第77話 CHANGE THE BAD FUTURE
結局恵が剛から聞き出せたのは、今日の特務実習で希美が頭を殴打された事、病院――場所柄、東都医科大学付属病院と恵が推測した通りなのだが――に緊急搬送された事、そして意識が戻らない事くらいで、それ以外は俺があの時、と悔やむ言葉を剛は繰り返すだけだった。
「食事はちゃんと取りなさい。貴方が倒れたら意味が無いわよ」
そう言い残して恵は剛の部屋を後にした。
「……どうだった……?」
豊の声に恵は大きく首を振り、ダイニングテーブルの椅子に座って箸を手に取る。
「……希美ちゃんが妖魔との戦いで頭を殴られて、意識が戻らないらしいの……」
その言葉に豊は絶句する。昨年のクリスマスイブの1日だけしか会った事がない相手ではあるが、礼儀正しく姿勢が良く、何より眼が澄んだ子と言う印象を希美に持っていた豊は、剛には勿体ないくらい良い子であるのを感じ取っていた。
「それは……食事も喉を通らないだろうな……」
剛の心境を慮って表情が暗くなる豊と、心配そうにしてはいるがいつもの如くあらあらまぁまぁと言う母親を見て、恵は何ができるか考えるのであった。
翌朝――
トーニに通学のため剛より15分程早く家を出る恵は、その直前に剛の部屋をノックしていた。
「剛、できれば学校は行きなさい。一人で抱えてるより、誰かと一緒の方が良いわよ。じゃあ、あたしは行ってくるからね」
そう言い残して玄関で靴を履いて自宅マンションのドアを開け、エレベーターで1階に降りてエントランスから外に出ると、そこに誰か人の気配がある。
身構える恵に対してその人は申し訳無さそうに姿を現した。
「……翔……誰かと思ったわ……」
バツが悪そうな表情をしている翔だったが、恵に近寄って話し掛ける。
「……剛、どう、ですか……?……学校行けそうです?」
恵が軽く首を振る様子を見て、翔は大きく溜め息を吐く。
「まあ、昨日の今日じゃしょうがないか……すんません、呼び止めて」
そう言って踵を返す翔を恵が呼び止める。
「駅までの間、と言うか電車も途中まで一緒よね?詳しく話聞かせてもらえないかしら」
翔からその時の状況……と言っても、翔も伊達と富澤から聞いた話でしかなく、伊達と富澤も駆け付けた時は既に希美は血を流して倒れている状況だったので、そこまで詳しい話は聞きだせなかった。
だが、翔の言葉に途轍もない違和感――と言うより異常感を感じた。
「えっ?待って……今トロルって言った?」
「ああ……剛がトロルを全部倒していたら、と言った記憶があるので……何か?」
(トロルに頭を殴られて、出血はしていたけど命に別状は無さそうって……普通に考えたら頭潰されていても不思議じゃない……どう言う事……?)
「確認だけど、希美ちゃんは、特装具――頭部プロテクターも装着していたのよね?」
「ええ、それ含めて1セットだから、いつも通り装着していたよ」
(考えられない……どんな特装具を着けていたらその程度で済むのよ……)
「何か……その特装具、信じられない性能ね……」
その言葉を聞いて、翔はその相手の事を――恵に対する表現も含めて――思い出す。
「そう言えば、俺ら4人の特装作ってくれたの、入間さんだよ。恵姉ちゃんの中学の同級生、だっけ?」
「あのおっぱいお化け?!」
電車の中でつい声を荒げてしまい、言ってしまってから恵は恥ずかしそうに身を屈める。
「って、入間聆はあたしと同学年だからまだ1年生でしょ。何で1年生の入間が翔達の特装作ったのよ」
恵は声を潜めて、当たり前の疑問を翔に投げ掛ける。
「何でって……確か入間さんが私が作るって言い出して、剛がお願いしたって言う流れだったかと……」
その当時の事を思い出しながら翔が答えると、恵は渋い顔をして頭に手を当てる。
「特装バカが入学するとは言っておいたけど……何してんのあの子……」
「でも入間さんとんでもないっすよ。特装器も特技の増幅が5倍以上で――」
「5倍以上ですって?!」
またもや声を荒げてしまい、恵は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに身を屈める。
「何それ……性能バグってるじゃないの……」
バグってる、と言う恵の表現に翔も納得する。翔は以前剛から、入間が特装器を製作する際に妖魔の生体部品を加工して使用している、と言う話を聞いていたため、その理由も理解はしていたが、それを恵に伝える事は躊躇した。
「まあ、どんな仕組みか知らないけど、確かにえげつない性能だとは思うよ」
だが、ここまで翔から話を聞いた事で漸く恵の中で話が繋がった。
「でも、希美ちゃんが無事、とは言わないけど命に別状なかったのは恐らくそれが理由ね。悔しいけど入間の作る特装はあたしなんかじゃ及びもしない性能だわ」
その日の夕方、帰宅した恵は剛の部屋をノックする。
部屋の中から返事は無いが、恵は剛に向かって話し始める。
「剛、翔から話を聞いたわ……貴方が、入間に……入間聆に、特装を作って貰うよう強く言ったから、希美ちゃんは命に別状なかったんだね……貴方のせいで大怪我したんじゃなくて……貴方のおかげで希美ちゃんは一命を取り留めたのよ……」
すると室内からガタッと言う物音がして、2秒程で部屋の扉が開き、剛が顔を出す。
「姉ちゃん、それ……どう言う事……?」
リビングに移動した剛は座卓――冬は炬燵になる――に座り、恵が二人分の緑茶を入れて持って来て向かいに座る。
「姉ちゃん、さっきの話……どう言う事なんだ?」
剛の言葉を聞いた恵は、湯飲みを持って軽く吹いてからお茶を一口飲んで湯飲みを置く。
「翔から聞いた話だと、希美ちゃんはトロルに棍棒で頭を殴られた、と言う事らしいけど、それで合ってる?」
その言葉に剛は頷く。剛が討ち漏らした1体のトロルが棍棒を振るうところを剛は目の当たりにしていた。
剛が首肯するのを確認した恵は、伏し目がちに話を続ける。
「あのね……場所にも依るんだけど、普通はトロルに頭や胴体を殴られた人は、それだけで命を落とす事が殆どなの」
その言葉に剛はあっと思った。過去――前世以前で、トロルに棍棒で殴られて頭部が砕け散った人、胴体が圧し折られた人。腕や足なら兎も角、頭や胴を殴られた人は下手をすると原形を留めないくらいに無残な死に方をしていた。
だが希美は、流血や失神こそしたものの命を落とす事無く、病院で治療を受ける事が出来ていた。
「……どう、言う……事……?」
「だから、入間聆よ」
剛は入間聆を――恵が特装バカともおっぱいお化けとも称する、グラマラスで伝法な話し方をする豪胆な先輩を思い浮かべていた。
その剛の様子に恵はふぅっ、と息を吐いて言葉を繋ぐ。
「入間が作った特装――特装器は、5倍以上の増幅能力があるって聞いたけど、これも合ってるかしら?」
その言葉に剛は再び頷く。前世までと比較して、特技の威力が倍近くまで飛躍している事を剛は実感しており、理論は分からないもののその原因も剛は知っていた。
「と言う事は、特装器だけじゃなくて、特装具も異常な防御力……何かは知らないけど、入間が仕組んだ何が働いた、と考えるのがむしろ自然じゃないかしら?」
恵の言葉に剛はまたもあっと思う。剛が聞いた特装器の一部に妖魔の生体を加工したものを使用していると入間は言っていたが、特装器だけでなく特装具にも同様に使用している、と考えると納得が行く。
恵の言う異常な防御力を、妖魔の生体を加工した部品を使用する事で産み出していた、と言う事であれば、希美が命を落とさずに済んだ事も頷ける。
「何か心当たりが有るようね?」
恵の言葉に剛は口に手を当てて思案し、頭の中の考えが纏まってから答える。
「明日、入間さんと話してくる。本当かどうか、何が理由かは、その後話すよ」
第77話 『CHANGE THE BAD FUTURE』 BREAKERZ




