第88話 ふたりが忘れない
『今の剛にとって、全ては希美のためだろ』
希美は今日の昼食時に翔から言われた言葉を思い返していた。
模擬戦のために第7格技室に来て、自分の戦う出番を隣で待っている剛の姿を、希美はぼんやりと眺めていた。
希美と翔の一致した予想――あくまでも想像に過ぎないのだが――が正しいのであれば、剛は一度死んで、トーフ入学以前からやり直している、と言う事になる。
……実際は一度どころか100回を超えて死に戻り――転生を繰り返していたのだが。
希美が心ここに在らずと言った様子なのは、剛も把握していた。
(……最近観察……いや、監視するような視線見せてたし、今日の昼は翔と二人で話してた……俺の秘密に勘付いた、か……?)
現世では希美に転生の事は話していない。むしろ、これまで繰り返して来た前世で転生の事を話ししたのは、初めてトーイチに入学した時だけである。
とは言えぼんやりした状態で模擬戦を行うと怪我に繋がりかねないため、希美に指摘する。
「希美……ぼーっとしてると危ないぞ。何か気になる事があるなら後で話聞くけど、今は集中しよう」
剛に声を掛けられてはっとした希美は、少し俯いた後毅然とした睨むような表情で剛に視線を向ける。
(へぇ……この表情は久しぶり、いや……現世では初めて、かな……)
そんな風に思われているとは気付かず、希美は剛を睨み続ける。
「今日、終わった後うちに寄って貰えませんか。話したいことがあります」
希美が鍵を開けてドアを開き、玄関に入ると帰宅の声を掛ける。
「ただいま帰りました」
だが、返ってくるのは沈黙――照明も消えており、本来祖父母の家であるはずだが、誰も居ないようであった。
「さあ、剛も上がってください」
希美が靴を脱いでシューズボックスに収納し、剛も靴を脱いで上がって玄関に揃えて並べ直すと、希美は階段を昇って自分の部屋に向かい、剛はその後をついて行く。
(……正月は去年も今年もリビングだったけど、違うのか……?)
剛は照明が点けられた希美の部屋に入り目を疑った。中学3年生女子の部屋として、余りにも殺風景だったからである。
2歳年上の姉である恵の部屋と比べると、その差は一目瞭然であった。部屋の中には、必要な物以外一切存在していないと言っても過言ではない。
デスクと椅子、ベッド、本棚。折り戸となっている先がクローゼットなのだろうが、ぬいぐるみやアクセサリーと言ったファンシーな物や、姿見すら存在していなかった。
唖然としている剛に対して希美はデスクに付属する椅子を引き出して剛に座るように促し、自身はベッドの上に座った。
こうやって剛を家に呼んだものの、希美は話をどう切り出せばよいか分からなかった。
いきなり、貴方は死に戻りして2回目以降の人生を歩んでますね?などと切り出すのは頭がおかしい人と思われかねない……自分ならそう思う、と考え、どのような聞き方なら良いのか悩んでいると、剛の方から声を掛けてくる。
「今日の昼に希美と翔の二人きりで話をして、その後希美が俺を誘った、と言う事は、二人が俺に対して何か同じ疑問なのか疑念なのか……そう言うのがあるって事だよね?」
剛から声を掛けられて、その内容に思うところがあった希美は、剛の顔を見据えて口を開く。
「剛って……その、ほ、他の人と、違う、その……何か……特殊な能力とか……そう言うの、持ってたり……する、の……?」
希美が言っている事は転生――何度も同じ人生を繰り返している、剛にとっても原因も理由も分からない事象――の事だと考えるが、能力なのかと言われると、自分で制御できないため敢えて違うと言う事で話を進める。
「特殊な能力……特技じゃなくて、って事だよね?それは……無いかな」
「でも……剛って先が読めると言うか、何か未来の事、知ってる感じがするのよ。……何が……あるの……?」
一度身を乗り出した希美だが、ベッドに座り直して下を向き、呟くように言葉にする。
「逆に聞くけど、希美達は俺にどんな秘密が隠されてるって思ってるの?」
剛は希美を見詰めながら軽く首を傾げると、剛の言葉を聞いた希美は一度目を伏せ、改めて剛を見詰め返すとその疑問に答える。
「翔は……死に、戻り、じゃないかって……それなら、私も納得行くわ……」
剛は天を仰ぐ。正にこれまで剛が経験してきた転生――死んで同じ時期に戻る――を言い当てているのである。
(まさかここまで核心に迫られているとはな……)
剛は視線を希美に戻してその言葉に応える。
「そのアニメは俺も途中まで見てたよ。まあ流石はアニメだけあって荒唐無稽な話だよね、そもそも俺は異世界に召喚なんてされてないし。それで……」
そこまで言うと剛は俯くように視線を恵から外す。
「仮に、だよ。俺がその死に戻りを経験してるとして……希美は、何を言いたい?何が聞きたい?」
希美は物憂げな表情を浮かべる。
「これも翔だけど……今の剛は……全て……私のために生きてる、って……」
右手で頭を掻いた剛は、ふっ、と息を吐いて笑みを浮かべる。
「翔も適当過ぎるなぁ。俺は俺のために生きてるんであって、誰かのために思えるような事でも結局は自分自身のためにやってる事だよ」
その言葉を聞いた希美は俯き、両手を握りしめる。
「……よ……」
剛はその言葉が聞き取れずに聞き返そうとしたが、思い止まり希美が話すまで待つ。
「嘘よ!だって全然辻褄が合わないじゃない!入学初日に剛が話し掛けた時、私の事を一番強いって言ったけど、武道の経験が無い剛が何でそんな事分かるの?!2年の時に特装を製作するのも面識も無い入間さんを信頼できるってどうしてなの?!……教えて……教えてよ、剛……」
希美は涙を流しながら食って掛かるように言葉を放ち、最後は耐えきれずに身を折り曲げて膝の上で手で顔を隠すようにして声を絞り出す。
悲痛な叫びを聞いて、剛は希美を直視する事が叶わず窓の外を見たまま、希美のその問い掛けに応える事が出来ずに苦しそうな顔をする。
そして希美は同じ姿勢のまま、暫くの間声を押し殺して涙を流し続けていた……
剛は椅子から立ち上がると希美の前でしゃがみ込み、泣き崩れている希美の肩に手を置いた。
「希美……俺はそんな何でも見通せる人間じゃない……去年希美が怪我をした特務実習も知っていたらもっと上手く立ち回れたし、何より……こうやって希美を泣かせてしまう事もないと思う……」
希美は顔を上げる事も叶わず、肩を震わせて無言で応える。
「さっき翔の言葉って希美が言ったけど、希美のためと言うのは俺のためでもあるんだよ。こうやって2年以上一緒に過ごして来た仲間を……何より星野希美と言う人を俺は喪いたくないから、できる限りの事を俺はやっている……これは嘘でも何でもない。本当の事だよ」
剛から言われた言葉に驚きの表情で希美が顔を上げて剛と目線が合うが、泣き顔を見られたくない希美は再び顔を下す。
「……分かりました。……私も……剛と一緒にいると、そう、決めてたから……剛が、剛にどんな、言えないような、秘密があったとしても……私は、神野剛と言う人を……貴方を信じます」
そう言うと希美はベッドから崩れ落ちるようにしゃがんだ状態で正面に居る剛に抱き着く。
「……だから、お願いです……私の……私のために、死ぬなんて……そんな事……しないで……ください……」
そう言って嗚咽を漏らす希美を、剛はそっと抱き返す。
二人は暫くの間、お互いの存在を胸に刻み込むように抱き合い続けるのであった……
第88話 『ふたりが忘れない』 美郷あき




