―第119話 幻冬、来たりて ④―
今回はいわばこれまでの戦いのおさらい。変則型の強敵オールスターズというわりかし燃える展開……だといいな。
人工英霊同士の戦闘とは、いかなる要因によって優劣が決するのか。
今一度、2人の戦いを通して見直してみることにしよう。
「――しぃっ!!」
熱火の双子剣、その一方を地面に突き刺し、残った一振りを両手で握りこむ。踏み込んだ右脚を軸にして全身を大きく捻じり、剣の切っ先を地面に触れるかどうかの高さで滑らせ、一息に振り上げた。
結果、発生したのは飛翔する斬撃。軌道上の敵を諸共切り裂き、薙ぎ払う、超常域の衝撃波だ。
「これは……面白い!!」
これぞ、断花流弧影術が“天衝刃”の技の冴え。
剣を用いての飛び道具――そんな未知の攻撃手段に対するアルゴルの動きは冷静かつ迅速なものだった。
「因子同期――『グラジオフ=ストラゴス』、展開開始」
PCのプログラムを読み上げているかような無機質な呪文を唱えたかと思うと、アルゴルの全身が異様な変質を見せる。
動く気配はなく――そのまま、不可視の斬撃が正面から激突した。その未来に待ち受けるは、鎌鼬に蹂躙され、ぼろ雑巾のように転がる奇術師の姿……にはならず。
「ちっ……思ったより『変身』が早い」
金属同士が削れ合う甲高い轟音が、飛鳥の鼓膜を不快に刺激する。
この音が意味するものは、即ち――
「“暴虐要塞”――御覧の通り、この身を硬き鋼と変幻させる能力であるよ。疾風や鎌鼬程度では傷ひとつ付きはしない、というわけだ」
見知らぬ誰かの能力を使用し、天衝刃を真っ向から受け止めたのである。
百面、千手の異名は伊達ではないということか。
「さて、昨年の一件で既にタネは割れているだろうし、隠し立てするつもりもない。我が能力“無貌の千手”は、これまで私が出会ってきた人工英霊の因子情報を取り込み、同期させることで、それらの能力、性能を複写するというものだ。身内からは『泥棒猫』と蔑まれることもある異能だが……私はなかなか、気に入っている」
「頼んでもいないのにべらべらと口が回る。その余裕面がいちいち気に食わないな、まったく」
そう言って苛立ちを向ける飛鳥であったが、その内面は驚くほどに平静で、冷たい思考が展開されていた。
1年前の戦闘で彼が見せた能力は、覚えている限りで20を超える。
当然ながら、それらがアルゴルの残弾すべてとは思えないし、今日に至るまでに更に手持ちが増加しているのは間違いない。
(敵を知り、己を知れば百戦危うからず――だが、毎回違う敵が出てくる場合はどうすればいいんだか)
能力の応用性、多様性では、飛鳥も人工英霊の中ではかなりの上位であると言っていい。
だが、そうやってたったひとつの『個性』を磨きあげて昇華させた能力そのものを、あのふざけた格好の男は幾十幾百と所持しているのだから、そもそも比較にすらなり得ない。
「思案に耽っている暇などあるのかな? 因子同期――『劉功真』」
「くっ!!」
今度はよく見知った敵が相手のようだ。
かつて飛鳥が対峙し、異世界《ライン=ファルシア》で打倒した男の名を聞いた瞬間、飛鳥は大地を思いきり蹴飛ばした。
「“鉄機掌握”――舞踏のお相手に、このようなものは如何かな?」
アルゴルが道化の笑いをこぼしたと同時、道路端に乗り捨てられた自動車やバイクが重さを忘れたかようにふわりと浮きあがる。
この瞬間、飛鳥に求められたのは即決と即応。
展開は読めた、後は行動に移すのみ。
「では、お手並み拝見だ」
指揮者の号令のもと、四方八方から降り注ぐ鉄塊たち。バイクや軽自動車程度であればまだしも、中には大型トラックや、
「おいおいおいおい、明日からの通学大丈夫か?」
線路から切り離されたモノレールの車体まで混ざっていたものだから、飛鳥はつい引き攣った笑いを浮かべてしまう。
だが、無数の重圧に飲み込まれる寸前でそんな軽口が叩けるあたり、飛鳥にもまだまだ余裕がある。
眼球だけを動かし車の包囲網を観察。一方向に、明らかに隙間の多い部分が目に入る。爆発加速も使い、一点突破で駆け抜ければ脱出も容易いが……十中八九、罠だ。こちらが脱出した隙を狙い、一気呵成に集中砲火を浴びせてくるのは目に見えている。
よって、押し潰される――その寸前。
「紅炎、投影――」
全身から解放された熱エネルギーを用いて自分自身の幻影――計6体を創り出し、自身の動きと同期させる。
二刀“緋翼”を破棄し、再構成。左手から二の腕までを覆う砲撃形態、陸式“火群鋒矢”として転身させた。
影に指示は不要、ただ一斉に、もっとも壁がぶ厚い部分に砲口を向け、発射。
車体の雪崩を瞬時に蒸発させていく十字砲火。爆炎の彼方に見えたアルゴルは、想定外の方向から想定外の大火力を浴びせられた驚愕か、中空に佇んだまま硬直していた。
再び武装を二刀にスイッチし、跳躍。熱分身と共に、四方八方から白衣の男に灼熱刃を浴びせ掛けようとする。
「『村雨蛍』――抜刀、“忌刃マガツキ”」
アルゴルが迎撃で繰り出したのは、両手両腕両肩に括りつけられた黒い日本刀。絶対切断の属性を付与された、禍々しき魔刃の数々だった。
触れただけで断絶される――その悪辣な特性を身を以て知っていた飛鳥は思わず二の足を……
「下がるか馬鹿野郎」
踏むことなく、更に加速する。
所詮は一度戦った相手、当然ながら対抗策のひとつやふたつ講じてある。
緋翼の太刀に更なる熱エネルギーを集約。内部で暴れ狂う熱量に耐えかねた刀身から亀裂がはしり、根本から崩れ落ちていく。
「さぁ、斬れるものなら斬ってみろ」
卵の殻を破るように、刀身の中から現れた高圧縮型の莫大なエネルギー。これを形容するものなどひとつしかない。
「レーザーブレードか! 芸達者もここまで突き詰めると空恐ろしいな!!」
切断という概念が物理現象である限り、熱線で編まれた非物質の剣には通用しない。かつて、同じ武器を用いた機動兵器に苦しめられた経験を生かして創り上げたとっておきであった。同時に鋼鉄としての重さも消え去るため、剣撃の速度も上昇するおまけ付きだ。
ここで狩る者と狩られる者、斬る者と斬られる者の構図が逆転した。
黒い羽剣を次々と溶断していく光の剣を前に、アルゴルは臆することもなく、ただただ飛鳥の奮闘に喝采を送る。
「いやはや実に面白い。これで“祝福因子”の適合率が最低ランクだと言うのだから世の中分からないものだ! 恐るべきはその反骨心ということか!!」
子供の成長を喜ぶ父親のような、心底見下した態度をとるアルゴルを前に、飛鳥の意識の片隅から小さな警鐘が鳴り出す。
崩れる様子のないアルゴルの自信と余裕。相手が予想し得なかった奇策や妙技をいくら繰り出そうとも、一向に焦りや危機感といったものを表に出そうともしない。これが単なるポーカーフェイスだったのであれば、相当の役者だろうと拍手を送りたいくらいだ。
(何を隠している……俺がどんな手を打ってこようと必ず叩き潰せる、そう確信できるだけの『何か』をまだ持っているはずだ)
こんな後ろ向きな思考が脳裏に浮かぶこと自体が、あの道化師の策のひとつなのかもしれない。
下手な警戒心は、逆に己を縛る鎖となる。不信や不安を噛み殺し、一気呵成に2つの光線剣を躍らせていく。
「そろそろ……次の位階に進んでもいいころか。振り落されずに付いて来たまえよ、反逆者」
脳内からの危険信号が一気に最大域に跳ね上がる。
回避、防御、離脱――あらゆる安全策が脳裏をよぎり、その一切を振り払おうとする、その一瞬が致命的だった。
「因子同期――『楯無鈴風』、第二位階|展開開始」
「な、に……っ!?」
飛鳥の網膜を貫いたのは電光、そして全身を打ち抜いたのは轟雷。直撃を認識する前に、全身のダメージが一瞬で臨界を越えた。
視界が暗転する、手足が動かない。
意識が、身体が。
落ちる、落ちる、落ちる――――否!!
完全に意識が落ちる寸前に左胸に手を当て、心臓めがけて炎を爆発させる!!
「ごっ!? がっ……!!」
雷撃によるショックで沈みゆく意識を、力加減を無視した強烈な心臓への一撃で無理矢理に覚醒へと持ち直す。
内臓への、文字通り爆発的な負荷により盛大に吐血するが、このまま倒れてしまうことを考えれば百倍マシな状態だった。
朦朧とした意識のまま、受け身も取れずに地面に墜落する飛鳥を見て、アルゴルは今日初めて、生の感情を剥き出しにした。
「驚いた……戯れなれど、間違いなく上位階級からの一撃を耐え抜くとは。今回ばかりは私も驚愕を隠せなかった」
「要するに、今までの攻撃は驚くに値しなかったってことかよ……くそったれ」
圧倒的な彼我の差を見せつけられ、思わず言葉づかいが荒々しくなってしまった。
吐き出した血と一緒に全身から力が抜けていくのを必死に堪え、立ち上がる。
「とはいえ、流石の君も満身創痍か。……せっかくだ。君が回復するまでの間、質問タイムでも設けようか。君の友人の能力など、聞きたいことがあるだろうからね」
「お気遣いどうも。鈴風の能力まで獲得していたことは、今さら驚かんさ……その経緯もだいたい予想がつく。だが」
「風を操る能力で、なぜ雷が撃てたのか。そして、第二位階という存在について、だね」
「こっちから聞いた覚えなんてないが、どうせそれを教えるのが目的だったんだろう? 身を以てしてな」
得意げに語りたいというのであれば、止める理由はない。確かに疑問ではあったし、このまま戦闘を再開しても勝算はゼロに等しかった。
あちら側の思惑に乗せられるのは屈辱だが、今は少しでも勝機に繋がる『何か』を欲していた。
「そもそも人工英霊の強さとは、それ即ち精神の強さに依存する。まあ、君なら私に言われるまでもなく承知していることであろうが」
確かに、言われるまでもない。
物質形成や各種能力、それらはすべてその使い手の精神力の高さによって左右される。元来、明確に数値することなどできない曖昧な概念のもと、人工英霊はその異次元の能力を行使しているのだ。
「そういう意味では、君の精神は極めて強固で揺るぎなく、数多の人工英霊の中でも飛びぬけて優秀といっていい。それは誇っていいとも。実際、君のその不屈の精神を見習わせたい者は、《パラダイム》内にはごまんといるのさ」
首を横に振りながら、困り果てたといった表情でアルゴルは笑った。
飛鳥は、自分がそんなご立派な精神の持ち主だとは露ほども思ってはいないが、いったんは彼の言い分に合わせて考える。
仮に、自分が並みいる人工英霊よりも『優秀』だと言うのであれば、どうして――
「ではどうして、君の能力値はあらゆる能力者の中でも『最弱』に甘んじているのか。気にならない筈はあるまい?」
「……」
最終的に、その疑問に行き着くこととなる。
卓越した剣技や、冷静な戦術観などは、あくまでも飛鳥自身の努力によって体得した『後付け』のものに過ぎない。
問題視されているのは、もっと単純な『性能』――腕力、体力、耐久性、敏捷性、異能の出力、その他数式化できるなにもかもだ。これは、数か月前に人工英霊になったばかりの鈴風にすら全面的に劣っている。
「簡単に結論を言ってしまうとだ……君は、単純にレベルが低いのだよ」
「…………は?」
アルゴルの回答に、飛鳥は思わず目を丸くしてしまう。
レベルが低い……それは言葉通りの意味なのだろうか。RPGで旅に出たばかりの勇者のように、敵と戦うには経験値が足りないとでも言いたいのか?
「人工英霊の魂には位階という概念があり、それを引き上げるには…………ふむ、確かにある意味『経験値』が必要と言えなくもないか」
「いったい、どういう……」
飛鳥の問いかけはアルゴルに届くことはなかった。
意図せぬ第三者の介入により、2人の問答はここで強制的に中断されることになる。
「――あーくんを、いじめるな」
天上から響き渡った清廉なる声音。
飛鳥とアルゴルは同時に空を見上げ、声の主を視界に収める。
「あれは……!!」
「なかなかにお早い登場だな、『灰かぶり』」
絶え間なく雪を撒き散らす黒雲――その中心に風穴を空けながら、彗星の如く落下してくる灰色の物体。
飛鳥がその存在を視認してから、アルゴルとの間に割り込むように落下、激突するまでの時間は刹那にも満たなかった。
声を出す、手を伸ばす、そんなあらゆる行動に先んじて、灰色の彗星は動き出していた。
「ごはっ!?」
蹴撃一閃。
閃光よりも鋭く、荒々しい蹴り脚がアルゴルの鳩尾を貫いた――強化された飛鳥の視神経でも、なんとかその情報を読み取るのが精いっぱいだった。
瞬きの間に激変した戦局。その推移に頭を付いていかせようとした瞬間、視界がぱっと灰一色に覆われた。
先の声、そして特徴的な全身灰色の出で立ち。飛鳥は闖入者の正体をよく見知っていた。
「……あーくん、やっほ」
緊張感のない、間の抜けた声が頭上から聞こえたところで、飛鳥はようやく『彼女』に抱きすくめられていることに気が付いた。
「ヴァ、ヴァレリア隊長……?」
灰の髪、灰の瞳、灰の衣装。
《八葉》第一枝団“黒曜”隊長――ヴァレリア=アルターグレイス。
その出で立ちから、人は彼女を『灰かぶり』と呼ぶ。
「……たすけにきたよ、あーくん」
そして――《八葉》が誇る、地上最強の戦乙女である。
3章から名前だけ出ていたヴァレリアさん。またの名を、第三のお姉ちゃん。
そして色々出てくる新たな専門用語。セカンドフォーム――物語の中盤辺りでパワーアップイベントという、最近の○面ライダーみたいな展開になってきました。