第68話 Can You Keep A Secret?
その機会は想像以上に早く訪れた。
ゴールデンウィークに入る直前の4月25日。5時限目の授業を受けている最中に対妖魔警報が発令され、トーフの2年生、3年生は特務実習が行われる。
ただ、3年生の内AクラスからCクラスの生徒は基本的に特装を装備してトーイチ特技科生徒の戦闘の見学が主体で、妖魔が接近するなど危険な場合のみ自らも戦闘を行うが、基本的には手を出さないように指導されている。
DクラスやEクラスの生徒や2年生に至っては特装を所持していないため、3年生の護衛の下で見学するに留まる。
その2年生の中で剛・希美・翔・奈緒の4人は例外であり、特装具に身を纏い、特装器を手に3年生の列に加わる事となる。
妖魔出現現場は新宿区大久保三丁目。名門大学のキャンパスや公務員宿舎などが立ち並ぶが、隣接する戸山公園大久保地区内――トーイチの時に剛達が妖魔殲滅を行った戸山公園だが、箱根山地区ではなく明治通りを渡った西側――に300体程の妖魔が出現したとの事であった。
だがその中にランクC妖魔のトロルも10体程確認されており、数こそ多くないが警戒度はやや高めであった。
(まあ今の俺と希美ならサイクロプスでも充分渡り合えると思うが……)
現場に到着すると4人は一団となり、トーフ3年生と並んでトーイチ生徒の戦闘を目を凝らして眺める。
「……何だか思ったよりみんな動き良くねぇな……」
翔が不意に思いを口にする。これまで1年以上希美や剛と模擬戦をやってきた翔にすれば、その二人よりもたついた動きを見せる生徒が少なくない。むしろ、希美や剛より俊敏な動きを見せる生徒の方が圧倒的に少なく見えた。
「まあ、外部組だったらまだ1か月経ってないんだから、そう言うものじゃないか?」
剛はそう答えたものの、思いとしては翔と同じでやはり動きにキレが無く、漫然と特装器を振り回して、特技も効果的に発動できていないように見えた。
(この状況で飛び出して行ったら、流石に怒られるんだろうな……)
妖魔の数は徐々に減っているが、1年生の中には疲れを見せ始めている者が出てきていた。
経験者を含めるように1クラス1名ずつの5人1組でマッチアップしているが、組合せが悪く長柄武器だけのチームは小回りが利かず、体が小さく動きが素早いコボルドに苦戦しているのが見て取れた。
追い払おうと焦って二人が振るった槍同士がぶつかり合い、体勢を崩したところにその二人の死角からゴブリンが襲い掛かる。
(危ない!)
剛は咄嗟に特装器をゴブリンに向けて法力を込める。
〈岩石弾!〉
法力を極限まで絞った事で1個だけ拳大の岩石を発生させると、岩石は瞬く間にゴブリンに迫りその頭を砕くと全身が塵のように崩れ去る。
背後で大きな音が聞こえた二人は振り向くが、既に塵と化したゴブリンであった物を見ただけで何が起こったのか見当が付かなかった。
そして30mはあろうかと言う距離で精密にゴブリンの頭部に一発で命中させた剛の特技を見たトーフ3年生は、恐れ戦いた表情で剛の方を見る。
(えっ?……あれ?拙かったか……?)
そう思い隣の希美を見るが、特に感慨は無いようで何かあったのかと言うような表情で剛の事を見返してくる。
しかし、何でも無かったと言う事はなく、3年生を引率していた格技担当教官が剛に向かってやって来るのを見て、やっぱり拙かったのか、と思い返した。
「神野、お前さっき特技発動させたな?」
ヤバい……トーイチ生を助けるためとは言え、2年生の立場で特技を使用するなんてダメだったのか……と思うが、時間を巻き戻せる訳でもなく、剛としては認めるしかなかった。
「はい……岩石弾を発動させました」
男性教官はふむ、と顎に手を当てて少し考える。
「1発だけだったように見えたが、普通に発動させてその数なのか?」
怒られるのでは無さそうだと剛は少し安堵して答える。
「いえ、全力で法力を込めたら50発くらいになる――」
「50発だと?!」
教官はその数の余りの多さに驚愕を隠し切れなかった。
(あ、もっとヤバい事になるかも……)
「私の知っている範囲だと、岩石弾はだいたい20発……多い者でも30発が限度だが、神野は50発も発動させる事ができると言うのか?」
その言葉に剛は手にした特装器を眺めて答える。
「はい。この特装器……特装科の入間さんに製作して頂いたのですが、増幅力が通常の倍近くあるようでそれだけの威力になっています」
「入間?」
男性教官は名前を聞いてトーイチ特装科の生徒の顔を思い浮かべるが、そもそも名前に心当たりが無く、全然思い出す事が出来ない。
「そんな名前の生徒は記憶に無いが、本当にいるのか?」
「はい、1年Fクラスに――」
「1年だと?!」
(これは……妖魔の生体を素材に使っている事、絶対に言っちゃダメな奴だな……)
驚きの表情で剛と、剛の特装器を交互に眺めている男性教官は「バカな……嘘だろ……」と声が漏れている事に気付いていない様子。
そして剛の横では入間の名前を聞いた翔が「ぺったん娘」と恵を表したのを思い返して、必死で声を出さないように笑っていた。
その場は男性教官が特装器を製作した特装科生とが1年生と言う事で混乱したため何とか収まったのだが、恐らく数日の内に話は広まると想像した剛は、放課後になると真っ先に入間の所に急いで行く。
「おう、どうしたのだ少年?」
入間が教室の入口に居る剛を見付けると自ら近付いて来た所に、剛は声を潜める。
「少し話があるのですが、時間ありますか?」
ほう、と声を上げると入間はニヤッと笑う。
「では工作室で話を聞くとしよう。ついて来い」
入間は剛の返事も待たずに工作室の方へ歩いて行き、剛も遅れないようについて行くのであった。
工作室に入ると入間はお気に入りの椅子にどかっと座って足を組み、剛にも座るように促してから腕組みをする。
「で、私が製作した特装器が他とは違うと言う事が知れ渡ったか?」
何故それを、と思った剛であったが、意にも介さず入間は言葉を続ける。
「特務実習が行われた後に君がここに来るのは、理由としてそれ以外に無いだろうと思ってな。どうやら合っていたようだな」
剛が頷くと入間は顔の前で左手の人差し指を伸ばしてポーズを取る。
「で、知られて何が困ると言うのだ?」
「えっ?」
「私の製作した特装器は、前に言った通り妖魔の生体を加工して部品にしているおかげで、他の者が製作した特装器に比べて特技の威力が倍近く違う。それは事実だ。だが、威力が強い事も、妖魔の生体を使用している事も、知られて誰が何を困ると言うのだ?」
「いや、あの……」
剛は二の句が継げなくなる。特技の威力が大幅に増幅される事はまだしも、妖魔の生体を部品に使用していると言う話は色々と拙いのではないかと考えていたのだが、入間は別に知られたところで構わないと言うのだ。
戸惑う様子を見せる剛に対し、入間は顔の前で立てた人差し指を蟀谷に充てる。
「大体考えても見ろ。妖魔の生体を入手したとて、どこの部品に、どのような加工をすれば良いか分からん奴らが一朝一夕に真似できると思うか?真面に研究していたらトーイチを卒業してもまだ終わらんぞ」
「じゃ、じゃあ入間さんは……何でそんな事が出来るんですか……?」
剛の言葉に入間はふふんと鼻を鳴らすと椅子から立ち上がり、腕組みをして自慢の胸を強調するかのように胸を反らす。
「決まっているだろう、私が天才だからさ。アーッハッハッハッハ――」
呆然とする剛の耳には入間の甲高い笑い声が響き続けるのであった……
第68話 『Can You Keep A Secret?』 宇多田ヒカル




