第76話 My World Is Empty Without You
装甲輸送車は新宿中央公園の公園大橋から車で5分程の東都医科大学付属病院に到着すると、希美はストレッチャーに乗せられて4階の画像診断部に搬送される。
直ちに頭部CTスキャンが実施され、画像は隣接する脳神経外科と共有される。
そんな遣り取りを知る由も無い剛は、希美の無事だけを祈っていた。
(俺があそこで躊躇せずに、トロルを倒しておけば……俺の……俺のせいで……)
待合室の椅子に座って、組んだ両手の上に顔を押し当てて、剛は慙愧の念に苛まれていた……
押し潰されそうな思いで検査が終わるのを待っていた剛が時計を見ると、既に2時間以上が経過している事に気付く。
(こんなに長い時間かかるなんて……ダメだ、希美は大丈夫なはずなんだから……)
無理やり悪い想像を掻き消すように剛は頭を振る。
その時、脳神経外科から看護師の女性が出て来たのを見て、勢いで剛は詰め寄ってしまう。
「希美は?!希美は大丈夫なんですよね?!」
「大きな声を出さないでください。ここは病院ですよ」
30代くらいの看護師に剛は窘められる。
「すみません……で、希美はどうなんですか?もう帰れるんですよね?」
看護師の女性は剛の声に直ぐは答えず、嘗め回すように剛の姿を――未だ特装具を解いていない――を見て、軽く溜め息を吐く。
「貴方、患者さんの身内の方では無いですよね。お身内の方以外に症状はお答えできません」
その答えに剛は唖然とする。長い事一緒に居た、と剛は思っているがそれは前世を含めた時間であり、実質は1年半程共に過ごした仲の良いクラスメイトでしかない。
だが、剛としては希美の無事な顔を見ずに帰る事は出来ないと思い、看護師に食い下がる。
「なら、せめて面会させてください」
しかし毅然とした態度の看護師からは非情な答えが返ってくる。
「まだ意識が無い状態です。面会はできません。本日はお引き取りください」
呆然とした様子のまま病院の1階ロビーに降り立った剛は、後ろから肩を叩かれる。振り向くとそこには翔の姿。
「トーフに戻ろうぜ。まだ特装具着けたままじゃ帰れもしないだろ」
翔に言われて剛は初めて気づく。特装器は病院に来る際の装甲輸送車屋上の貨物部に置いたため、トーイチ帰投後に誰かが回収してくれているだろうが、特装具は本人が着用しているため回収する術は無い。
「だが……希美は……」
「その話は後だ。どうせ昼飯も食ってねぇんだろ?行くぞ」
そう言うと翔は剛に背を向けて病院の入口に向かって歩き始め、悄然としたままの剛は辛うじて意識を翔に向けてついて行く。
「その様子だと飯は食えそうにないだろうだな。ま、話を聞いて想像はしていたけどな」
トーフの学食に着いて、翔がそう言って取り出したのはゼリー飲料。市販の物とは異なり、軍事作戦に携行されるような高カロリーな所謂ミリ飯で、学食附随の売店で販売されている物であった。
剛は翔に差し出されたゼリー飲料を受け取るとキャップを回し取り、一口軽く吸って喉を通す。
「伊達さんと富澤さんが俺らを見付けてくれて、状況を教えてくれたんだ。出血はあるが脈も正常で命に別状は無いだろうって」
「でも、まだ目を覚まさないんだ……」
俯いたまま翔の方を見る事も無い剛に対して、翔は軽く溜め息を吐く。
「取り敢えず、暫く休ませてやろうぜ。そもそも俺ら中2で妖魔と戦ってるのが異常なんだ。そのくらいバチ当たらねぇさ」
そう言うと翔は席を立ち、剛の肩を軽く叩いてどこかへ行こうとする。
その時初めて学食内を見回した剛は、生徒が殆ど居ない事に気付く。
「翔、どこに行くんだ?」
呼び止められた翔は首だけを半分剛の方に向ける。
「授業に戻んだよ。担任からお前を呼びに行けって特別に抜けさせてもらってただけだからな」
翔が立ち去っても剛は学食のテーブル席に座ったままだった。
こういう事は良くある……とまでは行かないが、特務実習で妖魔討伐を行う以上、負傷者が出る事は当たり前の事態であり、数年に1度は命を落とす者もいたりする。
学生の身分と言う事もあり、仲の良いクラスメイトが重傷を負ったり、命を落とした場合には無理に授業に出る必要は無く、ある程度整理が付くまで学食や保健室、或いは自宅で精神面の静養と言う事が許可されていた。
何を考える訳でも無く学食で時間を過ごしていた剛の耳に、授業終了のチャイムが聴こえる。
(今日は月曜だから放課後は模擬戦を……やる訳ない、か……希美が居ないのに……)
剛はのろくさと立ち上がると、カバンを取りに2年Aクラスの教室に向かった。
剛が2年Aクラスの教室に姿を現すと、騒然としていた教室内が水を打ったかのように静まり返る。
希美が救急搬送されたと言う話は既にクラス内に広まっており、トーイチ3年生の大半を模擬戦で下らせる程の実力者である希美ですらそのような事になると言う事実に、生徒の間では動揺が広まっていたのであった。
そのような状況下でパートナーと認識されている剛が現れたため、10人程教室に残っていたクラスメイト達は何も言う事が出来なくなる。
(翔は……帰ったのか……?)
剛は教室を見回すが翔も奈緒も姿が見えなかった。
仕方無く剛はカバンを背負い、先程まで居た東都医科大学付属病院のすぐ近くに存在している東京メトロ西新宿駅に向かい、帰宅の途に就く。
普段なら駅直通の地下通路を利用している剛であったが、この日は地上を歩き超高層ビルの間を抜けて、青梅街道に出てから横断歩道を渡り、2番出口の前に辿り着く。
左手には希美が搬送された東都医科大学付属病院のビルが聳え立っている。
剛は病院のビルを見上げ、今はどの辺りにいるのか、どう言う状態なのか分からない希美を思い浮かべると、自分の判断ミスを責めるかのように苦悶の表情を浮かべるのであった……
いつもの倍くらいの時間を掛けて剛が自宅に辿り着くと、姉の恵が既に帰宅していた。
「あら?あんた今日は模擬戦の日じゃなかったの?」
リビングのソファに座ってコーヒーを飲みながら、余命一年を宣告された魔女の配信アニメを見ていた恵が剛に声を掛けるが、剛は心ここに在らずと言った様子で恵の呼び掛けに答えずに自室に向かう。
「……何なの……?」
いつもと異なり尋常ならざる様子の剛に、恵は何があったのかと訝しむのであった。
夕食の時間になっても、剛が部屋から出てくる様子は無かった。
「……剛はどうしたんだ……?」
父親の豊が疑問を呈すると、恵が軽く首を振って答える。
「学校で何かあったみたいね……様子見てくるわ。お父さん、お母さんは先に食べてて」
そう言うと席を立ち、剛の部屋に向かう。
3回ノックした後、恵は室内の剛に声を掛ける。
「剛、入って良いかしら?」
しかし、その問いには沈黙のみが返ってくる。もう一度声を掛けるが返事が無いため、恵はドアノブに手を掛けて下ろし、軽く押してドアを開けて剛の部屋に入る。
そこには電気も付けずに真っ暗な状態で、ベッドに俯せに横たわっている剛の姿があった。
「剛、寝てる訳じゃ無いんでしょ?学校で何かあったの?」
その声を聞いた剛はビクッと反応こそするが、それ以上は身動ぎもしない様子であり、恵は軽く溜め息を吐く。
「貴方の事だから希美ちゃん絡みでしょ。喧嘩でもしたの?」
「違うっ!!」
剛は飛び起きるように身を起こして恵を一瞬睨むが、やがて苦しそうな表情で俯いてしまう。
恵は剛が何か言い出すまで待つ事にして、数分間の沈黙が剛の部屋を覆い――沈黙を破るように剛が小さな声で呟くように声を絞り出す。
「……希美が……希美の、意識が……戻らない……」
「えっ?!」
剛の言葉に恵は言葉を失うのであった……
第76話 『My World Is Empty Without You』 Stevie Wonder




