第6話
ただベッドで横たわっていても、時間というものは過ぎていく。
いつか翔とシリウスを見たドッグデイズも空調の効いた病室でずっと過ごし、私が出る機会のない病院の中庭は紅葉で綺麗なんだろうなと想像する秋も過ぎ、はらはらと雪が舞い降りる冬がきた。
「うおおお、めちゃくちゃあったけえ」
病室に入って来た翔が、そんな声を漏らす。マフラーをぐるぐる巻きにした彼は、鼻をずびずびいわせていた。外はよほど寒かったようだ。そんな思いをしてまで、翔は病院に来てくれた。それが嬉しくもあり、申し訳なくもある。
私なんかの為に時間を使わせてごめん。
そう思ってしまう。
私がいなければ、翔はもっと自分のしたいことに時間を使えるはずだ。翔は高校でも天文部に入ったんだから、もっともっと星について学びたいはずなのだ。
凍えている彼の為に温かいお茶くらい用意できたらよかったのだけれども、残念ながら据置型のバッテリーに繋がれている私の行動範囲はそう広くない。それを分かっているからか、翔は自販機で買ってきたらしいココアの缶を両手で転がしていた。いつまで経っても開けて飲み始めないのは、缶をホッカイロ代わりにしているからだと思える。
「でも冬は星が綺麗に見えるんだよなあ。また綺麗な写真たくさん撮って、持ってくるからな」
「うん」
私ができることは、優しくしてくれる翔に頷くだけ。どんなに翔が私の為に星ノートを作ってくれても、写真を見ながら解説してくれてプラネタリウムにいる気分にさせてくれても、私が翔にできるのは、頷くことだけ。
なんで私、バッテリーに繋がれてまで生きているんだろう。ドナーが見つかるのが怖いくせに、心臓移植を待っているんだろう。もっとずっと前にとっくに死んでいたかもしれないんだから、誰もいない病室でケーブルを引っこ抜いて、死んでしまえばいいのに。そんな考えが、ぐるぐると頭の中を巡る。
「……花、おい、六花」
「え? あ、ああ、ごめんね。なんかちょっとぼんやりしてた」
心配そうに顔を覗き込んでくる翔の声によって、私は現実に引き戻された。
「今日は特に寒いし、いつもより疲れるのかもしれないな。あんまり無理すんなよ」
「うん……」
「ところでさ、六花。おまえもうすぐ誕生日だろ。今年は何が欲しい?」
翔の言葉で、私はようやくその事実に気が付いた。カレンダーを見たってなんの用事もないから、日付なんて確認しない。私が季節を感じるのは、いつも翔の日焼け具合や、服装からだ。そうか、私はまた一年生き延びてしまったんだ。
「何でも言えよ。俺がなんとかしてやるから」
「……本当?」
「おう」
その見た目に似合う自信ありげな返事が、頼もしい。
たしかに今まで翔は、私の願いを叶えてくれた。遊園地に行ってみたいといえば、まるで翔と一緒に行っているかのような自撮りだらけの写真集を作ってきてくれた。
海に行きたいと言ったとき、翔は麦わら帽子にアロハシャツで病室に現れた。「目閉じてみろ、六花。海だぞ」なんて言いながら、小豆を入れた大きなざるを揺らしていた。あまりにも真剣な翔の様子がおかしくて、めちゃくちゃ笑ったのが懐かしい。
今年は翔に、何をお願いしよう。どんな夢を叶えてもらおう。
そう考えていた私の視界に、棚に並んだ星ノートが映った。
「今年は、星が見たい」
「星?」
「うん。自分の目で、またちゃんと本物の星が見たい」
思い返してみれば、小学校の頃に家を抜け出したあの一件以来、私は自分の目でしっかりと星を見ていない。私の病室は七階にあるから空は見えるけれど、部屋の明かりがつく頃にはカーテンが閉められてしまう。消灯時間後にカーテンをめくって外を眺めることもできないわけではなかったが、窓枠という額縁で切り取られた空を眺めるのはなんだか虚しかった。
同じ四角形の空でも、翔が撮影してくる写真とは全然違う。
翔が見ているような、本物の星が見たかった。
「星だな、任せとけ」
今年の翔は、どんなふうに私の願いを叶えてくれるんだろう。また私を笑わせようとするのかな。力強い翔の返事を聞きながら、私の胸は小さな期待で少しだけ温かくなった。




