第72話 見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ
トーイチ3年Aクラスの、しかも最上級レベルの特技士と互角かそれ以上に渡り合った……むしろ、剛と希美は打ち勝った……状況に、周囲で模擬戦を止めて見ていたもはや絶句する以外の手段を持ち合わせていなかった。
3年生でもDクラスやEクラスの生徒ならまだしも、Aクラス、それもクラスの中でもトップレベルを相手にして、この結果であった。
「お、おい……どう考えても勝てる相手じゃないぞ……」
「でも、相手が強い方が模擬戦としては鍛えられる……の、か?」
騒めく第9格技室は、新たな歴史を見ている事に今は全く気付いていなかった。
だが、その歴史は剛と希美の新たな輝かしい歴史になるかと言うと、そうとも限らなかったのだが……
夏休みに入り、5日程経った日の事であった。
その日も剛達4人は格技室で模擬戦を行い、一通り終わってそろそろ昼食にしようかと言う時間帯。
≪対妖魔警報発令。対妖魔警報発令。妖魔出現場所は渋谷区代々木神園町。推定妖魔出現数は約1,000体。校内に居る特技科生徒は特装具を装着、特装器所持の上、地下駐車場に集合せよ。繰り返す。対妖魔警報発令……≫
4人は顔を見合わせると頷き、格技棟のロッカールームに走り出す。
地下駐車場に向かうと160名程の生徒が集まっていた。
妖魔出現場所は代々木公園、その数およそ1,000体。特別警報の発令には及ばないが、SUAD本隊がスクランブルで出動する妖魔の数である。
剛達4人は特装器の状態を確認し、希美と翔は納刀して帯同したまま、剛と奈緒は装甲輸送車の天井貨物部に置いて、出動を待った。
「なあ……妖魔を直接倒すって、どんななんだろ……」
翔が未知の――遠距離特技では倒していたが――事に対して不安げに言う。
「感触は、こんにゃく叩くと思えば良い。言っては悪いが、奴らは消し去らなきゃいけない相手だ。躊躇うなよ、翔」
剛は今世では直接特装器で妖魔を倒してはいないが、これまで何百、何千と倒してきた経験から翔に伝える。
(……そういう意味では希美も奈緒も同じなのか……)
そういう意味、では剛も今世では妖魔を直接は倒していない。だが、剛には前世以前の経験があり、その感触を覚えていた。
これを乗り越えられるか、と言うのは、特技士として使命を果たせるかと言う至上命題と同義でもあった。
現着して装甲輸送車からハルバードを手にして飛び降りた剛の目には、地上の妖魔の大群に加えて上空に黒い点を現す存在も見て取れた。
躊躇わずその黒い点に向けてハルバードの穂先を向けると法力を込める。
〈溶岩弾!〉
恐らく相手はランクDのグレムリン。剛は拳大の10個ではなく、小指の先程の大きさの100個の溶岩を生み出して黒い点に向けて放つと、赤い尾を引きながら大量の溶岩は飛び去り、2秒も経たずに300m程先のグレムリンの大群を消炭と化していく。
呼応するように希美は飛翔斬、翔は空気矢、奈緒は火炎矢を放ち、地上の妖魔を削り取って行く。
その状況を、装甲輸送車の天井に胡坐をかいて座って、双眼鏡で見ていた男が独り言を言う。
「やれやれ、困りましたねぇ。彼らは局地の戦局をいとも容易く覆しますねぇ」
その瞬間、空気が変わった。
絶対零度を思わせるような凍り付く空気が戦場に蔓延する。
悍ましさを凝縮したような何かが、この場に居る事を知らしめるかのように。
(これはっ……天道?!)
剛は四方に目と気を配り、最悪の災禍を探すべく動き始めた。
気配を察したのは剛だけではなく希美も同様だったが、希美としては初めて感じる背中を爬虫類が蠢くような艶めかしい不快感に、その不快感を打ち消し、振り払うための動きが出来なかった。
(何……何ですか、この……気持ち悪さ……同じ世界に居てはいけない何か……それが、そこに居る……の?)
胃を突き上げるような不快感に耐えながら、希美は剛が駆け出した方向に向かうのであった。
(天道!!ここで、今、お前を倒せばこの後に起こる事は無くなる!!)
剛はハルバードを振るい、幾多の特技を発動させて、妖魔の大群の中を駆け回る。その一番瘴気が濃い場所――天道がいるはずの場所を目指して。
10秒も駆けたその先に、そいつは存在していた。
そこに立っているのは、身長150センチにも満たない小柄な体に青みがかったショートボブの銀髪、白を基調としたロリータ風の衣装に身を纏い、真っ白にも見える顔に輝く金色の瞳は大きく見開かれてどこに焦点があるのか定かでない女――重警戒対象修羅第255号、天道光――
爬虫類のようなヌメッとしたその目を見開き、不自然に大きな口を開けて、人とは思えない鋸の歯のような牙を見せつける。
「あらぁ?アタシの事が分かるのかしら?今日はボウヤが遊んでくれるのぉ?」
蛇のような舌で唇を舐めると、天道は手にしたメイスを肩に担いで剛の方に近付いて来る。
あと数歩で剛の間合いに入るその時、天道は足を止めて見開いて焦点が定かでない眼で剛の事を凝視する。
「ん~~~、ボウヤ面白い魂持ってるわねぇ。アタシよりもバケモノじみてる、人間止めちゃいました~って、そんな感じよねぇ~」
剛の頭の中ではこれまで100回以上に渡り天道の手で殺された光景が、フラッシュバックのように浮かんでは消えていた。
これまで剛自身と、そして希美を幾度とも無く手に掛けてきた天道を目の前にして、冷静でいられない自分自身を剛は冷ややかに自覚していた。
敵を目の前にした愉悦と怨讐が渦巻き、怒りながら笑うと言う狂気の表情を浮かべ、剛はゆっくりと天道に向かって歩を進める。
「――天道おおおおぉぉぉ!!」
剛は特装器に赤の法力を込めると力任せに振り回す。
〈炎刃!!〉
特装器であるハルバードの穂先から5mの炎が生じ、振り払いにより炎が天道を襲う。
〈光防壁〉
天道が右手を翳して特技を発動すると自らを包み込むような光の半球が発生し、天道に迫る炎刃は半球に沿って分かたれる。
防がれた事を理解した剛は瞬時にハルバートを翻して炎刃を消し、天道に駆け寄りながら緑の法力を込めて真向に斬り掛かる。
〈剛力斬!!〉
振り下ろした斧頭が衝突すると、天道の光防壁はガラスが割れるような音を立てて砕けて光の塵となり、天道は慌てて右手を引き、後ろに跳躍してからメイスを振るう。
〈破砕光球〉
野球のボール程の光球が迫るが剛は穂先の突きで爆散させ、辺りは光の爆風に覆われる。
周囲を満たした光で視界を奪われながらも、剛は天道に向かって素早く踏み込んでハルバードを振り下ろすと天道はメイスで受ける。
「ふぅ~ん、それ、面白いわね……そこらの奴が持ってる武器と、なぁ~~んか違うわねぇ?」
瞳孔が開いたままの爬虫類のような赤い眼で剛を――剛の持つ特装器を見て、天道は感じた違和感を口にする。
「そうさ……お前を倒す、俺の執念が乗り移っているんだよっ!」
体重をずらしてメイスで受けられていたハルバードを受け流させると、手首の動きを使って捻り返して左逆袈裟に切り上げる。
「剛!一人で戦おうとしないで!相手は修羅よ!」
希美は駆け寄って加勢とばかりに天道に斬り掛かるが、天道の力任せのメイスの振りに弾かれて押し返される。
遅れて翔と奈緒も周囲の小型妖魔を蹴散らしながら駆け寄り、剛と肩を並べて天道に向かって特装器を構える。
その様子に天道は蛇のような舌なめずりをして4人を眺める。
「ふぅん、お仲間チャン登場ねぇ……まあ、いいわぁ。今日は当初の目的果たしたしぃ。でも、覚えておくわよぉ、ボウヤ達」
天道が両手を翳して直視できない程の眩い光を生じさせて姿を消すと同時に、隣接するオリンピック記念青少年総合センターの複数の建物が爆発し、崩れ落ちていくのであった……
第72話 『見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ』 BUCK-TICK




