―第96話 スターティング・サマー ―
やっと……やっと第三章決着! 色々謎を残していますが、とりあえず一段落させてます。
『それでは、今週のミュージックパーティ! 本日のゲストのこの人――白鳳市に突如として現れ、その美貌と歌唱力で話題を総ナメにした謎の歌姫! レイシア=ウィンスレットさんでーす!!』
“傀儡聖女”と《パラダイム》との激戦から数週間後。
『見せたいものがあるのですよ』と言って、真散部長がクラウの手を引っ張りながら飛鳥達の教室に乱入してきたのは、朝のHRが始まる少し前のことだった。
先日の戦いに携わったメンバーが飛鳥の席を取り囲み、狭っ苦しいことこの上なかったが(背後から抱きつくように引っ付いてきた鈴風の胸が座っていた飛鳥の後頭部に当たっていたが、全力でスルー。意外とあるんだな、なんて思ってない)。
「年頃の女性がみだりに殿方にひっつくんじゃありません。……引き千切りますよ?」
「何を!?」
当然のように飛鳥の右隣に陣取っていたクロエのドスの効いた声により、ガクブル状態の鈴風は慌てて後ろへ飛びずさった。
3年生である筈のクロエがこの2年1組の教室に居座っていることに、今更誰も違和感など感じていない。いつも飛鳥と一緒に登校し、HR開始ギリギリまで彼の傍らから離れようとしない姿は白鳳学園朝の名物となっているのだ。
そんな中、真散が机の真ん中に置いたタブレット端末から流れる映像――とある音楽番組のゲストとして出演している、どう見ても見覚えがある少女の姿――を見て、一同に衝撃が走った。
「昨日やってたテレビ番組を録画したものなのです。……みなさん、ご存じだったですか?」
全員揃って首を横に振る。
レイシアの事を一番よく知るクラウですら寝耳に水状態だった時点でお察しである。
あの戦いの後、レイシアは、
「色々やりたいことも見えてきたからね。ひとまずは国に帰るわ」
そう一言言い残して日本を経っていった。
随分とさっぱりとした別れだなー、と誰もが思ってはいたのだが……要するにこれがオチである。
「ほ、ホントにデビューしちゃったんだ……歌って踊れる魔法使い目指すつもりなんだ……」
魔術師としての職分がなければ、実は歌手になりたかったというレイシア。よもや本気で実行しようとは――行動力では他の追随を許さない鈴風さんをもたじろがせていた。
「そうなると、レイシアはここに腰を落ち着ける気満々なんだろうな。……なぁ、この後起きる展開がもう手に取るように分かってしまったんだが」
飛鳥の席を囲む全員が無言で頷いた。
問・白鳳市に戻ってきた(らしい)レイシア。今後はどこでどうやって生活していくつもりなのでしょうか?
「おっすおはようお久しぶりね皆の衆〜。はい、いきなりだけど転入生が来やがったわよー。はいテキトーに自己紹介してテキトーな席にさっさと座ってちょーだいな」
答・ご覧の通りです。
数日前に何事もなかったかのようにひょっこりと帰ってきた霧乃先生が、教壇に立った転入生に向けて明らかに面倒臭そうに指差した。
誰もが予想していた通りで何の捻りもないこの展開に、飛鳥達一同は揃って転入生――真新しい制服に身を包んだレイシアに視線を向けた。
「ちょっ! 紹介がおざなり過ぎますって霧乃さま――もとい、夜浪先生。…………何よ、あんた達も鳩が豆鉄砲喰らったみたいに揃ってバカ面下げて固まっちゃって。なんか、思ってたのと反応違うわね。私みたいな超絶美少女が転校してきたんだから、もっと喜ばれて然るべきだと思うんですけどそこんとこどうなのよ」
ツッコんだら負け。
その時、飛鳥達の心はひとつだった。
「部長。僕らも教室に戻りましょうか」
「そうするのですよ。こんなことで遅刻扱いされたらたまったものではないのです」
「ほら、お前らも散った散った。フェブリルは寝るなら鞄の中な。お前こないだ俺のノートに涎垂らしてただろ、気をつけろー」
「うぁーい」
「それでは飛鳥さん、またお昼休みに」
「リーシェリーシェ、あたし一限の数学の教科書忘れちゃった。隣の席のよしみで見せてくんない?」
「またか……はぁ、仕方ないな。そろそろ真面目に勉強しないと、来月の期末テストが危ういと思うのだが」
「……いや、ちょっと待ちなさいよあんた達。ここは素っ頓狂な声出して驚いた後に、新しい仲間ができたとかこれからよろしくねとか皆で喜びを分かち合う場面なんじゃないのかしら? ねぇ、ちょっと。まるでどうでもいい事みたいにドスルーしてんじゃないわよ。てかこんなことってどういう意味よそこのチビ部長。それにクラウまでそんな悪ノリに付き合っちゃって…………あによ、その「お願いだから空気読んで」みたいな眼差しは。私か、私が悪いのか? ちょっとしたサプライズじゃない。ちょっとした茶目っ気じゃない。ねぇ止めてよ転入一発目がこんな感じだと私完全にスベりキャラじゃない。おかしいじゃないのよ、こないだまであんなシリアスな雰囲気で色々大真面目に語り合ってたじゃない。ねぇったら、ちょっと、おーい、外野のヤツらまでこっちを白い目で見てきてるからそろそろフォローが欲しいんですけど。誰でもいいから私と言語によるコミュニケーションをはかってくれないかしらー?」
他のクラスメート達ですら、彼女と初対面にも関わらずこの一幕で『こいつと絡んだらロクな目に合わない』という共通認識を持つに至ったため、取り敢えず知らんぷりを決め込んでいた。
その後も教壇の上でレイシア=ウィンスレットによる自己紹介とも呼べなくもないスピーチが延々と続き……始業のチャイムが鳴り一限目の教師が入ってきたところで諦めたのか、渋々と自分の席へと降りていった。
かつて誰にも気付かれずにいつの間にかクラスに溶け込んでいた転入生(窓際の席で完全に我関せずを貫いているあの男)がいたが、ここまで存在をガン無視された転入生も前代未聞だった。
「え、こんなんで終わりなの? いやいや待ちなさいよ散々この話長いこと引っ張っといてこんな酷いオチはないでしょうよそんなのってな
始業のベルによってレイシアの悲痛な叫びが掻き消され、そしていつも通りの日常が始まった。
目の端に薄っすらと光るものを滲ませていたので、同じツッコミ役のよしみとして後でこっそりフォローしておこうと思う飛鳥だった。
――ともあれ、これで日野森飛鳥と共に苦難を乗り越え、幾多の戦いを駆け抜ける仲間達が勢揃いしたことになる。
「騒動の種がまたひとつ……私、本当にこの学園をまとめていけるのでしょうか」
《九耀の魔術師》が一柱、光を従え炎に寄り添う“白の魔女”、クロエ=ステラクライン。
「いやー何だか賑やかになってきたね!!」
風を冠し、風と化して戦場を舞う“嵐を呼ぶ女”、楯無鈴風。
「…………煩わしい」
鋼の魂と鋼の爪牙を以てあらゆる敵を穿ち屠る“鍛冶師”、鋼刃九朗。
「こ、こら! 先生がいらしたのだぞ、皆静かにしないか!!」
一振りの剣に身命を託す、誇り高き白亜の翼“有翼人”の騎士、ブラウリーシェ=サヴァン。
「レッシィ、暴れたりして先輩方に迷惑かけないようにね?」
魔でありながら魔を弾劾する、矛盾を抱えながらも拳を握る覚悟を持った“聖剣砕き”、クラウ=マーベリック。
「よし分かったクラウあんた後で体育館裏に来なさい。このやり場のない怒りは全部あんたにぶつけると今決めたわ」
偉大な母の遺志を胸に、果てしない復讐劇へと身を投じる決意を秘めた“水霊姫”、レイシア=ウィンスレット。
そして、今のところまともに役に立った場面が無いような気がするが多分この先見せ場もあるさと期待したいのだがでもこんなのをアテにしていいのかどうか判断に迷う、自称“魔神”の使い魔少女、フェブリル。
「――ひっくしゅ! むむ、誰かがアタシのことを噂しているな!!」
……やっぱこの子に妙な期待をするのはやめておこう。
鞄の中からひょっこりと顔を出し、何故か偉そうにふんぞり返るフェブリルの鼻水をハンカチで拭いてやりながら、飛鳥はそんな感想を抱かざるを得なかった。
その日の放課後。
本来ならば、部活動に精を出す部員達の声と竹刀がぶつかり合う音で賑わいを見せる剣道場の真ん中で。
「私の勝手な申し出に応じて下り、感謝します……鈴風さん」
「いえ……」
水を打ったような静けさの中で2人の剣士が相対している光景は、まるでこの場だけが世界と隔絶されているような錯覚を感じさせた。
共に防具はなし。得物はただの竹刀が一振りのみ。……さりとて、振るうは共に人外の境地に立つ超常の存在。その一挙手一投足がすべて『必殺』となり得る超人・人工英霊だ。
元来、剣道とは殺傷を目的とした技能を要求する競技ではない。剣を通して心身を磨く、一種の精神修行に近い意義で考案された武道とされる(解釈は人ぞれぞれ、と言われてしまうとそこまでだが)。
よって剣道の試合において、力と技の優劣を決定付けたり、ましてや殺人に通じる技を磨こうとするなど愚の骨頂だろう。
久方ぶりに竹刀を握ったからか、それとも対峙する相手から放出される、剣道の試合にあるまじき『殺意』の気配を感じ取ったからか。今までにない緊張感を与える立ち合いであった。
「――剣禅一如、という言葉をご存じですか?」
「い、いち……にょ?」
沢庵和尚――かの宮本武蔵を導いた僧侶、と言えばピンと来る方もいるだろう――が説いたとされる思想である。
にょっていう語尾って何だか気が抜ける感じだよね、と見当違いの感想を抱いていた鈴風の心中を知ってか知らずか、対峙する女剣士――村雨蛍は表情を固くして言葉を続ける。
「剣の道――その究極とは、禅における『悟り』や『無念無想』といったもの……生と死を超越した果てにこそ到達できる境地である、という意味です」
「……意味が分かりません」
鈴風は心底困った顔をしてそう切り返した。
そういう禅問答じみた(というか禅問答そのものだが)話にはとんと馴染みがない鈴風にとっては、蛍が異次元の言葉でしゃべっているようにしか思えない。
「ああ、申し訳ありません。何でも小難しく話そうとするのは私の悪癖ですね。噛み砕いて言ってしまえば――本当の強さとは、今にも死んでしまいそうな戦いを何度も潜り抜けることによって初めて磨かれる、ということです」
蛍が昏い笑みを浮かべると同時、鈴風はようやく彼女の言葉の意図を知るに至った。
竹刀を握る手が汗ばんで、今にも滑り落ちてしまいそうだ。不用意に力が入り過ぎている、緊張しているのか、と鈴風は自分の内面を冷静に見つめなおす。
「要するに部長は……強くなるためには、たくさん『殺し合い』をしないといけない。だから《パラダイム》に入ってあんなことやってたってことですか」
「相変わらず理解力と洞察力は人並み外れていますね。……そう、その通り。より高みに上り詰めるために、そしてより『死』を身近に感じられる場所に身を置くために。そういう意味では《パラダイム》は理想の場所でしたよ。まさしく常在戦場――常に争いの中心であり、生と死が隣り合わせの修羅場ばかりに巡り合える環境はそうはありません」
だから、自分との戦いを望んでいたのか――そう聞こうとしたが、愚問だと知り口を噤んだ。
剣道部の部長と部員として、自分を鍛えてくれたことも、部を辞める時に親身になって話を聞いてくれたことも。みんなみんな『人工英霊・楯無鈴風』という格好の餌を育てるための布石に過ぎなかったのか。
憤りはなく、ただただ悲しみだけが鈴風の胸の中を通り過ぎた。
「どうして、いきなりそんなことをあたしに話そうって思ったんですか? 部長にとって、いえ、村雨蛍にとってはあたしもただの『敵』のひとりでしかないわけでしょ?」
「…………さて、どうしてでしょうか」
正眼の構えにて、互いに竹刀の切っ先を相手の喉元に突きつける姿勢のまま、鈴風も蛍も一向に切りかかろうとしない。
ただ一刀にてすべてを決する。機先を制するか、後の先にて迎え撃つか。その口火を切るのはいずれなのかと、今か今かと待ちわびていた。
開け放しにされた剣道場の入口から、初夏の風が滑り込んでくる。扉の上に吊られていた小さな風鈴が、涼やかな音色を鳴らしたと同時。
「しぃっ――!!」
その呼気すら刃の如く鋭く、稲妻を思わせる神速にて蛍の踏み込みがすべてに先んじた。
対して、鈴風はその機先に反ることすらできず、ただ棒立ちになったまま――
「……なぜ、躱さないのですか」
――ぴたり。
上段からの振り下ろし。その切っ先は鈴風の脳天に触れるか否やという地点で静止していた。
いくら達人級の面打ちだったとはいえ、人工英霊の強化された身体能力で反応できない筈がない。にも関わらず、顔色ひとつ変えずに、抗う気配すら見せない鈴風の様子を蛍は訝しんでいた。
「いや、だってあんなの速すぎて無理ですって。人工英霊の力を使ってない、今のあたしじゃ一刀両断されて終わりですよ」
蛍があとほんの少し力を込めるだけで頭を撃ち抜かれる。そんな状況下でも、鈴風は普段通りの快活な態度で応じていた。
蛍はゆっくりと竹刀を下ろし、大きく溜息をひとつ。
殺意も、戦意も、竹刀を構える意思も何もかもが消え失せていた。
「貴女は、『ここ』ではあくまでもただの一学生でありたいと……そう言いたいのですか?」
「そこまで大層なことは考えてないです。ただ、ここは剣道場で、今は部長と剣道の試合をしていて……そんな場に人工英霊とか《パラダイム》とか、関係のない事情を持ち込みたくなかっただけです」
「…………そうですか」
それは、先月に鈴風が剣道部を辞した理由でもあった。
一足飛びに超常の力を得てしまった自分が、他の部員と一緒に切磋琢磨して頑張ろうだなんて言える訳がない。人工英霊となった力をみだりに振るう事は、強くなりたいと懸命に剣を振るうこの剣道部を汚してしまう行為だと思ったから。
「私も、まだまだ修行不足ということですか」
先の踏み込み、それは本当に混じり気のない村雨蛍自身の力によって為されたものであったか――そう問われると答えに窮してしまう。
剣の道を究めると大言壮語を吐いておきながら、日々の研鑽によって身に付けたものではない、後付けの力に依存してしまってはいなかったか。
蛍は楚々とした動きで床に膝を付き、中座の状態からつま先を揃え、静かに正座の姿勢をとる。音を立てずに隣に竹刀を置くまでの一連の動作は、同性の鈴風でも見惚れるほどに美しく見事な所作であった。座法ひとつでここまで他者を感嘆させられる人物も中々いないだろう。
蛍の動きに目を奪われたままだった鈴風も、慌てて床に正座する。ちなみにその際汗で滑って竹刀を落としてしまったので作法としては大きく減点である。
「つまらない事にお付き合いさせてしまったようで、ごめんなさいね」
「え? いえ、そんな、つまらないだなんて……」
先程までとは一転、柔和な顔を見せる蛍に思わず面食らってしまう鈴風だった。憑き物が落ちたかのように穏やかな笑みを浮かべる剣道部部長としての姿は、鈴風にどこか懐かしさを感じさせるものだった。
「貴女と同じです。今この場においては、ただの剣道部部長・村雨蛍として貴女と向かい合うべきかと考えたまでです」
「部長……」
敵対する前の、尊敬する部長が戻ってきたようで、鈴風は内心歓喜していた。
だが、砂を噛むような面持ちで言葉を繋ぐ蛍を見て、再び居住まいを正す。
「先日、貴女に指摘された通りです。――私は、迷っている」
父親をこの手で殺し、《パラダイム》の人工英霊として数多く命を奪ってきた手前、今更生き方を変えることなどできはしない。
だが、常に生死の境界を彷徨いながら、血と怨嗟にまみれた人生を貫いた果てに、本当に自分の求めるものはあるのだろうか?
退くことなど許されず、さりとて進むべき道も見出だせずにいる。そんな様でよく剣の道などと言えたものだ。
自嘲ぎみに笑う蛍であったが、『命を賭して進んできた道を否定される』苦しみは、少なからず鈴風にも理解できる。
「貴女との立ち合いを所望したのも、ただ私の悩みを聞いてほしかったからだったのかもしれません。……こんな事を話せるのは、貴女くらいですから」
「頼ってくれるのは、嬉しいです。でも……」
「分かっています。その答えを貴女に委ねようだなんて思っていませんよ。私とて、いきなり《パラダイム》を離反して貴女達の側につくなどできませんし……だからといって、ただいたずらに人を殺め続けることをよしとは思っていませんから」
確かに蛍は、人工英霊になってから現在に至るまで、数多の戦場で人を殺し続けてきた。
だが、それは明確に『悪』と断定されるべき犯罪者などが主で、決して無関係な罪の無い人々にまでその凶手を向けたことは――自分の父親だけは例外だったが――なかった。
とはいえ、だからといって蛍の行いが正当化されるわけでもないし、蛍自身それを言い訳にするつもりはない。
「分からないのです。戦って、戦って……多くの血を流してまで、私の求めるものには本当に価値があるものなのかどうか」
時折、足元が真っ暗になって、奈落の底に真っ逆さまに落ちていくような幻想を抱くことがある。
今まで、お前が血みどろになってまで這いずり進んできた道には、その実何の意味もなかった。ただ恨みと憎しみを拡散させただけの哀れな害悪でしかなかったと――そう決定付けられることが何より恐ろしかった。
「あの、部長。その答えって、そんなに急いで出さなきゃならないものなんですか?」
「え……?」
俯く蛍に向かって投げ掛けた疑問は、あまりに場にそぐわない的外れなものだったのかもしれない。
「だって部長もあたしも、まだ10代の花咲く乙女ですよ? ぴっちぴちの若人ですよ? そんな一生かけても辿り着けるかどうか分かったもんじゃない難題に、若いうちから振り回されるなんてバカらしいと思うんですけど」
「ば、バカらしい……!?」
それは助言でも何でもない。第三者から見た素朴な疑問。
小難しい事ばかり並べて、自分で自分を痛め付けているようにしか見えないこの剣道バカに、そろそろ鈴風も我慢の限界だった。
「やれ真理だとか、やれ更なる高みだとか。それは貴重な青春時代を棒に振ってまで、24時間365日年がら年中そのことだけを追い求めなければならないようなご大層なものなんですか? そんなことより、一度しかない学園生活を謳歌して、美味しいスイーツ食べに行くとか、テストでいい点取るとか、友達と恋の話で盛り上がるとか、そういうことの方がよっぽど大事なんじゃありませんか?」
「え? あ、そ、そう、なんでしょうか……?」
「そうなんです。……ええと、こういうのなんて言ったっけ、明日は明日の風が吹く? ケセラセラ?」
肩肘張らずにもっと気軽に生きようよ、みたいな事を言いたかったのだろうが……如何せん言葉のボキャブラリーが貧弱すぎた。後はもうニュアンスだけでお察しいただくしかない。
身振り手振りも交え、どうやって伝えたものかと百面相する鈴風を見て、蛍は思わず吹き出してしまった。
「ぷ……あはははははっ! ええ、ええ、貴女の言う通りですね。どうやら私は焦りのあまり随分と視野が狭まっていたようです」
いきなり笑い出したことに面喰う鈴風だったが、蛍は構わずに竹刀を手に取り、立ち上がる。
「確かに、この命題はすぐに答えを出せるほど単純なものではありませんね。それこそ一生をかけて、じっくりと考えるべきことなのでしょう」
「……これから、どうするんですか?」
「どうする、ですか。……そうですね」
戦うことも、学ぶことも、遊ぶことも。
今は、長い長い道の途中。どうせだったら欲張りに、何でもかんでもやってみるのも悪くない。
だから、まずは。
「時に鈴風さん。今日はこの後予定はありますか?」
「え? い、いえ、それといって特には……」
「では、少々お茶に付き合っていただけませんか? 行ってみたかった甘味処があるのですが、ひとりで行くにはつまらないですから」
「……………………よ、よろこんでー!!」
可愛い後輩と一緒に、放課後のティータイムと洒落込もう。
剣の道を捨てることはできないけれど、たまにはこんな寄り道があってもいいだろう。
悩み、傷付き、苦しみ、何度も何度も考え続けなければならない問題だけれど。
「『香月堂』という所をご存知ですか? 確か和菓子屋なのですが、甘味処も兼ねていて買ったお茶菓子をその場でいただけるとか」
「めちゃくちゃよく知ってます、ウチの近所ですもん。あそこのオススメはですね……」
『香月堂』の名物らしい、クリームあんみつを味わった後でもきっと遅くはないだろうから。
道場から一歩足を踏み出すと同時、蝉の鳴き声がまばらに空へと溶けていく。
夏が、もうすぐそこにまで近付いてきていた。
飛鳥と、彼の仲間として出した7人。この8人を主要人物としてこの話はようやっと進み始めます。
次は、各主要人物ごとを取り上げた番外編を何話か挟み、物語全体が動き出す4章へと進みます。