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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE3 ソードブレイカーズ・SS
102/170

―第95話 シン・アンド・スレイヴ ⑪―

「クロエさん? 何をいきなりクラウ達を威圧しにかかってるんですか。戦いが終わって、一息ついて、さぁじっくり腰を据えて話そうかって時に思い切り水を差してどうするんですか」


「はい……飛鳥さんの仰る通りです。間も悪ければ空気もまともに読めなかった愚かな私をお許しください……」


 《九耀の魔術師》を正座させて、しかも懇々と説教をかます。

 一介の魔術師であるクラウやレイシアからすれば、それは天に唾吐く行為に等しい。しかもそれが当たり前のように(、、、、、、、、)成立しているという事実は、夢幻かと疑うような、あまりに現実離れした光景だった。


「あの“白の魔女”様があそこまで言いなりになるなんて……『反逆者(トリーズナー)』、やっぱり只者ではないわね」


「飛鳥先輩、やっぱり凄い人だったんだ……」


 さめざめと涙を流すクロエの背後で、思い思いの感想を漏らす後輩魔術師達。

 《九耀の魔術師》の威厳も何もかもぶち壊しになってしまったクロエが恨めし気な視線を向けると、2人は揃って慌てて目を反らした。変な所で息がぴったりなコンビである。

 

「あのー……そろそろ本題に戻りたいのですけど、いいです?」


 真散が遠慮がちに手を上げてきたところで、正座&お説教タイムは終了の運びとなった。というかこんなことをしに来たのではない。

 飛鳥は噴水の縁に座り込み、当事者であるクラウに目線を向けて会話の先を促した。


「ええと、僕がミストラルを逃がした理由について、でしたよね」


「そうよ。あんた術式でミストラルを縛ってたんでしょ。だってのにあいつは軽々とあんたの手から離れて逃げ出した。“聖剣砕き”に直接触れられてる状態で、そんなことができるわけないのよ……本来ならね」


「うん。話が終わるあたりで術式は解除していたから」


 ――――――――――――――今、驚愕の事実がさらっと明かされた。

 レイシアと真散、ぽかーん、あんぐり、といった擬音が相応しい顔をしていた。

 飛鳥は別段驚かなかった。その時の様子からして、薄々そんな気はしていたし、そうする動機も何となくではあるが理解できたからだ。

 こめかみを指で押さえながら、どう反応を返していいやら決めあぐねているレイシアだったが、


「………………と、ともかく。隠し立てしなかったことは評価してやってもいいわ。それで、なんだってそんなふざけた真似したってのよ」


 声のトーンを一段階落とし、半ば脅迫気味にクラウに詰め寄った。

 回答を間違えれば再び鉄拳が飛んでくること請け合いな状況にも関わらず、それでもクラウの表情は穏やかだった。


「簡単なことだよ。ここで決着をつけるべきじゃない――そう思ったからだ」


 昨夜の戦いにおけるミストラルの一連の行動を見直して、クラウにはいくつか疑問に残った部分があった。

 ひとつ。なぜミストラルは正面から(、、、、)戦おうとしたのか。

 鳴海双葉の意識を移していたことが発覚したところまでは別に何らおかしな部分はない。問題は、その後の対応。


「あの機械兵器に意識を移動させて、ああも堂々と真正面から戦いを挑んできたのはなんでだろうって。いくらあのロボットの性能がすごいものだったとしても、飛鳥先輩達が集まってきてくれた時点、多勢に無勢だったのは分かってたはずなんだ」


「それは単に、こっちを侮ってただけなんじゃないの?」


 レイシアの答えも間違いではないだろう。

 だが、こんな戦い方は、どうにもミストラルらしくないとも思えるのだ。

 “傀儡聖女”の戦術とは、『人形』の自在に操り数の暴力で敵を圧倒し、自分は安全圏から隙を伺う。テレジアとの一戦を見る限り、そういった行動が最適解だったというのは想像に難くない。

 今回で言うなら、それこそ周囲を取り囲んでいた機械兵器群を一斉に操ったり。《八葉》のスタッフを操り内部を混乱させ、その隙に後ろからグサリ、なんて手法も十分可能だっただろう。特に後者、これを実際にされてしまった場合は高確率で詰んでいた(、、、、、)

 

「確かに、鳴海隊長以外のスタッフまで丸ごと『人形』にされていたらアウトだった。人質にでもされて、何もできずに全滅――普通に有り得た結末だっただろうな」


 加えて昨夜は、クロエや霧乃、《八葉》の戦闘部隊の大多数がごっそりと不在だった状況だ。決定的な戦力を欠いた状況に追い込まれていたので、なおのこと逆転の糸目が見つからない。

 飛鳥とて、そうなる可能性は視野に入っていた。場合によっては最後の切り札(、、、、、、)を切ることも想定していた。

 だが、現実はそうはならず。

 正体を看破された後のミストラルは、戦術も何もあったものではない、正面からのガチンコ勝負を挑んできたのだ。


「それにもうひとつ。これは――」


 言葉を続けようとしたクラウだったが、今のところ一度も会話に入ってきていない真散と目があった途端に声が尻すぼみになってしまった。

 

「クーちゃん?」


「あ、いえ……やっぱり、なんでも」


「ミストちゃんがどうしてあんな嘘をついたのか(、、、、、、、、、、)、ですよね」


「……分かってたんですね」


 そしてこれが――もうひとつの、最大の疑問だ。

 ミストラルはそうして、『真散のことなんて知らない』だなんて嘘をついたのか。

 それはミストラルにとってはデメリットでしかなかった筈なのだ。

 例えば、


『まちるちゃん助けて! 死にたくない!!』


 こんなお涙頂戴な台詞を口走っていたとしたらどうか。

 今更明言するつもりはないが、仮に真散がミストラルを庇うのであれば、クラウはそれに応じるつもりだった。レイシアとは完全に敵対する形となってしまうだろうが、やむを得ない(、、、、、、)とすら考えていた。

 しかし、実際は完全なる拒絶。唯一の味方になりえる存在を突っぱねて、数少ない生き残る可能性を棒に振ってまで、ミストラルは何がしたかったのか。


「正直、ただの勘みたいなものだけれど。あの場で終わらせたら(、、、、、、)きっと後悔する――そんな気がして。気が付いたら、ミストラルの拘束を解いてたんだ」


「勘って、あんたねぇ……!!」


 クラウがミストラルを逃がした――その理由にもなっていない理由を聞いて納得できないのはレイシアだ。

 当然である。母の仇をあと一歩で討てるところを、『勘』なんていう不可解な理由でフイにされてしまったのだ。

 この行き場の無い怒りをどうすればいいのか。とりあえずもう一発殴るべきか。


「クラウ。結果だけを見れば、あんたが元々ミストラルと通じていた――そう解釈もできるわよね」


「そうだね。それに、僕とミストラルはいわば『共犯』でもある。テレジア様を殺したのも、すべて僕の考えた計画(シナリオ)通りだったのかもね?」


 ――冷たい、初夏とは思えないほどに冷たい風が吹いた。

 空気の質が明らかに変わった。穏やかな顔をしていた少年の全身から、無数の殺気の刃が飛び散る。

 これが『答え』だ。そう言わんとするクラウの唇がさも愉快そうに歪み、そしてレイシアの唇が獰猛に歪む。


「…………そう。そういうことだったのね」


「今更気付くなんて案外間抜けだったねレッシィ。本当の仇は最初から目の前にいたってのにさ」


「ええ、まったく。ようやく分かったわ。これで何の遠慮もなくあんたを――」


 復讐するは我にあり。

 長いようで短かったこの復讐劇。さあ、今ここでその演目に終止符を打つべく、レイシアは大きく右手を振りかぶり――






「――って、なんでやねんっっ!!!!」






 なんでやねん……んでやねん……でやねん……やねん……ねん……ん…………

 あまりにド直球なツッコミ台詞が晴れ渡った空に空しく木霊し――再び、冷たい風が吹いた。

 下手に会話に介入して色々ご破算にしないよう少し離れたところで様子を見ていたクロエだったが、


「……くちゅんっ」


 あまりに寒気にぶるりと背筋が震え、ついくしゃみが出た。

 わざとらしい大仰な溜め息をついた飛鳥がとんとんとクロエの肩を叩く。

 

「クロエさん、戻りますよ」


「――え? え? あの子達を見てなくていいんですか?」


「あー……もう大丈夫(、、、、、)みたいです。さ、行きましょう。これ以上長居してると俺達もスベった感じになっちゃうんで」


「それは嫌ですね!!」


 そんな好き勝手な事を言いながら、この空気が凍り付いた現場からそそくさと離れていく2人を引き留めるべきかスルーすべきか若干迷った真散だったが、


(……まーいっかーなのです)


 なんかもうどうでもよくなった。

 そして、腕にスナップをきかせて誰もいない所にツッコミを打ち込んだ格好のまま固まったレイシアと、目を点にし唇をぱくぱくさせたまま絶句していたクラウを生暖かく見守ることにした。

 冷や汗が、たらり。

 ありえないツッコミをかましてレイシアに対するツッコミ役がいないことにより、たっぷり30秒ほど3人はまるきり動けなかった。

 涙が、ほろり。

 わたし(僕)達こんなところで何やってんだろう、と情けないったら悲しいやら。


「げ、げふんっ! げふんげふんっ!!」


 レイシアは下手くそ過ぎる咳払いをして、このだだ滑りした雰囲気をかき消そうと奮闘していた。

 分かっていた。自分でもアホすぎる切り返しだったと後悔している。だが、言ってやらねば気が済まないのだ。


「あんた、あんまり私を舐めんじゃないわよ」


「レッシィ……」


 実はクラウこそが黒幕で、最初からミストラルと手を組んでいた?

 このレイシア=ウィンスレットが、本気でそんな戯言を真に受けると思っていたのか。


「あんたはそんな腹芸じみたことできるほど器用な奴じゃないし――それに」


 知らない筈がないだろう。姉弟同然に一緒に育ってきたのだ。


「馬鹿みたいに甘っちょろくて、馬鹿みたいに優しすぎるあんたが、そんなことできるわけないでしょうが」


 クラウ=マーベリックの良い所も悪い所も、世界中の誰よりも理解しているという自負があるから。

 

「どうせ私の怒りの矛先を自分に向けさせて、ミストラルは自分ひとりで何とかしようなんて腹積もりだったんだろうけど……そうはいくかっての」


「……やっぱり、分かっちゃうよね」


「私の復讐は私だけのものよ(、、、、、、、)。だから誰の指図も受けないし、私が決めた私のルールによって完遂される。あんたにとやかく言われたところで曲げるつもりなんてさらっさらないわよ」


「なら、どうするの?」

 

「私は何があってもミストラルを許すつもりはないわ。お母様が殺されなきゃならなかった理由を突きとめて、その上で(、、、、)――あいつが犯した罪に、然るべき罰を与えるまではね」


 レイシアは腕を組んで、挑戦的な目をクラウに向けた。

 それが、この数日の出来事の中でレイシアが出した『復讐』の行く末――その答えでもあった。

 理由もなくただ殺されたとあっては、天国の母も浮かばれまい。

 この事件の真相――ミストラルの目的、あるいは彼女の後ろにいるであろう『あの男』の事も考えると、真相は魔術師界を揺るがすほどに深く根深いものであるに違いない。


「あいつが言っていた『ローレライ』とやらもそう。お母様だけでなく私自身をも必要としているってのもそう。そして――このチビ部長の証言からして、どうやら黒幕は別にいそうな気もするしね」


 レイシアは親指をくいっと真散の方に向け、“征竜伯(ゲオルギウス)”アークライト=セルディスが関与している可能性を示唆した。流石のクラウもそこまでは予期していなかったため、驚愕に目を見開く。


「最悪、“征竜伯(ゲオルギウス)”様をも敵に回すことになるかもしれない。はっきり言って、一介の魔術師が挑むには命がいくつあっても足らないよ。……それでも、やるつもり?」


 クラウはただレイシアの身の安全のみを心配していた。そのためならいくらでも憎しみの捌け口になるつもりだったし、実際、先ほどの演技もそういった意思によるものだった。

 そんなクラウの逡巡を知ってか知らずか、レイシアは嘲るように鼻で笑った。


「はっ、あったりまえじゃねぇのよ。死ぬのが怖くて魔術師なんてやってられかっての。私にはね、“腐食后(ネヴァン)”の娘としての矜持(プライド)がある。レイシア=ウィンスレットというただひとりの人間として、絶対に引いちゃならない意地があんのよ」


 ――とっくの昔に覚悟なんて決めている。だからもう私を止めてくれるな。

 水を司る魔女(セイレーン)の二つ名に相応しい、深い蒼の瞳でクラウを力強く射抜いた。





「……なら」


 それに応えるクラウの薄紫の瞳が小さく揺れた。

 レイシアに死んでほしくない。どんなに恨まれても、ただ生きていてさえくれればいいと――クラウはずっとそう願ってやまなかった。

 でも、それはきっと間違いだ。クラウにはクラウの意志があるように、レイシアにはレイシアの意志がある。


「なら、僕も“聖剣砕き”としての矜持と、クラウ=マーベリックとしての意地にかけて……レッシィの敵は、僕が討つ」

 

「クラウ、あんた……」


 もう、逃げるのは止めにしよう。

 大事な女性(ひと)が『戦う』ことを高らかに宣言しているというのに、自分だけ背を向けて逃げ出そうだなんて、そんなこと。

 テレジアの死の引き金を自分が引いたことに慚愧(ざんき)し、自らも死んで罰せられることで(あがな)いとする。そんな考え方はもう止めだ。


 ――罪を言い訳にして(、、、、、、、、)、死んで逃げようとするな。


 決意を新たに拳を強く握りしめ、レイシアの眼前に勢いよく突き出した。


「この拳は、この力は。テレジア様に見出され、フリスト様から託され、そして――」


 死という絶望も、圧倒的強者に立ち向かうという恐怖も、暗く深い憎悪も、悲哀も。


「――君を護るためにある。そのための“聖剣砕き”だ」


 そんな、彼女を苛むあらゆる苦難をこの拳で打ち砕く。

 それは姫君を前にした騎士の誓いのようでもあり、跪いて手の甲に口付けでもしようものなら、さぞ絵になる光景だっただろう。

 クラウ自身、かなりこっ恥ずかしい発言をしていたという自覚はある。だが、それでも濁すことなくはっきりと明言しておかなければならないものであったことには違いない。微かに頬を赤く染めているレイシアを見るあたり、反応は悪くないと思えるのだが……


「あ……あの、ね、クーちゃん。そういうのは2人っきりの時にした方が良かったと思うのです、よ?」


 ぎくしゃくとした表情のまま、おそるおそる声を挟んでくる真散部長の存在に気付いた時には、もう手遅れだった。

 沸騰したヤカンの如く、湯気が出そうなほどに顔を真っ赤にしたレイシアが遂に爆発した。


「あ、あんたってやつはぁ……! そ、そそそそっそんな砂糖マシマシダダ甘な口説き文句みたいなセリフをっ! こ、こんなっ、人前で堂々とっ! バカでしょバカでしょバカに決まってるわよこのバカバカバカバカーーーーーッッ!!」

 

「あれれ? でも満更じゃないって顔してるのですよ?」


「え、そうなの?」


「そ……そんなわけあるかああぁぁぁーーーーーーーーーーーっっ!!!!」


 なんやかんやで嬉しかったのだろう、レイシアの口元が薄く(ほころ)んでいたのを真散は決して見逃さなかった。

 誤魔化すように暴れだすレイシアと、それを慌ててなだめようとするクラウ。そんな微笑ましい光景の邪魔にならないよう、真散は一歩離れて見守っていた。


(まったくもう、絵に描いたようなツンデレさんなのですから)


 クラウもレイシアも、そして真散自身も。

 行くべき道は最初から分かっていた筈なのに、素直になれなかったせいで遠回りばかりしてきた。

 結局、みんな不器用だっただけなのだ。

 クラウとレイシアに関しては、手を携えて『一緒に乗り越えていこう』と、そう伝えてあげるだけで、2人の関係は元通りになっていただろうに。

 真散についても、死にたがり(、、、、、)になる前に、飛鳥なりクラウなりに正直にミストラルとの関係を相談していれば済んだこと。

 それに、昨夜のミストラルの態度。一晩落ち着いて考えてみたら、なんとなく分かってきたのだ。


(きっとミストちゃんは、わたしを巻き込みたくなかったのです)


 《九耀の魔術師》との関連を勘ぐられて、いらぬ危害を与えたくなかった――そんな思惑があったとすれば、ミストラルの突き放すような発言も納得できる。

 まだ彼女の繋がりは断たれていない。それが分かっただけでも充分だ。


(わたしも、もう逃げないのです。今度会った時は、必ず――真正面からあなたと向かい合ってみせるのですよ、ミストちゃん)


 三者三様の決意を胸に、少年少女は新たなスタートラインを切る。

 本日は快晴。ここ数日の雨空が嘘のように晴れ渡っていた。



次でラスト!

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