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Dog Days  作者: Akira Clementi
第1章 夏を連れてくる者

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第2話

 重い目を開けて最初に見たのは、すっかり見慣れた白い天井と、仕切りに使われているクリーム色のカーテンだった。ああ、また病院かなんてすぐに理解してしまう。


六花ろっか? 六花、気がついたの?」


 聞き慣れたお母さんの声だ。ゆっくり頭を動かすと、半泣きのお母さんがそばに座っていた。


 お母さんがナースコールを押して、あれよあれよという間に看護師さんや先生たちが来てくれて、私の無事を確認してくれる。それからいくつか検査を回って、補助人工心臓にもバッテリー環境も異常がないことが分かったものの、肝心の私の心臓自体の調子がよくなくて、そのまま暫く入院することになった。


「六花、欲しいものある?」


 一旦家に帰って準備を整えてくるというお母さんが、私にそう訊いてくる。


かけるに会いたい」

 お母さんが困るのは分かっていたけれど、私はそう答えた。他のものなんていらないから、翔に会いたい。


 今まで翔は、私が寝込んでも、入院しても、必ず会いに来てくれて、いろんな星の話を聞かせてくれた。バッテリー残量を気にしながらびくびく生きていた私に無限の世界を感じさせてくれたのは、間違いなく翔だ。だからこそ、こんなときほど、翔に会いたかった。


 私の言葉に、案の定お母さんが困った顔をする。


「翔に会いたい」


 それでも私は一言だけ意思表明をして、布団を頭の上までずり上げた。私だって伊達に病気と付き合って寝込み続けてきたわけじゃない。お母さんが折れるまでのストライキなんて、苦にならない。翔と会う為だったら、何時間でも、いや、何日でもこれを続けるつもりだった。


 結局折れたのは、お母さんの方だった。着替えやらタオルやらを持って病院に戻って来たとき、お母さんは翔を一緒に連れて来てくれた。


「六花、痛いとこないか?」


 夕方の病室で、翔が最初に口にしたのはそんな言葉だった。なんだか翔らしいなあと思って、私はつい微笑んだ。


「うん、大丈夫。翔、今日はごめんね」

「気にしてないよ」


 それよりさ、と翔が早速話を続けてくれる。


「今、いいもの作ってるんだ。六花が退院する頃には完成していると思うから、楽しみにしてろよ」

「えー、なんだろう」

「すっごいいいものだ。この世にひとつしかないぞ」


 そう言ってにかっと笑う翔は、とても朝理不尽に怒鳴られまくったとは思えないくらい元気そうだった。

 結局私は夏休みの残りを入院で潰し、学校には二学期の途中から復帰することになった。

 でも倒れてしまったあの日、翔と出かけたことを後悔なんてしていない。いつもたくさんの星の話で、私の世界を広げてくれる翔。そんな翔が言う「夏の暑さの正体」を、どうしても自分の目で見たかった。それが叶ったのだから、後悔どころか満足だった。


 だって私は、あとどれくらい生きられるかなんて分からないんだから。


 残っている時間は短いかもしれない。毎月検査はしているけれど、バッテリーや周辺機器が故障して、朝の目覚めなんて訪れないかもしれない。いやもしかしたら、私の心臓そのものがもう完全に駄目になってしまっているかもしれない。私の生きている世界は、常に薄暗い「かもしれない」で満たされていた。


 そんなだったから、翔という存在は、私にとって眩しいくらい特別な存在だった。翔はその名前が示すとおり、日々を明るく駆け抜けていく。そんな翔と少しの時間でも共有できるのなら、私はそれでよかった。


***


「六花、見てみろ! 世界にたった一冊の星ノートだぞ!」


 学校に復帰した私に翔が見せてくれたのは、なにやら分厚く膨らんだ一冊のノートだった。翔は星や神話については凄く詳しいのに、ネーミングセンスはあまりないなと思う。市販のノートの表紙には今年の夏休みの日付と、「星ノート」という直球の名前がマジックで書かれていた。


「ほらほら、見てくれよ」

「分かったってば」


 翔からノートを受け取り、机に置いてさっそく表紙をめくる。そこには綺麗な星の写真が貼られ、星の名前や明るさなどといったデータが書かれていた。


「夏休みの間に撮影したんだ」


 翔が自慢気に言う。そういえば翔の部屋には、お年玉を貯めて買ったという天体望遠鏡があった。それを使ったんだろう。ぱらぱらとめくってみると、全部のページに写真と説明が書かれていた。そりゃあノートも分厚くなる。


「それやるよ」

「え? でも世界に一冊しかないんじゃないの?」

「だからだよ。六花、いつも俺の話につきあってくれるだろ? てことは、星好きだろ? じゃあもうそのノート、退院祝いにやるしかないじゃん。大事にしろよな」


 そう言って、翔はきひひひと笑った。


 うーん、ちょっと違うんだよ翔。私は星が好きなんじゃなくて、翔と過ごすのが楽しいから好きなんだよ。たまたま翔が星が好きで、私に話してくれるのが星の話ばっかりだったわけで、私自身が翔みたいな天文好きではないんだ。


 でも、ありがたいので星ノートは受け取った。

 あまりにも凄いボリュームだったので、星ノートは家に帰ってからゆっくり読んだ。星のデータと共に翔の字で書かれた星座や星の神話は、まるで翔が私に話して聞かせてくれているみたいで、夢中になれる。


 いつもは翔が話して聞かせてくれていたから写真を見ることがあまりなかった分、星ノートはとても新鮮なものだった。翔が天体望遠鏡を使って撮った写真を見ながら、彼はいつもこんな世界を見ていたんだなと思いをはせる。私が自分の部屋の窓から見上げている狭い星空とは、大違いだ。こんな綺麗な世界を見ているから、いつも翔の目はきらきらしているのかなあ、なんて思った。


 それにしてもこの星ノート、凄いボリュームだなあ……なんてページをめくっていたら、ふと知っている星のページが出てきた。


 ドッグスター、シリウス。

 太陽を除けば、地球上から見える最も明るい恒星。

 名前の由来は、「焼き焦がす者」、そして「光り輝く者」。


 活動的な翔とずっと一緒にいたら、私というちっぽけな命はその熱量についていけずあっという間に焼き焦がされてしまうだろう。でも私の目に映る翔はとても眩しくて、追いかけずにはいられない煌めきで溢れている。たとえ私という存在が焼き消えてしまうとしても、少しでも翔と一緒にいたい。薄暗い毎日の中で、私を導いてくれる星。それが翔なのだ。

 夏生まれの翔は、私にとってのシリウスだった。

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