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Dog Days  作者: Akira Clementi
第2章 導く者

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3/3

第3話

「見てくれ六花ろっか! すっごい写真が撮れたぞ!」


 中学生活にも慣れてきた感じがしていた、五月のある日。休み時間に、かけるが嬉しそうに私のところへやってきた。移動教室の途中らしい。理科の教科書やノートを一緒に持っている。


 中学では全員部活に強制入部させられるけれど、うちの中学校には天文部がある。相変わらずお星様大好き少年の翔は、迷うことなく天文部に入った。やはり部活ともなると、翔の家にある天体望遠鏡よりもいいものが使えるらしい。

 町の北側にある小森岳こもりだけに天体観測に行くという話は前に翔から直接聞いていたから、多分そのときに撮れた写真を今持ってきてくれたと考えられた。


 中学に入って、私と翔は別々のクラスになった。それでも翔は、頻繁に私を訪ねてくる。


「めちゃくちゃ綺麗に撮れたんだ!」


 興奮しながら、翔が一枚の写真を見せてくれた。だが、私には綺麗な星空にしか見えない。こんなときなんてコメントしたらいいのか分からなくて、


「……これ、何?」


 つい素直にそう言ってしまった。でも翔が気分を害した様子はない。


「え? かみのけ座。綺麗に撮れただろ」


 もうちょっとロマンチックな名前の星座とかだったらよかったのになんて思いながら、私は再び写真を見た。

 かみのけ座。星座ってなんでもあるんだなあ。


「今までで一番綺麗に撮れたんだ」

「なんでこれ、かみのけ座って言うの?」

「それは古代エジプトにまでさかのぼる話だな」


 相変わらず翔のレスポンスは早い。きっと翔の頭の中は、星のことでいっぱいなんだ。


「昔、エジプトには綺麗な髪の毛で有名なベレニケっていう王妃がいたんだ。で、その王妃が戦争に行った夫の無事を願って、『もしも夫が無事に戻ったら、自分の髪を女神に捧げます』と誓ったんだ。んで、夫が無事に戻ってきたから、王妃は自分の髪を切って、女神アフロディーテに捧げた。すると翌朝、神殿に供えたはずの髪の毛がなくなっていてな……」


 淀みなく喋る翔の言葉を遮るように、チャイムが鳴る。


「やべっ、次理科だった。じゃあな六花! この続きは後で話すから!」


 そう言うと、翔は慌ただしく教室を飛び出して行った。

 供えられた髪は、結局どうなってその結果星座になったんだろう。気になる。私は、翔が残していった写真を眺めるしかなかった。

 一応なくさないように、机に入れておいた文庫本に写真を挟む。


「ねえ、長岡ながおかさん」


 先生が教室に来るのを待っていた私に、後ろから声がかけられた。振り向いた席に座っていたのは、別の小学校に通っていた三木原みきはらさんという女子だ。猫目がちな三木原さんは、ちょっと大人っぽい雰囲気を漂わせている。


「長岡さんと犬飼いぬかいくんって、付き合ってるの?」

「幼馴染だよ。なんで?」

「付き合ってるって噂になってるから」

「……ええっ!」


 たしかに私は、学校で少し目立っているとは思っていた。セーラー服では腰回りにつけている補助人工心臓のバッテリーを隠せなかった。小学校から引き続き体育は見学ばかりで、強制入部のはずの部活動も免除されていたから、色々な意味で注目を集めている。それくらいの自覚はあったが、まさかそんな噂が流れているなんて。

 その噂、翔は知っているのか。……いや、知らないはずがない。いくら翔が星ばかり追いかけているとはいえ、自分に関する噂が耳に入らないなんてことないと思う。


「そっか、付き合ってるわけじゃないんだ」


 三木原さんが、ふっと微笑んだ。猫目のせいか、その微笑みが少しだけ艶っぽく見えて、どきりとする。

 噂についてもう少し三木原さんに教えて欲しかったけれど、先生が教室に入って来たので、私は前に向き直った。


 授業の後で三木原さんを捕まえようとしたけれど、その必要はなかった。


「六花、さっきの話の続きをしに来たぞ!」


 かみのけ座についてまだこだわっていた翔が、またしても休み時間になると私のところへ来た。


「ねえ何の話しているの? あたしも混ぜてよ」


 そんな翔と私のところに、三木原さんは自ら寄って来た。


「おう、いいぞ。じゃあ初めから話をし直すか」


 三木原さんの乱入を、翔が嫌がる様子はない。それもそうか。だって私たちは幼馴染なんだから、私たちの間に誰かが入ったって別になんてことない。友達の輪が広がるだけだ。私は部活に入っていないから、あんまり翔以外と話す機会がない。そんな私の交友範囲が広がるんだから、ありがたいものだ。


 そのはずなのに、どうしてか胸の奥が少しちくりと痛んだ。

 私がもう少しだけ精神的に大人だったら、その痛みの理由にすぐ辿り着けたのかもしれない。でも私はまだ幼過ぎて、自分の変化を感じ取れていなかった。


***


 中学校には自転車で通うという方法もあったものの、私の両親は毎日私を車で送迎してくれた。過保護といえばそうかもしれないが、私の体について考えれば両親の気持ちも分からないでもない。学校から帰るときはいつもお母さんが迎えに来てくれて、車に乗るときに必ず私にバッテリー残量を確認してきた。


 そんないつもと同じ帰路につこうとして校門に向かおうとしていたとき、私は三脚を担いで歩く翔をたまたま見つけた。周囲に人はいない。


「翔!」

「おう、六花」


 私の呼び声に、翔はにかっと笑った。私が歩み寄るより早く、大股で歩く翔が近づいて来てくれる。


「ねえ翔、私たちが噂になってるって聞いた?」


 なんとなく気まずさを感じている私問いかけに、翔が小首を傾げる。ピンときていないようだ。


「翔と私が付き合ってるって噂になってるんだって」

「へえ」

「『へえ』って……。翔、困らないの?」

「なんで?」


 話を持ち出したこちらが困ってしまうくらい、翔は平然としている。


「だから、そういう話が広がって困らないかって聞いてるの。私なんかと一緒にいたら困ることあるんじゃないかって思っ……」

「だって俺ら、幼馴染じゃん。一緒にいて変なことなんてないだろ」


 もごもごとした私の言葉を遮って、翔ははっきりそう言った。


「それに六花に何かあったとき、すぐ助けられるのなんて俺くらいだし」

「まあ、たしかに……」


 翔の言うことに間違いはない。小学校のときから、万が一私のバッテリーが切れたときの対処法を両親と担任の先生が確認し合っていた。でも毎年変わる担任よりも、ずっと一緒に遊んできた翔の方が、私のバッテリー切れのときの交換方法なんかは詳しい。どう行動すべきか、どこに連絡したらいいか、翔は全部知っている。翔が私のそばにいてくれたら、とても心強い。


 なんともいえないもやもやとした気持ちを抱えていたそのとき、背後から私を呼ぶ声があった。お母さんだ。


「じゃあな六花、また明後日」


 明日は月一回の私の検査の日だとすっかり把握している翔はそう言うと、三脚を担いだまま部室棟の方へ去って行った。


 「また明後日」なんて翔の言葉を最後に別れたけれど、そんな明後日はやって来なかった。


 月一回の検査の日。バッテリーの接続部分に接している肌が炎症を起こしているのが判明した。最近痒いなと思っていたけれど、絶対に触っちゃいけない繊細な部分だから我慢をしていた。でもそんな我慢は無駄だったみたいだ。


 でもそれだけじゃなかった。

 具合が悪いのは、肌だけではない。


 心臓も、自分の力ではほとんど動いていないことが判明した。


 最近妙に疲れやすいなとは思っていたが、そんなに悪くなっていたなんて。


 即日入院が決まって、私はまた病室という小さな世界に閉じ込められた。

 どうせすぐ退院できるんだろうなと思っていたけれど、経過はあまりよくならない。勉強についていけるか不安で、私は着替えを持ってきてくれるお母さんに教科書を持ってきて欲しいと希望した。

 勉強だけは遅れたくない。だって勉強に遅れてしまったら、高校受験に響く。体育もできなくて部活動も免除されているくせに、一年生のうちから勉強まで躓いているわけにはいかなかった。

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