第41話 Ready to Run
「令和島収容所が襲撃され……天道光が脱走しました」
御魂が口にした言葉は、希美にとって途轍も無く衝撃的で、悪夢とも言える内容であった。
昨年3月末、吉祥寺の厄災において特技を駆使して何とか捉える事に成功した天道が、世に放たれたと言うのである。
そして――とある事に気付き、剛の方を見る。
(もしかして……何度も殺されたって、相手は天道光だったって事なの?!)
「えっと……の、希美……」
険しい顔をしている希美に対して、剛は言葉を探して……選びきれない。
ふっ、と息を吐き、剛は言葉を改める。
「明日から、天道って奴の戦い方、教えてくれるかな?」
その言葉を発した剛に、希美ははっとして振り向く。
そうだ。この人がいたんだ……希美は思い返して、決意を込めた顔で剛に向き直る。
「分かったわ、剛。明日からは、死ぬ程……死んだ方がマシな位の、そう特訓、始めますよ」
(分かってる。それをこなせなかったら、死ぬんだから)
剛は覚悟を込めて、不敵な笑みを浮かべて希美に頷き返す。
「ああ、期待しているよ」
翌日昼休み。昼食の時間。
剛、希美、翔、奈緒の4人は学食の4人掛けテーブルに、当たり前のように集まっていた。
「早速だけど、天道って奴の事を教えて貰えるかな?」
言ってみたものの、剛は100回以上天道の戦い方を見てきている。希美にとって思い返すのと、翔と奈緒に改めて知らしめるのが目的であった。
「……分かった。剛、それでいいのね?」
「それしか無い、よ」
それから剛達3人は希美から天道の事を、希美が知っている範囲で聞かされた。
天道光――重警戒対象修羅第255号に指定されており、個性は白・赤・黒を持っていると言われている。
最も得意とするのが白の個性による特技で、破砕光球や神力の刃と言った特技や、小柄な体格からは信じられない膂力で振るわれるメイスによる打撃を併用してくる。
「修羅なのに白の個性が得意って意外だなぁ」
翔が率直な感想を述べる。昨年の吉祥寺の災禍の時は剛と一緒に現場に居たのだが、何度も同じ場面を見て来た剛と違い、冷静になって周囲を見回したりする余裕は無かったのだろう。
(まだ西新宿の大厄災を経験していないから、あの光の翼のような特技は知らない、と言う事か……)
剛としては、知っている範囲で言えば光の翼を使った瞬間移動に近い動きが、天道の最も警戒する特技だと思っている。
放課後は第8格技室に集合し、天道の特技および立ち回りを意識した訓練を、特に剛と希美が行った。
最初は希美が天道役としてゆっくり動きを再現し、それに対して剛、翔、奈緒がどう対処するかを考え、実際に立ち合ってみる。
何回か実施した後、今度は剛が天道役を引き受け、希美を主体に同様に立ち合いを行う。
その後は天道の特技と発動時のクセを確認し、シミュレーションして対応方法を話し合い、イメージしながら体を動かして回避したり、迎撃したりする。
その光景は、普通に模擬戦を行っている生徒達からするとかなり異様であった。お互いが討ち合う訳でも無く、素振りとも違う虚空を相手にした戦いで、それでいて闘気に満ちたものであるからであった。
翌日以降も、4人による対天道訓練は続けられていた。
ある日は視聴覚室を借りて御魂を講師役に呼び、天道の特技である破砕光球や神力の刃の特徴や対処方法、有効的な反撃方法などを討議してシミュレーションしてみた。
ある日は奈緒を天道役に、メイスを武器として使用する相手との立ち回りを――奈緒がメイスをやたらめったら振り回して台無しになる時もあり――それぞれの得物で確認した。
ある日は上級生4人に依頼して、剛と希美、翔と奈緒のペアで4対2の模擬戦でフォーメーションの確認を行った。
「星野がとんでもないのは前から知ってたけど……お前ら二人……特に神野、お前ホントにトーフ組じゃ無いのか?」
模擬戦の相手を務めた上級生の一人が驚いたような、呆れたような顔で剛と翔に声を掛ける。
「はい。この2か月の間、希美と鈴木さんに稽古付けてもらってましたので、だいぶ動けるようになりました」
(おいおい、だいぶってレベルじゃ無いだろ……)
剛の言葉を聞いて、上級生達は絶句する。ペアの片割れがトーフ組とは言え4対2――倍の人数の上級生を相手に、互角以上の戦いを見せられては、これまで自分達が積み上げてきた訓練が馬鹿らしくなってくる。
しかも、剛と翔がトーフ組で無いと言う事は、ペアを組んで長くても3か月。それなのに何年も一緒に戦ってきたような、息ぴったりと言うしかない見事な連携を見せる二組の下級生ペアに、上級生達は二の句が継げなくなる。
夏休みまであと数日に迫った7月中旬。
その日も剛・希美・翔・奈緒は格技棟に足を運び、第3格技室で特技の訓練を行っていた。
剛は新たな特技を習得するため、特装器を構えて法力を込める。
〈群生蔦!!〉
剛が特技を発動させると、10m程先の地面から5m四方の範囲で太さ1cm程度の蔦が伸び、複雑に絡み合う。
妖魔を足止めすると言う目的では石壁も使えるが、群生蔦はピンポイントで妖魔を絡め捕り、動きを阻害する事ができるため、より使い勝手が良さそうであった。
「成程……これなら民間人が居ても怪我しにくいし、確実にその場で足止めできそうね」
発動した特技を見た希美が率直な感想を述べると、剛は頷いて答える。
「ああ、石壁だと強固だけど、回り込まれたりすると逆に手が出せなくなるから、こっちの方が使いやすいかも」
剛と希美が新たな特技を確認しているその時――
≪対妖魔警報発令。対妖魔警報発令。妖魔出現場所は新宿区内藤町。推定妖魔出現数は1,000体。校内に居る特技科の生徒は特装具を着用、特装器所持の上、地下駐車場に集合せよ。繰り返します!対妖魔警報発令……≫
アナウンスに4人が顔を見合わせる。
「剛ちゃん!内藤町ってどこだ?新宿区って事は近いのか?」
格技室の出口に向かって走り始めると、翔が現場を確認するために剛に問い質す。
「いや、流石に町名じゃ分からない!」
剛の答えに半ば被せるように希美が声を上げる。
「新宿御苑よ!あそこ、この時期はまだ開園中だわ!」
その答えにまた民間人が被害に合う事を想像した剛と翔は、顔を見合わせて頷くと走る速度を上げた。
地下駐車場には前回の和田濠の時より多い、200人程のトーイチ生徒が集まった。
担当教官からの説明では、やはり新宿御苑の東エリアを中心に、約1,000体の妖魔が出現しているとの事であった。
装甲輸送車に順次乗り込むと、定員になった車両から地下駐車場を後にして、サイレンを鳴らしながら新宿御苑の駐車場を目指した。
15分もかからず到着すると、すぐさま後部ハッチから生徒達は飛び降り、整列を始める。
今回は学年に関わらず全員が妖魔討伐と民間人の避難誘導を、臨機応変に行うように担当教官から指示が行われた。
1年生には基本4人以上のチームを組むように言われ――剛、希美、翔、奈緒と言うほぼソロ活動の4人が1チームとして編成される。
チームアップした生徒から順次、東エリアの妖魔出現地域に駆けて行き、剛達もアイコンタクトの後走り始めていた。
(しかし、今回は前回からの間隔が短い……しかも妖魔数も増えている。……これも天道の影響なのか?)
剛は走りながら今回の妖魔出現事案について、そんな事を考えていた。
剛達が走る先では、既にトーイチ生徒と妖魔の戦闘音が響いていた。
第41話 『Ready to Run』 One Direction




