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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
EXTRA STAGE 日野森飛鳥の平凡なる7days
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―第98話 7月1日 とある夏の日常・後編―

 今日は色々と珍しいことが起きるものだ。

 午後2時を少し回ったところで、日野森家に思わぬ来客があった。


「まさかお前が見舞いなんて来るとはなー、刃九朗」


「俺ではなくこいつが言い出したことだ。俺は単なる付き添いにすぎん」


 鋼刃九朗は、相も変わらずの無表情のままで隣を指差した。

 彼の声を受け、隣であははと苦笑いしながらお見舞いの果物を紙袋から取り出しているのが、この鉄面皮をここまで連行してきた張本人――篠崎美憂である。


「日野森センパイには何度もお世話になりましたから。それに鋼センパイだって言ってたじゃないですか……「あいつには借りがある」とかなんとか」


「む……」


 かの鋼鉄の申し子も、随分と尻に敷かれたものである。言い返そうとして口元をもごもごさせるも、口では勝てないと悟ったのか諦めて嘆息する刃九朗の姿は、普段の態度とのギャップが強過ぎてついつい笑いを誘ってしまう。

 思えば、この2人とも数奇な付き合いである。

 美憂に関しては、4月の異世界騒動の折には擬似的にとはいえ人工英霊に仕立て上げられ、刃九朗との一件では人質にされ、飛鳥達の戦いに随分と巻き込んでしまった。

 刃九朗においては、最初は敵同士として本気の殺し合いをしていたが、美憂の救出を通じていつの間にやら肩を並べて共闘していた。感情をまるで見せようとしない、文字通り機械のような男ではあるのだが……ここ最近は、彼の考え方もそれなりに理解できるようになってきた。


「それにしても、人工英霊が風邪とはな。最初は何の冗談と思ったが」


「正直俺も同感だよ。無茶のし過ぎだってさっきクロエさんに怒られた」


「「…………」」


 その『無茶』をさせた一因を担っていたため、正直上手く言葉を返せなかった刃九朗と美憂であった。

 ……少々気まずい雰囲気になりそうだったので、飛鳥はわざとらしく咳払いをして方向転換を計った。


「そういえば、もうすぐ夏休みだけれども。2人は何か予定とか入れてるのか?」


 そう、今は7月。

 期末テストという(一部の人間には)地獄谷を抜ければ、楽しい楽しい夏休みが待っている。


「戦いがあれば参加するが」


「そういう意味じゃねぇよ……」


 ある意味、予想どおりの答えだった。

 そりゃあこの鉄面皮がいきなり「ビーチに繰り出して水着美女と一夏のアバンチュールを満喫してくる」とか言い出したら恐ろしいことこの上ないわけで。

 だからと言って、戦い漬けの夏だなんて学生としてはどうなのよ、とも思うのだ。


「……あの、鋼センパイ。特に予定がないのであれば、その……」


 そんな事を考えていると、美憂が急に両手を合わせてもじもじとし始めた。

 お手洗いだろうか(一歩間違えればセクハラなので口にはしないが)……いや、よく見ると刃九朗の横顔をちらちらと見つめながら、緊張をほぐすように深呼吸を繰り返している。

 飛鳥は彼女が何を言い出すのか大体理解できた。刃九朗は絶対気付いてない。


(……おい、ちょっと待て篠崎さんや。って待て待て待て待て待て待て!?)


 確かに話を振ったのは飛鳥だが、だからってこの場で、そんな、


「今度の夏休み!わたしと一緒に、海へ遊びに行きませんか!!」


 人目も憚らずデートのお誘いなんて、ちょっと美憂さん大胆過ぎではありませんか?

 顔を真っ赤にしたまま、言いたい事を言い切ってちょっと満足げな表情をしているのは結構なのだが、どうして自分という無関係な第三者がいるところで切り出すのか。

 このタイミングで席を外すのはあまりに不自然過ぎるし、だからってこの一世一代(?)の大告白の場の中心に堂々と居座れるほど、飛鳥の肝は強くない。

 もう明後日の方向を向いて、「あー空が青いなー」と現実逃避するしかできなかった。

 当の刃九朗はと言うと、


「今度の敵は海洋生物か」


「「違ぇよ」」


 まるで明後日の方向に大ボケをかますものだから、飛鳥と美憂は思わずシンクロツッコミをかましてしまった。

 きっと刃九朗の脳内では、突然変異により巨大化したタコとかイカとかシャークなヤツを相手に、船上で銃弾をばらまいている光景でも映っているのだろう。そんな展開誰が得すると言うのか。

 全力のアプローチを認識すらしてくれないという事実に、恋する乙女篠崎美憂も流石に呆然と――――いや、違う!!


「センパイ……?」


「む? な、なんだ……?」


 美憂からの、まるで深い闇の奥から滲み出てくるようなドスの低い声に、刃九朗は思わず言葉が詰まってしまった。

 ガシッと両肩を掴み、光を消した瞳でじっと睨みつける彼女の後ろに荒ぶる鬼の姿が見えたのは飛鳥の気のせいだと思う。


「もう一度だけ言いますね、耳の穴かっぽじって一字一句漏らさずきっちり聞いてくださいね?」


「う、うむ」


「わたしと、一緒に、海に、あ! そ! び! に! 行きませんかと言ったんです。女からこういうこと言われたらデートのお誘いってことくらいご理解いただけないでしょうか? 何をどう解釈すれば遠洋漁業に行くだなんて結果に落ち着いたのか説明してほしいです」


「いや、遠洋漁業などとは一言も「戦いも漁業も似たようなもんでしょうが!!」……すまん」


 終始押され気味の刃九朗が横目でアシストを要求してきたが(思えばこの男が助けを求めてきたのはこれが初である)、全力で無視。痴話喧嘩は犬も食わないのである。

 だが、仮にも病人を目の前にしてやるようなことではないので、取りあえず一言だけ。


「もうお前ら帰れ」





「ぜひー、ぜひー、ぜひー……」

「し、死ぬかと思ったぞ……」

「やたっ、大魔神デビルサターン出たっ!」


 その頃、買い出しを頼まれていた鈴風さんご一行は、商店街のスーパーにて偉大なる超戦士(近所のおばちゃん)と大いなる財宝(特売のサービス品)を巡る激闘を潜り抜けていた。

 鈴風とリーシェはセール品のワゴンに殺到する主婦の群れに飛び込み、肘鉄やボディプレスを幾度となく全身にくらいながらお目当ての品(お豆腐4個で50円。このスーパーは儲ける気がないのか)をゲットしたのである。

 なお、そんな熱戦をよそに小悪魔リルちゃんはお菓子売り場へ直行。『大悪魔クロック』なる1袋100円のウェハースチョコ(全108種類のキャラクターシール入り! 内5種類はレアなキラカード!)をいっぱいに抱えて、買い物カゴにさりげなくザザーッと投入していた。

 普段の買い出し役である飛鳥やクロエなら、すぐさま気付いて返して来なさいと突っ撥ねるところだが……


「あれ?なんかお会計が妙に高いような……まいっか」


 そこは安心の鈴風さんクオリティであった。

 家計簿とは一生無縁そうだなー、とリーシェは気付いてはいたがもうツッコむ気力も残っていなかった。


「ほら見てよこのキラカードの輝きを!決めゼリフの「お前のハラワタを甘辛く煮込んでやろうか!」ってカッコいいよね!同じ悪魔として見習わなきゃ!!」


 激レアキャラらしい大魔神デビルサターン、実はかなりのグルメらしい。そんなどうでもいい豆知識を語る小さな魔神娘をよそに、鈴風とリーシェは激戦でボロボロになった身体を引き摺るように帰路についていた。

 ここ朱明商店街は、昭和の香りを色濃く残す大勢の人々の活気に溢れた通りである。老舗の洋食店や居酒屋、たこ焼きの屋台、服飾店、美容室などなど、ジャンル問わず無節操に軒を連ねている。

 それにしても、日曜ということもあり人の往来が多い。気を抜くと誰かにぶつかって押し流されてしまいそうだ。

 そんな人ごみの濁流の中に、見覚えのある頭が3つほど見え隠れしていた。あの紫色と水色と栗色のカラフルな組み合わせは、もしかして……


「む?」

「あん?」

「あれれ~?」

「こんにちは」

「むしゃむしゃ(ウエハースを齧っている)」

「だぁーっ! あたしの頭の上でがつがつ食べるんじゃなーい! 食べカスが、食べカスが落ちてきてうっとおしい!!」


 やはり彼らであった。先月の“傀儡聖女”事件での中心だった魔術師3人組である。

 さっきから頭の上で遠慮なしにお菓子を食い散らかす使い魔に我慢ならず、鈴風は頭をプルプル振って食べカスごと彼女を振り払った。


「フギャッ!? …………おお、こんなところにいいクッションが」


「やんっ!? り、リルちゃん、あんまり胸元で暴れないでほしいのですよ」


 ピューッと吹き飛ばされたフェブリルを受け止めたのは、栗色の――もとい、水無月真散のたわわに実った双丘だった。フェブリルの身体がぽよん、という擬音が聞こえそうなほどに柔らかく沈み込む様子に誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。


「……なぁに鼻の下伸ばしてガン見してんのよこのエロガッパ!!」


「あいだぁ!? ちょっ、やめてレッシィ、グーはダメ、グーはダメだって!!」


「心配しなくていいわよクラウ……ボディは狙わない、殴るなら顔だけにしといてあげるから」


「うわーいそれなら安心だー…………って、違うよね!? 普通はそれ逆じゃない!? いや逆でもそれはそれで問題あるんですけどっていだだだだだだだ!!」


 今日も2人の夫婦漫才は絶好調のようだ。

 紫紺の髪を持ち、ちょっとしたお色気にもすぐ反応してしまう純情少年――クラウ=マーベリックと、薄水色の髪を夜叉の如く逆立てながら彼に容赦のないグーパンチをかますツンデレ少女――レイシア=ウィンスレットのコンビも随分と見慣れてきたものである。

 さて、折角友人とばったり会ったのだ。何もないままはいさようならというのも味気ない。

 鈴風はメインストリートの隅っこにあったベンチに腰掛けて、往来の邪魔にならにように皆を手招きした。





「ふぅん……日野森が風邪、ねぇ……」


「珍しいこともあるものなのです。心配なのですよ」


「大丈夫なんでしょうか……」


 飛鳥の病気の件を聞き、三者三様の反応を見せた。

 3人とも大なり小なり飛鳥には恩義を感じている。すぐにお見舞いや身の回りの世話といった話になるのは当然の流れであった。


「今はクロエ先輩が看てるから大丈夫……というか他の人が入れる余地がないというかー」


 とはいえ、今は完璧超人クロエさんが付きっきりで看病している真っ最中だろう。それに大勢で押し掛けて騒がしくするのもかえって悪い。というより邪魔をしたらまたアイアンクローで頭蓋骨を握り潰されてしまいそうなのでガクブルである。


「ってか無駄に女子力高いわよね、あの人。“白の魔女(アンヘル)”ともあろうお方が、変われば変わるもんよねぇ」


「ん? レイシアってクロエ先輩と知り合いだったの?」


「知り合い……ってかこっちが一方的に知ってただけだけどね」


 ついつい忘れがちだが、クロエは魔術師業界(?)では結構な有名人なのである。

 《九耀の魔術師(クラウドナイン)》と称される、世界最強の9人の魔王――なのだが、クロエや霧乃が身近にいるせいか、別に物珍しさとかを感じることもなかったのだ。


「まぁ、《九耀の魔術師》が生徒会長やら教師やらやってるって今の環境が既にブッ飛んでんのよ。それに慣れてきた私らも大概だけど」


「昔のクロエ様のことを考えると、ものすごく変わったよね」


「そうなんだ……あたしがクロエ先輩と初めて会ったのが1年ちょっと前くらいだけど、昔の先輩ってそんなに違ってたの?」


 当時のクロエの様子を思い出したのか、クラウとレイシアは複雑そうな顔をする。


「正直、別人かと思ったくらいですよ。以前のクロエ様は、とてもではないですが恐ろしくて近付こうとすら思えなかったですし」


「敬虔なる神の信徒にして殺戮人形(キリングドール)――あの頃の“白の魔女”は、神の名に背くあらゆる者を異端と断じて、表情ひとつ変えずに殺戮の限りを尽くした信仰の悪魔(、、、、、)だったわ」


「信仰の、悪魔?」

 

 どうにも不穏なワードばかりが耳を突く。少なくとも興味本位で踏み込むべきではないということくらいは、空気を読むのが下手くそな鈴風さんにだって分かる。


「どう転んでも愉快な話にはならないけれど……聞きたい?」


「…………いや、いいや。聞きたくなったら先輩に直接聞いてみるからさ」


 やはり、こういった話を他人から聞き出すのは卑怯なような気がした。

クロエの気持ちになって考えてみれば、自分の知らない所で勝手に過去を詮索されるのは気持ちのいいものではないだろうし。

 それに、クロエが変わった(、、、、)というのであれば、それはやはり、


(飛鳥と出会って、何かがあって、それで先輩が変われたっていうのなら……それは、あたしがまだ(、、)踏み込んでいい領域じゃない)


 不確かなれど、その予感は確信だった。

 今は知らないままでいい。けれど、時が経って、自分とクロエが本当の意味で(、、、、、、)真正面から向き合わなければならない時が来たのであれば、きっと。


「ま、あんたがそう言うならそれでいいけどね。……ところで鈴風、前々から聞いてみたかったんだけど」


「ん? なぁに?」


「日野森は結局、あんたとクロエ様、どっちと付き合ってるわけ?」


「…………………………………………なぬ?」


 いきなりの話題変換に、頭からズッコケそうになった鈴風だった。しかもクラウや真散も興味津々といったように目を輝かせ始めたから始末に負えない。

 しかし、この手の質問は幾度となく投げ掛けられてきたもので、リーシェとフェブリルは「またか……」といった表情で興味なさげだった。


「別に付き合ってるとかじゃないよ。小さい頃からずっと一緒にいるから、もう家族みたいなものだもん」


 だから鈴風も、もう何度目になるのか分からない定型文通りの回答をする。

 だって実際そうなのだ。

 物心ついた頃から傍にいるのが当たり前で、どこに行くにも一緒にいたものだから、好いた惚れたの観点で飛鳥を見ることなんて中々できない。

 放っておけない弟分(同い年だが鈴風の方が早生まれだから。精神年齢はともかくとして)であったり、あるいは世話焼きなお母さん役として(ちなみに鈴風の母は健在である)しか見れないのだ。


「ふぅん……じゃあ、日野森が別の女と付き合ったとしても何とも思わないわけだ?」


「……そ、そうですよ?」


 レイシアの指摘につい声が上擦ってしまったが、平常心、平常心である。変に取り乱しては絶好のからかいの的になってしまう。

 そう、なんてことはないのだ。飛鳥がどこでどんな女の子とイチャコラしていようが、何の関係も――


「……今頃日野森とクロエ様は2人っきり。病気で弱っているところに、甲斐甲斐しい看病と優しい言葉は結構キく(、、)わよ~? あんたが家に帰る頃には、あの2人はもう同じ布団の中でラブラブチュッチュと「あーあたし用事思い出したわゴメンゴメン! ちょっと先帰るからあとヨロシク!!」――足、はっえぇわね……」


 音速の衝撃波(ソニックブーム)でも巻き起こりそうなほどの超絶スピードで走り去っていく鈴風さん。ほんのちょっぴり冗談交じりで突っついてやるだけであの超反応。あれで「誰と付き合おうが関係ない」だなんてよく言えたものであった。

 そんな素直になれない少女の後ろ姿を見詰めつつ、一言。


「……ねぇ、レッシィ。ラブラブチュッチュって、なに?」

「聞くんじゃねぇわよ……私も自分で言っててかなり恥ずかしかったわ……」

「なぁ。この大量の戦利品は私ひとりで持って帰らなくちゃならない流れなのか、これ?」

「ああもうまたザコゴブリンのシールだし! これでもう何枚目だと思っているのか!!」

「青春、ですねぇ」


 今日も今日とて世は平和なのであった。まる。


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