赤い数字
目が覚めたとき、目の前には時限爆弾が置いてあった。
その時限爆弾はドラム缶らしき台の上に置いてあって、暗闇の中で赤い数字が一秒ごと、数を減らしていた。
何…だこれは、……なっ!?
俺はその時限爆弾に近づこうとした、だがそれはできなかった。みぞおちの辺りで締め付けられるような圧迫感を感じる。これは疑う余地も無い、俺は縛られていた。ロープかなにかだろう。手は後ろで縛られ、その上で背中にある冷たい柱か何かに胴体を縛り付けられていた。
俺はあたりを見渡した。だが、あたりは闇一色で見えるものは目の前の赤い数字……。その光でほのかに周囲は照らされているが、そこには俺と時限爆弾があるだけだった。
「おいっ! だれか、いないのか!」
俺は思わず叫んだ、そもそもこれは何だ? 何の冗談なんだ。
だがその声は、暗闇に虚しく響くだけだった。
なんだ……、ここは何処だ? 誰も…いないのか?
俺はなんとかロープを外せないか試みる。誰の仕業か知らないが、俺はこんなことに付き合ってはいられない。
「う、うぐぅ……、くそっ!」
かなりしっかりとロープは縛られている。動けば動くほどロープが体に食い込み、ギリギリと締め付けられる。
「あ〜くそっ! なんなんだいったい……」
俺はひとまず背中にある柱にもたれる。じっとりと汗が吹き出ていた。軽く上がった息を整えながら俺の目は前を見る。23:14…13…12……。俺の前でその時限爆弾はいとも平然と表示を変化させ続けていた。
あと23分。…………23分?
何が、23分なんだ……?
もしかしてこれは相当ヤバいことなのかもしれない。そう思った瞬間、体中の毛穴が開いたような気さえした。
23分って、23分だよな……。どういうこと…だ。あれは明らかに時限爆弾で……残り23分? ――なっ…何が時限爆弾だ! 冗談だろ? いい加減にしてくれ! 何なんだ23分って……。あぁっ、22に表示が変わりやがった! 22分後に何が起こるっていうんだ? 本当に爆発なんてする訳じゃないよな!? マジか! 何なんだよっ!
「おい! 誰かいないのか! ふざけんな! 誰かこれをほどけ!」
俺は激しく体を動かした。このロープを何としてでも外さなくては。
さらにロープが体の皮膚を擦り、締め付けていくが、そんなことにかまってはいられなかった。これをほどかなければ待っているのは死。
そんなことになってたまるか!
だが、いくら揺すってもいくら体をうねらせても、ただただロープが体を痛めつけるだけで、緩む気配もない。
「くそぉ………… 」
そしてどれくらいそんなことをやっただろう……あぁ、表示が07:37…36…35……と流れている、15分以上もやっていたらしい……。
縛られていた腕の部分の服はやぶれ、後ろ手に縛られていた手首は、たぶん血だろう、熱い液体で手がぐちゃぐちゃに濡れていた……。
いっこうにロープは緩まなかった。ボロボロになり汗だくになって、俺自身が息を切らしていること以外、状況は全く変わっていない。
いや……俺の残りの命があと7分程度に縮まっていたか……。
そもそも、そこにあるのは本当に本物の時限爆弾なのだろうか? よく考えれば、こんな日本に時限爆弾なんてそうそうあるものじゃない。例えばこれはすべてたちの悪い冗談で、あれは本物の時限爆弾ではないのかもしれない。
そうだ! きっとそんなところだろう! こんな状況が本当にある訳が無い。
目覚めたら目の前に時限爆弾が置いてありました? あり得ない。
何だくそっ……。冗談なのか。「へへ…、だまされた。俺の完敗だ。怒っちゃいないよ。怒っちゃいないから、……早くこの縄をほどいてくれないか? ドッキリなんだろ、もう気づいたから。いいだろもう。いいから早く……俺をほどいてくれ! なあ、いるんだろっ! なあっ!! 早くほどいて!! もう終わりにしてくれよ……」お願いだから……
でも暗闇は、何も答えてはくれない。
この真っ暗な空間は、ただひっそりと俺を笑っていた。「キミは死ぬんだよ。キミはここで死ぬんだ」ご丁寧にそんなことも暗闇は俺に教える。
あれは本物だ。本物の時限爆弾で、時間が来ればあれはこの空間もろとも俺を吹き飛ばす。
耳を塞ぎたいけど、俺の手は後ろで縛られていた。
俺はここで死ぬのか? ああ、死ぬようだった。
時限爆弾は律儀に数を減らしている。
01:47…46…45……。2分を切った。
俺はあと2分も経たないうちに死ぬらしい。しかもそれはどうやら免れないことだ。
自分に何が起こったのか未だに分からない。暗闇もそれは教えてくれなかった。ただ分かっているのは、数字が01:30を通過し、残りはもうそれだけだと言うことだった。
空が晴れていた。突き抜けるような真夏の青だった。山の向こうは入道雲ができていた。海の潮風が気持ち良かった。とんだ洗濯日和だと思った。煌煌と照った真夏の太陽で干した洗濯物は非常に気持ちいい。
海岸線で俺は自転車を走らせていた。行きよい良くまわる車輪。海を見れば海面がきらきらと輝き、海水浴を楽しむ若者たちが元気に騒いでいた。
幸せな景色、待っているのは妻と幸せな家庭。俺は思い切り自転車のペダルを踏み込む。幸せな生活が俺を待っていた。
でも目の前には赤く光る数字があった。気がついたらその数字だけが目の前を覆っていた。
その数字は一つ一つ数を減らしていた。どうやら数字の残りは後もう少しのようだった。
00:05…04…03…02…01…………
いったい0になったら、何が起こるというのだろうか。
ん〜、極限状態ってヤツをうまく表現できていたでしょうか?