第4話 An Ordinary Day
帰宅した剛は自分の部屋のベッドに仰向けに寝転び、右手を伸ばしてその手の甲をぼんやりと眺めていた。
――2026年3月31日――
それが今の剛がいる世界である。
それが事実であるのなら、今の剛は中学3年生……いや、今日までは前年度なのでギリギリ中学2年生、という事になる。
実際、手に取ったスマートフォンは高校入学時に買い替えた新型ではなく、中学入学時に買ってもらった2年前のモデルであり、そのスマホに表示された日付は紛れもなく<2026年3月31日>であった。
ここは小金井市にある剛の自宅。
JR武蔵小金井駅から徒歩10分の8階建てマンションの4階で、3LDKの間取りに剛は両親と2歳年上の姉とこの家で暮らしている。
JR中央線で4駅先の吉祥寺は自転車で8kmほどの距離であり、小学校以来の同級生で親友の本田翔とはよく遊びや買い物に出かけていた場所である。
(……当面は吉祥寺に遊びに行けないなぁ……)
今日起きた厄災を考えたら当然すぎる答えである。
両親に吉祥寺に遊びに行くことを伝えていた剛は、帰宅後父親から激しく心配され、母親はあらあらまぁまぁと良く分からない心配の仕方をし、姉である恵からは両親がおろおろし始めるほど長い時間厳しく叱りつけられていた。
当然であろう。死者137人、重軽傷者2000人以上、そして行方不明者――恐らくは妖魔に喰われた人――32名と言う、未曽有の妖魔による災害である。
剛も早く両親に連絡したかったのだが、建物の崩落で携帯電話会社のアンテナがいくつも損傷し、更には同じように連絡を取ろうとした人が殺到したことにより、スマホは電話もメールも全く機能しなかった。
仕方なしに剛は来た道を自転車で戻り、夕方になり漸く自宅にたどり着いたのであった。
(あの子は無事だった……のは、確かだよな……確か、ほしの のぞみ、とか言ったっけ)
天道と呼ばれた女が呼んだ名前なので字面までは剛には分からない。
(美しかった……アテナ神、とか、あんな姿なのだろうか……)
多数の人が死傷したという現実から逃避するかのように、剛はそんなどうでもよい考えに終始してしまう。
そうしている内に今日の惨劇の直中にいた、死をも覚悟した緊張に疲れていた剛は睡魔に誘われ、意識を途絶えさせていく――
――1週間後、2026年4月7日。
剛が通う小金井市立第三中学校の始業式の日である。
昔ながらの詰襟の制服に着替え、剛は徒歩で学校へ向かう。
姉の恵は渋谷にある国立東京第二高等学校に通うため既に家を出ているが、その際に未だに1週間前のことを引きずるかのようにアンダーリムの眼鏡の奥からのジト目で小言を言われてしまった。
(姉ちゃんも心配性が過ぎるって…)
憮然とした顔で思い返しながら、剛は徒歩6分の三中へ向かう。
【個性】……それは昭和から平成に元号が変わった頃から、徐々に認知されていった[異能]である。
昭和末期に生まれた幼少児が突如魔法とも言える能力の一端を見せたことから、徐々に人類に認識されることになる。
1995年には防衛庁内に個性を研究する専門機関が設けられ、日本においてはそこから急速に個性に関する研究・応用が進められていく。
専門機関により分かったことが、大きく2つ存在している。1つは個性は白・緑・青・赤・黒の五色のイメージに分類されること、もう1つは個性から発生させる【法力】により、【特技】と呼ばれる超常現象を起こすことが出来るということである。
だが、その特技も誰でもが発現させることが出来るわけではない。
法力を発生させるための個性――ごく僅かに複数個性を持つものもいるのだが――を一つも持たない、【無個性】の人間も少なくない。
いや、個性の存在が確認されてからこの世に生を受けた人間の約半数は無個性であり、姉である恵は「緑」の個性持ちなのにもかかわらず、剛は――無個性であった。
(だから俺はトーサン志望なんだよなぁ……)
トーサン――国立東京第三高等学校――は国立市に存在する対妖魔特設国立高校である。
個性を活かした特技を学んでSUAD隊員を育成する【特技科】2クラスと、SUAD隊員たちが所有する特装器・特装具を開発する技術者を育成する【特装科】1クラスに加え、普通科5クラスを併設する屈指の難関校である。
ただ、個性が不要な普通科に対して、特技科と特装科は個性を持たない者は受験資格そのものが無い。
そして、特設校の頂点にある国立東京第一高等学校――通称トーイチ――は、特技科5クラス、特装科2クラス、妖魔研究科2クラス、特医科1クラスの10クラスから編成され、妖魔研究科を除く3科8クラスはトーサンの特技科・特装科同様に個性を持っていることが受験資格となっている。
このため、トーイチの妖魔研究科は無個性の中学生の進学先として10倍を超える倍率となっており、不合格の可能性が極めて高いことから余程妖魔に対する想い入れが無い限り進学先として選ぶ者は少ない。
姉の恵が通う国立東京第二高等学校――通称トーニ――は妖魔研究科が無い以外のクラス編成はトーイチと同じであるが、後発校という事もありトーイチよりは比較的入学しやすい。ただし、妖魔研究科が無いという事は全クラスが個性を必要とするという事でもある。
恵は個性持ちであることから、現在トーニの特装科に通学しているのであった。
「よぉ!剛おはよう!」
校門近くで剛は声を掛けられる。
振り向くと、一週間前に一緒に吉祥寺に出かけ、共に災害に合った本田翔がいた。
「翔おはよう」
笑顔を作り剛は翔に挨拶を返す。
(……一週間前のアレはホントに有ったことなんだろうか……)
小金井の街は何事もなく平穏で、そんなことを剛は考えてしまう。
校門を抜ける頃、不意に翔が剛に話しかける。
「そう言えば、吉祥寺で見たあの剣を持った女の子、可愛かったよなぁ……」
否定しない。いや、剛はその意見に激しく肯定する。その上で、
「可愛いのもあったが、カッコよかった……」
その言葉を受け、翔は剛がまだ知らないことを言い始める。
「聞いたことあるけど、あの子多分トーフの今度3年生になる子じゃないかな。多色持ちの天才がいるって聞いたことがあるよ」
多色持ち――剛のように個性を一つも持たない人が約半数いるのに対し、個性を2種類…2色以上持っている人は約0.01%――つまり10000人に一人――と言う、稀有な才能の持ち主という事である。
しかも翔が言ったトーフ――国立東京第一高等学校附属中学校――は特技科のみの5クラスで編成されているトーイチの附属中学校であり、当然ながら個性を持たない者は入学資格がない。
そして附属校であることから、上位クラスであるAクラスからCクラスの生徒は、希望すればエスカレーター式にトーイチに入学することが可能なのである。
「あの強さだと……きっとAクラスの生徒なんだろうな……」
翔は憶測を交えて語る。
ちなみに翔は五色存在する中の青の個性持ちである。
そう考えると、翔は剛よりも「のぞみ」と呼ばれたあの少女に立場としては近い……そんな思いに剛は軽い溜息を吐く。
「そう言えば翔はトーイチ受験するのか?」
剛は素朴な疑問を投げかける。個性持ちであると言うことは当然ながらトーイチ、トーニに進学する者が多くなる。
「んー……いや、やっぱりトーサンかな。チャリでも通えるし」
その言葉に剛は安堵する。あの時……転生前の1年半後――言葉にするとあまりにも不可解な内容であるが――において、翔は剛と同じくトーサンの1年生であった。
その時剛はとあることに気付き、激しく衝撃を受ける。
――この会話、死ぬ前の人生での会話と全く同じだ……!!――
第4話 『An Ordinary Day』 Miz




