第85話 月あかり
吉祥寺の街から妖魔が消え去り、民間人の負傷者の搬送が終わった後、剛は念のためと言う事でJR三鷹駅から北に1km程に位置する総合病院に装甲輸送車で移送された。
天道から受けた傷は蟀谷……頭部であるため、出血量自体は少ないのだが中々出血が止まらず、その治療と念のため頭部CTスキャンで異常が無いか検査が行われた。
剛は一人でも平気と言ったのだが、付き添いに希美と、何かあった時に剛の家に連絡するために翔と、そうなると一人になるのがつまらないと言う不真面目な理由で奈緒まで同行していた。
1時間程で全ての検査を終え、剛は頭に鉢巻のように包帯が巻かれた状態で3人の前に戻ってくる。
「だから一人で平気って言ったんだよ。まあ、心配かけて悪かったとは思ってる」
翔に向かって剛が言うと、翔は呆れ顔で応じる。
「そうも言えるかよ。何かあったら恵姉ちゃんに文句言われるの、俺だぜ?」
いくら恵みでもそんな無体な事は……ありそうだな、と剛は思い返す。
「でも、明日は模擬戦休みにしましょう。無理して傷が開いたら治りが遅くなるわ」
すると休みと言う言葉に反応した奈緒が目を輝かせて話に割り込んでくる。
「休み?ならデートしようデート♪」
「いや、デートとか遊びに行くくらいなら模擬戦やるっつーの」
剛達が病院ロビーから外に出ると、SUAD隊員の一人が待っていた。
「皆さんをお送りするよう命を受けています。どちらまでお送りすればよろしいでしょうか」
その言葉に4人は顔を見合わせる。対妖魔特別警報が発令された時には奈緒の家に居たのだが、剛、希美、翔の3人は妖魔討伐の邪魔になるため手回り品は奈緒の家に置いたままであった。
そこで4人は奈緒の家から一番近い、井の頭公園通りのコンビニの前まで送って貰う事にした。
奈緒の家に戻った4人は、奈緒を先頭に家の中に入って行く。
「ただいまー。あー疲れたー」
あー疲れたー、で済む事かよ、と翔は思ったが、下手な事を言って心配させるのも悪いと考え余計な口を差し挟むのを控える。
奥の方から奈緒の母親が出迎えに来たが、頭に包帯を巻いた剛の姿を見て驚きを隠せなかった。
「神野くん!貴方怪我したの?大丈夫?」
奈緒の母親のあまりの心配振りに剛は少し困ったような表情をする。
「ご心配おかけしてすみません。かすり傷程度なので、1週間もしないで治りますから大丈夫です」
剛の言葉を聞いた奈緒の母親は軽い安どのため息を吐くのであった。
奈緒の家に戻った4人――奈緒は自宅のため帰る必要は無いのだが――は、特別警報発令から既に3時間以上経過し、午後5時を迎えようとしていたため、そこで解散する事にした。
剛は翔と希美との3人で、まだ吉祥寺駅周辺は混乱が収まっていないと考えてJR三鷹駅に向かい、希美は新宿方面、剛と翔は八王子方面の中央線快速に乗るため、別れる事になる。
「剛は今日はゆっくり休むのよ。また明後日ね。翔もお疲れ様でした」
新宿方面行のホームに向かう直前に、希美が二人の方を見て別れの挨拶をする。
「ああ、希美も疲れたろ?お疲れ様、また明後日」
「じゃあな。明後日トーフで会おうぜ」
剛と翔の挨拶を受けて、希美は軽く会釈をしてから階段を降りて行く。
「じゃ、俺達も帰るか」
翔は八王子方面行の中央線快速が停車するホームに向かい階段を降り始めると、剛も並んで降りて行き、到着した電車に乗り込んで最寄りの武蔵小金井駅に向かう。
「天道って、アレだろ?代々木公園の時に現れた修羅。ま、捕縛できたんだったら上出来じゃねぇの?」
翔が言うと、剛は半ば項垂れながら頷く。
「そうだ……だが、アイツは今日……あの場所で倒さなきゃいけなかった……」
討伐できなかった……倒す事が出来なかった。そう言う剛の想いと表情を見取った翔は、ふっ、と視線を外す。
「生きてりゃまた機会あるさ。そんなのにめげるホシガミペアじゃねぇだろ?!」
翔がバドミントンなどで言われるペアの名づけを捩って言うと、剛は薄らと笑みを浮かべた。
「ただいまー」
剛が帰宅すると、恵がリビングの炬燵だった卓に座って30代後半位の剣術師範が剣で自覚無しに伸し上がるアニメを見ていた。
「お帰りー剛……ってあんたっ!」
剛の頭部の包帯を見た恵が見ている動画を止める事もせず、剛に詰め寄った。
「一々煩いなぁ、掠り傷だよ」
そんな恵の様子を気にも留めず、剛は自室に向かいカバンを下して着替え始める。
「……本当に大丈夫なのか、剛?」
夕飯の食卓で豊が剛の頭の包帯姿を見て心配そうに声を掛けるが、剛は食事を進めながらその心配に答える。
「単に妖魔の攻撃が掠っただけだよ。本当に拙かったら、今頃入院しているはずだから心配いらないって」
言われてみれば成程、と豊は思い、安堵の溜め息を漏らす。
「……ってか、何で妖魔と戦って――あっ!井の頭公園で模擬戦やるって、そのまま吉祥寺で妖魔討伐したって事?!」
「姉ちゃん声デカいよ」
恵の声が大きくなるのも当然である。
今日の昼過ぎに対妖魔警報ではなく対妖魔特別警報が吉祥寺に発令され、しかもただの修羅では無く重警戒対象修羅――天道光がその場に現れたのである。
恵は天道の名前こそ知らなかったが、出現したのが重警戒対象修羅である事は聞いていた。
「だいたい修羅が出現したっていう場に、中学生のアンタ達が行くなんて無茶過ぎるでしょ!」
その言葉に剛は一瞬眉根を寄せた後、お茶を啜って軽く溜め息を吐いた。
「その修羅なら希美が捕らえたよ」
「は?」
恵に顔を向けて剛は言葉を続ける。
「その修羅は俺がダメージを与えた後、希美が特技で捕らえて、SUAD隊員に引き渡したんだよ」
「はあぁぁぁぁぁぁ?!」
「だから姉ちゃん声デカいって」
「い、いやぁ……希美ちゃんって、強いんだねぇ……」
顔を引き攣らせながら豊が平凡すぎる感想を漏らす。
(これまでも、俺がいなくても希美一人で天道を捕らえてたんだけどね……)
「でも、トーフ生って妖魔は討伐して良いけど、修羅はダメなはずよね。戦って法的に問題無いの?」
トーニ生であり特技科生徒とも関わる事がある恵が眉を潜めて剛に尋ねるが、澄ました顔で答えが返ってくる。
「姉ちゃん、俺ら簡易特技士じゃなくて特技士になったって覚えてないの?修羅を討伐しても問題無いよ」
平然とした様子の剛を見て、恵は呆れるほかなかった。
夕食を食べ終わって1時間程過ぎた頃、剛はマンションの外の庭のようになっている場所に来ていた。
手には2つ作った木製ハルバードのうち、トーフに持って行っていない方。
(光の翼からの神力の刃については、今日のやり方で防ぐ事が出来そう……だが、天道も馬鹿じゃあるまい。同じ手を使うとは思えない……)
もっと確実に天道を狩る方法を確立しておく必要がある。そう考えた剛は、月明かりの下で木製ハルバードを一心不乱に振り続けるのであった――
同じ頃、希美は自分の部屋のデスク備え付けの椅子に座り、考え込んでいた。
(あの時……天道を捕らえた時、剛は明らかに悔し気だったわ……因縁があるのは分かるのだけど、何故あそこまで執着するのかしら……)
そう考えていると、希美はふとある事に気付く。
(……今日井の頭公園で模擬戦やって、徒歩圏内の吉祥寺駅北口に妖魔が……天道が現れた……これって都合良すぎない……?)
希美は思わず椅子から立ち上がり、窓の外を見遣る。
(剛……貴方は一体何を知っているの……?!)
希美の顔を、答えを知らない月はただ照らすだけだった……
第85話 『月あかり』 村下孝蔵




