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隠然  作者: 信上 公二
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プロローグ

剛一は朝から機嫌が悪かった。

普段から気性の起伏が穏やかな方ではあるが、ここ最近の失態にはおとなしくはいられなかった。

六月ニ三日の出来事に、いつもの朝の一服がまずくてたまらない。

今までミスといえるミスは皆無だったから、トップにも可愛がられていたが、今では自分が前線から外されるという噂も聞こえてくる。

ただ、この仕事から遠ざけられたくはない。

自分を愛し、信用し、期待されて育ててきた親のためにもまだ帰るわけにはいかない。

予定の時間より早く起きたつもりだが、パソコンの画面にはメール受信が表示されていた。

煙草を吸うのをやめ、メールを開いた。

「午後一時、例の場所に来てほしい。おいしい話がある。」


あいかわらずつまらない言い方をする。

おいしい話というのは個人的な利益、と考えているからかもしれないが、剛一にとってはあまり乗り気がしなかった。

「ある場所に住み、指示された事のみしていればいい。なに、難しいことじゃない。」


今思えば、あの時にその言葉の真意を疑えばよかったのだが、あの時点では過去の国への貢献が評価されたとばかり思っていた。

しかし、そう不満ばかりを言ってはいられない。自分は恵まれている、それにこの仕事が家族のため、いやもっと大きなもののためになると思えば溜飲が下がる。

マウスポインタをメール削除のもっていき、ためらわずに削除し終え、背伸びをした。

質素な朝食を摂り、カーテンを開けたると、太陽がまぶしい。

剛一にはたまらない一時であったのだが、昇っきたばかりの太陽が沈んでいくように見えた。

「太陽も気付いたか、陽があたるのはここではないってことを…」


建物ばかりでなんの面白みない景色を眺めながら、新しい煙草に火をつけた。

煙草によって吹き出された煙が視界に入って、

「ここにはこの陰気くさい色が似合うな」

と思いながら祖国を想った。

デスクに戻り、テレビをつけると、例の事件がニュースで流れていた。

触れてほしくない恥部を思いださされ、消してしまおうと手を伸ばすと、女性キャスターが妹に見えた。

慌てて手を引っ込めたが落ち着いて考えればありえないことだと気付き、不憫にも似ていると思ってしまった事を恥じた。

事のついでのようにテレビに見入っていると、スタジオから現場に画面が向かれ、中継アナウンサーが事件の概要を説明していた。「昨日の午前八時四十分頃、ここ、半蔵門線渋谷駅の地下に通じる階段のあたりで発砲事件がありました。被害を受けた、東岡さんは意識はあるそうですが、腹部を撃たれ重傷です。なお、渋谷警察署は…」


発砲事件が起きたというのに知らぬ顔で通り過ぎていくサラリーマンと淡々と説明するアナウンサーが画面に重なって、思わず苦笑してしまった。

「銃というのがあまり身近ではないこの国では感心は薄いのか」

と安堵と多少の歯痒さを感じた。

隠密りに事が運べなかったのが痛手ではあるが、この後の行動に支障がでなければそれでよかった。

専門家らしき人とキャスターが口を交えているのを聞くと、安堵感はさらに増した。

「宮本さんは、この事件をどう思われますか。単なる物盗り事件とは思い難いのですが。」


「そうですね、東岡さんの所持品は日用道具しか入っていなかったそうですから、単なる物盗りではないと思います。」


「では、宮本さんの見解としてはどうお考えですか」


「私は、間違われてしまったのではないかとおもいます。憶測ですが、麻薬か何かの取引があり、その場で待ち合わせたところ、東岡さんと勘違いしたのではないかと考えます。ヤクザ関係ではないか、というのが私の見解です。」


剛一はこの専門家が好きになった。

見事に事件をまったく違う方向へ導いてくれたことに感謝した。

しかし、物事を短絡的に考えないようにしているので、テレビを鵜呑みにはしない。

ただ、自分の失敗を慰めてもらえたのが、一時的とはいえ、これからの行動を力付けるものにした。

テレビを消し、もう一度窓からの景色を眺めながら、先の事を考えた。

「次からは失敗は許されない。もし、次があれば俺は消されるな…」


家族の住む方角に視線をもっていき、両親、兄弟の顔わそれぞれ思い出すように目を閉じ、自分の使命を改めて感じた。

だが、それと同時に言い表せない不安がでてきた。

自分が感じて、口に出してしまった事が起きそうな漠然とした不安が。

顔を手で気合をいれるように叩き、考える事をやめ、準備に取り掛かった。

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