迷惑な同僚を排除しても、職場は何一つ困りませんでした
「先輩~!ちょっと聞いてよ!」
から、始まった学園時代の後輩であるリーナの愚痴が止まらない。
先輩であり友人であるアンジェラは、ケーキをフォークで限りなく細く切りながら、口に運ぶとゆっくりと咀嚼する。
これは長くなりそうだ。
紅茶のおかわりを頼むか迷いながら、アンジェラはリーナの話に相槌を打ち続けた。
◆
リーナ・エルフェルドは、聖クレスト王国の王城にある管理部で働く平民出身の職員である。
管理部は、王城の物資、備品、支給品の品質を確認し、適切な方法で保管する部署である。
職場内の空気も良く居心地の良さにリーナは毎日楽しく働いていた。
だが、最近、リーナは不快な出来事に悩まされていた。
「リーナ、ちょっとそれ貸してくれ」
リーナが背もたれに挟んでいたクッションを無理矢理抜き取り、返事を待たずに腰を下ろしたのは、元貴族のゴルディアン・ヴァルクレイだった。
気さくで、誰とでも分け隔てなく話すその性格は、職場の空気を明るくする一方で、自分中心で、他人の嫌がる気持ちが理解できない男だった。
ゴルディアンは、学生時代、大きな問題を起こし婚約を破棄され、後継者の座を次男に譲ることになった。
対面上、身分を失い家から出ることになったが、両親からの援助が続いているため、本人に危機感はない。
普通なら恥とする話題や行為さえも、すべて武勇伝として何度も一方的に語るため、リーナはうんざりしていた。
「それ、私物です」
「固いこと言うなって。減るもんじゃないだろ?こっちは倉庫業務でヘトヘトなんだよ。見ろよ、この汗~」
「だったら、自分専用に買ってくればいいじゃないですか」
「リーナは最近冷たいよな~」
ゴルディアンは人好きのする笑みを浮かべるが、リーナは不愉快で仕方なかった。
当初、リーナは仕事の相談をしやすい先輩としてゴルディアンと接していた。
だが、時が経つにつれ、親しげに接した判断は、適切ではなかったと認識している。
――これ以上、私がうるさく言ったら、周りの空気が悪くなるかもしれない。
リーナは、ゴルディアンを一瞥すると手元の書類へ視線を落とした。
――汗が染み込んでそうで気持ち悪い。クッションが返ってきたら、持ち帰って洗って……ゴルディアンが自分のを買うまで、持ってくるのを止めよう。
暫くイライラは収まらなかった。
◆
とある昼下がり。
管理部へお菓子の差し入れがあり、職場内のメンバーで分け合う。
それは、繁華街で人気のマカロンであった。
リーナは、少しずつ口にして大事に食べ進めながら、仕事をしてした。
「なあ、これ、美味かったから、もっと食いてぇ!リーナの一口くれよ!」
リーナの机の上に置かれたマカロンへ、ゴルディアンの手が伸びる。
「人の食べかけですよ?」
「俺は気にしないよ。口のつけてないところをくれればいいじゃん。ケチだなぁ」
指が触れる寸前で、リーナは包みを引いた。
「冗談だって!ホント、リーナは真面目だなぁ~!」
リーナは、怒りを落ち着かせながら、この空気が周りに気づかれる前にと口を開いた。
「食べ終わったし、仕事に戻りましょう」
◆
「いやーーーー!!!! 気持ち悪いーーーー!!!! もっと怒るべきところだよ!!!!」
「私だって怒ってます!って顔にも出してるんだよ!! でもさ、あんまり怒ると、ヤツや周りと良い感じの空気が壊れそうでこわくて」
「いやいやいやいや! 一人居なくなったって、管理部も誰も困らないから!空気も壊れないって! ……とはいえ、その場に居る人間からしたら、そうもいかないもんねぇ」
アンジェラは、紅茶を一気に飲み干した。
これは、おかわりするしかない。
「あとね、私だけじゃないのよ」
「それって……」
――もう空気崩壊してない?
とは、言えず、紅茶のおかわりをリーナにお願いした。
「キリカの話なんだけど……」
◆
夕方、終業の鐘が鳴る。
同期のキリカが机の中から取り出したのは、折り畳まれた手紙。
『今日も綺麗だったね。今度こそ返事をくれないかな』
短い文章がつづられているその手紙は、何通目か数えられない量になっていた。
心配そうなリーナにキリカは微笑む。
「返事はできないから手紙は受け取れないって言っても全然話が通じなくて……」
その表情は笑っているのに、どこか引きつっていた。
今にも泣き出しそうで、明らかに疲れている。
「大丈夫。保管しておきましょう」
リーナは安心させるように言う。
キリカは、小さく頷き、手紙を鞄にしまった。
少し離れた場所から、その様子を見ていたゴルディアンは、隣に立つ男へと笑う。
「キリカとは良い感じみたいだな」
「ああして手紙も受け取ってくれてるし、脈はある」
ストラウス・ケイン。
昔から惚れっぽく、相手の遠回しの拒否に気付けず、つきまとう性格が何度も問題となっていた。
その女性に執着する様子や、嫌がる姿を、本人不在の酒の席でネタにしていると、リーナに笑える話として語ってきたことがある。
悪い意味で類友の二人は、軽口を叩きながら笑い合っていた。
◆
「その手紙が、こちらとなります」
リーナが膨らんだ大きな麻袋を開け、ひっくり返すと雪崩のように紙の束がテーブルへ広がる。
「うわー……無理ぃ…………」
アンジェラはテーブルの上の執念の塊に鳥肌が止まらない。
「で、ゴルディアンの話に戻るんだけどね!」
――戻るんかい。
童顔のリーナが怒ってみせても、小動物の様でかわいいから、舐めてるのだろうな。
学生時代から、かわいく大人しそうな見た目に反し、リーナはかなり真面目で気が強い。
我慢していた分、その真面目と気の強さが爆発したリーナの口は止められない。
アンジェラは、手紙の存在を一旦見なかったことにして、リーナの話の続きを聞き始めた。
◆
リーナが休暇を取った日だった。
「おっ、菓子があるじゃん」
ゴルディアンは当然のようにリーナの机の引き出しを開け、菓子を取り出し食べ始めた。
罪悪感は微塵もなかった。
これまでも問題にならなかったことや、問題になっても両親がもみ消していることを知らないゴルディアンは感覚を麻痺させ増長していった。
◆
翌日。
リーナは引き出しの中から菓子が消えているのを確認したが、何も言わずに仕事を始めた。
「間に合った、間に合った!昨日も飲みすぎてさ、二時間しか寝てねぇんだよ!」
始業ぎりぎりに現れたゴルディアンは、昨日着ていただろう皺が付いた服に、微かに酒の匂いを漂わせながら誇らしげに言った。
「リーナ。引き出しの菓子、昨日食ったけどよ美味かったから、また買ってこいよ。他の味もあるなら、それも食べてぇな」
「そうですか。お店の場所をお教えしますね」
事務的に返し、リーナは仕事を続けた。
◆
ある日の小休憩の時間。
ゴルディアンの面白くもない武勇伝語りがここぞと始まった。
「この前さ、ちょっとした小遣い稼ぎしてさ」
続く言葉に、リーナは手を止めた。
これまでの言動の数々を思い返す。
――嫌な予感がした。
◆
「嫌な予感しかない!」
「ついに犯罪自慢ですよ、先輩」
「最悪…………」
アンジェラは頭を抱えた。
◆
リーナは、今までの事や、その悪い予感を、上司へ全て報告した。
上司は外回りが多いため不在がちな上、職場内の空気からも信じてもらえないかもしれないという不安はあった。
しかし、上司の判断により第三者による調査が内密に進められた。
◆
月例会議。
管理局の空気は、張り詰めていた。
業務モードになったアンジェラは淡々と口を開く。
「管理局、局長アンジェラ・クレストが本日進行させていただきます。 まず始めに、物品管理に関する問題を報告からです。 今回、物品と記録の数に相違が出ています」
室内がざわめいた。
視線が、主に倉庫業務を行っていた者達へ一斉に動いた。
ゴルディアンと、ストラウスへ。
ゴルディアンは鼻で笑う。
「偶然だろ。しかも、一つ二つの誤差は毎回の事だから報告の義務は無いはずだ」
「今回は、その毎回の原因を調査するべく第三者による監視を内密に行った。 結果、盗難事件として被害届は受理されている」
ゴルディアンの顔がひきつる。
「待て、俺は関係ない!」
「……は?」
突然のストラウスの声に、ゴルディアンの声が低くなる。
「俺にあれこれやらせてる間、その隙にやってたに違いない! いつも自慢してるあれが――」
「余計なことを言うな!」
アンジェラは、冷静に続ける。
「次に、職場内環境への問題について報告します。こちらをご確認ください」
私が、次に取り出したのは大量の手紙だった。
「性的な内容や業務にも支障が出る内容も含まれます。規律規定違反として報告し、こちらも被害届が受理されております」
沈黙が落ちる。
「お前のせいだ!」
「こっちの台詞だ!!」
机を叩く音が響き、言い争いから殴り合いが始まる。
友人、同僚の皮を被った薄っぺらい人間関係の終わりだった。
「もう結構です」
アンジェラの冷たい声が、場を制した。
◆
後日。
二人の処分が決まった。
ゴルディアンは、勤務態度の悪さだけならまだしも、王城内での盗難行為は庇いきれないと両親から完全に見放された。
後ろ楯が無くなったことで、余罪が発覚し、地方の収監所へ送られることとなった。
ストラウスは、過去から繰り返される女性への嫌がらせ行為に、更正の余地なしと判断され、女性との接触が厳しく制限された環境へ送られた。
◆
自分の私物だけなら、リーナは職場の空気を考えて多少の不快感には耐え続けていただろう。
しかし、彼等は距離感を間違え続け、遂に法も軽んじた。
それは許されないことだった。
◆
最終的に犯罪が明らかになったことで、一時的に騒がしかった管理局だったが、いつも通りの空気を取り戻していた。
上司であるアンジェラも不在がちなことを反省し、外回りを減らすことにした。
「ほったらかしにしてて申し訳なかった! 彼等が先輩として新人のリーナとキリカによくしてたからと任せてしまったのは私のミスだ!」
「いいえ! アンジェラ様がお忙しかったのは、皆知っていますし!」
「いつも管理部に居た我々も気づかなくて申し訳ない! 正直、じゃれてると思ってて流してしまっていた」
「私達も、我慢しないで、もっと早くアンジェラ先輩や皆さんに頼れば良かったです」
「リーナは本当に優秀な子だよ~! ずっとうちに居てね~!」
「ちょっ! 先輩!」
アンジェラを始めとした職員達の謝罪を、リーナとキリカは恐縮しながら受け取ってくれた。
「何だか、前より皆さんと気軽に話しやすくなって嬉しいです」
キリカが微笑む。
安心の上に成り立つ明るい空気。
同僚たちの穏やかな信頼と気遣いが自然に交わされている。
彼等も確かに、その場を和ませていたのだろう。
だが、その存在がなくても、日々の仕事に支障は出なかった。
必要に見えて、実際には支えになっていなかったもの。
空気を壊すのがこわい――リーナがそう思っていたのは、過去になった。
「そうね」
リーナも、微笑み返す。
穏やかで、明るく、揺るぎない日常が映っていた。
─終─
■後書きという名の補足。
平民と貴族設定は最初の段階で王家が絡む強めのざまぁにしようとしていた名残り。
削りましたが、リーナが「平民・女性・年下」という3点からゴルディアンは気さくに接しつつも無意識で見下しているため、多少の言い返しは全て冗談めかしたりでスルーしていました。
現代設定で考えてから舞台変更をしたので、キリカは手紙ではなく本来はL○○E。既読スルーしているのに送られ続けている状態。どちらにしてもきつい。
数ある作品の中から、拙作とのご縁があり読んでいただけたこと、更にご反応いただけたことも嬉しく思います。ありがとうございました。(^-^)




