第一話② 投げてみた
第一話② 投げてみた
「おぉぉ…」
エレベーターで5Fに辿り着いた俺たちが目にしたのは思っていた以上に多くの人達がダーツをしている姿だった。ざっと見回すだけでもダーツの的?はほぼ全て埋まっている。
「ほぼ満員じゃんか。ダーツってこんなに人気あるのかよ?」
どうやら吉川も俺と同じくこの想定外の光景に驚いているらしい。まさかこんなにダーツが人気あったなんてな。俺の周りではやってる人なんていないのに。世界は広いねぇ。…なんてことはどうでもよくて、どうすればいいんだ?勝手が分からん。
俺と吉川がどうしたらいいかも分からず、ぼーっとエレベーターの前で突っ立っているとすぐ近くにあった(気づいてなかったけど)受付のカウンターにいた店員さんが声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。ダーツでよろしいですか?」
「え?…えーっと。」
声をかけられた俺と吉川はお互いに顔を見合わせた。確かにダーツしたいんだけど、何かこの一見さんお断り的な雰囲気はちょっとなぁとか考えていると店員さんが俺たちの様子から初めてダーツをしに来たことに気づいたらしい。
「お客さんはもしかしてダーツ初めてですか?」
「あ、はい。」
「二人とも?」
「えぇ。そうです。」
「へぇ!そうなんですか。珍しいですね、二人とも初めてってのは。複数人で来られるお客さんの大抵はグループの中に一人は経験者がいて、その人が他の人を誘って来るんですよ。」
こちらが聞いても無い事をマシンガントークしてくるこの店員さん。やたらフレンドリー。それに俺らが二人とも初心者だということを知るとすごく嬉しそうにしてる。ダーツが好きなんかな?
俺たちが店員さんの勢いに押されてると、
「っと。失礼しました。じゃあ最初から順番に説明しますね。」
ぜひそうして下さい。
「まずダーツをしたいなって思ったら、受付まで来て下さい。受付でこれからあなた達が使う台を案内します。」
「台?」
疑問に思った俺が口をはさむ。ダーツは何も分からんし、こっちが全くの素人だということは向こうも知ってるし。分からん事はこの際だから全部聞いてやる。
「あぁそうですね、そこからか。台ってのはダーツの的がある機械のことです。台=的って思ってくれていいと思いますよ。1台で1~4人くらいで遊びますかね?台には番号が振ってあって、受付で指定した番号の台で遊んでもらうことになります。……うーんと、ボーリングと同じ感じ?ボーリングは受付で指定されたレーンで遊びますよね?」
「なるほど。」
「では次に行きますね。ダーツは二人分でよろしいですか?」
「あ、はい。」
「受付で台が指定される際にダーツも貸し出されます。マイダーツを持ってる場合は関係無いですけどね。」
「マイダーツ?」
「自分で購入したダーツのことです。ダーツを趣味にしてる人達のカバンの中にはたいてい入ってますよ。ボーリングで言えばマイボールみたいな?で、こちらが貸しダーツになります。ハウスダーツとも呼ばれますね。ちなみに貸し出しは無料です。」
店員さんからコップに入ったダーツ(ハウスダーツ?)が手渡された。ダーツを初めて見たけどカッコいいな。
「ダーツは3本で1セット、一人分になります。受付ではここまでですね。ダーツを受け取ったら台まで移動します。今日は僕が案内しましょう。えーと、2番台ですね。こちらになります。」
そう言うと店員さんは俺たちを隅っこのほうにあるダーツの台の所まで案内してくれた。
ちなみに俺たちが使う台の両隣の台にも人がいた。左手の1番台には若い、若干ヤンキーっぽいお兄さんが一人で投げていた。右手の3番台は別の高校のやつらが三人で投げている。
「隣の台が使用中の場合は絶対に隣の台には近づかないで下さい。特に的に向かって投げた後、ダーツを的から抜きに行く時、それから戻る時には注意して下さい。危ないんで。わりとマジで。」
確かにダーツが刺さったら痛そうだ。
「とまぁとりあえずはこんな感じですかね。じゃあ実際に投げてみましょうか?」
店員さんから手渡されたダーツをしげしげと眺めてみる。
重さは思ったよりも重い。…ところで、コレはどうやって投げるんだろう。
「どうやって投げるんですか?」
俺と同じ疑問を持ったらしい吉川が店員さんに聞いていた。
「まずはダーツの握り方からにしましょうか。金属の部分が有りますよね?ここをバレルと言うんですが、基本的にはここを持って投げます。で、重心を探してみて下さい。」
重心?
「ダーツは重心を持って投げる事で安定した軌道で飛びます。…まぁ慣れて来ると意外とみんな重心を持ってなかったりするんですが、それはさておき。重心は見つかりましたか?」
…多分この辺が重心かな。
「重心がわかったらそこを持って下さい。持ち方は3本か4本の指で持ちます。3本の場合は鉛筆を持つような感じで。4本なら指先でつまむ感じで持ちます。これは好みでいいですよ。」
言われた通りに指で持ってみる。
両方の持ち方を試した結果、俺は3本、吉川は4本指がしっくり来た。
「もちましたね?では次はフォームです。とりあえず簡単に。まずは投げる手と同じ側の足を前にして半身になります。で、前の足はラインの所に。次に矢を構えましょう。矢先が的の真ん中、ブルに向かうように構えて下さい。構えたら、そのまま的の狙った部分に向かって投げて下さい。じゃあとりあえず僕が投げてみますんで。」
そう言うと、店員さんがフォームを構えた。
なんとなく周りの空気が変わる。
1本目、2本目はおしくもブルから外れたが、3本目は綺麗に真ん中の黒い所に刺さった。
「とまぁこんな感じです。では投げてみましょうか?」
俺と吉川はお互いの表情を伺う。
…けどまぁこういう時に何でも先にやるのは吉川。
「じゃあ俺から投げてみます。」
そう言って吉川は見よう見まねでフォームを構えた。
そして、投げた。
3本の矢はいずれもブルから大きく外れていたが、しっかりと的に刺さっていた。
投げた本人は全く納得いっていないようだが。
「初めて投げて3本ともちゃんと刺さったら上出来です。」
「そんなもんなんですか?ま、いっか。次は大江な。」
「分かってるって。」
吉川が3本のダーツを的から抜いて、こちら側に帰って来てから俺は構え始める。
まずは、重心を持って。
そして右足をラインに。
矢先をブルに向けて…
そして、腕を振り切った。