―第117話 幻冬、来たりて ②―
半年以上コメディばっか書いてたからか、無性にバトルパートが書きたくて仕方ない…!!
朝食を終えた飛鳥は、早速行動を開始する。自室に戻り携帯端末を開き、同時にノートパソコンも一緒に立ち上げた。
何はともあれ、まずは身近な人間の安否の確認を優先したかった。
『こちらは問題ありません。吹雪の影響で外には出れそうにありませんが、学園内にも暖房設備と備蓄はあります』
この豪雪の影響で、一般的な通信端末は軒並み圏外になってしまっていた。
そのため、断花重工が独自に作り出した衛星コンステレーション経由によるネットワーク回線を用いて、ようやく学園にいた姉に連絡がついたのだ。
「確か、学園は災害時の緊急避難場所に指定されていたっけか。……姉さん、避難してきた人達の受け入れは」
『無論、理事長たる私が指揮を執らずしてどうしますか。こちらのことは気にせず、お前はお前にしかできないことをするのです』
PCの画面上に映る自慢の姉の姿は、いつも通りの毅然と凛々しい理事長、日野森綾瀬としての姿であった。
必要最低限の確認をやり取りするだけで、心配や無事を祈るような無駄な言葉などは不要。
『行ってきなさい、飛鳥』
『行ってくる』
この姉弟にとっては、ただそれだけで充分だった。
と、そこで入れ替わりで画面の前に姿を現したのは水無月真散だ。
郷土史研究部の部長であり、いつもほんわかとした笑みを絶やさない、年齢不相応の子供っぽい外見をした人気者であった。
『クーちゃんやレイシアちゃんに心配しないでって伝えておいてほしいのですよー。電話が全然繋がらないから困ってたのですー』
こんな時でも自分より後輩の心配をしているあたり、彼女の人の良さがうかがえる。
内気なクラウや我の強いレイシアが(なんやかんやと言いつつも)彼女を慕うのが分かる気がした。
『そういえば、さっき窓から外を見ていたのですけど……海の向こうの方に、なんだか、塔? みたいなおっきなものがうっすらと見えたのです』
「塔、ですか」
『ですです。でも、幻みたいにすーっと消えちゃって。……見間違いだったらごめんなさいなのですよ』
幻だろうと蜃気楼だろうと、この未知の状況下ではどんな些細な情報も金より尊かった。
ちょうど海側であれば《八葉》のある断花重工が近い。確認がてら一度出向いてみる方向で飛鳥の意思は固まった。
一歩自宅から外へ踏み出すと、冬将軍も裸足で逃げ出しそうな極寒の冷気が全身に吹き付けてきた。
「みんな、離れずに付いてくるように。寒くなったらすぐに俺に言ってくれな」
「はい」
「あいよー」
「うむ」
「あいあーい」
「わかったのじゃー」
悲しいくらいに返事がバラバラだった女性陣を引き連れて、一路《八葉》までの道を急ぐ。
本来であれば《八葉》側から迎えの車を頼みたかったのだが、
「たった一晩でこの銀世界とはな……これじゃあ車や交通機関も動きようがない」
「街中にいながら雪山を登っている気分ですね、。これは……」
北国生まれのクロエですら、この雪と寒さに驚愕を隠せなかったようだ。
なにせ家の前の道路に足を踏み入れた瞬間、膝の上までずぼっと雪に埋まってしまったのだ。平地のアスファルトに一日で積雪50㎝以上など、どんな雪国だ。
しかも常時吹き付ける雪と雹が混ざり合った強風が視界を真っ白に染め上げ、方向感覚を狂わせる。下手をすると街のど真ん中でホワイトアウトを経験する羽目になる。
危険を避けるのであれば、この異常気象が通り過ぎるまで自宅に籠城するのが正解であろう。
(だが、本当にこの雪は過ぎ去るのか?)
履き違えてはならない。
この吹雪は自然現象ではなく、超常現象なのだ。何かしら人為的な原因で発生しているのは想像に難くない。
「この雪って、白鳳市だけでしか降ってないんだよねぇ。なんでなんだろ?」
隣でダウンジャケットを重ね着してぶくぶくに太った鈴風から来た疑問が、それを確信に変えていた。ニュースでも奇妙な報道がされていたのだが、この街から少しでも離れれば、まるで季節が入れ替わったかのように真夏の猛暑が襲い掛かるらしい。
また、飛鳥はこのような大がかりな異常気象を生み出せる人物、ないし組織に大きな心当たりがあった。
(《パラダイム》――そして、雪や氷といえば、あの男が真っ先に思い浮かぶが)
飛鳥が知る人物に限定すれば、という前提はあるが。
おそらく『奴』が関連しているのだろうと、奇妙な確信があった。
(霧谷、雪彦……あの日に戦って以来行方知れずだったが。ついに表立って行動を始めたのか……?)
飛鳥にとっての雪彦とは、鈴風ほどの付き合いはなかったにせよ、間違いなく『親友』と呼んで差し支えない関係だった。
今の学園に入学したと同時に知り合い、同じ人工英霊であることを知り、紆余曲折あったのだが――それらを乗り越え友として、仲間として分かり合えたと思っていた。
だが、それは飛鳥からの一方的な主観に過ぎず、
『死んでくれ』
あの『始まりの日』に、刃とともに突き付けられた敵対と離別の意思が、彼の返答だった。
理由は分からない。知ったところで、どうにかできるものではないのかもしれない。
ただ、今大切なのは、おそらくこの道の先にいるであろう彼と出会った時、自分はどうすればいいのか。
説得すればいいのか?
大人しく殺されてやればいいのか?
どれもしっくり来ず、そして現実的ではない無数のプランが頭の中を行き来する。
「うぬぬ、アスカがまた難しい顔してる」
「フェブリル?」
厚手のロングコートの中を掻き分け、服の胸元からひょっこり顔だけを出した小さな使い魔が、心配そうな眼差しで見上げてきた。いいなぁ、あの席――そんな声が近くから聞こえてきたが無視。
「何か悩み事? だったらこのプリティ使い魔フェブリルちゃんにどーんと打ち明けてごらんなさい! 大体の事は闇の魔法と暴力で解決しちゃうよっ♪」
「暴力的じゃない解決方法も提示してほしかったな」
こりゃ失敬、とフェブリルは舌を出してあけすけに笑う。
それでも、不思議なもので。さっきまで思考の袋小路に嵌りそうになっていたのが、嘘のようにすっきりしていた。
足らない思慮を飛鳥が補い、深追いしすぎる思考をフェブリルが緩和する、と言おうか。
何事も深く論理的に――悪く言うと無駄に考え込んでしまう飛鳥と、良くも悪くも直観的に物事を捉えられるフェブリルは、その実コンビとしてはとても相性が良い。
「ここのところアタシはアスカから離れてばっかりだった気がするからね。今日こそは使い魔として、おはようからお休みまでしっかりサポートするのだ!!」
フェブリルにも何か予感めいたものがあったのかもしれない。
冗談めかしてお手伝い宣言してくれる彼女に、飛鳥は無言で小さく頷いた。
モノレールの駅前広場に到着した一行だったが、やはりというべきか、交通の要衝として多くの人が行きかうこの場所も、見渡す限り真っ白に彩られており、人の気配が一切感じられなかった。
当然ながら、電車が動いている様子はなく、道路上も自動車1台走っていない。
まともに外に出られない環境により擬似的なゴーストタウン化が進む白鳳市、ここで飛鳥とフェブリルが感じていた予感が見事的中することになる。
六方からの道路が合流するスクランブル交差点、その中央に佇むひとりの人影。
防寒着を着ている様子もなく、ただ何かを待っているかのようにじっと空を見上げるその男の姿を、飛鳥達は遠巻きに観察していた。
「な、なぁアスカ。私の目はおかしくなったのかな? あそこにいる男、こんな寒空の中――」
「言わなくても分かってるよリーシェ。……ともかく、まずは俺が行く。認めたくはないが、知り合いなんだ」
瞼を腕でごしごしと擦るリーシェを押し留めて、飛鳥は男の方へ一歩ずつ歩み寄っていく。
雪に覆われたステージの真ん中で、まるで王者か、それとも演目の主役であるかのように泰然と立つ、その男のもとへ。
10メートルほどまで近づいて、ようやく男の全貌が降雪の隙間から垣間見えた。
極寒の地にはあまりにも不似合い――いや、そもそも似合いの場所があるのだろうか。上下は純白のタキシード、顔には涙を流したピエロの化粧を施し、悪趣味な金色のハットをくるくると手で持て遊ぶ姿は、どこからどう見ても、
「――やあ、待っていたよ『反逆者』。進化に抗うがために進化を求める矛盾の徒よ」
道化師、奇術師。
サーカスの舞台でカードいじりでもしていればまだ違和感もなかっただろうが、こんな街中――それも『戦場』に立っているような佇まいではなかった。
「相変わらず癪に障る物言いをしてくれる……しかし、この雪といいあんたといい、今日はどうやら同窓会らしいな」
「同窓会――得てして妙な表現だが、真実的を射ているな、うむ。わたしがここにいる理由もそうだ。1年ぶりの再会を誰よりも早く分かち合いたいと、つい喜び勇んで出てきてしまったのだから!!」
「アスカ、この人知ってるの?」
首下のフェブリルが尋ねてきた通り、飛鳥とこの奇術師じみた風貌の男はよく見知った関係だ。
もちろん、最高に悪い意味で。
「ふむ……どうやら後ろの魔女殿以外とは初対面であったな。――では、改めて名乗るとしようか。わたしの名はアルゴル。《パラダイム》が人工英霊にして、人類進化の果てを追い求めるしがない旅人であるよ」
舞台役者のような大仰な仕草でお辞儀をしながら、奇術師アルゴルはあっけらかんと自らが『敵』であることを表明した。
飛鳥は全身の血管に戦意という名の熱を循環させていきながら、背後から迫る足音に向け、一喝。
「クロエさん、皆を連れて先に《八葉》へ! 今は足を止めるべきじゃない!!」
「っ!? ……分かりました!!」
全員で逃走など論外。総がかりでアルゴルに立ち向かうのが最適の選択であるのだろうが……飛鳥はあえてその最適解を蹴った。
先の見えない戦場における戦力分散は愚中の愚だ。
だが、飛鳥にはそうしなければならない理由と、そうするに足る理由がある。
鈴風あたりが後ろで文句を言っているのが聞こえたが、今は意識から切り離す。しばらくして足音が離れていったところから、おそらくクロエが(物理的に)説得したのだろう。
「どうせ狙いは俺なんだろう? 勝手にふらふらされても困りものなんでな、ここで仕留めさせてもらう!!」
ひとつ――アルゴルの動きが陽動である可能性が高いため。奴の後ろにまだ大勢の人工英霊が控えていることを考えると、あまりここで足止めをくらうのはまずい気がしたのだ。
ふたつ――ここでの飛鳥の一時的な単独離脱は必ずしも痛手になるとは限らない。まだ《八葉》に向かっていない仲間と合流し、後にクロエ達と集結できるという思惑もあったからだ。
そして――これはあまりに論理的でなく、あまりに自己中心的な我儘であるのだが。
「その熱意、その覇気、素晴らしい! たった1年の歳月でどれほどまで化けたか、ますますもって興味が増したぞ『反逆者』!!」
かつて、まるきり歯が立たなかった敵に対し、今の自分がどこまでできるか。
試されているのは百も承知。元より、試してみたいのはこちらも同じだった。
フェブリルがもそもそと服の中から這い出て、肩の上に移動する。
「アスカ――やっちゃえ!!」
「応よ」
不適な笑みを交わし合い、使い魔は戦場から離れていく。
正真正銘、2人だけの戦場となったと同時、飛鳥とアルゴルは互いに戦闘態勢へと移行する。
呼気を鋭く吐き、体内に循環させた異能の熱を一気に解き放つ。渦巻く烈火が放射状に広がり、交差点の周囲に積もった雪を瞬時に蒸発させていく。
「雪で滑ったから負けた、なんて言い訳されたら堪らないからな」
「ほほう、中々にユーモアのセンスもあるのだな。……力も増し、精神にも余裕がある。シグルズやワーグナー卿が君を買うのも理解できるというものだ」
歴戦を潜り抜けた上位の戦闘者らしいアルゴルの物言いが、道化の風貌にはあまりに似つかわしくなく、ちぐはぐな印象を与える。
飛鳥が最後に大規模な戦いを行ってから1ヶ月ほど経つが、肉体的、精神的ともに戦闘行動に支障はない。
さりとて――油断、慢心、動揺。己が内にも敵は潜んでいる。
頭の中は機械の如く冷静に、精密な思考を維持し。
それでも、心の中には決して消えない焔を宿して。
十全の状態であることを確認し、飛鳥は両の拳を強く握りしめた。
――さぁ、戦おうか。
「それでは、いざ開幕といこうか。初対面ではないとはいえ、久方ぶりの逢瀬なのだ。始まりは戦場の法に倣いたいと思うのだが、いかがか」
「……異存はない」
これは確かに戦いであり、殺し合いである。
だが、だからといって理性も意思もないまま問答無用で血を流し合っては、ただの獣と変わるまい。
故に、まずは戦うべき相手を識り、
「《パラダイム》所属、『百面奇層』アルゴル=クェーサー」
「《八葉》第二枝団“雷火”隊長、日野森飛鳥」
己が存在を相手に刻むために。
この行為は相手を尊ぶがための礼儀ではなく、ましてや互いを認め合っているがための通過儀礼でもない。
要するに――
「さぁ、楽しい楽しい舞踏会の始まりだ――今度こそ最後まで付き合っていただこうか、我が至高の死の舞踏に!!」
「ああ……そうだな。長々とお前に付き合っている暇もない。早々に幕引きといこうじゃないか」
――お前を倒す男の名前を、しっかり覚えて地獄に落ちろ。
そんな、必殺にして撃滅の意思表示に他ならなかった。
アルゴルは過去の飛鳥の回想シーンにちょろっと出演しています(94話参照)。
飛鳥に反逆者なんていうどこぞのアルター使いみたいな渾名を付けた張本人です。