第78話 深愛
翌朝――
剛は恵より早く家を出て駅に向かい、電車に乗ってトーフを目指していた。
目的は入間に会い、希美の――自分達の特装具にも、特装器同様に特別な何かがあるのかを確認するためである。
トーフに着くと剛は教室にカバンを置き、トーフとは格技棟を挟んで反対側にあるトーイチの特装科工作室があるフロアに向かい、パネルで入間の入室を確認するとその工作室の前まで行き、ドアをノックする。
「開いてるよ」
素っ気ない返事が入間らしいな、と思い、剛はドアを開ける。
「いよぅ、そろそろ来るんじゃないかと思ってたぞ。ぺったん娘から何か聞いたか、少年?」
制服の上に白衣を前が開けて自慢の胸を強調するような、いつもの姿の入間がそこにはいた。
「聞きたい事は大体分かっているが、まぁ先ずは座んな」
剛に座るよう促した入間は、いつものゲームチェアのような椅子にどかっと座ると作業台に顎肘を付く。
そしてその入間の目の前の作業台の上には、損壊した希美の特装具――頭部用のプロテクターが置かれていた。
剛は工作室に足を踏み入れて椅子に座ると作業台の上の希美の特装具を一瞥して、真っ直ぐに入間を見据える。
「率直に聞きます。特装具にも、特装器のような他の人が製作したのとは違う仕掛けがあるんですか?」
入間は不敵な笑みを浮かべながら、鼻をふんっと鳴らして人差し指を立てる。
「当然であろう。私が製作した特装が、そんじょそこらの有象無象が製作したのと同じな訳があるまい」
そう言い放った入間が説明した特徴は二つ――一つはやはり妖魔の生体を加工した部品を使用する事で、衝撃吸収力を倍以上に引き上げると言うもの。もう一つは衝撃を一定以上受けた場合に特装具自体が損壊する事で衝撃を半分以下に抑えると言うものであった。
「ま、そんな訳で星野の特装具はこうやって損壊したのだが、この程度なら半日もあれば元通りだ。だが、私は特装は直せても人は治せん。特にメンタル面はお前の担当だぞ、少年」
入間は不敵な笑みを崩さず、口の端を上げてニヤリと笑うと、入間の言葉に剛は神妙な面持ちで頷き返す。
「分かっています。希美は俺にとって、掛け替えの無い、大切な存在ですから」
その言葉に入間はふふん、と笑う。
「頼もしい事を言うなぁ、少年」
(おーおー、中々聞いてる方が恥ずかしくなるような事を平気で言うなぁ……)
剛が入間の元を後にして教室に戻ると、剛の席近くで翔と奈緒が待ち構えていた。
「やっほ~彼ぴっぴ~♪おっは~~♪」
「よお、剛ちゃん来たか」
奈緒はブンブンと手を振り、翔は軽く右手を上げる。そんな様子の二人に剛は歩み寄る。
「奈緒おはよう。翔、姉ちゃんから聞いたけど、昨日はわざわざウチまで来てくれたんだってな。ありがとう」
「良いって事よ。それより――」
そう言うと翔は剛に顔を近づけ、小声で話す。
「入間さんに会って来たのか?」
翔は昨日の電車内で恵と話した事を思い浮かべて尋ねると、剛は小さく頷く。
「その件は昼に学食で話すよ」
昼休みになると、いつもの4人……では無く、希美が居ないため剛、翔、奈緒の3人で学食のテーブルに付く。
「先ず断っておくが……入間さんからは別に内緒にする事でもないとは言われているが、奈緒には少し刺激が強い話になるかもしれない」
剛は翔と奈緒の顔を交互に見て、これから話す事の前置きをすると、翔と奈緒は黙って頷く。
「翔には以前話したから分かると思うけど、入間さんが製作した特装はある仕掛けが施されていて、それで他の人が製作した特装を大幅に上回る性能を出している」
「そのある仕掛け、と言うのが秘密……いや、内緒にしている訳じゃ無いなら秘訣、と言った方が良いかな」
剛の言葉にある程度想像していた通りと思い、翔は相槌を入れる。
「そうだな……その秘訣と言うのが……特装に妖魔の生体を加工した部品を組み込んでいるんだ」
「え??」
奈緒が一言だけ発して固まる。想像の斜め上と言う表現をする事があるが、斜め上どころか異次元に思える程、奈緒には全く想像できていない話だった。
その後、剛は入間から聞いた話――妖魔の生体は医療分野で研究が進められている事、加工して特装の部品として組み込む事で特装器は特技増幅力を、特装具は衝撃吸収力を大幅に引き上げている事。それとは別に特装具自体が損壊する事で衝撃を吸収する事などを伝える。
「特装器だけじゃなくて、特装具にも、だったのか……」
剛の話を聞いた翔が呆れたような口調で言う。熟練の研究者が行っているのなら兎も角、それを実現しているのが今年トーイチ特装科に入学したばかりの入間だという事実は、呆れる以外無かった。
放課後になり、正門前で奈緒と別れた剛と翔は東京メトロ西新宿駅に向かって歩く。駅の2番出口が見えたところで剛が足を止めた。
「翔、ちょっと俺様子見てくるよ」
何を、と言う目的を言わない剛に対して、相変わらず口下手だなぁと苦笑しながら翔が答える。
「病院だろ?マスク持ってんの?無いなら先にドラッグストアかコンビニで買っといた方が良いぞ」
翔から言われて剛はあっ、と気付かされる。一昨日は希美が緊急搬送された際の付き添いだったため、マスクどころか特装具を装着したままと言う衛生的にどうなのかと言う状態だったのだが、今回は通常の面会で、最近では日常で着用する人がだいぶ減った事もあり、剛はマスクの事など失念していた。
翔と別れた剛は言われた通りにコンビニでマスクを購入して着用し、東都医科大学付属病院の総合受付に向かうと、面会の受付はここではないと言われて防災センターに向かうように指示される。
防災センターに向かい、面会受付で面会記録票を書いている最中に、剛は希美がどこの病室に入院しているのか知らない事に気付く。
「すみません。一昨日緊急搬送されたので、病室がどこなのか分からないのですが……」
受付の女性にそう言うと、女性は確認します、と言ってパソコンを操作して調べ始め、その後電話を掛けて会話し始める。
長い事待たされたような感覚であったが、実際に剛が待っていたのは2分程度。電話を切り、剛の方に受付の女性が戻ってくる。
「お待たせしました、神野さま。星野さまが面会すると仰ってるようで――」
「意識が戻ったんですか?!」
思わず受付の女性に詰め寄る剛。
「……病院ですので大声はご遠慮ください」
窘められて剛は恐縮する。またやってしまった……そんな思いであった。
剛は面会受付で案内された一般病棟のフロアにエレベーターで昇ると、フロア入口に設置されているゲートに渡された面会カードを翳し、開いたゲートを抜けて希美の病室を探す。
(あ、しまった……見舞いなのに手ぶらで来てしまった……)
ここまで来て今更遅い、と思い、開き直って希美の名前が書かれたプレートが掲げられた病室を探し出してドアをノックする。
「はい、どうぞ」
聞き間違いようがない希美の声が聞こえ、剛が病室のドアを開けると、病室内にはベッドの上に座って髪を下し、頭に包帯を巻いた希美が居た。
「わざわざお見舞いに来てくれてありがとう、剛」
微笑みながらそう述べる希美の姿を見て、剛は溢れる想いに耐えきらずに一歩、二歩と希美に近付くと、ベッドに腰掛けた状態の希美を抱きしめる。
「希美……希美……」
「はい、剛」
「……希美……希美……」
「何ですか、剛」
希美は優しく剛を抱き返して、片手でその頭を愛しそうに撫でるのであった――
第78話 『深愛』 水樹奈々




