第79話 RESTART OF LIBERTY
「……そう、それでこの程度で済んだのね……」
東都医科大学付属病院の入院病棟の一角、一般病棟の個室で、希美は剛から経緯を聞いていた。
特技の増幅量が常識外れだった事から特装器には何か仕掛けがあると希美は考えていたのだが、特装具にまでそう言った仕掛けが施されていたとは思っていなかったのである。
「だから、命拾いした訳ね……ありがとう……。ありがとう、剛」
希美からそう言われた剛は困惑する。トロルを倒し切れずに希美を命の危機に曝したと後悔していた剛にとって、責められこそすれど感謝される筋合いは無いと思っていた。
「でも……俺が希美を危険な目に合わせて……感謝するなら、入間さんだよ……」
その言葉に希美が頭を振る。
「勿論入間さんの特装具を装着していたからだけど、その入間さんに特装の製作を依頼する事を決めたのは剛でしょう?剛が入間さんに依頼したから、私は命を落とさずに済んだのよ。私が今生きているのは剛のおかげよ」
希美は剛の手を取って両手で包み込む。
「でも、頭部のプロテクターは壊れたのよね……入間さん、怒ってなければ良いけど……」
その心配に入間の様子を思い浮かべて答える。
「あの人なら嬉々として修復……どころか魔改造しかねないな」
剛の言葉を聞いて入間ならあり得ると思い、希美はクスっと笑う。
「明日もう一度検査があると言う話だから、退院は明後日になると思うわ。トーフには、多分来週頭から戻る事になる予定ね」
希美は剛の手を握ったまま大事に押し抱き、この先の見込みを話す。剛はそれに対して頷くも、やはり心配して言葉を返す。
「まだ無理しない方が良いんじゃないか?退院しても数日自宅療養にするとか」
その言葉にまたもや希美が首を振る。
「そんなに長い事休んでたら体が鈍っちゃうわ。週明けから模擬戦再開ですよ。覚悟してください」
剛は少し悲し気な顔をするが、気丈に笑顔を浮かべるのであった。
「あ……それと……」
希美はベッドの脇に置かれた引き出しから何かを取り出す。
「これ……折角剛に貰ったのに、ダメにしちゃって……ごめんなさい……」
希美が差し出したのは、吉祥寺に出掛けた時に剛が希美に送った赤と青の2色のシュシュ……希美の血を吸い込んで、半分程が赤茶色に染まっていた。
差し出した希美は、剛が贈ってくれたのにダメにしてしまった事に対し、申し訳なくもあり、悲しくもあった。
希美の表情を見て、剛はその場で思いついた提案する。
「それ、俺が自宅で洗ってくるよ。入院中だとそう言う事できないだろ?洗ってから返すよ」
「……いいの?」
希美が縋るような表情で剛の顔を見ると、剛は頷きながら微笑んで答える。
「もう使えないかも知れないけど、俺としてはそれでも持っておいて欲しいからね。希美への最初のプレゼントだから」
その言葉に、希美は薄らと涙を浮かべながら、大事そうに押し抱いて頷くのであった……
翌朝――
剛が登校して2年Aクラスの教室に向かって廊下を歩いていると、教室前で仁王立ちで待つ人の姿を見止めた。
着用した白衣はボタンを留めず、不敵な笑みを浮かべて腕組みをして自慢の胸を強調している――入間聆である。
「待っておったぞ、少年!」
剛は入間に近付いてから……その胸から視線を逸らし……軽く会釈をする。
「おはようございます、入間さん。今日はどうかしたんですか?」
入間はふふっと笑い声を漏らすと剛に向けてビシッ!と指を突き付ける。
「星野の特装具の修復が終わったぞ。色々手を加えているから今まで以上に使い勝手が良いはずだ。星野はまだ退院せんのか?」
(あ、本当に魔改造したみたいだな……空を飛べるとか言われても不思議じゃないな……)
失礼な事を思いながら、剛は入間の問い掛けに応える。
「明日退院の見込みです。希美からは週明けから復帰すると聞いています」
剛の言葉を聞いて、突き付けていた方の手を顎に当てて入間は少し考える。
「ふむ……なら、もう少し手を加えてみるかな。まだ試してみたい事はあるからな」
入間の言葉で剛は少しだけ背筋が凍るような寒気を感じていた……
週明け月曜日――
この日から希美がトーフに復帰する予定で、剛は少し早めに家を出て正門前で希美を待っていた。
待つ事数分……その間に剛と希美の関係を知る生徒からは好機の目で見られていたが、そうやって待っていると予鈴が鳴る10分前に、希美が議事堂通りから階段で降りて来て正門に向かう姿が見えて来た。
待っている剛の姿を目にした希美は少し驚いたような表情をするが、直ぐに微笑みながら剛の方に向かってくる。
「おはようございます、剛」
「おはよう、希美」
希美の挨拶に返事をすると、剛は手に持っていた小さな紙袋を希美に差し出す。
「……これは……?」
剛から紙袋を受け取った希美が、剛を見据えて言う。その視線を受けて剛ははにかみながら、申し訳なさげに希美に答える。
「ごめん、3回手洗いしたんだけど、表面のは落とせても、染み付いたのが残って……」
希美が紙袋を開けて中身を取り出すと、出て来たのはシュシュ――剛が希美に贈り、血塗れになったのを洗うと言って剛が持って帰った物。
希美は落とし切れなかった血の跡が残るそれを胸に押し抱き、顔を上げて剛を見据える瞳は涙に潤んでいた。
「ありがとう……一生、大事にするわ」
2年Aクラスの教室前に向かうと、そこには仁王立ちで待つ人の姿。白衣を着崩して胸を強調するように腕組みして立ち竦む。
(わざとやってるのかな、これ……)
剛は苦笑しながら、希美は状況が良く分からないまま、その仁王立ちをする女性に近寄って行く。
「いよぅ星野!漸く退院したようだなぁ。これは私からの快気祝いだ!」
そう言うとその人――入間聆以外いないのであるが――は、希美の特装器である頭部プロテクターを軽く投げ渡す。
希美は投げ渡されたものを受け取ると、あれ……軽い、と、その感触に違和感を覚えた。
「そいつはなぁ、神経伝達装置に働いてこれまでより2割から3割ほど反応速度が上がる仕掛けを入れてだな!それから……」
入間が長々と説明を始めるが、剛と希美にとって半分以上頭に入らない説明であった。
やがて本鈴がなるが、入間は滔々と説明を続けて止める気配が無かった。
「入間さん、すみません。授業始まるので教室入ります!」
「入間さんありがとうございます。お礼はまた改めて!」
「……おや……?」
一人取り残された入間は、トーフ2年生クラスの廊下で頭を捻るのであった……
希美が教室に入ると、騒めきが一段と大きくなる。
他でも無い。トーイチ3年生を模擬戦で凌駕する希美が、特務実習で大怪我と思われる負傷を負わされた事で、トーフ生の中では動揺が走っていた。
その希美が1週間で復帰した事は、大きな懸念を抱いていたクラスメイトに対して安堵を齎す意味があった。
そしてその中で、3名程の女子生徒が剛達に駆け寄ってくる。
「神野くん、大丈夫でしたか?」
「星野さん大変そうですね。神野くん、星野さんはこちらで引き受けましょうか?」
「神野くん、星野さんの事で疲れてるでしょ?荷物持ちますよ」
剛は笑顔を浮かべながら、内心イラっとしていた。
(何だこいつらは……神野くん神野くんって、今までまともに会話した事ない奴らじゃないか……)
そう言う状況を苦々しく思った剛は、その女子生徒達に受け入れられない一言を言う。
「ありがとう。じゃあ、今日の放課後俺達と模擬戦お願いできるかな?」
剛がそう言うと、取り巻きのように纏わりついていた女子生徒は波が引くように、剛から離れて行くのであった。
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