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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
EXTRA STAGE 日野森飛鳥の平凡なる7days
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―第99話 7月2日 熱血!白鳳学園最強料理人決定戦!! 前編― 

――戦え。


「これは避けられない運命だったのよ」


――今、この瞬間。世界は我らが為にある。


「本当に、こうするしかなかったのか……?」


――どれほどの血を流そうと、如何ほどの骸を積み上げようと。


「何を日和ったことぬかしてんのかしら? あんたも分かっていた筈。私達の戦いは、どちらかが勝ってどちらかが負ける――そうすることでしか前に進めないのよ」


――お前(あんた)を倒していかないと、()の道は成り立たない。


「……分かった。お前がそこまで言うなら、俺もただ、全力で受けてたとう」

「そう。……敵にかける言葉じゃないけれど、感謝するわ」


――故に。ここより先は、言葉で語るべきではなく。


「やるか」

「ええ」


――さぁ、戦え!!


「日野森飛鳥――さぁ、白鳳学園No1料理人の座をかけて、勝負よ!!」

「なぁレイシアお前絶対完全にやけっぱちになってんだろ!?」


 ――どうして、こうなった。

 7月2日。白鳳学園のグラウンドのど真ん中で。

 日野森飛鳥とレイシア=ウィンスレットは、そんなまったく同じ思いを抱き、深い深い溜息をついたのだった。






 何事も、白黒はっきりつけないと気が済まない――レイシア=ウィンスレットがそういう気概を持った負けず嫌いであったことこそが、今回の騒動の引き金であったのは間違いない。

話は1週間ほど前に遡る。

 レイシアも段々とクラスに馴染み出し(主にツッコミ役として)、日本の生活も悪くないかも? と思えるようになってきたある日のことである。


「薄い」


 何気ない一言。う・す・い、というたった3文字で、白鳳学園寮――通称すずめ荘の食卓の空気は一瞬にして凍りついた。

 声の主――鋼刃九朗が『薄い』と評したのは、今日の夕飯であるナポリタンスパゲティに対してであった。


「この野郎ぉ……人に飯作らせておきながら開口一番がそれか! あんたにゃ作った人への感謝の気持ちってのはないのかしらねぇ!?」


「レッシィ、どうどう、どうどーう。ほら、ニンジンでも食べて落ち着いて」


「暴れ馬みたいな扱いしてんじゃねぇわよ! ってかあんたは私がニンジン1本で機嫌直すような人間に見えんのか!?」


 今日のナポリタンは割と自信作だったのだ。

 元々イタリアにいた頃も、家族や同じ魔術師の仲間によく手料理を振る舞っていたこともあり、レイシアの料理の腕前はかなりのものだったのだ。

 ここすずめ荘に暮らすようになってからも、他の面々がこぞって家事スキルが壊滅していたために、仕方がなく……そう、本当に仕方がなかったから、歌や魔術だけでなく家事まで万能のパーフェクト美少女レイシアさんが一肌脱ぐことにしたのである。

 何度も言うようだが、いやいや、仕方なく、本当にもうこいつら役立たずなんだからしょうがないわねー、という気持ちである。

 決して、高速の洗濯物たたみを見て羨望の眼差しを向けてくる真散の反応を見て優越感に浸ったり、満面の笑みでおいしいおいしいと言って料理を食べてくれるクラウの顔を見るのが嬉しかったからではない。断じてない。

 そんなこんなで、最早すずめ荘にはなくてはならない存在としてその立場を確固たるものにしていったレイシアさん。

 だが、


「あんまりビールには合わないわよねー。それよりもおつまみになるものちょうだいよ~」


「辛さが足らん。タバスコはないのか」


 誰も彼もが彼女の仕事ぶりを絶賛していたわけではないのだ。

 担任の先生兼ここの寮監でもある夜浪霧乃は、夕飯についてはとかく酒の肴になるかどうかを重視するのか、もっぱら居酒屋メニューばかり催促してくる。

 これでも《九耀の魔術師》の1人である“黒の魔女(エキドナ)”。レイシアもそれなりに畏怖と敬意をもって接してはいたのだが……


「えだまめー、からあげー、ぎょーざー、レバニラいためー。しくしく、弟くんだったら、こんな時でもササッ! て一品作ってくれるのになー」


「…………」


 もうとっくの昔に霧乃への尊敬の念など銀河の彼方までホームランしていた。というかどう敬えというのだ、こんな酔っ払い。

 いつもいつも共同の冷蔵庫をビール缶でいっぱいにしてくれるものだから、他の食材スペースを圧迫して仕方がないのである。


「不味いわけではないが、刺激が足らん。薄味好みの年配にはうけるかもしれんが、若者向きの味付けとは言い難いな」


「……………………」


 そして、こっちはこっちで酷いものである。

 いただきますの一言もなしに、終始無表情で黙々とご飯をたいらげ、そして思い出したかのようにレイシアの料理にダメ出しをしてくるこの男。


「どうやら、奴の料理の方が俺の口には合っているらしい」


「あんた……文句があるなら食うんじゃ――ってもう綺麗に完食してやがるし!!」


 なら食べるんじゃないと言いたかったのだが、とにかく刃九朗は食うのが早い。

 小姑みたいなダメ出しをされてからレイシアがツッコミを入れるまでのわずか数秒で、ナポリタンの皿は食べカスひとつなく見事に消え去っていた。新手の嫌がらせなのだろうか、これは。

 エプロンを外して決闘の白い手袋みたいにこの鉄面皮の顔面に叩き付けてやろうとしたが、ここで左右からそれぞれ待ったが入る。


「ぼ、僕はレッシィの料理、好きだよ! なんだか懐かしい味がするし、味付けも好みだしさ!!」


「わたしも、わたしもなのですよ! こんなに優しい味のナポリタン、はじめて食べたのですよ! かんどーしたのですよ!!」


「優しい味ってのは、言い換えれば」

「パンチのない味とも言えるな」


「よっしゃテメェらそこ動くんじゃねぇわよ! お望み通りその腐った舌にありとあらゆる香辛料塗りたくってパンチのある味とやらをご賞味いただこうじゃねぇのよぉ!!」


「や、やめてなのです! 練りわさびをチューブ一本まるごととか、冗談抜きでショック死しちゃうのですよ!?」


 こうなってしまってはもう誰にも止められない。

 冷蔵庫からわさびにからしにカレー粉タバスコと、色とりどりの劇物オンパレードを取り出し両手にわんさか構えて暴れまくるレイシアを、クラウと真散は決死の羽交い絞めで抑え込む羽目になってしまった。


(どうしてこうなんのよ……いったい私の何がいけなかったってのよ)


 せっかく見つけた新しい居場所。

 家事万能ぶりを見せつけても、あの飲んだくれ教師と鉄分過多の無表情男がこちらになびいてくる様子はない。

 なぜだ。

なぜここまで甲斐甲斐しくてみんなのお世話も率先してやっているのに、どうしてそう「なんか違うんだよね」みたいな微妙な目でこちらを見てくるのか。


(いや、私の仕事ぶりそのものが否定されているわけじゃなかった…………そう、そうか、そういうこと)


 レイシアは常に比較され続けていた。

 レイシアよりも『奴』の料理の方が美味い、『弟くん』の方が手際が良い――答えは、驚くほど簡単に導き出された。

 

(霧乃様もあの○イアンマンも、クラウもチビ部長も、既にあいつ(、、、)に飼い慣らされていたから……!!)


 何でもできる頼れるお姉さん的ポジションは、もうとっくの昔に、今ここにはいないあの『男』の手によって掠め取られていた!!

 ああ、つまり、こういうことだ。


(日野森、飛鳥……あいつを倒さない限り、私の居場所はここないはないってことね……!!)

 






「――――と、まぁそういうわけなのよ」


「それがただの逆恨みだということにそろそろ気付いてもらってもいいか?」


 数少ない常識人枠(ツッコミ役仲間とも言う)から斜め上のボケをかまされて、飛鳥は頭を抱えて大きく肩を落とした。

 とりあえず、レイシアの言い分をまとめると。

①彼女がすずめ荘で作った料理はすべて飛鳥の料理と比較されてしまう。

②そのせいでいつもレイシアは飛鳥の影に怯えて暮らさなければならない。

③だから飛鳥を倒して自分の方が上であることを証明する。

 あんまりすぎる三段論法だった。そこから料理対決に結び付く辺り、平和的と言えば平和的なのだろうが。

 とはいえ、


(めんどくせぇ……)


 もうその言葉しか出てこなかった。

 これでも飛鳥は忙しいのだ。クロエからこの1週間は《八葉》の仕事禁止令を出されているとはいえ、放課後は学生から主夫に転身する飛鳥にとって、今の時間は金より貴重なのである。

 穏便に断る方法はないものかと、飛鳥は鞄の中から黄色いチラシを取り出し、レイシアに見せながらお願いしてみた。


「せめて……スーパーマルヤスに寄って『今日の広告の品牛乳1パック98円』を確保してきてからにしたいんだけども」


「却下に決まってんでしょうが、逃げようったってそうはいかないわよ。それに、マルヤスの牛乳があんまり鮮度よくないってことはこの界隈じゃ有名――あんたほどの主夫が知らなかったとは思えないけれど? 分かってる筈よ……スーパー白急(しろきゅう)の方がちょっと高いけどいいもの置いてるから、牛乳買うならそっちの方がオススメだってことくらいはね!!」


「くそ……バレバレだったか」


 遠巻きに2人の舌戦を見守っていた生徒達には、もう完全についていけない領域の話だった。

というかレイシアはまだこの街に来て1ヶ月も経っていないのに、どうしてそんな地元の熟練主婦しか知らないような情報を知っているのか……いや、それだけ彼女の主婦力(この辺はもうツッコんだら負け)が人並み外れているということか。

 どうしたものかと思い悩むが、もう断り切れるような雰囲気ではなくなりつつある。

 グラウンドの周りにはかなりの野次馬(ギャラリー)が集まり始めているし、


「修羅場よ、修羅場」「痴話喧嘩よ、痴話喧嘩」「あんのヤロォ……クロエ会長と鈴風ちゃんだけでは飽き足らず、転校生にまで」「なんてうらやま――いや、けしからん!!」「でもあの子って確か残念美人のレイシアちゃんだよね」「ああ、見た目は可愛いのにいつもツッコミがスベりまくってるせいでいまいち人気のないレイシアちゃんか」


「おい最後の2人だけちょっとこっち出てこいや」


 このまま力技で逃げ出そうものならレイシアと妙な噂が立ってしまいそうで怖い。

 しかしレイシアさん、黙っていればクール系美人だったのに、もう既に学園中に残念キャラが定着してしまっていた。

 飛鳥は逃走を諦め、改めてレイシアと正対する。


「分かった……受ける、受ければいいんだろ。それで? 具体的にどうやって勝負するつもりだ?」


「…………………………それくらい、男のあんたがリードして考えなさいよ」


「考えてなかったんだな」


 後先考えずに挑戦状を突き付けたせいか、肝心の勝負内容を何も決めていなかったらしい。

 スーパーへ買い出しに行った後、すずめ荘で一緒に夕飯を作ればいいか――そんな無難な提案をしようとした矢先、


「話は聞かせてもらいましてよ!!」


 突如グラウンドに響き渡った伸びのある一声。

 レイシアと揃って振り向いた先――人ごみがモーセの十戒よろしくさっと2つに割れ、その中から1人の女子生徒が悠然と歩いてくる。


「ふふふ、誰が騒ぎを起こしているのか思えば――日野森さん、やはり貴方でしたか」


「なによ、あの女」


「孔雀院さんか……また面倒くさい人に見つかった」


「見るからに偉そう、というか何というか……あの女、どう見ても――」


 レイシアが言わんとすることはよく分かる。

 彼女の目を引くのは、地球の重力にケンカを売っているとしか思えない、歩くたびビヨンビヨンと伸び縮みする長い長い金色のドリル――もとい、巻き毛。


「――どう見ても乙女ゲーに出てくる噛ませ犬的ポジションの悪役令嬢キャラじゃねぇのよ!!」


「いきなり失敬な女ですわね! ワタクシはパンよりケーキを推奨しているわけでもなければ、最近よく転生先に指定されて死亡フラグ回避のために駆けずり回るようなキャラでもございませんわ!!」


「後者の例えが妙に具体的ね!?」


 飛鳥にはその例えの意味が皆目見当つかなかったが……とりあえず話の収拾が付かなくなりそうだったので渋々口を挟むことにした。


「孔雀院さん、騒がしくしてすまなかった。別に喧嘩していたわけじゃないし、もうすぐに帰るつもりだったんだ」


「そんなおためごかし(、、、、、、)でワタクシを煙に巻こうだなんて。そんないけずな真似、許される筈がないでしょう? どうやら、『料理対決』なんて面白そうな単語も聞こえてきてましたし」


 聞かれていたか。飛鳥は思わず舌打ちする。

 白鳳学園生徒会会計、孔雀院佳那多くじゃくいんかなた

 普段はクロエ生徒会長の片腕として、学園の財政管理を一手に担っているやり手(、、)の女性である。

 だが、飛鳥は彼女がどうにも苦手だった。


「そんな楽しそうなイベント……ワタクシが見逃すわけないじゃありませんの! この孔雀院佳那多が責任をもって、この対決をプロデュースして差し上げてよ!!」


「ねぇ日野森、どうすんのよアレ。止めなくていいのかしら……」


「あの人に目を付けられた以上どうにもならない。もうどうにでもしてくれ……」


 彼女は無類の『お祭り』好きであり、自らが楽しむためならあらゆる手間や労力を惜しまない、生粋の盛り上げ役(アジテーター)。平穏無事な生活こそが至上と考える飛鳥にとっては、絶対に相容れない存在だった。

 しかも彼女は大手財閥のご令嬢ということもあり、お金に糸目を付けないものだからなおの事性質(タチ)が悪い。


「うふふふふ……おふたりとも、少々お待ち下さいましね。すぐにワタクシが、おふたりの対決に相応しい環境を用意して差し上げますわ!!」


 胸ポケットから取り出した携帯端末で誰かと少し話したかと思ったら、すぐさま何台もの大型トラックがグラウンドに乗り込んできた。

 そうして突如として始まった突貫工事。ベニヤ板やら複雑な形をした鉄パイプやらが荷台からぞろぞろと搬出され、運動場のど真ん中に何やら怪しげな建造物を作り出そうとしていた。

 そしてこれほどの騒ぎ、当然ながら、何事かと思った学園中の人間が一斉に集合することになる。


「日野森……さっきの話はなかったことにっていうのは……」


「諦めろ。俺はもう諦めた」


 こんな筈じゃなかったのに、というのは飛鳥もレイシアも等しく同じ気持ちだった。

 孔雀院と会った時点で脇目も振らず逃げ出すのが、本来であれば正解だったのだろう。だが、時すでに遅し。後悔先に立たず。


「さぁ、完成ですわー!!」


 死んだ魚のような眼差しで、2人は目の前に出現したステージを見つめていた。

 どうやら作っていたのは建物ではなく、テレビ番組で使われるような舞台セットだった。

 中央をぐるりと取り囲む形でひな壇状の観客席が設置された、野球場や決闘場(コロッセオ)を思わせる舞台組み。中央ステージには、宝石にも劣らぬ輝きを放つ、銀色に磨き抜かれた調理台がどどんと2つ据え置かれていた。

 そしてセットの壁面には、燃える炎がまるで鳳の如く形作られた大迫力の壁画が描かれていた。こんなどうでもいいところに無駄に力を入れている辺り、職人芸だと評価すべきなのか、努力の方向性があまりにトチ狂っていると呆れるべきなのか。

 ともかく、舞台は整った。……整って、しまった。


「それでは、ただいまより! 日野森飛鳥とレイシア=ウィンスレットによる、白鳳学園No1料理人の座をかけた真剣勝負――クッキングバトルの開幕ですわーーーー!!」


 嗚呼、平穏なる日々よいずこ。

 昨日の風邪がぶりかえしてきそうなほどに、今の飛鳥の心境はブルーの極みだった。


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