第5話 Promised Land
――死ぬ前の人生と全く同じ会話――
それは当たり前のように感じる。
感じるのだが……剛はそこに違和感を感じていた。
(いや、この一週間も全く同じ事しか起きていない……)
まるで過去に見た映画をもう一度見るように、同じシーンで同じ状況、同じ台詞、同じ結果……
流石にあらゆる事象を剛が記憶している訳ではないが、興味があること――例えばメジャーリーグで活躍している日本人二刀流選手のホームランの本数――などは、記憶と全く同じであった。
そうすると、今向かっている学校でも同じことが起きるのだろう。
剛は3年1組の出席番号7番で、翔は同じクラスの出席番号21番。
予想とか予感ではなく、剛は知っていると言うことであった。
「なあ、翔……俺たち同じクラスになるかな?」
ひょっとしたら翔も同じように知っているのかと疑問に思い、剛は尋ねる。
「んーー……そればっかりは分かんねぇなぁ。もちろん先生たちは知ってるんだろうけど」
その答えに剛は、翔は知らないと言うことを理解する。
まだ3年のクラス分けが分かる前なので2年の時の昇降口に向かい、下駄箱に靴を入れて上履きに履き替える。
廊下に入ってすぐの掲示板にクラス分けを記載した紙が貼られていたので、剛は翔と何組になったか見に行った。
――やはり剛は3年1組出席番号7番であった。当然ながら翔も同じ3年1組である。
(何が起こっているんだ……いや、何も起こっていないから、同じ事が起きている、と言うのか……)
剛が思い返すと、一週間前の吉祥寺で意識を取り戻した時から、ずっと[前世]をトレースしている。
あの日の吉祥寺での妖魔と天道の出現、希美の立ち回りと天道の捕獲。
(あれ以降、大規模どころかニュースになるレベルの妖魔の出現が起きていないのも同じか……)
【妖魔】……ノストラダムスの大予言が実しやかに語られていた1999年、恐怖の大王が来ると言われていた7月ではなく9月――ノストラダムスの当時はグレゴリオ暦ではなくユリウス暦なので、現在の9月は「7の月」ではあるのだが――に突如として全世界に現れた[異形]である。
異界との閘門などと言ったものはこれまで見つかっておらず、何もない所から突如として湧き出すその異形は人類に襲い掛かり、突如として消え去っていく。
出現当初、人類は成すすべなく妖魔により命を奪われ、1998年に60億を超えたとされる世界人口は僅か10年で45億まで減少――約四分の一の人類の命が奪われたと言う、大予言を地で行く災禍がこの世を覆った。
人類も手を拱いていた訳でない。日本では1995年に当時の防衛庁が設立していた個性研究部署を翌年2000年4月に防衛省内妖魔対策特別班に昇格し、同時に千葉県中央区に個性持ちを対象とした初の対妖魔特設校となる国立千葉第一高等学校――通称チバイチ――を開校。そこでの成果をフィードバックして2002年4月に国立東京第一高等学校を開校し、妖魔対策の裾野を広げる努力を続けていた。
防衛省は妖魔対策特別班を2003年9月に改組し、妖魔対策特別部隊――SUAD――を設立、隊員は陸上自衛隊の主要基地に配属され、妖魔の駆逐と人類の保護に当たっていた。
2026年現在では、SUAD隊員は二個師団に相当する約18,000人、対妖魔特設高校は札幌、仙台、さいたま、千葉、新宿、渋谷、国立、横浜、横須賀、新潟、名古屋、大阪、神戸、広島、松山、福岡、那覇の17校まで増加し、対妖魔の専門家育成を続けている。
(そう言えばチバイチだけは千葉第一高校、なんだな。他は国立さいたま高校、国立横浜高校だし……千葉に増やす予定だったのかな……?)
始業式が始まる前の教室で、剛は出席番号順に割り当てられた席に座ってボーっと考えていた。
いや、3年生になった剛にとっては一週間以内に一回目の進路希望調査で進学先を提出する必要があるので、そういう意味では全く無意味ではないのだが……小金井市に住んでいる剛が千葉の高校に通うのは通学時間を考えると選択肢からは除外される。
(朝から2時間の通学はイヤだよなぁ……)
そう考えると前世……と呼んでいいのか分からないが、トーサン――国立市にある国立東京第三高等学校――の普通科が妥当だと剛は考える。
「移動だ。全員体育館へ」
教室に入ってくるなり担任の教師が生徒に声を掛け、全員が立ち上がり――立ち話をしていた者も何人かいたが――教室を出て体育館に向かう。
廊下に出たところで剛は少し前を歩いている翔に並び話し掛ける。
「学校来る時に話したトーフの多色持ちって、名前知ってる?」
翔はちょっとだけ考えたが首を横に振り答える。
「いやぁ、名前までは……でも結構話が広まってるって事は、ググれば何か分かるんじゃね?」
一瞬剛は成る程…と思い掛けたが、よくよく考えてみたら中学生、それも女子がネット上に情報を晒しているとは思えなかった。
「難しいかもしれないな。誰か五小の同級生でトーフ行った奴がいたら、そいつに聞く方が早いかもしれない」
五小――小金井市立小金井第五小学校は、剛と翔の母校である。
その時の同級生でトーフに行った女子生徒を思い起こしながら、二人は体育館に歩いて行った。
始業式からの中学での一連の行事も終わり、剛は帰宅してリビングのソファーに寝そべっていた。
(これから……俺はどうなるんだ……いや、多分一度経験した通りになるの……か?)
このまま行けば、中学をかなり上位の成績で卒業してトーサンに――わざと不合格になるような事をしなければ――合格する。
それだけなら決して悪くない事だった。
(約束の地、と言う言葉があるが……その先は……)
そう、トーサンに入学して高校生活を楽しんだ先にあるのは――西新宿での大厄災――
(命を落とすところまで約束されている、と言うのであれば、これっぽっちも嬉しくないな……)
明確な将来の展望と言った物は無いが、剛としてもその先の未来にやりたい事は幾らでもあった。
仕事して、結婚して、子供を育て、家を持って……そう言う普通の――近年では中々『普通』とは言い難くなりつつあるが――漠然とした未来への希望は持っている。
当然だが、充分に生きたとは言い難い高校1年生で人生を終わりにしたいとは全く思っていない。
(じゃあ、もし生き延びたら……俺は何をやりたいんだ……?)
その日の夜7時。家族四人で夕食の食卓を囲んでいる時に、剛は恵に尋ねてみる。
「姉ちゃん、卒業後の事って考えてたりするの?」
尋ねられた恵は箸を掲げた状態で手を止め、剛の方を見遣る。
「んーー……私は特装科だから、防大の特装専科から研究科に進んで、防衛装備庁目指すのが一般的かな。何?3年生になったからやっぱり進路をどうするか考えてるの?」
「そりゃ、まあ……」
剛は言葉を濁す。
「防大だから横須賀で結構遠いし、そもそも寮に入らなきゃいけないから、恵は家を出ちゃうんだね……お父さん寂しいなぁ」
「はいはい。お父さんはいい加減子離れしてください」
そんな父と恵の遣り取りも剛の頭には入ってこない。
(先のことが……全く見えない……)
グルグルと同じ事が頭を巡りながら、剛は自分が食べている物の味も碌に分からずに食事を進め、食べ終わるのであった。
第5話 『Promised Land』 浜田麻里




