第98話 Fly high
「アンタまた何かやらかしたの?!トーニまで良く分かんない噂が届いてんのよ!」
第2格技室で2対50の地稽古を行った翌日、剛が帰宅するなり恵が怒り心頭と言った表情で詰め寄って詰問する。
「何って……地稽古、のこと、かな……?」
「地稽古って何よ?!あたしのところにはアンタがトーイチ3年生100人を一人で叩きのめしたとか、模擬戦で30人を病院送りにしたとか、トーフ3年の4人はバケモノって話ばかりよ!!」
「姉ちゃん煩いってば」
剛は恵の余りの剣幕に両手で耳を押さえる。
「大体話が大げさになり過ぎだよ。俺一人じゃなくて希美と一緒だし、100人じゃなくて50人だから。病院に行った人も2人か3人のはずだよ」
その剛の答えを聞いた恵は、そうか希美ちゃんも一緒で、100人じゃなくて50人かぁ……と呟くが、その意味を徐々に理解して顔を青くする。
「って、やっぱり滅茶苦茶な事やってんじゃないの!!」
「だから姉ちゃん煩いってば」
「そもそも、御魂先生が許可したからやったんだよ。勝手にそんな事する訳無いじゃん。姉ちゃんは俺を何だと思ってんの?」
女性としては比較的高身長の恵であるが既に逆転している剛は少し見下ろす感じで、恵に不満げな顔を見せて訴えると、それに対して恵は剛を睨みながら口を開く。
「……歩く非常識」
「何だよそれ……」
恵の答えに剛は項垂れる。
「大体希美ちゃんは女の子よ!そんなんで顔とかに大きな傷作ったら、アンタ責任取れんの?!」
更に詰め寄る恵に対して剛は忌々しげな顔を見せる。
「そんなんで希美は誰かに責任取って貰わなくても一人で生きていけるさ!……ただ、俺が傍にいてやりたいだけだ……」
「惚気?!こんなところで惚気?!」
浮いた話一つ聞かない恵は剛の答えに衝撃を受けていた。希美や奈緒には及ばないが比較的整った顔立ちをしている恵であるが、本人は興味あるはずなのに何故か――ぺったん娘と言う点はさて置き――誰かと交際していると言う話は全く聞かない。
自分は未だ彼氏がいないのに、弟である剛が先に希美と言う彼女――一般的な男女の交際では無いのだが――がいると言う時点で、恵にとっては色々と含むところがあった。
愕然としている恵を置いて、剛は自分の部屋に着替えに行った。
週明け月曜日の放課後――
剛達が模擬戦を行うために格技棟の端末を確認すると、どの格技室も軒並み定員オーバーとなっており、唯一第9格技室のみ後1枠と言った感じだった。
「……こんなの初めて見たんだけど……」
端末を操作して入室する手続きを行うと、剛達は第9格技室に向かい中に入った。
そこには、これまで第5から第10までの格技室では見た事が無い程のトーイチ生が、今までに無い激しさで模擬戦を行っている光景が繰り広げられていた。
「これは……凄いわね……」
剛達が格技室に入って来たのを見て、トーイチ3年生の田村と川島が近付いて来た。
「人の多さに驚いてるようだな。ま、先日お前達に無双されたら危機感持つのも当然だ」
川島の言葉に剛は更に驚かされる。現状で満足しているように見えたトーイチ生に発破をかけるつもりではいたが、ここまで効果覿面とは想定してもいなかったのである。
「ま、そう言う俺も鈴木のハンマーでぶん殴られた奴の巻き添えでふっ飛ばされてアウトだったから、まだまだ鍛え直さないとだがな」
そう言うと川島は笑いながら剛達を背にして手を振り、元々いたグループに戻って模擬戦を始める。
呆気に取られた様子で川島達の後姿を見ている剛を、希美が横から微笑みながら見つめるのであった……
翌日の昼休み、4人はいつものように学食で昼食を取りながら話をしていた。
「想像以上に剛の思惑が嵌ったみたいですね。」
昨日放課後の格技室の盛り上がりを希美が思い返しながら話題にあげる。
「まぁ俺はもっかいやれって言われても流石に断るけどな。」
翔の言葉に剛も流石に頷く。戦っている最中はアドレナリンが分泌されていたのか疲労に気付かなかったが、終わった全身が怠くなり暫くは立っているのがやっとだった事を記憶している。
「え~あたしは毎月でもやって良いけどなぁ~~」
「一人でやってろ」
また始まった……と苦笑いしながら剛と希美は顔を見合わせていた。
その日の放課後、剛達は第7格技室でトーイチ生と模擬戦を行っていた。
1対1なので剛や希美が負ける事は考えにくいが、先週の大規模な地稽古でたった2人の、しかも年下に負けた事からかトーイチ生の目に鋭さが加わり、その攻撃も鋭く激しいものとなっていた。
対戦を希望するトーイチ生は途切れる事が無く、剛と希美、翔と奈緒の順に、次々と模擬戦が行われていた。
≪対妖魔警報発令。対妖魔警報発令。妖魔出現場所は新宿区戸山。校内に居る特技科の生徒は特装具を着用、特装器所持の上、地下駐車場に集合せよ。繰り返します!対妖魔警報発令……≫
模擬戦をやっていた希美と奈緒は直ちに中止し、剛と翔を含め格技室に居る生徒は第7格技室を掛け出ると格技室のロッカールームに急ぐ。
地下駐車場に辿り着くと、そこには300人を超えるトーイチ生が集まっていた。
(こんなに模擬戦やっていた人がいたのか……それもそうか。第5から第10の格技室が定員オーバーだったと考えるとおかしくない……)
担当教官の説明によると妖魔出現場所は戸山公園箱根山地区の南部、出現数は推定800体との事であった。
(箱根山地区の南部か……前世までで戦った場所とは違うと言う事か……)
同じ戸山公園箱根山地区でも、アスレチック広場付近では前世まで何十回と妖魔討伐を行っていたが、南側――スズカケの広場や児童コーナーと呼ばれる広場がある辺りは足を運んでいないため、地形などを把握していなかった。
剛達を乗せた装甲輸送車が現場近くに到着すると、既に彼方此方から戦闘音が響いていた。
剛は装甲輸送車のハッチからハルバードの特装器を掴んで飛び降りると、後から降りて来た希美達に頷いて公園の中へと駆け込んで行った。
800体程いたはずの妖魔は既に半数近くが討伐されているようであったが、サイクロプスやケルベロスと言ったランクB妖魔は中々手強く、周辺のゴブリンやコボルドを含めて包囲して8人程が睨み合いの状態となっていた。
剛はサイクロプスを取り囲んでいる集団を追い越して妖魔の群れに飛び込み、ゴブリンやコボルドを切り捨てると反対に駆け去っていく。
「サイクロプスはお任せします!」
周辺の小型妖魔を一掃されて動揺したのか、サイクロプスが剛を追おうと振り返ったところをトーイチ生が背中から斬り付け、残りの7人もサイクロプスに襲い掛かると一溜りも無く切り刻まれ、塵へと消えていくのであった。
剛達が駆け去ったその先はまだ健在の妖魔がケルベロスを中心に100体以上存在しており、木立に阻まれて一掃する事が困難であった。
隣を走る剛を見遣るとその意図を理解した希美は頷き、特装器を胸の高さに構えてから法力を込めて逆一文字に一閃させながら特技を発動する。
〈空気矢!〉
100本を超える見えない矢が風切り音を立てて飛び去り、小型妖魔に次々突き刺さって消し去って行くと、希美は再び法力――今度は赤の個性――を込めて、駆け寄りながらケルベロスに向けて真向から振り下ろす。
〈炎刃!〉
胴体を輪切りに真っ二つにされたケルベロスは、希美が発動した特技の炎に巻かれ、周囲のゴブリンをその炎に巻き込みながら灰になって消えていくのであった。
第98話 『Fly high』 浜崎あゆみ




