第60話 ターニング・ポイント
トーフ――国立東京第一高等学校附属中学校――の1年次は、妖魔が出現しても特務実習は行わないため、偶発的な場合を除き妖魔と接触する事は無かった。
このため校内での対人戦を中心とした修練が主体となり、特技については放課後に自主訓練の形で行う必要があった。
例年以上の猛暑だった夏が終わり、10月に入ると雨の日が多くなっていた。
6カ月の通学定期の期間が終了したタイミングで、剛と翔は校務課から承認を受けて荻窪から丸ノ内線に乗り換えて西新宿で下車する通学ルートに変更していた。
これまで一緒に新宿駅を使用しており、他にルートは無いため引き続き新宿駅から登下校している奈緒からは裏切り者呼ばわりされてしまったのだが。
とは言え、こう言う天気が悪い時期など地下街で格技棟の裏まで来れる通学ルートを、剛も翔も態々元に戻そうとは考えていなかった。
その日は前日からの雨の影響で、最高気温が20度に届かないと予報で言われていた。
水曜日と言う事もあり、剛達4人は放課後になって格技棟に向かい、第4格技室に入って特技の訓練を行っていた。
〈空気矢!〉
翔が青の法力を発生させて特技を発動すると、入試の実技試験では1本だった空気の矢が今では3本発生し、的に向かって正に矢のような速さで飛び去って行く。
「特装器無しで3本なら、特装器を使用したら3倍から4倍……10本以上出現させることができそうね」
希美が翔が発動した特技を見て率直な意見を述べる。
特装器は単なる武器では無く、希美が言った通り特技を3倍以上に増幅する装置でもあり、裏を返すと特装器無しでここまでの特技を使えると言うのはそれだけで優秀な特技士候補と言える。
褒められて嬉しそうな翔が場所を譲り、次は希美が位置について木剣を構える。
〈炎刃〉
希美が静かに唱えると赤い法力が木剣の刀身に乗り移り、全体が炎に包まれて剣先から1m程まで伸びる。その剣を振ると刀身の炎が尾を引きながら周囲を熱していく。
剣をすっ、と下すと炎が消え、元の木剣が姿を現す。
「すご~~い!木の剣なのに全然燃えてな~い!」
希美の木剣を見た奈緒が驚きの声を上げ、翔も目を見開いているが、剛は既に自分で試していたため別段驚く事は無かった。
「実際炎そのものは熱いのに、それを宿す剣が熱くならないと言うのも不思議な話ですよね」
希美も自分の木剣を目の前に掲げ、焦げた跡が無い事を確認している。
特技を確認し終えた希美と入れ替わるように、発動位置には剛が進み出た。
自作の木製ハルバードを右手に持って位置に着くと、ハルバードを高く掲げて法力を生み出し、気を練り始める。
ハルバードに込めた法力が臨界を迎えるように激しく収縮を繰り返し始めたところで、剛は静かに特技を発動する。
〈隕石群〉
第4格技室の高い天井付近に現れた5つの黒点は瞬く間に赤く光と熱を放ち、剛がハルバードを振り下ろすのに合わせて音を超える速さで地面に降り注ぐ。
衝突と同時に周囲に衝撃波と熱を放ち、遅れて爆裂音がブース内に轟き亘り、全てを書き消したかのように静寂が訪れる。
20秒……30秒と続いた静寂を破って、希美の声が響いた。
「うそ……何で、赤の、個性……」
その言葉に奈緒はん?と首を傾げ、翔は驚きの表情で剛を見詰める。
「剛……お、お前……」
翔の声に剛は軽く頷く。
「3個目……流石に、獲得するのは苦労した、かな……?」
そう答えたものの、全く正しくない――既に1年以上前に赤の個性は獲得しており、この半年程の間は個性の習熟のために一人で訓練してきていたのだから、剛が口にしたのはこれまで2個性持ちであると言う[設定]を覆さないための、誤魔化しとも言える発言である。
剛が赤の個性まで持っていたと言う衝撃を希美と翔は隠せないまま――奈緒は「持ってちゃおかしいの?」と意に介していなかったが――、その後剛は緑と白、希美は赤と青、翔は青、奈緒は赤の特技を繰り返し発動させて精度と威力を上げる訓練を続けた。
翌日の昼休み――剛達はいつもの通り、学食に向かい4人でテーブルを囲んで昼食を取っていた。
「まさか剛が新しい個性獲得しているのは、本当にびっくりしました……」
希美の言葉に翔があー、と言った表情をしたのを希美は見逃す事無く、翔に向かって怪訝そうな視線を送る。
翔は剛の方にチラっと視線を送ると剛が頷いたのを見て、希美の疑念に答える。
「剛は4年生まで無個性だったんだよ」
「うそっ?!」
希美はつい立ち上がって大きな声で反応してしまい、視線を浴びている事に気付いて恥ずかし気に座り直す。
「……剛、貴方が無個性だったって……ホント、なの……?」
その言葉に剛は希美の方を見て、ふっと笑って頷く。
「翔の言ってる事は本当だよ。緑の個性が発動した……いや、個性を獲得したのは5年生になってすぐ位だったかな」
希美は言葉を失った。自分は生まれながらにして3個性――黒、赤、青の3色――持ちであったが、剛は無個性から僅か2年半――実際は1年半なのだが――で自分と同じ3個性持ちになったと言うのである。
では何故希美が新しい個性を獲得しようとしなかったのか。それは単純な話で、個性を獲得できるとは思ってもいなかったからである。
だが、そのできるとは思ってもいなかった事をやってのけた――しかも1個性では無く、3個性も――そんな異常としか言いようがない人物が、希美の目の前に居た。
(私は今まで、3個性持ちと言う立場に慢心していた……何故……何故違う個性を獲得しようと、考えもしなかったの……)
希美は沈鬱な顔で俯いたまま、何も言葉を発しなかった。
「考えすぎんなよ、希美。剛が特殊すぎんだよ」
翔に声を掛けられた希美は俯いた顔を少し上げて、物言いたげな顔で翔を見遣る。
「俺も剛の個性特訓に付き合った事あるが、アレは無理だ。俺には出来ねぇよ。むしろ剛が何で獲得できるのかさっぱり分かんねぇ」
翔にそう言われたところで、希美の気が晴れる事は無かった……
その頃――防衛省妖魔対策特別部隊本部。
会議室には防衛省妖魔対策課長、SUAD本部長・人事部長および東部方面部隊長、東京第一高校附属中学校校長・教頭・1年学年主任など、数々の面々が集まっていた。
議題は来年度におけるトーフ2年生に対する特例措置……具体的には、剛・希美・翔・奈緒に2年次から簡易特技士資格を承認するか否か、であった。
意見としては、SUAD現役組は賛成、トーフ教師陣は反対、それ以外はどちらともつかない状態である。
「特に神野剛と星野希美は既にトーフ1年生の枠では無く、トーフ全学年で見ても傑出している!現場に出さないなど有効戦力を無駄に遊ばせているに過ぎん!」
「しかし彼らはまだ中学1年生です!義務教育期間であり、本則通り3年次から簡易特技士として徐々に慣れてもらわないと、何かあった時にそれこそ大いなる損失です!」
既に1時間を超えた会議で議論は平行線を辿り続けており、結論が何時になったら出るのか誰にも分からない状況であった。
その時、引き締まった細身にSUAD制服を身に纏い、やや長身の一人の男が立ち上がって発言する。
「星野希美は元からですが、今や神野剛も3個性持ちです。バックアップはSUADが全力で行う前提ですが、彼らはトーイチ3年生も凌駕していると見ています」
男はニコニコとした笑顔を絶やさず意見を述べた。
「だが、法的根拠がありませんぞ、御魂三佐」
反論された男――御魂衛はニコニコとした笑顔のままその意見を封殺する。
「法的根拠が無ければ、国会に法案を上げて特例法を作ればいいだけですよ。違いますか?」
第60話 『ターニング・ポイント』 浜田麻里




