第8話 旅立ちの日に…
年は明けて2027年1月下旬。
剛は国立市にある国立東京第三高等学校――トーサン――の正門前に来ていた。
対妖魔特設高校の入学試験は公立高校や大半の私立高校の一般入試より早く行われる。
トーサンの場合一学年8クラス、定員260人に対して900人以上が受験し――当然ながら、合格者より不合格者の方が倍以上発生する。
このため、不合格者が別の進路に進めるように入試の時期が早められているのであった。
トーサンの入試には剛と同じクラスからは剛と翔、佐藤充と言うクラスメートの3人が受験する。
そして剛の記憶では、佐藤はトーサンには合格できず、都立立川高等学校に通うことになる。
(いや、立川高校も都立高の中ではトップクラスだから本来凄いんだろうけど……)
それ程までに対妖魔特設高校の入試レベルは高い、という事である。
受験会場である教室に入り、試験官から説明を受けた後に配られた入試問題を見て、剛はやはり……と思う。
(全く同じ問題、だな……)
そうなると剛としては不合格になる方が難しい。[前世]でも合格しているし、翌日の新聞に掲載された入試問題に対する正解で答え合わせをしていて間違えた個所も把握している。
剛は五教科全てで時間を余らせて解答用紙に答えを記入し、何度も見直して入試を終わらせた。
「お疲れー。どこか寄ってくかー?」
受験会場を出ると翔が声を掛けてきた。
時刻は15時を過ぎた辺りで、まだ急いで帰宅すると言う時間帯でもない。
剛は国立駅からトーサンに来る途中に有名ハンバーガーチェーンが有ったのを思い出し、翔を誘うのであった。
入試から一週間ほど経った1月末の三中の教室内。
その日だけ特別に――普段は持込禁止になっているのだが――対妖魔特設高校の受験者のみ持込を許可されたスマートフォンで、剛たちは合格発表をインターネットで確認していた。
トーサン以外もトーイチ、トーニを受験した生徒が同じクラスに何人かいるが、皆一様にスマホを操作して入試結果を確認し――喜ぶ者もいるが、やはり落胆する者が多い。
剛は――当然ながら合格している。そして翔も大きな声こそ出していないが、自身の合格を喜んでいる。
(まあ……当然だよな……)
結果が見えていた……いや、知っていた剛は顔色一つ変えることなくスマホを仕舞う。
その様子を見た翔が慌てて剛に近寄り、腕を取って半ば強引に立たせて廊下に向かう。
「その……剛、お、お前……」
どうやら喜んだ様子を見せない剛が不合格だったのじゃないかと心配しているようだった。
「大丈夫だよ、翔。合格してたよ」
その言葉に翔はきょとんとした顔をした後、はぁーーーーっと長い溜息を吐き、今度は笑顔になってバシバシと剛の肩甲骨辺りを何度も叩く。
「何だよーー!全然喜んだ様子じゃなかったから心配したじゃねーかよーー!!」
痛い痛いと言いながら剛は苦笑し、そして翔の気遣いを嬉しく思うのであった。
入試が終わると3年生には殆どやることが無い。
とは言え剛たち対妖魔特設高校に合格した生徒以外はこれからが入試本番となるので、受験に向けた授業が行われているのだが、剛にとっては所謂消化試合のようなもので、何となく聞き流して受ける感じとなる。
各教科の担当教師もその辺りの事情は分かっており、回答の指名を行うことも無く、そうやって2月、3月と過ぎていくのであった。
3月の上旬にトーサンで入学説明会があり、説明会の後に制服の採寸が行われる。
トーサンは国立の対妖魔特設校であるため、授業料は全額免除であり、制服も貸与品となるため購入は不要となる。
但し、貸与品であるため返却が必要で、故意や過失による汚損は弁償が必要となるため、雑に扱う事は許されない。
高校生なのでまだ伸び盛りの生徒もいるため、毎年3月に再採寸を行ってサイズを変更した新たな制服に交換することは可能となっている。
「……翔、背、伸びてないか……?」
「んー……1月に測った時は174cmだったけど……1cm伸びてるな」
むぅ、と剛は唸る。何しろ、剛は去年の4月――中学3年生になった時に168cm、今が170cmなので、一年で2cmしか伸びていない。
それに対して翔は4月が170cm、今が175cmと5cmも伸びているのだ。
「翔……身長2cm分けてくれよ」
「ちょっ。無理に決まってんだろ、草生えるわ」
「解せぬ」
「解せよ、察しろよ。まぁ、俺よりちっちゃい剛ちゃんも可愛いけどな」
「よろしい。ならば戦争だ」
採寸を終えた剛と翔は軽口を叩きながら、採寸会場を後にする。
(いよいよ高校入学が近づいてきたな……)
(1月は行く、2月は逃げる、3月は去る……って誰が言い出したんだろうなぁ……)
正しくは『一月往ぬる二月逃げる三月去る』なのだが、中学生辺りの年代なら一般的には剛が思い返した方が通りが良いであろう。
気が付けば3月下旬、三中の卒業式の日となっていた。
全員が教室に集まり、時間になると体育館に整列して移動して決められた椅子に座る。
卒業式の開始の合図に続き、全員で起立して校歌を斉唱する。
(そう言えばトーサンは学食形式だから、給食は何日か前のが最後になるんだよなぁ……)
給食の配膳後に校内放送で校歌が流れ、全員で斉唱した後にいただきますの合図になると言う謎の儀式がある三中だったが、給食が好きだった剛からしたら少し感慨深い物があった。
(……先生ともお別れか……一緒に給食食べる事って、もう無いんだろうな……)
剛が先生の方を見ると、普通に立って歌っていた――給食の時と違い、両腕を振ったり拳を突きあげたりすることは無かった――
無駄に長い校長先生の話が終わると、3年1組から順に登壇して卒業証書が授与される。
全員に卒業証書が配られたら、閉会の言葉として教頭先生から簡単な話があって、話が終わるとクラスごとに順に教室へ向かう。
体育館から出たところで、体育会系の部活に入っていた卒業生は後輩から花束を貰ったりしているが、剛は帰宅部だったのでそんなことは無い。
教室に戻ると少し遅れて担任の先生が入って来る。
先生から最後の話を聞いていると、途中から女子生徒が――中には一部男子生徒も――泣き始める。
(……まあ、小学校の卒業と違って、それこそみんな進路バラバラになるから中々会うのは難しくなるよなぁ……)
剛は幸いにして親友と呼べる翔と同じトーサンに進むので、そこまでの寂しさは感じない。だが、仲の良かった友達と違う高校に進んだ子たちは日常で会うことは殆ど無くなり――そして進学した高校で知り合った知り合った新しい友達と日々を過ごし、徐々に中学時代の友人の事は気にならなくなる――そうやって出会いと別れが生まれるのだろう。
漠然とした気持ちで剛はそんな事を考えていた……
「起立!礼!」
クラス委員長の掛け声で、ガタタッ!と椅子の音を立てながら全員立ち上がる。
「先生!今までありがとうございました!!」
「「「ありがとうございました!!」」」
「お、おう……お前たちも元気でな」
クラス全員が声を合わせて先生にお礼を言うと、先生は最初戸惑った表情を見せたものの薄く笑みを浮かべてそう答え、ゆっくりと扉に向かってから教室を後にする。
クラス全員は――いや、卒業生は全員――証書入れを手に、校舎を後にして校門へと向かう。
剛もその中の一人として、少し歩くと校門へと辿り着く。
(三年間……いや、今の人生では3年生の間だけだから一年間か……待てよ……前の人生と合わせると四年間、なのかな……)
校舎を振り返って感慨に耽っていると翔から行くぞと声を掛けられる。
剛は証書入れを持った右手を掲げて、翔を追って校門から――中学生と言う立場からも――巣立って行くのであった。
第8話 『旅立ちの日に…』 川嶋あい




