第62話 Beautiful World
「あらあらまあまあ、貴女が希美ちゃん?ようこそいらっしゃい。いつも剛がお世話になってて本当にありがとうね」
「母さんそう言うのいいから。さ、希美も上がって」
剛が先に靴を脱いでマンションの部屋に上がると、希美は頭を下げて挨拶する。
「星野希美です。今日はお邪魔します。こちら皆さんでどうぞ」
そう言って手に持っていた紙袋を差し出すと、母親はあらあらまあまあと言いながらそれを受け取る。
希美を促してリビングに入ると、恵がテレビとソファーの間に設置されたコタツの住人となっていた。
「いらっしゃい、この状態で失礼するね。剛の姉の恵です。よろしく」
「剛と同じトーフの1年Aクラスの星野希美です。よろしくお願いします」
希美が恵に向かってお辞儀しながら挨拶していると、キッチンの方から母親の雫が声を掛けてくる。
「まあまあ挨拶は程々で。お腹空いてるでしょ?お昼にしましょう」
「お口に合うかどうか分からないけど、どうぞ食べてちょうだい」
ダイニングテーブルの上には4人分の食事が用意されていた。ご飯に豚の生姜焼きとキャベツの千切り、ほうれん草の白和え、根菜の味噌汁と言ったメニュー。
「ありがとうございます。いただきます」
既に午後1時を回っており、やや遅めの昼食であるが4人はテーブルを囲み食事を始める。
「こんなのと今日一緒に過ごして、変な噂になるかもしれないけど大丈夫?」
こんなの……と恵が希美に尋ねるが、希美は一瞬剛の顔をチラっと見てから軽く首を振る。
「ご……神野くんとは大体いつも一緒にお昼ご飯食べたり、模擬戦やったりしていますので、その辺りは今更なので気になりません」
「神野くんって……いつも通り剛でいいよ」
それこそ今更である。先程恵に挨拶した際に「剛」と言っていたので、普段からそうなんだろうな、と恵は認識していた。
「へぇ……翔と、その奈緒って子が大体一緒なのね。翔は兎も角奈緒って子は剛の相手して大変でしょう」
恵の言葉に希美も剛も苦笑してお互いに顔を見合わせる。
「いえ、奈緒はちょっと変わってて……それで翔にいつも突っ込まれてるんです」
その希美の言葉を聞いて、恵は少し考える……本来明るい性格の翔の方がボケ役だったと思ったんだけど……と、小学生時代の翔を思い出して、奈緒と翔の関係性が中々想像できなかった。
「何かあると直ぐにデートだ、恋人だって言うから、調子狂うんだよね」
「剛、普通の中学1年生はそう言う事に興味持つものよ。何ジジ臭い事言ってんのよ」
(ジジ臭い、か……まあ、仕方ないか。大体何年生きてんだ、俺……)
これまでの100回を超える1年半の人生の繰り返しを思い起こしていた時――
「あ!来年トーフの2年生が特務実習に参加するって、ひょっとして貴方達?!」
校内でも最近話題となっている事を恵が尋ねてくると、剛は思考の淵から引き戻されて、希美と顔を見合わせる。
「恐らく、ですが、私と剛、翔、奈緒の4人だと思います。はっきりと名前が挙がっている訳ではありませんが」
昼食を食べ終えて母親が入れたお茶を飲みながら、希美の言葉を聞いた恵はふーんと言った顔をする。
「でも残念ね。来年トーイチに特装バカが入学すると思うけど、入学したてだからそいつに特装製作して貰うのは流石に無理でしょうね」
特装バカ、と言う恵の表現を聞いて、剛は直ぐに入間の顔を思い浮かべた。確かに前世で剛達の特装器をメンテナンスしてもらうなど、特装に対する思い入れも知識も格別と言える人だが、以前剛が思った通り1年生では特装を作って貰う事が難しいと言う事を、恵の台詞で改めて考えさせられる。
「剛、希美さん連れて外出てきたら?小金井公園辺りなら時間潰せるでしょ」
食後のお茶も飲み終わり、手持ち無沙汰感が出始めたところで恵がそう言って来た。
小金井公園は剛の住んでいるマンションから北に10分程歩くと西門に辿り着く距離にあり、北東の小平市域のエリアにはSUAD指定の屋外修練場が存在している。
それ以外にも江戸東京たてもの園や江戸時代から明治時代の旧亭があったり、季節によって様々な草木が花を咲かせたり――今は冬なので花の見どころは少ないが――広場ではボール遊びをしている人達もいたりする、広大な敷地を誇る公園である。
剛としては生まれてから小金井市に住んでおり、今のマンションの一室を父親の豊が買ったのが剛が2歳の頃なので記憶にある間ずっと親しんできた公園なので、どういった所か熟知していると言って良い状況であった。
「そうだな……家に居ても余りやる事無いし、それもアリかな。希美はどうかな?」
剛からの問い掛けに対して希美は薄らと笑みを浮かべる。
「良いですよ。剛に任せます」
ん、と頷いて剛はダイニングの椅子から立ち上がり、希美のダウンジャケットとマフラーをハンガーラックから取って手渡すと、自分のコートを着ながら玄関に向かって歩き出し、後ろから希美がついて行く。
「じゃあ行ってくるよ。夕方には戻るから」
マンションのエントランスを出た剛と希美は、マンション前を南北に走る小金井街道を並んで歩きながら北上する。
(ここが……剛が今まで過ごしてきた街……)
取り立てて変哲も無いごく普通の住宅街である。ただ、希美が小学校入学から過ごしてきた中野坂上に比べると家の間隔が広めで、マンションも高層の物では無く10階建て以下の中層と言った感じで、明らかに雰囲気が違うのが分かる。
5分程歩いてコンビニの前を通り過ぎると前方に林が見え始め、更に歩いて橋を渡ると小金井公園の木立が目の前に見えてくる。
「結構バスが走ってるのね」
時間帯にも拠るのだろうが、マンションから橋を渡るまでに5台程のバスが武蔵小金井駅の方に走り過ぎて行った。
「まあ、俺は普段使わないけど、中央線が止まってる時は西武線の花小金井駅に行く時にこっちの方に乗る事がたまにあるかな」
そう言うと剛は公園の西口では無く、その手前のバス停がある場所から公園内に入って行く。
公園に入って50mも進むと左手に展示されているSLが見えてくる。
「あー、そうか。今日は平日だから……ってか12月だから開放されていないのか」
残念ながらSLの間近に行ける入口の扉は閉ざされており、中に入る事は出来なかった。
木立の中を歩いて行くと、希美が左手の木々を気にするように見ていた。
「これは……桜ね。結構な本数あるわね」
希美の声に剛も左手の木々を見て頷く。
「ああ……3月末になると一面桜色になるんだよ。春休みになったらまた見に来る?」
そう言われてふふっと笑う。
「それも良いですね。4人で花見、ね」
左に曲がり100m程歩くと江戸東京たてもの館の正面に着いた。
「お、危なかった。明日から1週間程休園日ってあるから、ギリギリセーフだね。学生証は持ってる?」
剛はそう言いながら階段を上がり、希美はその後ろからついて行く。
「え?持ってますけど……お金かかるんじゃ?」
希美の懸念の声に対して剛は希美に顔を向けて軽く首を振る。
「中学生以下は無料なんだよ。ま、だから学生証必要なんだけどね」
江戸東京たてもの館への入館手続きを済ませると、剛と希美は館内の右にあるミュージアムショップに入る。
販売されているグッズなどを二人で見て回っていると、希美はふと今の状況を思い浮かべた。
(まるでデートね……奈緒には言えないわ……)
そんな状況に希美は苦笑いを浮かべるのであった。
第62話 『Beautiful World』 宇多田ヒカル




