第63話 Smile Please
年は開けて2025年1月1日――
大晦日は深夜まで……場合によっては明け方近くまでテレビ番組で見たい物があるかもしれないからと、昼前の11時にトーフ正門前集合に合わせて、剛はJR中央線快速から東京メトロ丸の内線に乗り換えて向かっていた。
服装はクリスマスイブの日に希美を迎えに行ったのと大差無い、ジーンズにダッフルコートで中に着ているのが先日とは違って今日はモスグリーンのセーターであった。
待ち合わせの10分程前にトーフ正門前に剛が到着すると、そこには既に希美の姿があった。
「明けましておめでとう。今年もよろしく」
希美に近付いて剛は右手を上げて挨拶をすると、希美は剛に向き直ってお辞儀をして挨拶を返す。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
今日のコーディネートはキャップは被っておらず、スカートに黒のタイツ姿で剛は少し見入ってしまった。
2分と経たずに翔も合流し、後は奈緒を待つのみだった。
(まさか……いや、そこでお約束を貫くのが奈緒だから……)
待ち合わせ1分前になり、3人の耳に声が届いた。
「お~~い、みんな~~~♪」
声の方に視線を向けると、奈緒が手を振りながら――片手に食べ掛けのレタスドッグを持って――3人に向かって歩いて来ていた。
「何食ってんだよ!」
翔が突っ込むが意に介さずレタスドッグを頬張る奈緒を見て、希美は溜め息を吐き、剛は苦笑いをする。
(やっぱりブレないのが奈緒だな……)
4人は新宿中央公園からそのまま境内に入るのではなく、いったん十二社通りに出てから階段を上り、鳥居をくぐってから拝殿に向かう。
既に500人を超える参拝客が並んでおり、後ろに並ぶと少しずつ前へ進んでいく。
「これは……想像より多いな……」
剛が人だかりを見て率直な感想を漏らすと、翔が呼応するように述べる。
「いやまぁ、これなら神宮みたいに拝殿まで1時間とかはないんじゃね?」
神宮――翔が言ったのは明治神宮であるが、3が日で300万人が参拝に訪れる明治神宮に比べると、規模としては10分の1……よりもっと少なく感じられた。
牛歩の速度で15分程掛けて本殿前に辿り着くと、銘々財布から賽銭を取り出して賽銭箱に入れ、二礼二拍で祈り始める。
(もっと……もっと強くなりたい……天道に勝てる力を、もっと力をください……)
剛の願いはこれまで転生してきた意義を、最も濃く、分かりやすくしたものであった。
最後に一礼した剛は、自分が転生してきた目的はそれ以外に無いと、そう思っていたからである。
「みんなは何願ったー?って奈緒は分かってるから要らね」
「なんでやねん?!誰がデートしたいって願ったって言っとんや?!」
「バレバレだろ!」
翔と奈緒の掛け合いに、剛と希美は顔を見合わせて笑う。
1年とまでは言わないが去年の4月から9か月、同じクラスで毎日顔を合わせて来ており、途中からは週3回の模擬戦をやっている何時もの面子に、この4人のスタンダードが出来上がっている事を剛と希美は改めて感じていた。
「ねえ、みんなまだ時間あるかしら?」
境内を出て再び十二社通りに出た時に、希美がいきなり尋ねてくる。
剛と翔は顔を見合わせ、その後奈緒の方に二人は視線を向ける。
「ん~~、剛は希美の物だし~~、翔っちとデートって気分じゃないかなぁ~~」
「いや俺もお前とはデートしねぇし」
始まった……と苦笑しながら剛は希美に視線を向けると、少しだけ考えた希美は3人に次の行動の提案をする。
「ちょうどお昼時だし、家でお昼にしません?」
その言葉に改めて剛と翔は顔を見合わせ、ぶんぶん頭を振る奈緒に同意するように頷くのであった。
希美の……と言うより、希美の祖父母の家は、十二社神社から歩いて20分程であった。
玄関が施錠されていない事を確認した希美は、ドアを開けて帰宅を告げる。
「ただいま戻りました」
10秒程して、奥から希美の祖母が歩いてやって来る。70歳手前位の、見た目は品の良さげな老婦人であったが、剛はこれまでの話から何を言われるかと身構える。
玄関までたどり着いた希美の祖母は、冷ややかな声で剛達を迎え入れる。
「お帰りなさい……そちらは附属中学校のご学友ですか?」
「はい。同じクラスで研鑽を積んでる友人たちです」
正月の冬の空気より冷たい時間を3人は感じた。
(やはり……こう言う人達しか希美の周りには居なかったのか……)
剛は苦々しく思いながらも顔に出さないように――生きた年数で言えば剛の方が倍以上の暦を過ごしてきているので――辛うじてにこやかにしていると、希美の祖母が言葉を繋ぐ。
「お上がりください。おもてなしはできませんが、ごゆっくりお過ごしいただければと」
挨拶もそこそこに4人の前から去った希美の祖母を見送った剛達は、希美に案内されてリビングに入った。
剛からするとマンションと違う一軒家の造りに、翔の家の一軒家と比べながら見回すと、生活感が乏しい事に気付く。
(翔の家は、小母さんと翼ちゃんがいるからまだ活気がある、のかな……?)
「ちょっと待ってね。炬燵の電気入れるから」
希美が炬燵の電源スイッチを入れると、3人を入るように促してから、キッチンに向かう。
「一応お節作ってて……半分くらいは私が作ったから、みんなにも食べて欲しい……ってちょっと烏滸がましいかな?」
苦笑いをしながら、希美は3段重箱を持って来てからその後食器を並べ、再びキッチンに戻って行く。
「お雑煮作るけど、お餅何個がいいですか?」
希美の手料理……と言えるか分からないが、振舞って貰うって初めてだな、と思いながら剛は答える。
「じゃあ、俺は2個でいいかな?」
「俺は3個で」
「あたしは5個ーー!」
お約束通り奈緒は翔にチョップを喰らう。その様子を見て、希美はクスクス笑う。
「奈緒は5個ね。分かったわ」
雑煮が出来上がって各々の前に器に入って出され――奈緒のは倍くらいのお椀だったが――希美が炬燵に入ったところで、全員で食事を始める。
食べ始めてから、雑煮の餅を頬張った奈緒がふと疑問を口にする。
「ほーひへははんへひへひ――」
「飲み込んでからしゃべれや」
翔から軽くチョップを食らうと、奈緒は口の中の餅を飲み込んでから再び言葉を口にする。
「そーいえば、何で家に呼んでくれたの?……この後くんずほぐれつひよ――」
再度チョップを食らう奈緒。だた、その疑問は翔もそうだが、剛にも同じように持っていた。
それに対して、希美は少しはにかんだ表情で応える。
「年末に、剛の家にお邪魔させて貰ったでしょ。暖かい人達で、凄く居心地が良かったの」
その言葉に、剛は意外と感じ、翔は納得して頷く。
「剛の家は父ちゃん穏やかだし、母ちゃんほわほわした人でしょ。少し口煩いけど恵姉ちゃんも俺らの事気に掛けて言ってくれてるの分かるからなぁ」
剛からしたらそこでしか暮らしてきていないため、今の家族は当たり前でしかない。
だが、剛にとっての当たり前が、他の人にとっての当たり前とは限らない。
奈緒は両親と妹と住んでいると言うので剛と似たような境遇だろうが、翔は父親を喪っており、希美に至っては両親から捨てられたも同然の状況である。
「うん。だから私からも少しでもお返しできたら、って思ってね」
(家族……って、人によってこんなに違うのか……)
剛はそう考えると、自然と言葉が口を突いて出る。
「希美、今年のクリスマスもウチに来ないか?みんな歓迎するよ、きっと」
その言葉に希美は微笑んで頷くのであった――
第63話 『Smile Please』 Stevie Wonder




