表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
EXTRA STAGE 日野森飛鳥の平凡なる7days
116/170

―第109話 7月6日 嗚呼大いなる『お約束』な一日 前編―

2話連続投稿。前話とのテンションの違いが凄まじい!!

 さて、それは単なる偶然だったのか。

 それとも、まさしく神の配剤というべき奇跡だったのか。

 はたまた――御都合主義という概念において決定付けられた、運命とでも呼ぶべきものだったのか。

 それは、きっと誰にも分からない。

 7月6日という日を振り返って、日野森飛鳥はそんな感想を抱いていた。




「あれ……? お湯が出ない」


 その日の夕方。

 学園から戻り、夕飯の支度を終えた飛鳥は浴槽にお湯を張っておこうと風呂場の蛇口を捻った。

 だが、待てど暮らせど、出てくるのは夏の熱気でちょっと温くなった水ばかり。

 給湯器のスイッチを入れ忘れたわけではないし、ガス代を滞納して止められているわけでもない。

 まさかと思い家屋の壁面に取り付けられたボイラー機器を確認するべく中庭に出る。

 

「……」


 そこには、ぶすぶすと黒煙を上げて完全に沈黙してしまっていた給湯機器と、


「あ……アンタはいったいどこに向かって火の玉吐き出してんのー! あああああアスカに怒られるうぅ……」


「何を言っとんのじゃあ! き、キサマが「やっぱドラゴンと言えば火の玉吐いてなんぼだよねー♪ さぁさぁアンタがなんちゃってドラゴンじゃなければ造作もなく出せるはずだよ?」とか言ってわらわを焚き付けるからぁ!!」


 その周りであたふたと転げまわっている2匹のチビっ子。

 ご丁寧に、こうなるに至った経緯をぎゃあぎゃあと叫んでいた彼女達のおかげで、飛鳥は一切の躊躇いなしに怒りの拳骨を振り下ろすことができた。


「子供だけで勝手に火遊びするんじゃありません!!」


「フーギャーーーーーッ!!」

「ぴーきゃーーーーーっ!!」


 2匹の鳴き声が夕暮れの空に高らかに響き渡り、飛鳥はここ最近でもう何度目か分からない溜め息を付くことになった。




 さて、どれほどあのだめっこどうぶつ達にお仕置きをしたとて、現状が改善されるわけではない。

 日野森家お仕置き術がひとつ『洗濯物と一緒に天日干しの刑』により、白目を剥いたまま物干し竿にぷらぷらと吊るされているフェブリルとエントを一瞥し、飛鳥はこれまた一層大きな溜め息をついた。


「夏の日にお風呂入れないって……それは新手の嫌がらせなの?」


「不本意ですが、今回ばかりは鈴風さんに同意です。女性の身だしなみとして、日々身体を綺麗にしておくのは当然のことですし」


「あうう……今日は部活であちこち歩き回ったから汗でべとべとなのだが……せめてシャワーで汗を流すくらいはしたいぞ……」


 夕暮れ時に帰ってきた日野森家女性陣からは、当然の如くブーイングの嵐。

 暑苦しい夏の時期だったこともあり、汗臭いまま寝たくはないと、珍しくクロエも不満を露わにしていた。

 ここでは少なくとも、姉の心配をする必要はなかった。綾瀬は仕事で泊りがけらしく、学園側の設備で事足りているからだ。


「というか鈴風。お前は自分の家の風呂に入ればいいだろうが」


「やだ! ウチのお風呂狭いんだもん! 飛鳥んちの綺麗で広いお風呂に慣れちゃうと、もうユニットバスなんかには入りたくなくなるのー!!」


「め、面倒くせぇ……!!」


 風呂なしは嫌だというくせにやたら贅沢な反論を持ち出してくる鈴風に、飛鳥はどう返したものかと思っていたが、


「あぁ、それは確かにそうですね。足も伸ばせないお風呂場ではゆっくりできませんものね」


「うむうむ。……で、ユニットバスとは何なのだ?」


 クロエ、リーシェ両名からの意外な援護射撃が。リーシェは場の雰囲気に乗っかっただけにも見えるが、面倒なのでスルーしておく。

 しかし、クロエまでもが敵にまわったとなると、どう言葉を尽くそうと多数決の原理で飛鳥に勝ち目はない。

 彼女達はどうにか温かいお風呂にありつけないものかと、いくつか提案を講じた。

 提案その1。


「この際、水風呂でもいいのではないか?」


「そんな修行僧みたいな真似はノーサンキュー!!」


 リーシェから何とも男らしい申し出があったが、これは飛鳥も却下した。

 いくら暑い夏の日とはいえ、水垢離(みずごり)みたいな真似をして風邪をひいたら元も子もない。

 提案その2。


「ここは飛鳥の能力の出番じゃないかな! 炎の力を使えば、お水をお湯にすることくらいわけないでしょ?」


「それは、できないわけじゃないが……」


 鈴風はそう言って、名案でしょ! と胸を張る。

 確かに彼女の言うとおり、浴槽に水を溜めて、そこに飛鳥が手を差し込んで温度を上げるのは可能だ。

 だが、そんなことはとうの昔に飛鳥も思い付いていた。

 その上で、この策にはどうにもならない欠陥があるのだ。


「まず、シャワーの水はどうにもならんのが一点。あと、何人も入ることを考えればお湯はすぐ温くなってしまうから、都度都度温め直しが必要となる。しかも君たち平気で1時間以上入ってるだろ? その上で、常に熱い風呂に入りたいというのなら――」


「ど、どういうことっすか」


「要するに、俺と混浴したいのか? ということになる」


 ぴたり、と鈴風の動きが停止した。

 つまるところ、女性陣は揃って長風呂なものだから、お湯の熱を最後まで保とうものなら、付きっきりで飛鳥が熱を供給するしかないのだ。


「わ、私は別に、それでも「はい却下却下ー! つぎつぎつぎー!!」……この(アマ)ぁ」


 もじもじと肩を揺らすクロエが不穏当な発言をかます前に次の提案に移る。今回ばかりは鈴風さん、ナイスアシストだった。

 白の魔女による、割と本気で殺しにかかっている視線を向けられて涙目になっている哀れな犠牲者に小さく手を合わせ、考えを整理する。

 さて、こうなってしまうと我が家の風呂を使うのは断念するほかない。

 修理業者に依頼はしているが今日はもう遅く、来てくれるのは明朝になるそうだ。

 致し方ない。ここは最終手段をとるとしよう。


「なら……銭湯だな」


「え、戦闘? なんだなんなのだ、お風呂を巡って骨肉の争いを始めるというのかー!?」


 リーシェのお約束なボケは全員聞き流し、いそいそと準備を始める一同であった。





 飛鳥達が暮らす白鳳市南部――朱明という地域は、近代化の流れに取り残されたような、手つかずの自然や古い町並みが印象的な場所である。

 特に、飛鳥の家から徒歩10分足らずで到着したこの朱明商店街は、どこか昭和の香りを残した老舗が立ち並ぶ大通りとして、白鳳市の隠れた観光スポットにもなっていた。

 夕飯を終え、お仕置きから解放したペット2匹も加えた日野森家ご一行は、目的の銭湯に向かってぞろぞろと歩いていた。


「あらまぁ飛鳥ちゃん! 今日も女の子いっぱい連れて、青春してるわねぇ!!」「その物言いは誤解を生むからやめてくれませんか……」「斉藤のおじ様、あれから腰の容体はいかがですか?」「はっはっはっ! そんなもん、クロエちゃんの笑顔を見た瞬間に治っちまったよ」「鈴ちゃーん! コロッケ揚げたてだよー! みんなの分もあるから持ってきなー!!」「ほんと? ありがとー! やっぱ大将のとこのコロッケはできたてに限るよねー!!」


 日々の買い出しなどで、何かとお世話になっている場所だ。飛鳥達は既に商店街の人々にはしっかり顔を覚えられていたのだ。

 その上(本人達に自覚があるかはさておき)、誰もが人並み外れた美少年・美少女ともあって、街のおじちゃんおばちゃん達からはちょっとしたアイドル扱いを受けることもしばしば。

 花屋のマダム(おばちゃんとは言わない)にハーレム呼ばわりされて反応に困る飛鳥や、先日ぎっくり腰で休んでいた八百屋の店主がクロエに声をかけられた途端、でろんでろんに鼻を伸ばしていいところを見せようとしたり。鈴風御用達の精肉店の大将が景気のいい声を出して、揚げたてのお惣菜を持ってきてくれる光景もいつものことだ。

 ふと、向こう側から歩いてきた年配の女性がリーシェの方に気付き、皺だらけの顔を綻ばさせた。


「リーシェちゃんじゃないの。この間はどうもありがとうね」


「どなたかと思えば、コズエおばあちゃんだったか……いや、礼には及ばん。あれしきのことでよければ、いつでも頼ってくれ」


 これはつい最近から目にするようになった光景だ。

 リーシェから話を聞くと、どうやら郷土史研究部のフィールドワークの折に出会った人らしい。


「この方が見ず知らずの男に鞄を強奪されるのを偶然目撃してな。見ぬふりなどできぬとお助けしたのだ」


「あの時のリーシェちゃん、とっても格好よかったわぁ。まるで隼のようにひとっ飛び(、、、、、)して、バイクで逃げる泥棒さんを捕まえちゃったんだから」


「……ほう、ひとっ飛び、ねぇ」


「ぎ、ぎくり……」


 この騎士(ナイト)様、どうやら勢い余って尻尾ならぬ翼を出してしまったようだ。

 街中で目立つような真似は避けなさいとあれほど念押ししていたのだが……今回ばかりは事情が事情だ。


「ウチの子がお役に立てたみたいで何よりでした。よろしければ、これからもリーシェと仲良くしてやってください」


「あらまぁご丁寧に。むしろこちらからお願いしたいくらいです」


 可愛らしい笑顔を見せて歩いていくおばあちゃんの背中を見送った後、飛鳥はぽんぽんとリーシェの頭を軽く撫でた。


「あ、あの、アスカ。コズエおばあちゃんを助けた時のことなのだが――」


「翼を出したことなら気にするな。今回の件、叱る理由なんてどこにもないさ。お前は立派なことを成し遂げたんだから、もっと胸を張りなさい」


 怒られるのかと肩を震わせているリーシェだったが、飛鳥の一言を聞いた途端にぱぁっと花開くように破顔した。


「う、うむ、うむぅ! やっぱりそうか、そうだよな! 私の為した騎士道に間違いはなかったのだな!!」


 正直、彼女の身体能力なら空を飛ばずともいくらでもやりようはあったと思われるが、それを指摘するのは野暮であろう。

 その後、褒められて有頂天だったのか、スキップで走り出したリーシェは人ごみに紛れてしまって迷子になり、数分後、商店街の脇道で半泣き状態のところを発見されたのまでが一連のオチである。

 本当に、とことんまでに締まらない騎士様であった。





 偶然とは続くものであり、そして重なるものでもある。


「あら? こんなところで偶然ねぇ、弟くんと愉快な仲間たち」


「今私は猛烈に不愉快ですがね……!!」


 大通りの北端に位置し、朱明商店街の看板的立ち位置にあるのがこの『(さい)の湯』である。

 観光者の目を惹くためだろうか、入口から左右の壁面には昔の歌舞伎役者や名所の風景が描かれた大判の水墨画が何枚も貼り付けられていた。

 江戸時代の下町のようなイメージだろうか――どこか心が躍る佇まいの前で、なぜか見知った人間ばかりが一同に集まっていた。


「真散さん、説明を」


「あー、あのですね。実はすずめ荘のお風呂が急に壊れちゃいまして、直るまでの間、緊急措置でこちらに来ることに……」


 つい数時間前、どこかで聞いたような事情だった。

 あははと頬をかく真散部長の後ろには、いつものすずめ荘メンバー――手持無沙汰で宙を仰ぐ刃九朗、初めて来る銭湯に目を輝かせているクラウとレイシア、そして、


「貴女と同じお風呂に入るなど真っ平ごめんです。なにせ身体をこすれば魔力の色と同じような真っ黒な汚れが浮いてきそうですものね!!」


「あら? 中身が真っ黒って意味ではあんたの方が一枚上手でしょうに。何なら、私自ら性根まで綺麗になるように洗って差し上げてもよくってよ?」


 身も心も真っ黒呼ばわりされている夜浪霧乃先生である。

 ただでさえ、クロエとは水と油なこの両名。同じ風呂で裸の付き合いなど堪ったものではないというクロエの叫びは、至極尤もではあるのだろう。

 さりとて、公共の場所でこうも騒ぎ立てるのも良くはない。

 誰かこの場を収めてくれる勇者はいないものか。最近の飛鳥はこんな役ばかりなものだから、たまには違う人間に丸投げしたかったのだ。

 チームすずめ荘の面々に目を向けてみる。


「クラウ、一応言っとくけど覗くんじゃねぇわよ」


「レッシィ、今さら恥ずかしがらなくても。子供のころ散々一緒に入ってたからレッシィの身体なんてもう見慣れごふおあっ!?」


 クラウの顔面に見事な右ストレートが埋まりこんだ。この2人は今日も今日とて平常運転だった。

 ――それにしても。


(クラウの奴、最近率先してレイシアの拳という名のツッコミを受けに行っている気がするんだが……)


 よもや彼は、俗に言う「殴られることに喜びを感じる」アレなのではなかろうか。

 こんな男に今後背中を任せて大丈夫なのか? そんな不安が身をよぎった。


「俺は辞退したのだが……無理矢理霧乃に連行された」


「そんなことだろうとは思ったが。……おい、今気付いたがお前相当匂うぞ。最後に風呂入ったのいつだ?」


「……記憶の限りでは、1週間ま「よし今すぐ入るぞそしてお前は何時間かけてもいいから徹底的に全身洗い流せ! 主に篠崎さんのために!!」……よく分からんが、了解した」


 昨日どれだけ大真面目に決めていようが、『不潔』という一言はそのすべてを台無しにする。折角成就したばかりのカップルを(そう定義していいものか、少し迷う2人ではあるが)そんなアホみたいな理由で破局させるわけにはいかなかった。


「まったくもぉ、皆さん道中で騒いでたら周りの迷惑になるですよー」


 そこに救いの天使が舞い降りた。

 水無月真散、流石はちっちゃくても部長である。場を取りまとめる能力は人一倍あるというものだ。


「入るつもりがないのならー、もうわたしたち(、、)だけで入っちゃうのですよー。ね、クーちゃん?」


「え、え? え? ぶ、部長?」


 いつの間にか顔面パンチから立ち直っていたクラウの腕を抱き、真散部長は足早に銭湯の受付へと歩を進めていた。

 

「それじゃあ番台さん……家族風呂2名でお願いするのですよー♪」


「ほほう、姉ちゃん。見た目に似合わず積極的じゃねぇか――気に入った! そら、貸切だぜ行ってきな!!」


 目つきが悪いパンチパーマの番台は、そんな真散の堂々とした態度がお気に召したらしく、豪快にロッカーの鍵を彼女に投げ渡し、意味深なサムズアップを送っていた。


「ねぇねぇアスカー、家族風呂ってどんなお風呂なの?」


「あのチビ、クラウだけ連れて行くなんて何企んでんのよ……で、私も知らないけど家族風呂って?」


 いつも通り頭の上にへばりついていたフェブリルから、そんな素朴な疑問が漏れた。

 ようやっと我に返った飛鳥は、わなわなと唇を震わせてその答えを口にした。


「家族風呂っていうのは、その、つまり、貸し切りの…………混浴風呂だな」

「ちょっと待てやそこのド変態サキュバス女ああああぁぁっ!!」


 レイシアは周囲の迷惑など知ったことかと絶叫し、2人の後を猛然と追いかけていった。

 ダメだこいつら、早くなんとかしないと――飛鳥にそう決意させるに足る散々な人々だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ