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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE4 氷夏
127/170

―第120話 白を駆け行くは疾風、白を染め行くは迅雷 ①―

 この時点で、この戦いが総力戦(、、、)と気付くことができたのは、果たして何人いただろうか。

 理屈ではない、直観的な領域で予期していたのは飛鳥とフェブリル、そしてクロエである。

 では、根拠のない第六感ではなく、論理的に、因果関係を読み解いていった上で『確信』に至った者はいなかったのか。

 

「少し出てくる」


 断花重工エントランス――先月の事件の爪痕を一切残すことなく修繕された、未来工学の見本市。

 その受付に難しい顔をして座り込む女性に、男はすれ違いざまに言葉を残していった。


「……え、え? ちょ、ちょっと竜胆(りんどう)さん!? こんな猛吹雪の中、そんな格好で外に行かれるおつもりですか!?」


 あまりにさりげなく、あまりに無造作な言動と行動だったため、一瞬反応が遅れてしまった受付嬢――鳴海双葉は、デスクに散らばった書類がバラバラと床に落ちるのも気に留めず、男の背中を追う。

 《八葉》第三枝団“水鵬すいほう”隊長という肩書きを持つ彼女は、この緊急事態に勝手な行動をとろうとする同僚の肩を掴んで、押し留めようとした。


「貴方、仮にも隊長なんですから! 部隊ほったらかしにして単独行動なんて、何考えてるんです! しかもヴァレリアさんが飛び出して行って、ただでさえここの護りが手薄だって時に!!」


少し(、、)と言ったぞ鳴海。それに、俺ひとりいなくなったところで、大した違いも出ないだろう。親父殿には適当に言っておいてくれ」


 暖簾に腕押しとはこのことか。会話が噛み合っているように見えて、その実完全に平行線だった。

 この男、こうと決めたら周りの聞く耳など持ちやしない。口論しても無駄かと、双葉をそっと肩を掴んだ手を放す。


「……なら、その足で日野森さん達を迎えに行ってあげてください。この大雪で立ち往生しているかもしれません」


 考えなしに散歩でもされたら堪らない。

せめて男の行動に指向性を持たせようと、鳴海隊長は最大限の譲歩でそう提案――というより命令――を下した。


「戦力を一か所に集中させるか……了解した」


 この男、能天気に何も考えていないように見えて、戦闘が関わることには恐ろしく頭が回る。

 扱い方が難しいが、彼の手綱を握る人間次第によってはとてつもない切り札(ジョーカー)に化けるのだ。

 黒鋼の如く鍛えこまれた全身、洒落っ気の欠片もない、短く刈り込まれた黒髪。

 そして――この豪雪地帯をタンクトップ一枚で(、、、、、、、、、)行脚(あんぎゃ)しようとする最強無敵の大馬鹿者。


「いいだろう……俺の筋肉にかけて、その命令を完遂する」


 もう一度言おう。

《八葉》第八枝団“日輪”隊長、断花竜胆(たちばなりんどう)は大馬鹿者である。







 先程までに比べ、吹雪の勢いが明らかに弱まっていた。

 時折背後から流れ出る暖かな空気――異能の熱風を巻き起こす飛鳥の戦闘の余波が、幸運にも鈴風達の雪中行軍を後押ししてくれていた。


「それでは、予定通り我々は《八葉》に真っ直ぐ向かえばいいのだな?」


 飛鳥の助太刀に向かいたいのは誰もが同じだった。

 だが、今回においては『遭難』や『凍死』という目に見えない敵がいる以上、大勢でゆっくりのんびり進んでいくにもリスクがある。


「そうですね。雨ならともなく、雪程度であれば飛鳥さんの行く手を遮る障害にはなり得ません。下手に立ち往生していては、かえって私達が足手まといになります」


 家を出る前にみんなで決めていたことである。

 もし途中で戦闘があるのであれば、零下の空間でも十全に力を発揮できる飛鳥が矢面に立ち、他の面々は脇目も振らず《八葉》まで駆け抜ける。極端に寒さに弱い火龍のエントや、肉体的には一般人と変わりないクロエでは、長時間この極寒の世界には耐え切れないのだ。

 納得はできないけど理解せざるをえない――これが日野森家女性陣の総意であった。


「ぬぬぬぅ……でもさでもさ、やっぱり釈然としないというか、これで本当によかったのかな、というか」


「もう決まったことです。私も似たような思いですが、それで勝手な動きをしては飛鳥さんのご迷惑になります」


「カタカタカタカタカタカタカタカタ……そんな、ことより……わらわ、こおっちゃう……」


 不満というか、どうにも煮え切れない気持ちでざっこざっこと雪道を踏みしめる鈴風だった。

 マナーモードの携帯電話ばりに全身を小刻みに震わせるチビドラゴンをダウンジャケットの内側に招き入れ、行軍を再開する。


「……あんまりあったかくないのじゃ」


「贅沢言わないでよ。そりゃ飛鳥に比べれば……って、うん?」


 白一面の平坦な道の途中、赤を基調としたやけに色鮮やかな物体が目に入った。

 先程の妙な手品師のこともある。警戒しながら少しずつ近付いていく。


「うっ、うっ、ううう……」


 呻き声? いや……これはすすり泣く女の声だ。

 3.4メートル近くまで接近して、ようやく声の正体がはっきりと見えてきた。丸くなるようにうずくまり、嗚咽を鳴らすチャイナドレスの女であった。

 白銀の世界に、薄手のチャイナドレス姿。怪しいと言えば、おおいに怪しいが……この大雪で遭難してしまい、絶望の涙で頬を濡らしているのかもしれない。

 鈴風は意を決して、悲哀に震える背中を軽く叩いてみた。


「あのぉ、大丈夫ですか?」


「うう……え? あ、あなた方は……」


 女性はぴたりと震えを止め、泣き腫らした顔で見上げてきた。艶やかな長い黒髪、顔立ちからして中国の人だろうか(チャイナドレスを着ているからそう見えるだけかもだが)。

 後ろから追い付いてきたクロエとリーシェに軽く目配せ、2人とも小さく首を振る。つまるところ、知らない人だ。

 差しあたって、敵意はなさそうだ。警戒心を少しだけ緩め、鈴風は中華風の女から話を聞いてみることにした。


「ありがとうございます。……私は劉麗風(リュウ・レイフォン)と申します。この街に住む弟に会いに来たのですが……まさか、このような事態になっているとは露知らず」


「それは……大変でしたね」


 はるばる中国から家族に会いに来たというのに、いざ着いてみたら季節が大逆転ときたもんだ。途方に暮れて崩れ落ちてしまったのも無理はない。

 3枚重ねで着ていたダウンジャケットの1着を手渡す。……特に防寒性が下がった様子がないので、この重ね着に意味が無かったことが判明。ちょっぴり落ち込んだ。

 そんな逡巡を知ってか知らずか、後ろから一歩出てきたファーコート姿のリーシェがひとつの提案を投げかける。


「それでは……レイフォン殿でよろしいか? 我々は災害時の避難場所に向かっているのだが、よかったら一緒に来られるか?」


「……過分なご配慮、大変痛み入ります。ですが、私ひとり逃げ出すわけにも参りませぬ。せめて、弟の無事が確認できるまでは」


 流暢かつ丁寧な日本語に、鈴風は思わず面喰ってしまった。

 何となく、という感覚でしかないが――おそらく彼女は、飛鳥や彼の姉である綾瀬と近い考え方の人間なのだろうな、と感じた。

 鋼の如き克己心(こっきしん)

 己を律し、無欲であり、自らが傷付くことも厭わずに、常に他者のために行動する。

 痛みや悲しみを歯を食い縛って我慢して、ガチガチに補強された鋼鉄の支柱で心を支えている、そんな強さと危うさを兼ね備えた人だ。

 私の事は大丈夫です、と儚げな笑みを浮かべる彼女を放っておくわけにもいかない。でも、独断専行はよくないから報連相(ホウレンソウ)である。

 麗風にいったん背を向け、クロエ、リーシェを囲んで円陣を組む。クロエはこんな体育会系なやり取りは嫌だったのか、物凄く渋面を浮かべていた。


「あたしは……弟さんを探すのを手伝ってあげたい。そんなこと言ってる場合じゃないって分かってても、見て見ぬフリなんてできないよ」


「私も同意見だ。どんな状況下であれ、弱きを見捨てては騎士道に反する」


「《八葉》に着いてから、その弟さんの捜索依頼を出した方が早そうですが。それに、既に別の避難場所に避難している可能性も高い。そうなると、闇雲に探そうともすべて無駄足ですよ?」


「「……で、ですよねー」」


 身も蓋もない正論をクロエにぶつけられ、鈴風とリーシェはぐうの音もなく黙り込んだ。

ちなみに、鈴風の服の中にいたエントちゃんはうたた寝中。冬眠しそうになったらこやつは叩き起こそう。

 そういうことで、鈴風は弟を思う健気な姉に向き直り、先の提案を進言してみた。


「おそらく、捜索願いを出しても無駄でしょう。弟はここに住んでいるとはいえ、あまり他人と関わるのをよしとしない性格ですし。きっと、どこかでひとり寂しく膝を抱えて震えているに違いない……うぅ……」


「と、とにかく! ダメもとで一回《八葉》に行ってから探してもらおうよ! そうだ! 弟さんってなんて名前なの? もしかすると知ってる人かもしれないし」


 再び陰鬱なオーラを展開させようとする麗風に、大慌てでわたわた手を振る鈴風さん。話を逸らそうと名前を聞こうとしたが……





「弟の名は、功真(フージェン)。……劉功真(リュウ・フージェン)といいます」





 ――――音が、消えた。 

 温まってきた身体が一瞬の内に芯まで凍り付いた。


「え……あ……?」


 思考が追い付かない。言葉にならない声がひゅうひゅうと漏れ出るばかりで、何と言ったらいいのかまるで思い浮かばなかった。

 だから、鈴風はその先にまで考えが及ばない。弟の名が出て動揺するということは、


「……ああ、なるほど。そういうことですか(、、、、、、、、、、)


 その動揺こそが答え(、、、、、、、、、)になってしまうということに。


「何を呆けているのです、馬鹿者!!」

「へ? ふごぎゃすっ!?」


 すぐに行動に移せたのはクロエだけだった。依然、かかしのように棒立ちになっている鈴風の脇腹に、一切手加減なしの飛び蹴りを叩き込んだ。なんで!? という疑問も束の間、相も変わらずヒロインの自覚が微塵もない悲鳴をあげて吹っ飛んでいく。

 凍結した道路を滑り転がっていく中、視界の端で鈴風が視界に捉えたのは、


「く、あ……」


 雷光(、、)、そして全身からぶすぶすと黒煙をあげながら倒れ伏す最強の魔女の姿。

 意味が分からない。あの、誰にも手出しできない悪魔じみた強さを持つ“白の魔女(アンヘル)”クロエが、誰かに倒されるという光景。白昼夢よりも現実味のない、考えたことすらない異常な光景に、


「キサマぁぁっっ!!!!」


 光翼を羽ばたかせ、リーシェが横合いから雷の射手に向けて突撃する。その手には薄い氷のような刀身を持つ剣が握りしめられており、完全に殺すつもりの(、、、、、、)踏み込みだった。

 剣の道に少なからず通じた鈴風は確信する。あの翼の騎士の一刀は、膂力、速度、角度、すべてにおいて完璧な、回避することなどまず不可能な剣技であると。


「そうか、お前もか(、、、、)……!!」


 悲しみに彩られた女の顔が、稲妻を迸らせながら憎悪に歪む。開いた両手の間を無数の雷電が交錯し、一本の帯のように集束されていく。

 『精神感応性(スピリット)物質形成能力(マテリアライズ)』――それが人工英霊独自の特殊能力の顕現であることは、火を見るより明らかだった。

 構うものかと、リーシェは雷雲轟く発生源に向けて正面から唐竹割りを放つ。


「こいつは……!?」


 さも当然のように、騎士の剣を難なく受け止めた麗風の手には異形の刃が収まっていた。二振りの刀剣の柄と柄を連結させた、双刃剣、とでも呼称すればいいのだろうか?

 絶えず金色の稲光を放つ刀身は、稲妻を(かたど)ったかのようにジグザグに鋭い軌道を描いていた。


「私の……わたしの功真を、どこへやったああぁぁぁっっ!!!!」


 雷帝の巫女が、遂にその憤怒を爆発させた。

 双刃剣の一振りが横殴りの落雷(、、、、、、)を引き起こし、翼の剣士を食らい尽くさんと殺到する。

 怒涛の反撃に対し、急速離脱を試みるリーシェだったが、


「くそっ、軌道がみえな、ぐああああああああああっっ!!??」


「リーシェ!?」


 そんな足掻きは無意味だと、電刃がリーシェの翼と全身を無慈悲に切り刻んだ。

 どれほど卓越した武人であろうとも、光を躱せはしない(、、、、、、、、)。1+1より単純明快な真理により、有翼人の少女は地を舐めた。

 文字通り、電光石火の所業で2人の戦乙女が戦闘不能に追いやられた。

 これまで出会ってきた敵とは明らかに格が――いや、戦闘者としての次元が違うと思い知らされる。


(殺される……)


 抗おうとする意思ごと捻じ伏せられたかのように、鈴風は指一本動かすことができないでいた。

 逃げろ。

 逃げろ。

 逃げろ!!


(動かなきゃ……動いてよあたしの足。お願いだから……)


 許して。

 死にたくない。

 助けてください。

 今、口に出さなければいけない言葉を必死に脳内から検索し、それでも違うと片っ端からかなぐり捨てていく。

 電光を纏った狂気の剣士は、いつの間にか鈴風の眼前にまで近付いていた。

 たった一回の瞬きの間に、自分の命はいとも簡単に摘み取られてしまうという予感。

 どれだけ泣こうと、喚こうと、許しを請おうと、その運命から逃れることはできないという確信。

 諦めろと、誰かが(ささや)く。

 膝を折り、許しを請えと誰かが(うそぶ)く。

 だから、だから――


「あんまり調子に乗るなよビリビリ女」

 

 生存本能が見せた優しい幻、それをすべて無視して(、、、、、、、)真っ向から啖呵を切る。

 鈴風の豹変に気付いた麗風は、警戒からか眉をひそませ雷剣を下ろす。


「……お前もか、お前もわたしの功真を」


「ああそうだよ。劉功真……よーく知ってる相手だともさ」


 その男は、鈴風がこの異能者どもの戦争に巻き込まれるきっかけとなったにっくき敵手。異世界《ライン=ファルシア》でも何度か衝突し、そして飛鳥との一騎打ちの末、果てたと聞いている。

 殺意に満ちた視線が突き刺さる中、鈴風は一切臆することなく言葉を重ねた。


「隠すつもりなんてないからはっきり言ってあげる。あいつは、あたし達が(、、、、、)やっつけた」


 実際に戦い、勝利をもぎ取ったのが飛鳥だったとしても、実際にとどめをさしたのが飛鳥ではなく、暴走した別の人工英霊だったのだとしても、鈴風は彼の死に無関係だと目を背けることはしたくなかった。

 あの卑怯な手ばかりを使ってきた悪漢に、こんな弟思い(恐ろしく度が過ぎてはいるが)の姉がいることには驚いたが、だからと言って言葉を濁したりはしない。


「仇討ちに来たってところなのかな? だったらあたしがそうだ。あたしこそが、あんたの怒りを受け止めなきゃならない復讐の相手ってやつだよ」


「…………」


 その発言の回答として突き出された稲妻の太刀を、鈴風は顔色ひとつ変えずに受け止めた。

 あちらが迅雷の刃であれば、こちらは疾風の槍である。既に意識を戦闘形態に切り替えていた鈴風にとって、愛槍を錬成するのに1秒も必要なかった。


「逃げも隠れもせず、堂々と立ち向かう勇気だけは認めましょう。ですが…………功真を奪った罪、その程度で拭えるなどと思わないことだ!!」


「拭うつもりも、許してもらうつもりもない! 罪の意識も感じてなんてやるもんか! どんな事情があったとしても、仇として恨まれようと、みんなを傷付けるってんなら……あんたはあたしの敵だ!!」


 対話などで決着を付けてなるものか。

 命を奪った咎と罪、だがそれは大切な人達を護るために必要だったこと。

 ならば懺悔や後悔をすること自体が、復讐に狂った彼女に対して失礼だと思ったから。

 向き合って、ぶつかり合って、戦い抜く――それが、劉麗風に対峙する者としての、最低限の礼儀であると判断したが故に。


「“崑崙雷公こんろんらいこう”劉麗風――我が弟の無念にかけて、貴様ら全員逃がしはしない!!」

「“嵐を呼ぶ女(ジェットセッター)”楯無鈴風! やれるもんならやってみろ、それでもあたしは罷り通るぞ!!」


 手を取り合うのではなく、刃を重ね合う結果になったことを、決して後悔したりはしない。



麗風はマステマと同じく、64話で名前だけ出てます。

ヴァレリア、竜胆、アルゴル、麗風。差し当たって4章での新キャラはこれで出揃いました。

風神対雷神、連載初期の頃から絶対にやりたかったこのバトルですが、もうノリノリで書いてます。

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