第73話 いつも君のそばに
崩落するオリンピック記念青少年総合センターの建物を、剛は呆然とした表情で眺めていた。
天道を取り逃がしたばかりか、このような被害を食い止める事もできず、これまで――前世以前も含めて――自分は何をやって来たのかと、無力感に苛まれていた。
今にも膝から崩れ落ちそうな剛の様子に居た堪れなくなった希美は、剛に近付き正面から抱きしめる。
「……あいつを、あの修羅を倒す……理由は分かりませんが、それが剛が戦う理由なんですね……」
剛は何とか力無く擦れた声で、ああ、と一言だけ返事をする。
「なら、私も剛と一緒にあの修羅と戦います。それが、バケモノと呼ばれる私の存在意義なのだと」
ああ、と再び返事をした剛の目に飛び込んできたのは、いつもポニーテールに纏め上げている希美の髪を飾るシュシュ――今年の4月1日に吉祥寺で剛が希美に送った赤と青の二色――
「そう、だな……キミと一緒にいる事を決めたんだったな……よろしく、頼むよ。希美……」
そう言うと剛は希美の背中をそっと抱き返すのであった。
「もう希美んみんと彼ぴっぴって、どう見ても恋人同士だよね。あ~~ん、翔んるん~~。あたしも彼氏欲し~~~ぃ」
少し離れた場所から二人の様子を見ていた奈緒が、いつもの調子で嘆く。
翔はその嘆きを聞いて奈緒の言葉に半ば同意するが、それとは別の思いに捕らわれていた。
(何だろう……剛がトーフに入るって言ったのと、今希美と一緒に過ごしていると言う事……何だか、最初からこうなる事を見越していたような……)
珍しく翔が突っ込んでこなかった事に奈緒は疑問を抱くが、翔は喉に刺さった骨のように残る違和感に意識を奪われていた……
夏休みも中盤の8月上旬――
剛達は土日を除き毎日格技室で、水曜日は特技訓練に充て、それ以外は模擬戦を中心に訓練を行っていた。
以前行ったように、同じ格技室に居る上級生――トーイチ生の2年生、3年生になるのだが――1対1や2対2の模擬戦を行う事も多かった。
その中には一度ならず二度、三度と剛達と対戦した上級生もおり、平沢は希美に負けたのが余程悔しかったのかあの後4回希美と模擬戦を実施して2勝3敗と五分に近い状況に持ち込んでいた。
剛達が始めた――正しくは奈緒の無茶振りに答えてくれた伊達と富澤がいて始まったのだが――学年の枠を超えた模擬戦は、剛達だけでなく徐々にトーイチに広まりつつあり、これまで対戦した事が無いタイプの相手と模擬戦が行える事で一層の戦技向上が図れると好循環を見せていた。
「そう言えば来週はお盆になるけど、奈緒は今年もお爺さんの家に行くの?」
学食で注文していた弁当を食べながら、希美が奈緒に予定を確認する。
「うん。お爺ちゃん家行くと美味しい物いっぱい食べられるし、この時期は桃にぶどうにプラムに――」
「マジで食う事ばかりじゃねぇかよ」
翔に突っ込まれるのを見て、奈緒らしいなと剛はふっ、と笑う。
「翔もお盆は墓参りか?」
そう言われた翔は剛の方を向いて頷く。
「ああ、って言っても朝霞の爺ちゃん家だから片道1時間半くらいだし、泊まって1泊だろうな」
「そうなると2日ほどは奈緒と翔がいない日がある訳ね……」
希美の言葉で剛は少し考える。奈緒がおらず翔がいる場合は3人になるため模擬戦のバリエーションが低くなる。勿論上級生に相手を依頼すれば心配する程では無いのかも知れないが、その分奈緒が少し取り残され気味になる。
更に翔もいないとなると自分と希美の二人きりになると考えると……
「いっその事来週は休みにする?」
休み、と言う言葉を耳にして目を爛々と輝かして、嬉々とした表情で奈緒が立ち上がる。
「ならデートね!!」
「いや誰もしねぇし」
相変わらずの奈緒と翔を見て少し苦笑い気味になる希美であったが、休みにして何をするかと考えると、部屋の掃除や洗濯など毎日のように行っている事以外思い浮かばない。
生活の面倒は見てくれているものの親密とは言い難い祖父母と時間を過ごすと言うのも希美には考えられなかった。
考えている内に希美はふと考えが浮かんだ。
「時間があるなら幕張に行ってみませんか?」
「幕張?」
幕張と言えば千葉市花見川区にある地名であり駅名であるが、どちらかと言えば一般的なイメージは美浜区にある幕張メッセやZOZOマリンスタジアムがある海浜幕張の方であろう。
だが、希美が野球に興味あるとは余り思えず、幕張メッセで何か特技士に関するイベントが行われているとも考え辛かった。
「海岸線の遊泳禁止になっている砂浜の一部が、SUAD指定の屋外修練場になっています。丘陵地での訓練はこれまでも行いましたが、砂地の場合どのように立ち回りに影響があるか、今の内に確認できたらと思ったんです」
言われてみると丘や木立での模擬戦は何度か行ってきているが、砂浜などでは訓練を行ったことが無かった。そもそも都内だと海岸線は有っても殆どが護岸された場所であり、近くに砂地で訓練するに適した場所が無かったのも理由ではあった。
「そう言う場所があったんだな……確かに土の地面と違って足が捕られるだろうし、そう言う訓練をしておいた方が良いかもしれない」
剛は希美に頷きながらそう言う。
「そして海に沈む夕日を眺めながら二人は海岸線を手を繋いで歩く……う~~ん、ロマンチックねぇ~~♪」
「東京湾の一番奥で見れるわけねぇだろ」
相変わらず妄想全開でうっとりした表情をする奈緒に、翔は頭に軽くチョップをして突っ込む。
翔が突っ込んだものの、今は8月で太陽の沈む角度が浦安の方になるが、1月頃であれば羽田空港の方になるため25km近くの距離があり、見た目的には海に沈む太陽と言う光景を眺める事は可能であった。
(まあ、そんな時間になる前に切り上げるんだけどな……)
翌週水曜日、8月14日――
今日から翔が一泊で埼玉の祖父母の家に向かい、父親の墓参りをすると言う事で、この日に幕張海岸に向かう事を希美と決めていた。
待合せはJR新宿駅東改札を入って少し先にあるロッカーの前にしており、今日は荻窪で東京メトロ丸の内線には乗り換えず、JR中央線快速でそのまま新宿駅まで来ていた。
本来であれば東京駅までJR中央線快速のまま行けるのであるが、慣れていない駅での待合せでは不安があったため、剛の方から新宿駅待合せを希美に提案していた。
剛が電車を降りてエスカレーターで地下1階の北側連絡通路に来ると、右に見えるロッカー前には既に希美の姿があった。
先日の内に教室から収納袋に入れて持ち出していた木製のハルバードを右手に、剛は希美に歩み寄って左手を上げて挨拶する。
「おはよう、希美。待たせたみたいだね」
既に剛の姿を見止めていた希美が軽く会釈をする。
「おはようございます、剛。まだ時間前でしたから大丈夫です」
ん、と剛は頷くと希美を促し、東京駅までの電車に乗るために先程降りたエスカレーターを逆に昇って行く。
本来であれば平日朝8時半は最も電車が混んでいる時間帯なのだが、お盆真っただ中のこの日は大企業を中心に夏季休業の所が多く、剛の父親も昨日から3日間の夏季休暇を取っていた。
おかげで東京駅までは座る事ができ、剛は希美から幕張の屋外修練場について話を聞いておくことにした。
電車は15分と掛からず東京駅に到着し、京葉線に乗り換えるために東京駅構内をかなりの時間歩くことになる。
「……失敗したかな……?」
京葉線のホームに辿り着いた剛は、その人の多さに――しかも大半が親子連れである事に気付き、呟いてしまう。
既に丸い耳の付いたカチューシャを被っている子ども――中には大人でも被っているが――を見ると、その目的は一目瞭然であった。
希美は剛の想いに気付くが、既にここまで来ている以上は電車に乗るしかないと思い、剛の手を引く。
「ここに立っててもしょうがないわ。乗りましょう」
第73話 『いつも君のそばに』 安全地帯




