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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
EXTRA STAGE 日野森飛鳥の平凡なる7days
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―第97話 7月1日 とある夏の日常・前編―

ここからはしばらく番外編。

今回はクロエさん謎の大暴走、でもこんなんでもメインヒロインです。世も末だ。

「38度7分。誰が何と言おうと風邪です。満場一致で風邪です。よって貴方は病人ですので大人しく横になっていてください。異論は認めません」


 青天の霹靂と言うべきか、鬼の霍乱(かくらん)と言うべきか。

 7月1日。

 日野森飛鳥が風邪をひいてダウンするという、周囲の誰もを脅かせた、そんな珍しい一日だった。


「いえ、これくらいどうってことないですよ。何なら今から日課のラジオ体操でも「寝てろ」……はい」


 寝間着姿のままのろのろと立ち上がろうとするが、同居人であるクロエ=ステラクラインの一喝により渋々と布団に戻る病人飛鳥であった。




 ――“傀儡聖女”や《パラダイム》との戦いから、およそ1ヶ月が過ぎようとしていた。

 4月の異世界騒動、5月の機械兵器暴走事件、6月の“傀儡聖女”襲来と、ここ数ヶ月間は休む暇もないほどに大きな事件が目白押しだった。

 そんな中、西へ東へ(果てには異世界まで)誰よりも奔走していた飛鳥が急に倒れてしまったのは、ある意味必然だったのかもしれない。

 病は気から。今回の風邪も、そういった心労が重なった所為ではないか――額の濡れタオルを交換するクロエはそう推察していた。

 

「いくら人工英霊とはいえ、気力も体力も無尽蔵ということはないでしょう。むしろ今まで平然といらしていたのが異常です」


「だから、大したことないですって。それに、俺は炎の能力者ですよ? これくらいの熱なんて、ちょっと気合いを入れれば――」


「飛鳥さん。もし能力を使ってまで無理矢理に動こうとされるのであれば、私も無理矢理に飛鳥さんをお布団へ縛り付けますがよろしいでしょうか」


 風邪とは別の要因で身震いするほどに、クロエの眼差しは本気の冷徹さを放っていた。

 しかし、飛鳥の言い分も尤もなのだ。

 そもそも風邪程度で心配されるような、やわな体のつくりはしていないである。

 精神力を糧として、超人的な肉体と特異能力を獲得した異次元の怪物――人工英霊(エインフェリア)。そんな超人のひとりである飛鳥が病気になってしまったのは、読んで字の如く心が弱っていたから(、、、、、、、、、)

 そのため、単純な話。


(本当に気合いのひとつでも入れれば風邪くらいはすぐ治るんだがなぁ……)


 気の持ちよう(メンタル)次第でいかようにもなってしまうという、色々と反則技じみた体質なのである。

 だが、クロエとてそんなことは百も承知のようで。


「倒れてしまうほどにお疲れが溜まっていた、という事実こそが問題なのです。……綾瀬さんとも相談しましたが、いい機会です。今から1週間の間、飛鳥さんには《八葉》関係の一切の仕事をお休みしていただくことに決定致しました」


「え!?」


 ぴしゃり、と有無を言わさぬ強い口調で言い切ったクロエだったが、流石にその決定には承服しかねた。今いったいどれだけの懸案事項が蓄積していると思っているのか。

 5月の事件の影響で開発が頓挫してしまった『ランドグリーズ』に代わる、新型の戦術起動外骨格――ブーステッド・アーマーの開発。

 隊長(あくまで代理)を任されている第二枝団“雷火”のメンバー再編。それに伴い、本来の隊長である義兄――高嶺和真の捜索。

 クロエと霧乃、2名の《九耀の魔術師》を自陣に引き込んでしまったことの影響――魔術師界から何かしらの軋轢を加えられた際の方策。

 熱でふらついた頭でもざっとこれだけ出てくるのだ。クールダウンして腰を据えて考えれば、飛鳥が携わるべき問題はこの3倍くらいは存在するだろう。

 が。


「そこは抜かりありません。先日、ヴァレリアさんと竜胆さんが帰還されていましたので、飛鳥さんのお仕事をいい塩梅で丸投げしておきました」


「まる、投げ……」


 飛鳥の知らないところで、この魔女はいつの間にいったい何をやっていたのだろうか。

 ヴァレリア=アルターグレイスと断花竜胆は、それぞれ第一と第八枝団を率いる、事実上現在の《八葉》戦闘部隊のツートップである。

 確かにあの両名なら、飛鳥以上のパフォーマンスで問題解決にあたってくれるだろうが……


「そもそも、飛鳥さんのような学生の身分の方にあれやこれやと仕事を押し付けるような環境が間違っているのです。たまには大人にもしっかり仕事をしてもらわなければ」


 腰に手を当てうんうんと頷くクロエ。まったくもって正論であった。

 言いくるめられた気がしないでもないが、自分よりも何倍も優秀な2人が帰ってきてくれたのだ。たまには息抜きでもした方がいいか、と飛鳥は諦め半分で布団に体重を預けることにした。


「それでは、本日は私がおはようからおやすみまで飛鳥さんのお世話を「飛鳥ぁーっ!? 突然ぶっ倒れちゃったってホントなの!?」…………鈴風さん、ちょっとこちらへ」


 それは病人の前で騒ぎ立てる鈴風のデリカシーのなさに対してだったのか、それとも飛鳥と2人きりの空間を悉く撃墜してくるこの異様な間の悪さに対してだったのか。

 部屋に飛び込んできた鈴風の顔面を片手で鷲掴みし、飛鳥の目の届かないところにずりずりと引き摺って行くクロエの後ろ姿に、もう何と声をかけていいやら分からなかった。




 今日は日曜日だ。

 学園の事を気にする必要がないのは不幸中の幸いだっただろう。

 クロエの手によって仕事も奪われてしまったので、大人しく寝ている他ない飛鳥であったのだが。


「いよーしっ! いっちぬっけた!!」


「ぬおお、またジョーカーが来てしまったあぁ……」


「アタシも上がりね。これでリーシェの10戦10敗。……ねぇリーシェ、もうちょっとポーカーフェイスっていうのを覚えるべきじゃない? 顔に出過ぎてて駆け引きも何もあったもんじゃないの」


 何故か部屋の中に居座って、布団に横になる飛鳥の隣で延々とババ抜きに興じている姦し三人娘――クロエに折檻された直後なのにケロッとした様子の鈴風、寝起きなのだろうパジャマ姿のまま悔し涙を流すリーシェ、まだ寝たりないのか(まぶた)をショボショボさせるフェブリル――にいつツッコミを入れるべきやら迷い出し、かれこれ1時間。

 壁の時計を見ると午前10時。朝っぱらからテンションの高い娘っ子どもである。


「お前ら……仮にも病人のいる所でやることじゃないだろうが……」


「ふっ、甘いね飛鳥。……いいこと? 病気で寝込んだ時って異様に人恋しくなるもんじゃない? 寂しさが募って涙が出そうになるじゃない? ――そう。だから!!」「アタシ達が!!」「アスカが寂しがらないように一緒にいてあげようという運びになったのだ。……一応、私は反対したのだぞ?」


 意味もなくローテーション形式で反論してきた騒がし三姉妹に、飛鳥はもう何の言葉も出せなかった。無論、感動したせいではなくて呆れ果てただけである。

 正直なところ、鈴風の言うように病気になって急に不安になるような心地になることはあまりない。と言うより人工英霊になってから現在に至るまで、病気になることなどまるでなかったのだからさもありなん。


「別に悪ふざけなんかじゃなくて、結構真面目にそう思うよ。子供の頃の飛鳥はさ、寝たきりなことが多くて、いっつも辛そうな顔してたからさ」


「そ、そうか……ありがとな」


 どうやら単なる茶目っ気ではなく、鈴風なりの優しさから来た行動だったようだ。

 それにしても、鈴風は幼少時代の飛鳥の様子をよく覚えているようだが……飛鳥自身は、あれ? と首を傾げてしまうほどに、当時の記憶がすっぽりと抜け落ちているのだ。自分よりも他人の鈴風の方がよっぽど昔の飛鳥の事を覚えていた、というのも不思議な話である。

 そんな小さなしこり(、、、)のような違和感に首を傾げる飛鳥だったが、


「それじゃ次は飛鳥も入ってね。ババ抜きは飽きてきたし……よぉし今度は大富豪だー!!」「いえーい! じゃあ次からは負けたら罰ゲームね。具体的には今日の晩ご飯のおかずを勝者に一品ずつ献上するという方向で」「いーやーだー! そんなの絶対私が永遠の大貧民になるに決まってるじゃないかー! そうすると私の今日の夕飯がご飯とみそ汁だけになって、ホントに大貧民になってしまうぞ!!」


 再びきゃいきゃいと騒ぎ始めた彼女達に引っ張られたことで完全に霧散した。

 とはいえ、病人を無理矢理布団から引き摺り出すのはやり過ぎだったのだろう。数分後、阿修羅の如き形相で部屋に飛び込んできたクロエによって、鈴風は本日二度目のお仕置きを受けることになった(リーシェは巻き込まれただけなのでお咎めなし。フェブリルはG顔負けの神速の動きで逃げ出していた)。

 部屋の外から、ベキッ、ボキッ、といったナニかがへし折れる音が聞こえた後、何事もなかったかのように、


「お騒がせ致しました」


 と、一言だけ残して下がっていったクロエの頬に返り血っぽい赤いものが付着していたのを、飛鳥はもうツッこむ気にもなれなかった。

 それにしても、なんでこうあの幼馴染は全力でボケの道を駆け抜けようとするのか。飛鳥は鈴風の将来が本気で心配になってきた。





 正午。

 さぁ今日の昼食はどうしたものだろうか。直接見なくとも冷蔵庫の中に食材がどれだけあるのかを、飛鳥は完全に把握している(どっかの誰かさんが盗み食いしていない限りは)。

 本来であれば今日辺り買出しに出かけるつもりだったのだが、


「昼食は私が作りましたし、買出しは鈴風さん達にお願いしましたので」


 そんな事を病人にさせる恥知らずがどこにいようか。

 放っておけば茫々(ぼうぼう)とした足取りのまま台所に立ち、パジャマ姿のままママチャリに跨って近所のスーパーまでドライブしかねない。この魂にまで主夫精神がこびり付いた彼を食い止めるには、すべてにおいて先手を打たなければならなかった。

 だからこそ、クロエは炊事洗濯掃除庭の草抜き家計簿の更新買出しの指示と、飛鳥が手を出しそうな家事全般の悉くをすべて午前中に決着させていたのである。

 そのせいで、病人と一緒にカードゲームに興じようとする愚か者どもに気付くのが遅れてしまったわけだが。


「今日はゆっくりお休み下さいと申し上げました。もう少し私を信用していただいてもいいと思うのですが?」


 クロエは呆れた様子で大きく溜め息をつきながら、先程作ったばかりのお粥を載せたお盆を隣に置いた。薄味の出汁と溶き卵を入れて作った、病人でも食べやすい玉子粥である。和食は比較的苦手なクロエだったが、これは結構自信作であった。

 ここは、自分の息で冷ましてからあーんさせてあげる、という熱烈看病の王道コースを行くべきだろうか。僅かばかりの羞恥心と格闘するクロエだったが、


「あー、いや、そういうつもりじゃなかったんですが……どうにも、人にお世話してもらうってことにあまり馴染みがないもので」


「世話焼きすぎるのも考えものですね……」


 飛鳥が申し訳なさそうに苦笑しながらレンゲを手に取ったので、完全に『あーん』をするタイミングを逃してしまった。

 それでも、


「うん、すごく食べやすくて美味しいです。鈴風達のご飯もあったのに、大変だったでしょう?」


「普段の飛鳥さんに比べれば、この程度大したことはありませんよ。食べれれば何でもいいなんて言うあの子達のご飯は、片手間レベルでも充分作れますし」


 一生懸命作った料理を褒めてもらえて、クロエは終始ごきげんだった。

 それにしても、同じ日野森家の居候であるリーシェとフェブリルならともかく、ただ毎日ごはんをたかりに来ている鈴だけの鈴風にまで食事を作ってやる義理などない筈なのだ。

 先程も、冷蔵庫の中に余っていた野菜やらハムやらを一掃したかったこともあり、材料をそのままパンに挟んだだけのサンドイッチを出してやったのだが……


『わーい! ごはんだごはんだー! 先輩ありがとー!!』


 こんな手抜き料理で大喜びするのだから始末に負えない。

 あの邪気の無い満面の笑みを向けられて、「お前に作ってやる飯などない」と突っぱねることもできなかったのだ。

 これもミスターお節介とも呼ぶべき飛鳥の近くにいた影響なのだろうか。喜ぶべきか、嘆くべきか、いささか判断に困ってしまう。

 こんな些末なことで悩んでしまうなど、『魔女』らしからぬことには違いない。


(私も甘くなった、というか世話焼き根性が染みついてきたのでしょうか)


 ほんの1年前まで、ただただ魔術界にとっての『害悪』を狩り尽くすだけの殺戮人形(キリングマシーン)としての生き方しか知らなかった。

 それが今では、今では好きな人にご飯を作ってあげてその反応に一喜一憂したり、学園に通って生徒会長なんてやっていたり、大食らいの同居人がもたらしたエンゲル係数大幅上昇に頭を悩ませたりと、変われば変わるものである。

 戸惑いはあるものの、それはきっと喜ばしい変化なのだろう。


「あ……あの、あまりじっと見られてると、食べづらいんですが……」


 今のクロエ=ステラクラインを形作ったのは、他でもない彼なのだから。

 いつも冷静な飛鳥が、風邪ではない別の要因で顔を赤らめているのが可愛らしくて仕方がない。

 だからちょっぴり、いじわるしたくなってきた。

 

「私のことはお気になさらず、ゆっくりと召し上がってくださいな。私は美味しそうに食べてくれる飛鳥さんを見ているだけでお腹いっぱいですので」


「いえ、そういうことを言ってるんじゃなくて……って近い近い顔が近い!!」


「ああもう、動いちゃダメですよ。そのままじっとしていてくださいね?」


 狼狽する飛鳥の肩をしっかりと掴んで、ゆっくり、ゆっくりと顔を近付けていく。爆発しそうなほどに赤面している彼の反応をあえて無視。

 熱に浮かされているのか、ゆらりゆらりと震える彼の黄金色の瞳。そこに薄らと映る自分の顔も、もしかすると真っ赤なのかもしれない。

 縮まる距離、触れ合う吐息。胸の鼓動が痛いほどに強まってくる。

 2人の間を阻むものは何もない。意を決したのか諦めたのか、飛鳥はぎゅっと目を閉じていた。

 後はもう流れのまま。10センチ、5センチ、3、2、1――――――


「く、くろ――」


 こつん。

 そして触れ合った唇――ではなく、おでことおでこ。

 へ? と間の抜けた声をあげて呆然とする彼の温もりを肌に感じながら、クロエは鈴を鳴らすような声でそっと囁く。

 

「やっぱりまだまだ熱がありますね。これは大変、絶対安静ですよ?」


「だ、誰のせいだと……!!」


 してやったりといった含み笑いを浮かべながら、クロエは0になった距離を再び離していく。

 安堵したのかそれとも残念だったのか、深い深い溜息をつく飛鳥に、トドメの一押し。


「……それとも、風邪はうつせばすぐ治ると言いますし。私のせいだと仰るのであれば、責任をとってお引き受け致しましょうか?」


 そう言いながら、人差し指でそっと自らの唇を撫でる。

 見る者をぞっと(、、、)させるほどに蠱惑的な仕草。いくら朴念仁(だとクロエは思っている)な飛鳥でも、その意図に気付かないわけもなく。


「分かりました、分かりましたから! もう布団から出ずにじっとしてますから! だからこれ以上そういう冗談はやめてくださいって!!」


「………………本気にしてくださってもよかったのに」


 わざと聞こえるように口にした最後の呟きは、どうやら完全にスルーするつもりらしい。

 飛鳥は慌てて土鍋に入ったお粥をかきこみ、お盆ごとずいとクロエに突き返してきた。


「美味しかったですごちそうさまでした! それじゃあ俺は寝ますんで! それはもうぐっすりと寝ますので!!」


「はい、お粗末様でした。私は下にいますので、何かあればすぐに仰ってくださいね」


 頭から布団を被ってそのまま動かなくなったのは照れ隠しか。

 普段は決して見せないであろう、日野森飛鳥の年相応な思春期っぷりに満足したクロエは、布団の上を軽く撫でて部屋を後にした。

 音を立てずに襖を閉めて、ここまでは頼れる年上のお姉さん的な態度(小悪魔成分多め)を演じ切れたといったところ。

 が、


「(にゅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!)」


 ここで限界。

 クロエはいきなり頭を抱えて蹲り、声にならない叫びをあげた(でも飛鳥に気付かれないように小声で)。


(あ、アホか! アホなのか私は! おでことおでこをこっつんこなんて完全にバカップルがやるようなヤツじゃないですか! それを別にいい雰囲気になってたわけでもないのにいきなり詰め寄って無理矢理に……! しかもその後「風邪を移してください」だなんてぇ! 私完全に痴女じゃないですかぁぁ……!!)


 なんで唐突にあんなスイッチが入ったのか定かではないのだが……若さと勢いというのは恐ろしい。

 一応これでも初心な清純派としてのキャラ付けがあっただろうに、さっきまでの自分はどう見てもいけいけガンガンの超肉食系女子だった。というかあのキャラは割と霧乃に近いんじゃなかっただろうかと更に自己嫌悪。


(絶対飛鳥さん引いてましたよね……もしかして、これから「なにあの変態女」みたいな目で見られることになるのではないでしょうか……うう、そうなったらもう生きていけない……)


 吐き気を催すレベルで急激でこみあげてきた恥ずかしさの余り、手に持った土鍋にガツンガツンと頭をぶつけて大暴走。

 階段を駆け下り(飛鳥の部屋は2階である)、僅かに残っていた理性で空の土鍋を台所の流し台にダイブ。

 そして自身も居間の畳の上にスライディング気味にダイブし、ゴロゴロ転がりながら悶え始めた。


(そりゃあね! そりゃあ飛鳥さんが弱って寝込んでいる所に付け込んで好感度アップ、みたいな考えがなかったわけではないけれど! だからってアレはやりすぎでしたよね! もうちょっとこう、ふわふわであまあまな展開を期待していたわけですよ!!)


 それなりに下心あっての行動ではあったし、それに飛鳥もクロエを完全に『女』として意識してくれているのが分かっただけでも大収穫ではあったのだろうけれども。

 しかし、どうしてああなった。


(……焦っているのでしょうか)


 クロエは畳の上で転がるのをぴたりと止め、冷静さを取り戻してきた頭でふと考える。

 それは、とてもとても単純な話――実は意外と『恋敵(ライバル)』が多いのではないかと。

 生徒会長として、普段生徒達の声に耳を傾けている彼女だからこそ、知り得ることもある。


(飛鳥さん、実はすごく女子からの人気高いんですよね……)


 十二分に美形と言って差し支えないルックスに、家事万能で運動神経も抜群(後者は人工英霊だからという事情もあるが)。困った人を見過ごせない世話焼きな性分で、他人に優しく自分に厳しい努力の人。ついでに理事長の弟さん。

 本人は気付いてないようだが、新聞部のゴシップ記事で『彼氏にしたい男子』No1の座に輝いたこともあるのだ。


(加えて、最近は身近にアプローチを仕掛けてくる輩も増えてきましたし)


 4月の一件で人工英霊となってからこっち、彼の『相棒』を名乗って憚らない鈴風であったり。

 生真面目な性格が似ているからか、何かと彼と馬が合うリーシェであったり。

 いつも彼のそばを離れようとせぜに、全力で甘え倒してくるフェブリルであったり。

 積極的に飛鳥に好意を向けているあの3人――それが友愛であるのか、恋愛であるかはともかく――に比べ、どうにもこのところの自分は出遅れてしまっている。

 5月の『サイクロプス』襲撃時には、自らの暴走で彼に傷を負わせてしまい、先月の戦いにはそもそも参加すらできなかった。

 誰よりも、一番飛鳥のことを想っているのは自分である――そう言い切れる自信はある。だがそれが行動として伴っているのかと問われると、辛いところだ。


「……頑張らなきゃ」


 不甲斐ない、と自覚はしている。だが、それでも腐っている暇なんかなくて。

 縁側に吊るした風鈴が、そよ風を受けてチリンと鳴る。

 まばらに鳴き始めた蝉の声と、一点の曇りもない青空が、否応もなく『夏』の到来を知らせていた。

 

 


 




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