迷惑な同僚を排除しても、職場は何一つ困りませんでした
おかしい部分があれば、ご自身で脳内補完して気軽に読んでいただければ幸いです。
リーナ・エルフェルドは、王城にある王立会計管理局で働く平民出身の実務官である。
王立会計管理局は、王城の物資、備品、支給品――すべてが数字と記録で管理される。
空気が良く、居心地の良い職場だった。
だが、最近、リーナは不快な出来事に悩まされている。
「リーナ、お前のクッションちょっと借りるな」
リーナが背もたれに挟んでいたクッションを無理矢理抜き取り、返事を待たずに腰を下ろしたのは、元貴族のゴルディアン・ヴァルクレイだった。
気さくで、誰とでも分け隔てなく話すその性格は、職場の空気を明るくする存在であった。
元貴族という肩書もあり、彼の周囲にはいつも人が集まり、場はよく盛り上がっていた。
その一方で――
自分中心で、他人の嫌がる気持ちが理解できない男でもある。
学生時代、大きな問題を起こし婚約を破棄され、後継者の座を次男に譲ることになった。
対面上、身分を失い家から出ることになったが、両親からの援助が続いているため、本人に危機感はない。
普通なら恥とする話題や行為さえも、すべて彼は武勇伝のように何度も一方的に語るため、リーナはうんざりしていた。
「それ、私物です」
「固いこと言うなって。減るもんじゃないだろ?」
人好きのする笑みを浮かべる。
――不快だ。
当初、リーナは仕事の相談をしやすい先輩として接していた。
だが、時が経つにつれ、親しげに接した判断は、適切ではなかったと認識している。
――ここで更に強く言えば、空気が悪くなるかもしれない。
リーナは何も言わず、帳簿へ視線を落とした。
◆
とある昼下がり。
「なあ、それ美味そうだな。一口くれよ」
リーナの机の上に置かれた菓子へ、手が伸びる。
「私の分しかありません。食べかけです」
「俺は気にしないよ。口のつけてないところをくれればいいじゃん。ケチだなぁ」
指が触れる寸前で、リーナは包みを引いた。
「……冗談だって」
――最初から、冗談で済ませていい範囲を越えている。
リーナは帳簿の隅に書き留めた。
〖他人の私物の無断使用〗
初めはただの記録だった。
けれど、それはのちに意味のある記録となる。
◆
「……また入ってる……」
夕方、同期で同じ実務官のキリカが机の中から取り出したのは、折り畳まれた手紙。
『今日も綺麗だったね。今度こそ返事をくれないかな』
「返事はできないから手紙は受け取れないって言っても全然話が通じなくて……」
その表情は笑っているのに、どこか引きつっていた。
よく見れば、今にも泣き出しそうで、明らかに疲れている。
「大丈夫です。保管しておきましょう」
リーナは安心させるように言う。
キリカは、小さく頷き、手紙を鞄にしまった。
少し離れた場所から、その様子を見ていたゴルディアンは、隣に立つ男へと笑う。
「キリカとは良い感じみたいだな」
「ああして手紙も受け取ってくれてるし、脈はある」
ストラウス・ケイン。
昔から惚れっぽく、相手の遠回しの拒否に気付けず、つきまとう性格が何度も問題となっていた。
その女性に執着する様子や、嫌がる姿を、本人不在の酒の席でネタにしていると、リーナに笑える話として語ってきたことがある。
悪い意味で類友の二人は、軽口を叩きながら笑い合っていた。
◆
数日後。
リーナが休暇を取った日だった。
「お、まだあるじゃん」
ゴルディアンは当然のようにリーナの机の引き出しを開け、菓子を取り出し食べ始めた。
罪悪感は微塵もなかった。
これまで問題にならなかったことが、彼の感覚を麻痺させ増長していった。
◆
翌日。
リーナは引き出しの中身を一瞥し、何も言わずに帳簿を開いた。
〖不在時の私物減少〗
「間に合った、間に合った!昨日も飲みすぎてさ、二時間しか寝てねぇんだよ!」
始業ぎりぎりに現れたゴルディアンは、昨日着ていただろう皺が付いた服に、微かに酒の匂いを漂わせながら誇らしげに言った。
「リーナ。この前の菓子、昨日食ったけどよ美味かったから、また買ってこいよ。他の味もあるなら、それも食べてぇな」
「そうですか。お店の場所をお教えしますね」
事務的に返し、リーナは記録を続けた。
〖勤務態度不良。 同僚への不当な要求〗
◆
ある日。
「この前さ、ちょっとした小遣い稼ぎしてさ」
ゴルディアンが笑う。
「ぼったくってるのに、気付きもしなくてさ、馬鹿だよな~」
その言葉に、リーナは手を止めた。
これまでの言動の数々を思い返す。
――嫌な予感がした。
◆
帳簿と記録を照合し、上司へ報告する。
不整合は内部規定により第三者確認へ回され、調査は内密に進められた。
◆
そして、上司が不在のある日。
保管庫へと入っていったゴルディアンとストラウスの姿を見送り、リーナは席を立つ。
――全てを明らかにするために。
◆
月例会議。
王立会計管理局の空気は、張り詰めていた。
「物資管理に関する報告を行います」
リーナは淡々と口を開く。
「特定品目において、微妙な減少が確認されました」
室内がざわめいた。
「保管庫の入退室記録と照合した結果、特定の人物に集中しています」
入退室記録を見た者たちの視線が、一斉に動いた。
ゴルディアンと、ストラウスへ。
ゴルディアンは鼻で笑う。
「偶然だろ。たまたま出入りしただけで疑うのか?しかも、一つ二つくらいの誤差ならよくあるだろ?」
「なお、こちらは消失が報告された後、第三者による確認を実施しています」
空気が、変わる。
――笑いが、止まる。
「待て、俺は関係ない!」
「……は?」
ゴルディアンの声が低くなる。
「俺にあれこれやらせてる間、その隙にやってたに違いない!」
ゴルディアンの声が荒くなる。
「余計なことを言うな!」
「次に、職場内環境について報告します。こちらをご確認ください」
リーナが差し出したのは、手紙の束だった。
キリカが一歩前に出る。
「手紙は受け取れないと言いましたが、継続的に行われました」
「だって、受け取ってくれてたから……」
「性的な内容や業務にも支障が出る内容も含まれます」
一拍置いて、キリカは続けた。
「規律規定違反として報告し、家からも正式な抗議を送っております」
沈黙が落ちる。
「お前のせいだ!」
「こっちの台詞だ!!」
机を叩く音が響き、言い争いが始まる。
――それだけの関係だった。
「もう結構です」
上司の冷たい声が、場を制した。
◆
――後日。
二人の処分が決まった。
ゴルディアンは、勤務態度の悪さだけならまだしも、王城内での盗難行為は庇いきれないと両親から完全に見放された。
後ろ楯が無くなったことで、余罪が発覚し、地方の収監所へ送られることとなった。
ストラウスは、過去から繰り返される女性への嫌がらせ行為に、更正の余地なしと判断され、女性との接触が厳しく制限された環境へ送られた。
◆
自分の私物だけなら、リーナは職場の空気を考えて多少の不快感には耐え続けていただろう。
しかし、彼等は距離感を間違え続け、遂に法も軽んじた。
それは許されないことだった。
◆
数日後。
王立会計管理局は、いつも通りの空気を取り戻していた。
――いや。
「なんだか、前より皆さんと話しやすくなりましたね」
キリカが微笑む。
安心の上に成り立つ明るい空気。
同僚たちの穏やかな信頼と気遣いが自然に交わされている。
彼等も確かに、その場を和ませていた。
だが、その存在がなくても、日々の仕事に支障は出なかった。
必要に見えて、実際には支えになっていなかったもの。
空気を壊すのが怖い――そう思っていたのは、もう過去のことだった。
「――そうですね」
リーナはペンを置き、微笑み返す。
穏やかで、明るく、揺るぎない日常が――そこにあった。
─終─
後書きという名の補足。
平民と貴族設定は最初の段階で王家が絡む強めのざまぁにしようとしていた名残り。
削りましたが、リーナが「平民・女性・年下」という3点からゴルディアンは気さくに接しつつも無意識で見下しているので、多少の言い返しは全て冗談めかしたりでスルーしています。
現代で考えてから舞台変更したので、キリカは手紙ではなく本来はL○○E。既読スルーしているのに送られ続けている状態。どちらにしてもきつい。
(5月4日(月)追記)ランキングに入ってて驚きました。数ある作品の中から、拙作とのご縁があり読んでいただけたこと、更にご反応いただけたことも嬉しく思います。ありがとうございました。




