第55話 暮れてゆく空は
第8格技室で、剛は希美と、翔は奈緒と、先ずは型稽古を始める。
お互いに太刀筋――剛はポールアックスなので太刀と言うのも違うのだが――を確認しつつ、自分の動きも確かめる。
「剛って、奈緒と知り合いだったの?」
奈緒が剛や翔を呼び捨てにしていた事から、小学生時代からの知り合いなのかと希美は思ったのだが、剛からは想定していない答えが返って来る。
(って言うか、奈緒が言ったからとは言え、良くあっさりお互い呼び捨てできるなぁ……)
「たぶん、入学するまで会った事もなかったと思うよ。すず……奈緒がどこに住んでるか知らないけど、少なくとも小学校は別のはずだし」
(えっ?じゃああの性格は天然なの……先行き思いやられるわね……)
そんな事を考えながらも、希美は少しずつ剣を振る速度を上げていき、剛もそれに合わせてポールアックスを振る速度を上げる。
「剛って、希美と知り合いだったの?」
奈緒がメイスで打ち合いながら翔に尋ねる。
翔はメイスの重さを受け流すように細身の木剣で捌きながら首を振る。
「少なくとも4年生以降で同じ学校にはいなかったから、面識はなかったと思うぞ」
木剣を横一文字に振りながら翔は答える。4年生以降、と言ったのは翔が小金井に引っ越してきたのがその頃で、それ以前の剛の交友関係までは熟知している訳ではない。
ふ~ん、と言う感じで納得したのかしてないのか分からない様子の奈緒は、翔の振りに合わせて当てるようにメイスを……全力で振り抜いた。
「やめろ!危ねぇだろ!!」
その日は一区切りごとに相手を変えて、型稽古のような形式で自分の得物を振り、間合いや感触、太刀筋などを確認する。
一周回ったところで、頭部や胴体にプロテクターを着けて――一応は寸止めで行うのだが、勢い余って当たっても良いように――最初の相手と本格的な模擬戦を開始する。
剛は片手で長剣を持って斜に構える希美に対して、両手でポールアックスの柄を握ってやや正対気味に構える。
「始めます」
その声と同時に希美は大きく剛に向かってステップして突きを繰り出し、そのまま剣を右上に掲げる。剛は突きを左に体を開いて避けるとポールアックスの柄を頭上に掲げ、振り下ろされる希美の長剣を受け止めた後、柄を斜めにして長剣を滑り落して左手一本で斧頭を希美に向けて振る。
軌道を確認した希美はポールアックスを潜り抜けるように体を低くして一歩前に出て、剛の腹部に横一文字に長剣を振るうと、剛は右に踏み出して強引に振り戻したポールアックスの斧頭辺りを右手で掴み、強く地面に立てて一閃を受け止めると右後ろに跳躍して距離を取る。
(やはりこの人……強い!)
油断せず摺り足で少しずつ剛に近付く希美は間合いを図りつつ、剛の攻撃を待ち構える。
剛は近付いて来る希美に合わせ、ポールアックスを構えたまま右にゆっくりと移動して間合いを保とうとする。
じりじりと僅かずつ近づく間合いを見切った剛はポールアックスの穂先を真っ直ぐに繰り出し、右から斬り払おうとした希美の長剣を避けるように穂先を下げて左下から切り上げると、希美は瞬時に間合いを詰めて剛に唐竹割を見舞う。
お互いが静止した時、希美の左脇にポールアックスの柄が、剛の頭上に希美の長剣が、ピタリと沿わされていた。
「参りました」
剛は微笑を浮かべてふっと息を吐き、ポールアックスを下す。
その様子に希美も剣を一旦上げ、半歩下がって長剣を下し、額に汗を滲ませながら笑みを浮かべる。
「これが実戦なら、剣が届く前に私の体が横に飛ばされてたわ……ホント、強いですね」
その言葉に剛は首を振る。
「いや、これだけのリーチの違いを全く感じさせない立ち回りをするなんて、きみの凄さはとんでもないよ」
その後、場所を1年Aクラスの教室に移して模擬戦の感想を言い合い、お互いの問題点を確認する。
「ところで、剛は何でポールアックス使ってるんですか?」
希美から聞かれた剛は、以前の転生で恵から聞いた個性と特装器の相性について思い起こす。
「姉……ネットで見た情報だったかな。俺の一番の個性は緑だから、どう言う武器が合うか調べたらバトルアックスとかランス、ハルバードってあったんだ。だから、3年になった時に作る特装器はハルバードにしようと思って、今は近い形状のポールアックスを使うようにしてるんだよ」
一瞬、「姉ちゃん」と恵を出しそうになって思いとどまる。剛が中学1年生であると言う事は、今の恵はまだ中学3年生であり、まだトーニの特技科には通っていないので個性と特装器の相性は知らないはずである。
翔と希美はへぇ、と感心したような顔をしており、奈緒は……何故か知らないがメイスを立てて人差し指の上でバランスを取っていた。
「で、これから模擬戦とかやるペースどうする?」
模擬戦の感想が一段落着いたところで翔が尋ねる。
剛が思案していると、希美が意見と言うか候補を提案した。
「最初だから週1回、同じ曜日にしませんか?物足りなくなったら回数を増やせばいいと思います」
前世で、特に夏休み期間は平日毎日実施していた剛からするとかなり物足りない回数ではあるが、高校では無くまだ中学に入学したばかりである。
「俺はそれで良いと思うけど、翔とす……奈緒はどう?」
「俺はいいぜー」
そう言って翔は奈緒の方を見ると、奈緒は満面の笑みで答えようとする。
「じゃあ土日は――」
「デートはしないからね?」
「な、何で分かったの?!剛、あ、あたしの心読んだわね?!エスパー?!超能力者?!」
奈緒のセリフに希美は目を丸くして唖然としており、翔は眉間に皺を寄せて嫌な顔をする。
異常能力者ーー!暗黒魔法使いーー!と一人で騒いでいる奈緒に、剛は苦笑いで応える。
「奈緒は分かりやすいキャラしてるよね」
「私は中野坂上だから徒歩だけど、みんなは新宿駅?」
トーフの正門前で西日を背にした希美が剛達に声を掛ける。
「ああ、俺と剛は小金井だからJR中央線だな」
「あたしは井の頭公園駅だから京王線だよ~」
剛は知っている情報だから何の驚きも無いのだが、今回の人生では初めて聞く話のはずなので、へぇ、と言った顔をしておく。
「じゃあ希美、また明日」
剛が軽く手を振って希美に別れの挨拶をすると、希美は軽く頭を下げる。
「剛、奈緒、翔、また明日」
踵を返して夕日に向かって、ポニーテールを揺らしながら歩く希美の後姿を剛は暫しの間眺め続け、ふっと目を落とすと翔と奈緒に向き直る。
「じゃあ、俺達も駅に向かおうか」
「え?翔って小3まで埼玉に住んでたの?よく東京に入れたね。通行手形持ってたの?」
「いや映画は俺も見たけど漫画原作のフィクションだろ!」
奈緒と翔の遣り取りを眺めながら、剛は高校生だろうが中学生だろうがこの二人は同じようなコントみたいな会話するんだな、と不思議と納得していた。
会話をしながら歩いていると、気が付くとJR新宿駅の改札に辿り着いていた。
「じゃあ、俺らこっちだから。また明日」
奈緒に向けて剛が手を振ると、奈緒も手を振り返す。
「じゃっあね~~。またあっした~~」
「おう、じゃあな」
「あ、やべ。ばーちゃんに遅くなるって連絡入れるの忘れてた」
中央線快速に乗って中野駅を出発した辺りで翔が慌て始めた。
「あー……俺も家に連絡してないから、姉ちゃんに何か言われそうだな……」
父親はまだ帰宅前だろうし、母親はああ言う人だからあらあらまあまあで終わりそうだが、剛に対して何かと小言を言うのが恵であった。
何度も剛の家に遊びに来た事がある翔は恵の姿を想像して、納得する。
「……剛、強く生きろよ」
「何だよ、そのフラグ立てみたいなセリフ」
そんな会話をしていると、剛達が乗った電車は沈む太陽に向かいながら、武蔵小金井駅に近付いて行くのであった。
第55話 『暮れてゆく空は』 遊佐未森




