第61話 Flavor Of Life
その年の年末――
剛は計算違いに悩んでいた。
「国立対妖魔特設中学校生徒における特例措置法案」なるものが、国会に提出されたと言うのである。
普通の法案であれば、剛は全く気にすらしていなかった。しかし、この特例措置法案で審議されているのが、トーフの2年生が特務実習に参加できるようにすると言うものであった。
本来であれば、剛としては願ったりであった。
だが、剛はまだトーフ1年生であり、当然ながら特装を保持していなかった。
(想定ではトーフ3年になる時……入間さんもトーイチで2年生になるから、異例かも知れないけど特装作って貰えるのを期待したが ……今、まだ小金井三中の3年生だから、特装作って貰うって……どう考えても無理だろ……)
前世で入間聆の、特装に対する異常な程の想い入れに、剛は共感と称賛の念を持っており、自分の特装を作って貰うなら入間以外にいないと思っていた。
今の予定では特装の製作時期は2年生に昇給した4月。2学年差の入間はトーフに入学したばかりの1年生で、特装についてこれから学習を始める時期であり、製作能力があるとは考えにくい。
(仕方ない……本来の通りにトーイチの3年生に依頼するしか無いな……)
2学期は12月25日に終業式を迎え、翌日から年明け1月6日までが冬休みとなる。
終業式まであと2日に迫った12月23日の昼――既に午前中で授業は終わりになっていたが――剛達4人は学食で昼食を取っていた。
「噂って怖いわね。確定情報でも無いのに、既に私達が2年生から特務実習に参加すると言う話が決まった事のように話されてるって」
希美が周囲の反応を悩まし気に話すと、翔も同意して頷く。
「剛と希美のおかげで確かに俺と奈緒も1年じゃかなり上位だと自覚してるけど、まるっと1年飛び越して特務実習なんてあり得ねぇだろ」
翔が言うのもっともである。SUAD本部での会議でも揉めたのは、成長途中の中学2年生を戦いの場に出すのは心身ともに危険に晒す事を懸念し、法的にも保護される立場であると言う本則があったからである。
「ま、それは今考えてもしょうがないしな。それより、冬休みの間どうする?流石に大晦日から三が日の間は学食も休みらしいし」
話しても解決の糸口が見えない話題を剛は打ち切り、休みの間の模擬戦について相談を始める。
「夏休みみたいに月水金にすると……来週が月曜だけになりそうですね」
スマホのカレンダーを見ながら希美が答える。来週の水曜日が元日で金曜日が1月3日と言う事は、学食が開いてない……だけでなく、新宿西口に足を運んでも店休日の飲食店が多いと予想され、昼食に苦労しかねない。
「なら、26日の木曜から始めて、木土月、って感じでどうか?」
翔が希美のスマホを覗きながら指さすと、模擬戦に適しない日は1月2日の1回だけだった。
「悪くないな。みんな、それで良いかな?」
剛が翔、希美、奈緒を順に見ると、異存は無いようで頷いていた。
そして奈緒が口を開く前に希美が釘を刺しておく。
「あと、デートはしないからね」
ぐあぁぁぁ!デートー!と喚く奈緒を横目に、剛が一つの提案をする。
「まあ、デートじゃ無いけど、初詣くらい一緒に行かないか?」
その言葉を聞いた奈緒は表情を弾けさせ、救世主でも見るような目で剛を見詰める。
「初詣!行く!行く!!そしてそのままデート!」
「お前は誰とデートするつもりだよ」
奈緒のお花畑っぷりに呆れた翔が突っ込む。
「場所はどうします?有名なのは明治神宮ですが、毎年300万人とか言ってますよね……多すぎません?」
希美が悩まし気な顔で尋ねてくるのを剛が受ける。
「それこそ近いんだし、十二社で良いんじゃないか。トーフ正門前集合で歩いて行けるし」
十二社――十二社熊野神社は新宿中央公園の北西に隣接する形で存在する鎮守であり、室町時代から現在の地に在るとされている。
明治神宮や靖国神社程の規模は無いがそれなりに広い境内を有しており、隣接する新宿中央公園の木々と繋がり合って西新宿と言う都会に在りながら静けさを感じさせる神社である。
(そう言えば、妖魔が公園に現れるのは良く聞くけど、神社やお寺に現れると言う話は記憶に無いな……やはり神域とか何かそう言う物があるのかな……)
「これで冬休み中の予定は一通り決まったかしら?」
希美が全員を見回しながら言うと、剛と翔は静かに頷き、奈緒は嬉々として首をぶんぶん縦に振っていた。
「じゃあね、じゃあね、明日は――」
「家に帰れ!」
言葉の途中で翔が一蹴する。後に続く言葉を遮られた奈緒であったが、翔だけでなく剛も希美も大体何を言うか想像は付いていた。
「なんでや!クリスマスイブなんて恋人同士の熱い時間やろ?!」
「エセ関西弁止めろ!あとお前恋人なんていねぇだろうが!家族で過ごせ家族で!大体俺も剛も……」
奈緒に突っ込んでいた翔が言葉の途中でとある事に気付き、急に気まずそうに顔を背ける。
翔に気を遣わせてしまった事を察し、希美は軽く溜め息を吐く。
「気にしないで。もう慣れてるから」
微笑みながらそう言う希美であったが、目を伏せがちで心に棘が刺さったような、寂しげな様子であることは剛にも分かった。
「なあ希美、明日だけどウチに来ないか?」
掛けられた言葉に希美は驚きの表情で剛を見詰めると、剛は恥ずかしそうな様子で言い訳じみた内容で言葉を続ける。
「ほら、あれだ……父さんが仕事で遅いから、テーブルの席が空いているのも寂しいし……いや、都合が悪いなら別に良いんだけど……」
狼狽える様子の剛を見た事で希美は安堵してクスッと笑う。
「分かったわ。じゃあ明日はよろしくね」
その二人の様子を目を爛々と輝かせてニヨニヨして見ていた奈緒は、翔に後ろから頭に軽くチョップを喰らうのであった。
翌日――12月24日、クリスマスイブ――の放課後。
帰り支度を済ませていた剛の所に希美が歩み寄って行く。
「剛、今日だけど先に一回家に帰って着替えてから行くね」
声を掛けて来た希美の方に向き直り、剛は軽く頷く。
「分かった。じゃあ武蔵小金井駅で待合せにしようか。北口側にロッカーがあるからその前で待ってるよ」
その二人の会話に周囲のクラスメイトは何事かと訝しがる。それもその筈で、クリスマスイブに中学生とは言え男女が待合せをすると言うのは特別な意味を持っており、そう言う仲であると思われても不思議ではない。
(ま、俺としてはそう思われても構わないんだけどね……)
周囲の視線を半ば無視して、剛は翔に声を掛け、希美と既に近寄って来てた奈緒の4人で教室を後にする。
「ほら!そこ裾が乱れてる!あと髪も跳ねてる!そんなんで女の子迎えに行くなんて失礼極まりないわよ!」
希美を迎えに行こうと、帰宅後に着替えを済ませた剛は恵からあれこれとダメ出しされていた。
「煩いなぁ。そんなの姉ちゃん迎えに来た彼氏に言ってくれよ」
そうボヤきながらも手早くダメ出しされたところを直して、剛は靴を履きドアを開けて駅に向かう。
「お待たせ、剛」
武蔵小金井駅に到着して5分程待った頃、剛は声を掛けられたので視線を向けると私服に着替えた希美の姿。
キャップにマフラー、ダウンジャケットを着てパンツスタイルと言うコーディネートは、制服姿に慣れた剛の目に斬新に映った。
思わず見惚れてしまった剛に対して、希美が困惑しながら顔を赤らめる。
「え?何か変な恰好……?」
「いやいや!可愛くて似合ってると思うよ!」
剛が慌てて変じゃないとフォローするが、希美は剛から可愛いと言われた事で余計ぎこちなくなってしまう。
「じゃ、じゃあ、ウチに行こうか。10分ちょっと歩くよ」
希美の想いに気付かずに剛は促して自宅への道を歩き始め、希美はどんな顔をしていいか分からないまま剛について行くのであった。
第61話 『Flavor Of Life』 宇多田ヒカル




