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Dog Days  作者: Akira Clementi
光り輝く者

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9/9

第9話

 かけるがいなくても、私は生きなければならない。


 翔がいたはずの学校に通って、翔が過ごしたはずの部室で彼の痕跡を探すように星について学び、体力がないなりにも手伝ってもらいながらゴールデンウィークの合宿に参加して、天体望遠鏡から星を眺めた。


 まだ操作は不慣れだからぱっとピントが合わせられないけれど、時間はたっぷりある。春の山の中、柔らかい夜風を浴びながら、私は星を探していた。


 そんな私の手が、まるで何者かに誘われるように動いた。きらりと輝く目立つ星に、自然とピントが合う。

 そして、声が聞こえた。


『見えるか六花ろっか


 翔の声だった。嘘だ。翔はもういないはずだ。でもそんな私を無視して、声が頭の中に響く。


『あれがスピカ、おとめ座だな』


 間違いなく、翔の声だった。天体望遠鏡から目を離して周囲を確認したい。でも顔を離してしまったら、翔の声が聞こえなくなりそうで怖い。私が悩む間にも、私の手は勝手に動いて、次の星を見つけ出す。


『で、スピカの右上にあるこれが……』


 知ってる。デネボラでしょ。中学校のときにくれた星ノートで見たよ。翔が撮ってくれた写真そのままの姿のデネボラが、今私の目に映っている。


 胸の奥が熱くなった。鼓動が早くなる。まるで私がデネボラを覚えていたことを、心臓が喜んでくれているみたいだ。


 ああそうか。私のドナー、翔だったんだ。

 私は理解した。


 ドナーもレシピエントも、互いに相手を選べない。一応ドナーは親族を優先することもできるが、それも適合しなければ意味がない。

 そしてレシピエントはたくさんいて、常に年単位で順番待ちをしている。自分の体に適合するドナーと出会うのは、なかなか難しい。


 そんな環境の中で、翔の心臓がたまたま私と適合して、私の中に翔が宿るなんて確率はおそらく天文学的なものだ。それでも私は、翔の心臓が自分の中にあると確信していた。


 だって天体望遠鏡を覗いている今、私には間違いなく翔の声が聞こえている。


『デネボラは、しし座の星だ。名前の意味は、獅子の尾』


 そんなにすらすら説明をしてくれるの、翔しかいない。たしかに私は翔の作った星ノートをたくさん読んだけど、すぐに説明なんて浮かんでこない。なにより、天体望遠鏡を上手に扱うのは初心者の私じゃ無理だ。翔が手伝ってくれないと、こんなにスムーズに観測できるわけがない。


 翔の存在を再び感じられたことを怖いとは思わなかった。それよりも、また翔に会えたという喜びの方が何十倍も大きくて、視界が滲んだ。でも翔が今まで見てきた世界を自分の目で見られているんだから、ちゃんと見ないと。服の袖で素早く涙を拭うと、私はすぐに望遠鏡を覗いた。


 翔はちゃんと私のそばにいてくれて、私を支え続けてくれている。


 まるで連星のシリウスのように、私と翔はぴたりと寄り添っていた。


 星を眺める間にも、私の知らない翔の記憶が脳裏に浮かぶ。


 私のわがままに付き合って家を抜け出した小学生のあの日、翔ってばめちゃくちゃ緊張していたんだね。もしも私が倒れたらどうしようって考えて、何度も非常時のバッテリー操作の説明を読んで夜を過ごしていたんだ。ありがとう。二人であんな時間に抜け出すのが初めてだったから、私もすっごく緊張した。


 中学校のとき、翔は三木原みきはらさんに告白されてたんだ。そうか、やっぱり三木原さんは翔のことが好きだったんだ。でも翔、「好きな人がいるから」ってきっぱり断ったんだね。三木原さんって少し大人っぽくて綺麗だったから男子から人気あったのに、翔ってばもったいないことするなあ。


 高校に入ってすぐの頃にも、告白されてたんだ。翔ってばモテるね。でもそのときも三木原さんのときみたいに馬鹿正直に答えて、相手の女子を泣かせた。おろおろしながらハンドタオルを差し出した翔に女子から投げかけられた言葉は、「馬鹿ぁっ!」か。そうだよね、勢いよく振ったくせに、泣いたら泣いたで気を遣われたら、そう言いたくもなる。


 星空の下、強く脈打つ翔の心臓が彼の全てを教えてくれる。


 馬鹿だなあ翔、本当に馬鹿だよ。周りに可愛くて健康な女の子がたくさんいたくせに、枯れ木みたいな姿で死の淵に立つ私なんかを好きになってくれていたなんて。どこをどうやったら、私なんかを好きになるの。


 でもそんな翔だから、私もあなたを好きになったんだと思う。ありのままの私を受け入れてくれるあなたという光に、強く魅せられたんだ。


 翔。私、あなたと一緒にもっとたくさん星が見たい。


***


 天文部の活動と久しぶりの学校生活で慌ただしい毎日を過ごす間に、一学期はあっという間に過ぎていった。それでもなんとかうまくやれたのは、私の中で翔という存在が支え続けてくれていたからだと思う。


 膨大な量の宿題と共に、私は初めて健康な夏休みを迎えた。夏の星座で賑やかな夜空を、先日も天文部の合宿で観察しにいったばかりだ。あの作りかけの星ノートは、私が続きを書くことにした。早速合宿で見た星について書き始めているから、夏休みでも毎日忙しい。


 そして今日、午前四時。私はあの土手の上にいた。昔と違うのは、隣に翔がいないこと。それでも私はあの頃のようにレジャーシートを敷いて、宵闇色の空を見つめていた。


 そう、今年も蒸し暑いドッグデイズの時期だ。


 翔、あなたから切り出したあの約束、ちゃんと覚えているよね? 夏だよ。一緒に朝のシリウスを見よう。そして冬になったら、夜のシリウスを見るんだよ。ねえ翔、ちゃんと聞いてる?


 私の問いに答えるように、胸の奥が少し熱くなった気がした。目を閉じれば、あの翔のいつもの笑顔が浮かぶ。


 私の心を焼き焦がす者。

 そして私の中で、光り輝く者。

 まるで流星みたいに私の前から一瞬で姿を消したくせに、形を変えて私とずっと一緒にいてくれる私だけの連星。


 翔、もうすぐシリウスが昇るよ。

『Dog Days』、以上で完結です。

お読みいただき、ありがとうございました。

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