第96話 Thriller
小金井公園での特務実習――対妖魔特別警報が発令され、妖魔を討伐した後、剛と翔は徒歩圏と言う事で帰宅、と思ったのだが、カバンなどを教室に置きっぱなしの状態である事を思い出し、装甲輸送車でトーフに戻る事にした。
夏休みではあったが平日で、暑い盛りの真昼間であった事からそこまで公園には人出はなかったのだが、それでも民間人の被害が0と言う訳では無く少なくない死傷者が出ていた。
その事もあり、帰路の車内は殆ど誰も話す事無く、エンジン音とロードノイズだけが響いていた。
(……こんな時期に、小金井公園に、しかも特別警報……いや、記憶のどこを探ってもそんな事は発生していない……何が起きている……?)
剛の知っている前世――100回以上繰り返し転生してきた人生の中で、三校合同夏季特別講習が行われた日に都内に妖魔が出現したのは剛がトーイチに入学した年の、天道に殺されたあの時以外記憶になかった。
それが何らかの要因によって改変されているとしたら、この先剛の知っている前世までと同じ未来は訪れないかもしれない。
そして何らかの要因とは、剛自身に他ならなかった。
トーイチ格技棟に戻った剛達はロッカールームに向かい、特装具を外して特装器と共にロッカーに収納するとロッカールーム前に集合する。
集まった4人は、特務実習に出動したため昼食を取り損ねており、学食に向かい予約していた弁当を取りに行く。
こう言う事情は良くある事で、学食には4人が予約していた弁当が残っており、受け取ると4人掛けのテーブルに座って遅い昼食を取り始めた。
「それにしてもヘリ使って現場急行って、そんな裏技用意してるとは思わんかったな」
うんうんと頷きながら奈緒が話題に乗る。
「ヘリちょ~早かったー。そしてちょ~煩かったー」
「確かに、御魂先生が耳栓用意していなかったら、暫くはまともに音が聞こえなかったでしょうね」
希美も奈緒の感想に同意するのだが、先程から剛が会話に乗ってこない事を希美は気付いていた。
「剛、やっぱり自宅近くに妖魔が出現したの、気にしてるの……?」
希美の声を聞いて、剛は自分が思索のループに嵌っていたいた事に気が付き、希美に向かって笑顔を見せる。
「うん、まあ……それもあるけど、今回特別警報だったのに、修羅がいなかったな、と思って」
剛は自分の想いを気付かれないように誤魔化したつもりであったが、修羅がいなかった、の一言がかえって希美に疑念を抱かせる事になる。
(違うわね……本質は修羅がいなかった事じゃ無い。剛の過去……前世では発生しなかった妖魔出現、と言う事……?そうすると……この先は剛も知らない未来になる、のかしら……)
会話をしながらも、今度は希美の方が思索の淵に引きずり込まれて行くのであった……
剛は帰宅後、自室のベッドに寝転がってぼんやりと前世までの記憶を手繰り寄せていた。
吉祥寺で天道と戦う以前は1回目の人生でしか経験していないため殆ど記憶が残っていないが、それ以降は夏休みに入るまでに対妖魔警報が2回発令されたと記憶していた。
実際に現世においても5月下旬と7月中旬の2回発令されており、そこまでは記憶との相違は無かった。
ただ今日の小金井の妖魔出現は、自分が住んでいる街であるだけに間違いなく無かったと言える。
ましてや対妖魔特別警報は剛がトーイチに入学するまで発令されなかったはずであった。
(タイムパラドックス……いや、矛盾が生じている訳では無いから違うな……バタフライエフェクト、と言う奴なのか……?)
これまで繰り返して来た前世までの人生では感じた事が無かった変化。1年半足らずの期間だと影響もそこまで大きく無かったからなのか、100回以上の繰り返しで自分とその周辺――希美、翔、奈緒と言った身近な人達――以外は特に変化は無く、妖魔の出現に関しても毎回同じであった。
だが現世では4年半以上が既に経過しており、剛が関わって来た範囲はこれまでとは比較にならない程大きく深いものになっていた。
(歴史の修正力とか何とか、そう言う言葉があったな……いや、修正されるって事は、天道を倒せないって事じゃないか……)
そうなれば剛としてはこれまでの苦労が水の泡であり、何としても避けなければならない事態であった。
夏休みが終わり9月に入っても、剛達4人は模擬戦と特技訓練の日々を送っていた。
しかし、前回小金井公園の特務実習以降1か月以上、都内に対妖魔警報は発令されないまま10月を迎えた。
10月第2火曜日――前日は祝日のため、この週最初の登校日となったその日の昼休み、いつも通り学食にて4人で昼食を取っていた。
「しっかし、1か月半も都内に警報出ないって、拍子抜けだよなぁ」
翔の言葉に奈緒がフラグ?フラグ?と茶々を入れるが、その様子を一瞥した希美が戒めの言葉を口にする。
「これまでも1か月半くらい妖魔が出現しなかった事はあります。だからと言って油断していてはダメだと思いますよ」
「ま、油断してないから毎日のように模擬戦続けてるんだけどな」
翔が軽い口調で返すが、妖魔出現が無い事に剛も違和感は感じていた。
その日の放課後、第8格技室で4人が模擬戦の準備のために柔軟体操や素振りなどを行い、準備が終わって模擬戦を開始する。
最初は珍しく希美と翔が対戦する事になった。
翔は4月の段階で身長が170cmに到達しており、今では173cmくらいになっている感じであった。対する希美は4月に162cmと聞いていたが、中学3年生の女子となると成長は止まる時期であり、殆ど伸びていないように見える。
こうなると10cmの身長差から生じるリーチ差を活かし、得物の長さの差をものともせずに翔は間合いを上手く図って得意なトリッキーな動きで希美に的を絞らせない。
だがそれも序盤の内であり、徐々に実力に勝る希美が翔の動きを制し始め、最後は翔の喉元に長剣の切っ先を突き付けるのであった。
希美と翔の模擬戦が終わり、4人で動きについて確認していたその時であった――
≪対妖魔警報発令。対妖魔警報発令。妖魔出現場所は渋谷区神宮前。校内に居る特技科の生徒は特装具を着用、特装器所持の上、地下駐車場に集合せよ。繰り返します!対妖魔警報発令……≫
アナウンスを聞いて奈緒がフラグキターーー!と燥ぐが翔から頭にチョップを喰らう。
剛が希美の顔を見ると希美も剛の顔を見て頷き、剛も頷き返すと格技棟のロッカールームに走る。
地下駐車場には200人近い特装具に身を包んだトーイチ生徒が集合しており、クラスごとに整列しているので剛達もトーイチ1年生の隣に2列縦隊で並ぶ。
担当教官が状況説明するが、妖魔出現場所は原宿警察署のすぐ裏にある原宿外苑緑道付近、その数は……約200体。
「は?200?」
翔が間の抜けた声を出すが、剛としても思いは同じであった。吉祥寺や小金井のように2,000体とも3,000体とも言われる妖魔の大群を4人で――小金井の場合は御魂も居たので5人だが――討伐してきたのである。
その間にもトーイチ生が次々と装甲輸送車に乗り込み、3年Aクラスの車両から地下駐車場を出て現地に向かう。
最後となる剛達が乗った装甲輸送車は、最初の車両が出発してから3分程経過してから地下駐車場を出て、現場に向かった。
現場近くには駐車場が無く路上で停車できる場所を探すのに手間取り、剛達が装甲輸送車から降り立った時には既に妖魔討伐は残党狩りの様相を見せていた。
「神野達、遅かったな。今着いたのか」
「妖魔は俺らで討伐して、もう殆ど居なくなったぞ」
富澤と伊達の台詞を聞いて、剛は背筋が凍るような感覚に襲われた。
(一体、何の力が働いていると言うのだ……?!)
第96話 『Thriller』 Michael Jackson




