」
まるで世界が、いるかどうかも知れぬ『神』とやらが。
揃いも揃って彼女を勝たせようと、大掛かりなイカサマをしているようにしか見えなくなってきた。
噛みしめた下唇から血が滴り落ちる。流れ落ちる血液を見て、麗風は無理矢理に冷静さを取り戻した。
そして、目を閉じてだんまりを決め込む鈴風に雷剣を構え、一歩を踏み出すと同時。
「……まぁいい。いくら第二位階になったとて、力の制御も知らぬ素人に後れを取る私では――――――か、あ?」
――自身の胸から、巨大な槍が生えていた。
タイトルにもなっている『AL:Clear』という名前がようやく本編に出た記念すべき?回となりました。
2話前に出たばかりのセカンドフォームにいきなり鈴風さんがなっちゃったわけですが……これは麗風の言う通り、人工英霊の中でも異常です。
次の話でその辺の解説が入りますが、鈴風さんは色々と業が深いキャラなのです。